リコリスinタルコフ   作:奥の手

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書かなきゃいけないことと書きたいこと詰め込んでたら六千文字超えちゃった(テヘペロ
時間ある時にでもゆっくり読んでください。


血痕

 そこは廃屋同然の一軒家だった。

 屋根の一部が崩れて夜空の星空がベットの上からでも観測できる。雨ざらしでカビの生えているマットレスに寝転ぶような人間はいなかったが、遠くに瞬く煌びやかな星々の眺めには、誰もが唸る美しさがあった。

 

 カビだらけのベットの脇で、ランタンのオレンジ色の光を頼りにSVDSの分解整備をする男がいた。

 首から下げているドックタグはUSECのもの。そこには「アイゼン・ウント・ブルート」の文字が彫られている。

 

「…………」

 

 アイゼンは、屋根と壁の隙間から入ってくる緩やかな夜風に肌を晒しながら、戦闘服の上着を脱いだシャツの姿でSVDSのバレルにグリスを馴染ませていた。

 

 部屋に落ちているペール缶に腰を預け、一階に放置されていた抱えられるほどの大きさの木箱をここまで持ってきて設置。そのままでは木屑や埃が気になったので、クローゼットの中にあった比較的キレイなコートを被せて、その上にSVDSを広げている。

 すぐ傍には着用していたキラーアーマーと、立てかけるようにしてAK101が添えられている。マガジンも刺さっており、万が一にも襲撃者があれば一応戦える状態であった。

 

 バレルの中を覗き込む。細い木の棒に清潔で糸クズの出にくい布を巻き、慎重にバレルに挿入した。

 

 名前こそドラグノフ狙撃銃などと呼ばれている代物だが、アイゼンの前で各パーツに分解されているそれにはトラディショナルな要素など一切ない。すべて金属と樹脂製パーツで構成され、人間工学に基づいて徹底的に()()()()()使いやすさを吟味された狙撃銃が、そこに横たわっている。

 

 バレル、レシーバー、マガジン、トリガー、ファイアリングピン、コッキングレバー、レール。隅から隅まで埃を払い、塵を除去し、グリスやオイルで保護していく。AK101を使っていた時にも几帳面に整備は欠かさなかったが、仲間を失い、相棒を失い、一人でこの街を生きていかなければならなくなったこの男にとって、両手の中にあるこの銃は街で唯一の仲間であり相棒であった。

 

 だから整備を怠らない。こと狙撃銃はその精度で命の有無が変わってしまう。一発を外せば自らが死に、一発を当てれば明日も生きられる。今この瞬間の、この行いを明日も行うためには、少しも妥協や甘えは許されない。

 

 しっかりと時間をかけて全てのパーツをグリスアップし、バラしたものを元通りに戻していく。その際に各部のガタつきや、逆にタイトすぎる箇所がないかも入念に慎重に調べていく。違和感が少しでもあれば、ツールセットで調整した。

 

 マガジンの弾を一度全て抜いて、全ての弾に腐食や歪みがないかを確認する。粗悪な弾はその場ではじく。抜弾したものを元に戻す。

 そうこうしている時に、アイゼンのポケットで通信端末が震えた。マガジンと弾を木箱に置いて、近くの布で一度手を拭ってからポケットに右手を差し込む。

 

 画面にはヒュージーの表示。通話ボタンを押した。

 

「なんだ」

『お世話になります。まだ生きているようで何よりです』

「要件は」

『仕事を一つ。その前に、お送りした品の調子はいかがですか?』

 

 ヒュージーの質問に、アイゼンは今ほど組み上げたSVDSにチラリと視線を落としてから、静かな声でゆっくりと答えた。

 

「信頼には足りている。弾も十分に通用する。もともと俺一人ではそれほどの戦闘能力を有さない。こそこそ物陰から撃ち殺すのは性に合っていると言えるな」

『それはよかった。では殺しの依頼をしても大丈夫ですね』

「内容と報酬による」

 

 ロシア訛りの英語でねっとりと話すヒュージーに、アイゼンはあまり抑揚のない冷たい声でそう返した。

 ヒュージーは電話の向こうで小さく含み笑いをした後、一呼吸おいて依頼内容を話す。

 

『殺して欲しいのはカルトの連中。数人いる司祭のうち一人の場所を突き止めたので、そいつをこの街からおさらばさせて奴等の崇める神の元へ送って欲しいのです』

「場所は」

『ストリートオブタルコフ。ですがそう呼ばれている地域からは少し南にずれています。奴らの潜伏先を見つけましたが、今うちの組織にはその辺りで活動できる奴が少なくて。特にカルト相手に生きて帰ってこれそうな者はいないのです』

