暗闇の廊下が伸びる集合住宅に、マズルフラッシュと9mm口径の拳銃の発砲音が繰り返し響いている。
そのほかの銃器、例えば12ゲージショットガンの音や、マカロフ弾の発砲音も散発的に響いているが、音がした直後には9mmが撃ち込まれ、その銃の持ち主は頭や首に穴を開けて絶命していった。
たきなは廊下を進む足を止めなかった。階段を登る足に淀みがない。
立ち塞がるフードの男やマスクの男を殺す手に、躊躇いなどない。視認した瞬間に発砲する。ほぼ1発で全ての人間の命を刈り取る。
三階から四階へ。四階から五階へ。そして最上階の六階へ。
全てのフロアに電気が付いておらず、暗闇を切り裂くフラッシュライトとマズルフラッシュのオレンジ色が、男たちの死体を増やしていった。
六階の廊下で、十五人目の男を見つけた時、たきなはあえて致命傷となる部位を避けて両足と両肘を撃った。
アーマーは着ておらず、顔面を覆うフェイスマスクをつけた男は呻き声を上げてケダールを取り落とし、その場で膝をつく。歩みを止めずに近づいたたきなは、間髪入れずに跪いた男の顔面をマスクごと蹴り込み仰向けに転がした。
樹脂製のマスクが変形しながらずれて男の顔が露わになる。鼻から出血し、マスクの縁が強く当たったのか、額も切れている。
たきなは、仰向けに倒れた男の喉元を踏みつけて、拳銃の銃口とフラッシュライトを眉間に向けた。
低い声で唸るように口をひらく。
「解毒剤はどこだ」
「…………」
銃口と光を向けられた男は、落窪んだ生気のない目を細めながらも押し黙って応えない。
たきなは男の足を撃った。太腿の骨を粉砕した弾に、男がびくりと震えて口から呻き声をあげる。
再びたきなが問い詰める。
「言え。お前らのナイフに使っている毒の解毒剤はどこにある」
「…………主の導きのあら────」
たきなは男の股間を撃ち抜いた。直後に男は絶叫し、体を逸らし、たきなの踏み付けから逃れようともがく。
しかし首を踏まれていては満足に体を動かせず、大量の血を股ぐらから流しながらずるずると床を回るにとどまった。
「言えば殺してやる。言わなければこのままここに置いていく。死ねると思うな」
床に転がっていたケダールのレシーバーを撃ち抜き、二度と使えないようにする。
少し屈んで、男の腰におさまっていたナイフも取り出して階段の方へ投げる。足を撃たれ、股間を撃ち抜かれた男が自力で取りにいくのは非常に困難なところまでナイフは滑っていった。
「言え。解毒剤はどこだ。誰が持っている」
「ああああ…………あああぁぁ…………神よ…………我に試練を…………この者に天ば──」
タンッ。
9mm口径の弾が男の額を貫通し、床に脳漿のシミを作った。
男の口からは絶叫も呻き声も呪詛も祝福の言葉ももう漏れてこない。たきなは表情ひとつ変えず先へと進んだ。
怒りに侵されている。焦燥に駆られている。千束の笑顔を思い浮かべる一方で、直前の言葉が頭にこびりついて離れない。
────そんな目、しないで。おねがい。
私は一体どんな目をしていたのだろうか。
今、どんな目をしているのだろうか。
千束は今、どんなことを思っているのだろうか。
きっと嫌われたに違いない。でもそれでもいい。千束が今ここで死なないなら、それでもいい。それでいい。
ひどく昏く、暗澹とした目でたきなは六階の部屋を開けていった。
◯
たきなが建物内の千束以外の全ての命を奪うのに、十五分とかからなかった。
片端から部屋の鍵を破壊して索敵し、廊下も階段も室内もそこにいる存在はみんな殺し、死体を漁り、部屋の棚や引き出しをすべてひっくり返した。
それでも解毒に使えそうな薬剤や注射器は見当たらなかった。
他の男たちとは少し服装の違う、おそらくはこのグループの頭のような男の死体にも、解毒剤らしきものは見当たらなかった。
これまでの活動で手に入れたものと同じ回復作用のある注射器や薬品、物品は見つかった。それから武器弾薬、食料もある。
ここはこの狂った連中の隠れ家のようなものだったのだろう。
おおよそ話の通じる人間はなく、武器の置かれ方も異常だった。魔法陣のようなものの中心に、まるで供物のように置かれていた。弾やパーツ、光学照準器も同様である。
何が目的で、何を存在意義として連中はここにいるのか、たきなにはわからなかったが、そんなどうでもいいことに頭を使う時間がもったいないということは片隅で考えた。
回復に使えるものをありったけ近くにあったバックに突っ込んで、千束のいる部屋に向かう。
