今季は反動がかなり抑えられていて、ペーペーシャがめちゃくちゃ当たります。いやまぁペーペーシャだけの話ではないですが。
「スキーヤーに相談する?? 大丈夫それ」
ほかほかのとりめしを口に頬張ってからおいしそうにもぐもぐと口を動かした千束が、中身を飲み込んだ後にたきなの方を見ながらそう呟いた。
たきなは手元のビーフシチューの缶詰に目線を落としたまま、
「あくまで市街地と軍事基地のどちらに仕事があるかを聞くだけです。どうせ向かうならスキーヤーからの信頼を上げつつ私達の用事をこなした方が無駄がありません。それに、前回のように急な移動を強いられると断らなければならなくなります」
「たしかに。そんなことされるくらいならこっちから行先を先に言っといて、そこで出来ることを受けた方がいいね。さんせーい」
千束と同じく、缶から直接ビーフシチューを口に運んだたきなは、その後も何度かスプーンを缶と口に往復させた後、そういえばと前置きをしてから思い出したように千束に尋ねた。
「私たちのセーフハウス、探す予定でしたけど結局何も見繕わないままここまで来ちゃいましたね」
「だねぇ。…………たきな」
「はい」
「この部屋どう?」
「地下なので通信機器がまともに使えないのと、大きな物品や設備をここまで運ぶのがきついです」
「そっか……」
少し残念そうな顔をしてからとりめしを一口食べた千束に、たきなは言葉を続けた。
「でも、この部屋は誰も使っていないようですし施錠もできます。カスタムズ付近での活動拠点として押さえておくのはいいかもしれません。もう少しセキュリティを考えたいところですが」
たきなの言葉に千束は顔を上げてぱぁっと笑顔を浮かべた。花や光が顔から咲いているかのような笑顔にたきなもつられてくすりと笑う。
「私たちの隠れ家第一号! そういうのやりたかったんだ!」
「千束は東京にいくつもあるじゃないですか」
「あれは先生が見繕ってるもん。自分で見つけて、自分で作っていく隠れ家がいいんじゃん!」
「そういうものですか」
淡白な返事をしているたきなだが、その表情には明るいものがあった。言葉にはなっていないが千束が抱いている高揚感や安心感と同じものをたきなも抱いている。そうこうしているうちに二人とも食事を全て平らげて、本日二杯目のインスタントコーヒーを沸かし始めた。
「ゆっくり寝られて、好きなものを持ち込めて、誰にも遠慮しないで済む。それってすごく大事なことだと思うよたきな」
「それはそうですが、千束は私に遠慮がなさすぎると思います。家事を全部押し付けないでくださいね」
「じゃんけんに負けるからだよ」
「一度勝ちました」
「そうだけど。あーでもこの部屋で家事って何するのさ」
千束の言葉に周囲をくるっと見回したたきなは、ランタンのオレンジ色の光を見ながら、
「まずは灯りを設置しないといけませんね。どうしましょうか」
「電気ぃ……は来てんのかな?」
「発電機を持ち込まないと難しいでしょう。あるいはバッテリーから取るか」
「さっそく重労働なんだけど」
「やはりスキーヤーに都合してもらうのがいいかもしれません。バッテリーくらいなら扱ってるんじゃないですかね」
「法外な値段で押し付けられそう」
「ありえる……」
しばらく話しているうちにお湯が沸き、温かいインスタントコーヒーを両手で包んで口にした二人は、それからも隠れ家第一号の改造計画をあーでもないこうでもないと話し合った。
ランタンの明かりを消して、出入り口の施錠と万が一のためにドア付近にトラップを仕掛けてから、二人はタルコフへ来て初めて二人一緒に眠りについた。
コンクリ打ちっぱなしの真っ暗な部屋に、穏やかで静かな寝息が二つ、規則正しく響いていた。
◯
翌朝。
一旦持ち物を全て持っていく方向で決めた二人は、部屋に段ボール箱五つを残してドアに鍵をかけた。
地下三階は流石に通信状況が悪くスキーヤーには繋がらない。たきなの記憶を頼りに地下一階まで登り、端末の通信状況を確かめる。