「…………アジトに潜伏する奴らを皆殺しにするのか」

『はい、できれば。ただまぁ市街地ですから。数日に分けて周囲のビルから狙撃して数を減らしてから中身を掃除してもらって構いませんよ』

「簡単に言うなよ。俺一人しかいないんだぞ」

『どうしても人手が必要でしたら、うちの組合員のものが一人その近くにおりますから、遣わせてもいいですけど』

「どんな奴だ」

『今はスキーヤーという男の元でバイトをしています。べつにすごく強いわけではありませんが、危機察知能力と回避能力には定評があります。我々のような避難所を管理する組織には必要な人間です。お一人で頑張られているアイゼンさんには、なかなか有用な人材かと』

「…………そいつと一緒にカルトを狩るのか?」

『いいえ、たとえば一時的に使える隠れ家の提供をその者から受けてください。番号は後で送ります』

「報酬は?」

『ストリートオブタルコフで活動していくのに必要となる拠点とその物資でいかがでしょう』

 

 ヒュージーの依頼内容に、アイゼンは小さく頷いた。

 悪くない。カルトの連中とは遭遇戦になったときは苦戦を強いられるが、そこにいると分かって殺すのならばさほど難しい話ではない。対価に市街地での拠点を得られるのならば、ハイドアウトを失っている現在から考えるに相当な好転である。

 

「受けよう」

『ありがとうございます。正確な座標と建物の特徴は後日お送りします。今どのあたりで?』

「ウッズの村の一角だ」

『でしたら数日で現地まで移動できそうですね』

「死ななければな」

『死んだら教えてください』

「無茶言うな」

『冗談です。それではまた後ほど』

「あぁ」

 

 通話を切って、アイゼンは暗闇の画面を数秒見つめてから、何も言わずに端末をポケットに押し込んだ。

 木箱の上のマガジンに弾を込める作業を再開する。チキ、チキ、という一定の小さな金属音が、屋根のない小屋におとなしく響いていた。

 

 

 ◯

 

 

「たーきなー、落とすよー」

「どうぞ」

 

 空には太陽が上り、市街地郊外の通りにある割れた窓ガラスや光を反射する空薬莢、時々転がっている血だらけの死体を暖かく照らし出している。

 

 千束は下水道に繋がる穴に顔を突っ込んで控えめに叫んだ。たきなからの返事を受けて、大人が一人が通れるくらいの直径で空いている穴に、二つのバックパックを落とす。三メートルほど下の方でたきながキャッチする音が穴の中から響いてきた。

 

「取った?」

「取りました。降りてきていいですよ」

「私のこともキャッチしてくれる?」

「ふざけないでください怪我しますよ」

「ごめんて」

 

 大人しくハシゴ伝いに千束が降りて、先に降りていたたきなと合流し下水道の中を見渡す。

 

 ハシゴのあるポイントは天井まで三メートルほどの高さがあるが、ここから北と南に伸びている道は二メートルほどになっている。道幅は軽トラックがギリ通れるくらい。中央に窪みがあり、汚水がチョロチョロと流れている。

 

 鼻をつく下水独特のすえた臭いと、ジメジメとしたカビ臭い空気が肌を撫でてくる。心地の良いものではないが、それゆえにこの道を進む物好きもそう多くはないことが窺える。

 不要な戦闘を避けるという意味ではお釣りがくるほど良い道だった。

 

「思ったより明るいね」

「常時点灯なんでしょうか」

 

 天井を二人して見上げる。オレンジ色の白熱電球が等間隔で細々と伸びており、下水道内部は想定していたよりも明るく進みやすい様相だった。しかし同時にそれは暗闇に姿を紛れさせることが不可能という意味でもあり、もしこの狭い一本道で襲撃を受けた場合は非常に困難な戦闘になることが予測できる。

 

 接敵しないことを祈りつつ、たきなはさっそく昨晩手に入れた下水道の地図を広げた。

 

「ここは正確には点検用通路なんですよね」

「たぶんね。あ、ほら配電盤とかあるし。この黒いのはなんだろ」

 

 壁に這っている管状のものに視線を投げながら、千束がバックパックを背負い直した。

 