移動しながら、スキーヤーに電話をした。出て欲しいと願うのが半分、ここで出なかったら殺してやるというドス黒い心情が半分で、たきなは呼び出し音を鳴らした。
五秒ほどして相手が応答。耳元で気だるげにスキーヤーが呟く。
『油は売り終わったか? タラカンから合流の知らせが来ていない。仕事する気あんのか』
「緊急事態です。千束が正体不明の集団に毒を盛られました。相手は全員殺して尋問もしましたが、解毒剤の場所と種類がわかりません」
たきなの返事に、スキーヤーは「はっ!」と小馬鹿にしたように笑った。
『お前たちは殺しをしないと聞いていたが? 倉庫で吠えたありゃ嘘だったのか?』
「千束は殺しをしません。私は違います。それだけの話です」
『お前ら本職様が大好きな
「していません。そして今は関係ありません。それより、あなたの依頼の完遂が難しくなるほどの事態です。解毒方法を助言していただかないと、タラカンさんとの合流もできません」
スキーヤーはわざと聞こえるように舌打ちをしてから、盛大なため息を吐きつつめんどくさそうに質問を投げた。
『相手の特徴は』
「フードやマスク、ペストマスクのやつもいました。全員が二股のナイフを持っており、毒が塗られていたり刃先に細工がされていて薬剤を直接注入できるものもありました」
『そいつらがいた場所の特徴は』
「変なマークや魔法陣のようなものが至る所に。電気が建物に来ておらず、蝋燭のみを光源としています」
『武器を魔法陣の付近に置いていたか?』
「はい」
『決まりだ。カルトの連中だな。何人殺した』
「20人ほど」
『でかい拠点だな。うちの部下も情報の片鱗は掴んでいたが、そいつらを消すほどの力もメリットもなかった。だが邪魔な連中だったのは確かだ────いいだろう。確かに殺したんだな?』
「はい」
スキーヤーは少し間を置いた。何かを考えたのか、それとも単なるパフォーマンスなのかはわからない。
『そいつらを殺したことは褒めてやる。対価として解毒剤の情報はくれてやるが、解毒剤そのものを渡すかどうかは別の話だ』
「回りくどいです。時間がありません」
『まぁそう焦るなよ。〝早漏〟野郎は嫌われるぜ』
「…………?」
『千束を置いてタラカンと合流しろ。解毒に使える薬剤はオーグメンチンだ。隠し場所はタラカンだけが知っている。だから合流しろ。話はそれからだ』
「千束を助けるために、それに間に合わせるために動いています。助けられる場所にあるんですか」
『あるだろうよ。そう時間のかかる移動じゃねぇ。だが急げ。カルトの連中が使う毒は遅効性の神経毒で、最終的には命を奪う。徐々に体力を削って体の自由を奪い、最後には殺すクソみてぇに優秀な毒だ』
「回復剤は? それらを使っての解毒はできませんか」
『延命にはなっても根本的な解決にはならねぇ。うちの連中がやった〝実験〟では回復剤を打ち続ければ二週間は生き延びたが、先に副作用でダメになったとよ。んで毒で地獄に落ちた。お前の相棒が行く場所は天国か?』
「そうはさせません」
『じゃあ急ぐこった』
スキーヤーは電話を切り、たきなはリグに端末を押し込んで足早に千束の部屋へと向かった。
◯
たきなはドアの鍵を開ける。血の匂いがほんのわずかにしたが、もう鼻が慣れたのかバカになったのか何も感じない。
拳銃をホルスターに戻し、バラクラバを外しながら千束の横たわるベッドへ歩み寄った。
肩口で切り揃えられた黒髪が、横たわる千束を覗き込んだ時に前へと揺れる。
「千束。千束、わかりますか。聞こえますか」
「聞こえ…………てるよ」
全身を汗で濡らし、浅い呼吸を繰り返す千束がうっすらと目を開けた。目元には涙の跡があり、枕も髪も湿っている。先ほどまで涙を流し続けていたことにたきなは気がついたが、あえて何も触れずに手に下げたバックを千束が見える位置に挙げた。
「この中には食料と水、回復薬が入っています。回復と鎮痛剤を手に届くところに置いておくので、効果が切れる前に自力で使い続けてください。しばらくはそれで生き残れるそうです」
「どこ……情報……?」
「スキーヤーです。オーグメンチンという薬が効くそうですが、この建物にはありませんでした。タラカンさんが保管場所を知っていると。なので…………千束をここに置いて、合流しろと言ってきました」
「…………そっか」
目を瞑った千束に、たきなは膝を曲げて顔を千束の胸の前に持ってきた。額を胸につける。拍動のない、浅い呼吸で上下する胸に、たきなは黙って顔を押し付けた。
数秒して、震える声でたきなが小さく漏らす。