「使えそうですね」
「おっけー。んじゃ見張りしてるわ」
「何か来たらすぐに撃ってください。通話も切ります」
「まかせて」
たきなはスキーヤーに電話を繋いだ。数回のコールの後に、気だるげな声が返ってきた。
「おはようございます」
『誰だ?』
「井ノ上たきなです。覚えていますか」
『あぁ、探偵どもか。何のようだ』
「仕事があるかどうかと、少し相談が」
『お前らにやる仕事なんざ────いや、あるな。ちょっと待ってろ』
「あ! あの、先に相談したいことがあるんです。いいですか?」
『ここはガキのお悩み相談室じゃねぇんだぞ。彼氏とどうやったらファックできるかなら答えてやるがそれ以外は受け付けてねぇ』
「仕事は市街地か軍事基地…………リザーブというところでやりたいんです。ありますか」
『あぁ? 市街地かリザーブだぁ?』
スキーヤーの声に若干の苛立ちが含まれてきた。寝起きのような声で電話に出たにも関わらずもう声に怒気を孕ませていることに、呆れるほど短気だなとたきなは内心で鼻を鳴らした。
『一丁前に子羊風情が仕事選んでんじゃねぇぞ』
「仕事があるのかないのかを聞いているんです。選んでいるわけではありません」
『はっ! 言うぜ! クソムカつくメスガキだが…………そうだな。急ぎの話ならある』
スキーヤーのトーンが変わった。
この男は変に下手に出るよりも対等な関係を築くつもりで話をした方がスムーズに事が運ぶかもしれない。たきなは今後も強気の姿勢でこのクソ野郎と渡ることを決めた。そもそもこんな男にへり下るつもりは毛頭なかったが。
「どこの仕事ですか」
『中心街から北東の位置にあるオフィス街だ。最近あの辺りで調子に乗っていたやつが消えたって噂がある。家主のいない家は使い放題だ。噂が本当だとしたら市街地の美味い汁が吸えるって寸法だ』
「市街地の北東…………」
『お前ら今どこにいる』
「カスタムズです」
『歩いて五日はかかるな。だが数日でどっかの誰かが実権を握る可能性は低い。そういう奴はすでに別の場所に拠点がある』
「そのオフィス街で仕事が?」
『まだ利益が出る段階じゃねぇが針は投げなきゃいつまで経っても魚は釣れねぇ』
このクソ男は時々センスのある発言をする。ごろつきだがカリスマがあるというのは、こういうことを指すのかもしれないとたきなは膝を打った。
『とりあえず現地に向かえ。詳細はまた連絡する』
「いや、あの、全然場所がわからないんですが」
『その場所からひたすら北東を目指せ。途中ストリートオブタルコフとかアホみたいな名前で呼ばれている中心街を通る。そこを抜けてさらに北東へ進めばオフィス街だ。お前らは出会ったやつを片っ端から気絶させてんだろ? 一人くらい引っ叩いて起こしてガイドしてもらえ』
「簡単に言わないでください。オフィス街の名前とかはないんですか」
『どうかな…………いや、前に幅利かせてたバカがなんか言ってたな…………あぁ思い出した』
スキーヤーは水か何かを飲んだのか、謎の一拍と喉を鳴らす音がスピーカーから聞こえてきたので、たきなは嫌そうな顔で眉根を寄せて続く言葉を待った。
『グラウンドゼロだ。クソダセェ名前だがあのあたりの連中はそう呼んでいる』
◯
「で、市街地に行くんだ?」
「そうなりました。かなり遠いですし、中心街を横断することになります。相応に危険ですが…………情報を集めるチャンスかもしれません」
スキーヤーとの通信を切って端末をしまいながら、たきなは千束のそばへ移動した。
話の内容をかいつまんで説明し、とにもかくにも北東へ進む必要があると方針が決まった。
ちさとが何もない天井を仰ぎ見ながら力ない声で漏らす。
「五日かぁ……移動でその日数はかなりキッツいなぁ…………」
「道中の休憩や睡眠も安定しないでしょうね。覚悟と準備が欲しいところですが、時間をかけていたら余計状況が悪くなります」
「スキーヤーの言う通りなのが癪だけど、ガイドがいないと厳しいよこれ」