「たぶん送電線とか電話線ですね。こういう空間があるならわざわざ下水のためだけに使わなくてもいいでしょう。えっと…………とりあえず北に向かいましょう」

「こっちだね」

 

 先へ進む準備が完了して、いつでもメインアームを発砲できる状態にしてから、二人は油断なく前へと進み始めた。

 

 ○

 

 下水道の中を進むこと半日、この間に錆びた鉄の仕切りを三つピッキングして突破してきた千束とたきなは、少しの休息を挟んでいた。

 

 資材置き場だったのか、壁が車二台分ほどの大きさに切り取られて拡張されている。ちょうど死角にできるため二人して身を隠し、バックパックを下ろして水分補給と軽食をとった。

 

「あんまり食欲わかないねぇ」

「それはまぁ、こういう場所ですから」

「おやおや、こういう時たきななら〝そんなことを気にしていたら行動必要分のエネルギーが取れませんよ〟とか言ってくるかと思った」

「思ってはいますけど食事が美味しくなるような場所でないのも事実なので、わざわざ言いません」

「大人になったねぇ」

「どういう意味ですか…………」

 

 目を平たくしながら千束のことを睨んだたきなだったが、睨まれている当の本人は全く意に介さずもそもそとジャムを塗ったクラッカーを口に運んでいる。

 水を飲んで胃に流し込んでから、まだクラッカーが残っているたきなに質問を投げた。

 

「タラカンさんとの合流地点は?」

「日を跨いだので、スキーヤーから提示された合流地点が変わりました。このまま北に進んで、K-08という点検出入り口から地上に出るのが1番近そうです」

「どこだそれ」

「えっと……」

 

 クラッカーを勢いよく口に放り込んでさくさくと音を立てながら、たきなは服に指を擦り付けてから下水道の地図を広げた。

 その様子を見ていた千束がくすりと肩をすくめながら、

 

「…………たきな、服にジャムついてるよ」

「え!?」

 

 千束がポケットから布を取り出して、たきなの脇腹あたりに伸びた苺ジャムを拭き取った。

 

「なーに慌ててんの」

「いや、千束いいです。自分で拭きますから。別に慌てていません」

「らしくないよ? どしたんかなって思ったんだよ。スキーヤーになんか言われた?」

「…………」 

 

 服についたジャムを拭き終わった千束が、まっすぐたきなの目を見る。たきなはバツが悪そうに目線を少し下げてから、

 

「早くタラカンさんと合流しろと、催促のメールが今朝来ました。いつまで散歩してんだと。ガキの遠足に付き合うほど暇じゃねぇと」

「むちゃくちゃムカつくなやっぱ。予めルート教えなかったてんめぇのせいだろうが」

 

 ぐしゃりとポケットに布を押し込みながら、千束は口を尖らせた。そんないつも通りの千束を見て、たきなもふっと肩の力を抜いて頷いた。

 下水道の地図を広げてK-08地点を確認し、ここからあと二時間ほど歩けば辿り着きそうだと見通しを立ててから二人は湿った道を出発した。

 

 ○

 

 K-08地点にたどり着いた。運がいいのかここまで接敵はなし。生きている人間も死んでいる人間も出会わなかった。

 

 ハシゴを使って三メートルほどの高さを登り、天井に被さっているそこそこ重たいマンホールを持ち上げて慎重にずらす。頭ひとつ分のスペースから、千束はそろりと目だけ出して周囲を覗き見た。

 どうやら裏路地の点検口だったらしく、ゴミが散乱して薄暗いだけの人通りのなさそうな場所に出た。

 

「行けそうたきな。まずは私から出るね」

「わかりました。気をつけて」

 

 素早く体を穴から出して地上に出る。千束の腰にはパラコードが巻かれていて、先端は穴の中に残していた。

 背中に回したKSGショットガンを体の前に持ってきて、見える範囲の人影や気配を入念に警戒する。

 

「…………大丈夫そう。バック上げるよ」

「取り付けました」

「よーし、がんばろ」

 

 KSGショットガンはいつでも撃てるように腹の前に置いて、腰から伸びているパラコードを力一杯引く。

 下水道からまずは千束のバックパックを引き上げた。重量にして数十キロあるそれを三メートル引き上げるのはなかなか重労働だったが、モタモタしていると死ぬかもしれない。緊張感が千束の筋力を一時的に強化したのかと思うほど、千束は歯を食いしばって迅速にバックパックを引き上げた。

 