「その辺のスカブを捕らえますか?」
「いや無理でしょその辺のスカブさん侍らせて五日間の移動は。寝込み襲われ…………何でもない」
「?」
「とりあえずスカブ捕まえてガイドにするのは保留。できるところまではマップ見ながら慎重に進もう」
「そうですね」
薄暗い地下道。たきなはナイトビジョンを、千束は裸眼で通路を進み、地上を目指した。
◯
カスタムズの西側。昨日くぐったZB-1011から顔を出して地上の土を踏み、そこから南へ移動して大通りを超え、ちょっとした森林地帯に足を踏み入れた千束とたきなは周囲を警戒しながら東を目指した。
最終的にはここから北東を目指しているが、道なき道を進めるほど土地勘があるわけではない。ある程度の大通りを起点に移動していかないと、最悪迷って取り返しがつかなくなる。当然通りに近ければ近いほどスカブやPMCとの遭遇率は上がるが、そのあたりのバランスを見ながら移動することになった。
昨日降っていた雨は上がり、しかし空に晴れ間はない。厚い雲が午前中のタルコフの空を覆っている。届くはずの太陽光は随分と減散して地上に降り注ぐ。
薄暗い木々と低草の中を、二人は進み続けた。
北の方で銃声が断続的に鳴っている。高い位置から響くライフルの音もしている。スナイパーがいるのだろう。
南側は至って静かであり、スカブもPMCもその気配がない。ただ、あくまで音がしないだけで息を潜めて襲いかかるタイミングを測っていると考えた方が生存率は上がるだろう。
社員寮を超え、いつか渡った細い川を渡り、カスタムズの東側へ来た時にたきなのリグの中で端末が震えた。
「千束」
「警戒してる。出ていいよ」
「ありがとうございます」
たきなは草むらの中に身を潜めてから、端末を取り出して応答ボタンを押した。周囲は千束が厳に警戒している。
「スキーヤーですね」
『あぁ。グラウンドゼロの仕事の詳細だ』
「メールじゃないんですか」
『今は手が空いている。耳くそほじくり出してからよく聞いとけ』
たきなの目元がぴくりと痙攣したが、そんな様子は通信機の向こうのスキーヤーには見えようもない。
『現地で車両を所持しているやつがいる。動く車両だ。それを使って各所で儲けているらしいが、今はPMCを運ぶ事業にご執心らしい。都合のいいことに俺のシマにも出張したいそうだ』
「…………その、タクシー業者とコンタクトを取るんですか」
『そういうことだ。だが俺のシマをタダでうろつく奴は気に入らねぇ。こっちから提示する条件がある。その情報を奴に渡したい。まぁついでに金をいくらか握らせて乗り心地を調べてこい』
「そうですか。渡す書類はどこで入手したらいいですか」
『まぁ聞け。話は終わってねぇ。別件でストリートオブタルコフのどこかに潜んでいるバカを見つけ出したい』
「…………? それも仕事の依頼ですか」
『そうだ。だがそっちの仕事は先に送った奴にやらせている。お前らも知っているだろう。タラカンだ』
「えぇ、知っています」
『あいつにお前らへ渡す書類も作らせる。人探しはタラカンとやれ。合流してあいつの活動を援護しろ。人探しが終わったら書類を持ってグラウンドゼロへ向かえ』
「わかりました。タラカンさんとの合流地点は」
『常に変わる。ストタル付近に近づいたら連絡しろ。その時点での奴の居場所を教える』
「はい」
通信を切る。たきなは音を最小限に抑えて草むらから出て、千束と合流した。
「歩きながら話しましょう」
「りょうかーい。結構ややこしい感じ?」
「そうですね。めんどくさいことになりました」
「そんなんばっかじゃんこの街」
「慣れが必要ですね」
「だね」
特に笑うでもなく、嫌がるでもなく、淡々と二人はそう言葉を交わしながら東の方角へ歩き出した。
空の雲は厚いが、雨の匂いはしてこない。まだ降らないようだったので、二人は雨具を出さずに先へと進んだ。
よーし。
新年開けましたので、市街地編突入です。