 たきなの分も上げてから、少し乱れた息を整えつつKSGショットガンを油断なく構えて周囲を見渡す。

 

「お待たせしました。ありがとうございます、千束」

「なんのこれしき…………はぁ……はぁ……疲れた」

「近くの建物で休憩しましょう。下水道の中で食べるよりはクラッカーも美味しいですよ」

「間違いないねぇ」

 

 若干額に浮いた汗を拭おうと手の甲でおでこを擦って、そういえばバラクラバをしているんだったと千束は自分で笑いながらバックパックを背負った。

 

 通りに出る。裏路地の角から様子を伺い、スナイパーの有無や地上を移動するスカブ、PMCの存在を確かめる。

 

「大丈夫そう」

「行きましょう」

 

 場所はストリートオブタルコフと呼ばれている中心地のやや南側。どこにスナイパーがいて狙っているか、どこが組織的な敵の支配下にあるのか。それらが正確にはわからない場所であり、どこからでも撃たれる可能性があることを考えると非常に移動が困難なエリアだった。

 

 壁の近くを沿うように移動する。360度の視界の中で半分を壁にすることで、残りの半分を二人で分割して警戒できる。敵がどこにいるのかわからない市街地ではこうしろというDAの教育が活きていた。

 

 東京の街中での運用を想定した訓練が中心のリコリスにとって、ともすればウッズやカスタムズのような開けたエリアよりもノウハウのある場所かもしれないと、たきなも千束も足を止めずに内心でつぶやいた。全く異国の紛争地帯でも、歯が立たないということはない。

 それを証明できるか否かで、この街から生きて脱出できるかどうかも確定する。みすみす死ぬつもりは毛頭なかった。

 

 通りに面した建物のうち、入りやすそうな入り口を見つけては前を行く千束がドアの施錠を確かめた。

 三つのドアを押して引いて三つとも鍵がかかっていた。悠長に体を晒してピッキングするほどの余裕はないため、すでに空いているドアを探している。

 

 四つめの集合住宅のエントランスにつながるドアが、抵抗なくすんなりと開いた。

 二人はお互いに頷いて、まずは千束が中に入る。

 ガラスドアのため予め中の様子は伺えた。蛍光灯は全て割られており、出入り口とその横の窓から差し込む太陽光のみで照らされる薄暗い室内には、空き缶やピザの空箱などがところどころに落ちている。

 

 エントランスは、広さでいうと学校の教室を細長くしたようなもの。

 床には絨毯が敷いてあり、ジュースや血痕、泥の足跡で汚れている。

 

 音もなくエントリーした千束が、そう多くはない死角と物陰をKSGショットガンでクリアリングして素早く奥へと進む。

 数秒してたきなも侵入。後方を十分に警戒しつつ、ボルトアクションライフルを背中に回して拳銃を抜く。フラッシュライトを取り出して左手に保持、クリア漏れがないようにあたりを照らしつつ、千束の後に続く。

 

 エントランスを抜けて奥へ進むと、大人二人がすれ違えるほどの広さの廊下が十メートルほど伸びた先に、左右に分かれる廊下が続いている様子だった。エントランス同様に蛍光灯は機能しておらず、二人は各々のフラッシュライトで照らし出す。

 

 千束は左手に持っているライトをその場でKSGショットガンのフォアエンド前方に取り付けた。ちょうど銃口の真下に位置しているので、光の照射範囲を引き絞ると補助的な照準になりそうだった。

 千束は小声で感嘆の声を漏らす。

 

「便利だねこれ」

「水道局で拾ったやつですか」

「そそ。やっぱレールは活用しないとね。あとはあれ欲しいな。バーチカルグリップってやつ」

「昨日拾いましたよ」

「マジ?」

「千束がいつか使うかなと思って。あとで渡しますね」

「たきなほんと女神」

「ありがとうございます」

 

 ライトで左右を照らし出し、裸眼ではほとんど情報の取れない暗闇の中を光で切り裂いていく。

 左には上へと続く階段とエレベーターの案内表示。右はそのまま部屋に繋がっている。

 

「どっち行く?」

「一応少し登りましょう。地上は危険です」

「了解」

 

 左へ進んで階段を登る。踊り場まで行くと、

 

「え……」

 

 千束が思わず声を漏らした。

 踊り場には血溜まりが、それもつい先ほど流されたであろう誰かの致死量の血がてらてらと光っていた。

 

 




タルコフってね。

ホラゲーなんすよ。
いやほんと。
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