「…………ごめんなさい、千束。私はもう、もうしばらくは、千束のそばにいられません。居る資格もありません」
「…………」
胸にうずくまるたきなの頭を、千束は力のうまく入らない震える手で、しかしそっと優しく撫でた。
荒く浅い呼吸の合間に、千束も静かに応える。
「いいよ…………たきなは、たきなだから。どんなでも…………私の、だいじな……相棒だよ」
たきなは千束の胸に埋めた顔をグッと強く押し当てて、それから顔を上げた。
赤く腫れた目を見せないように、すぐに後ろを向いてバラクラバを被る。
ベッドに置いていたボルトアクションライフルを取り、肩に下げる。
室内に投げていた自分のバックパックを背負い、ベットの上に千束が取りやすいように回復剤と食料、水を置く。千束の銃も二丁、すぐに撃てる状態で寝かせておく。
「…………行ってきます、千束。私は必ず戻ってきます。だから……だから」
自分の声が、もう隠しようのないくらい震えている。そこには誤魔化しも、嘘も、偽りもない。この声と感情が今の千束に対する自分の思いであり、それは申し訳なさや後悔と呼べる感情だった。
「生き……てるよ。がんばる……から……。待ってる。たきな…………死なないでね」
────はい。
たきなはしっかりと頷き、部屋を出た。光の一切ない暗闇の廊下をフラッシュライトで照らしながら、血と硝煙の匂いが染みついた床を踏み締めていった。
◯
「ここか?」
『そう。そこの建物の地下があんたの部屋だぜ。水と電気付きだ。いいだろ?』
「他人がいるんじゃないのか」
『地上の方にはな。邪魔なら殺してかまわんよ。どうせ不法滞在だ』
通信端末を片耳に当てて、アイゼンは目の前のマンションを見上げていた。
立っている場所はちょっとした倉庫と倉庫の間であり、狙撃や襲撃の心配は薄い。
所々に砲撃の跡が残る建物であり、その地下がヒュージーの用意した報酬である〝新しい隠れ家〟だった。
電話口の相手は、その隠れ家の場所を案内したタラカンだった。しかしアイゼンから直接その姿は確認できず、一方的にタラカンからはアイゼンが見えているようだった。
「セキュリティは?」
『そんなもんは自分でやってくれ。一応南京錠とゴツい鎖はつけといてやったが、まぁそんなもんは工具があれば数秒で壊せるからな。爆薬仕掛けるなり電気走らせるなり好きに使ってくれや』
「わかった」
『案内はここまでだ。俺も仕事が溜まっててね。まぁなんか物件のことで困ったことがあったらこの電話にかけてくれ。死んでなければ出てやるよ』
「あぁ」
そう言ってやり取りを終えたアイゼンは、端末をポケットにしまってからマンションの地下へと向かった。
「…………とりあえず、拠点は確保できたな。明日からカルト狩りか」
マンションの地下。おそらくは災害や戦争に備えてオーナーが拵えたであろう立派な地下シェルターを、アイゼンは一通り見て回ってから近くに置かれていた木箱に腰掛けた。
電気が来ている。打ちっぱなしのコンクリは寒々しい印象を嫌でも感じさせるが、別段それを苦には思わない。天井の蛍光灯を光らせているこの電気の出所がよくわからなかったが、室内に発電機はない。
無いので、もしもの時のために何処かから発電機を持ってくる必要はあるだろう。
ここは市街地だ。いくらでも見つかる。
水は地下水を汲み上げていた。こちらは心配ない。毒でも入らない限り半永久的に使える。
なかなかの好物件だった。カルトの連中を皆殺しにするだけでここにいられるというのは、いささか過剰な報酬であり何か裏があるのでは無いかと勘繰ってしまう。
いや、しかし。
そうではない。
裏があっても特に気にする必要はないのかもしれない。
それほどまでに、拠点があるというのは得られる恩恵が大きい。何をするにしても重要である。
「…………」
銃を下ろし、バックパックを置いて、装備を外して木箱の上に並べていく。
まずは銃の整備。それから寝床を作って補給を済ませてから休息。
数時間後にはカルト狩りへ出かけよう。報酬前払いだ。きっちり仕事をこなさなければならない。
アイゼンは銃のメンテナンスに使っているいつものポーチをバックパックから取り出して、木箱の上に広げた。
新しい隠れ家に、蛍光灯の電気的なじーという音と、金属と樹脂の触れるかちゃかちゃとした音が、控えめに響いた。
スキーヤーの言った〝早漏〟の意味をたきなが理解していないのが今回の見所です。
いや……はい、ふざけました。あとがきでふざけないとあまりにも本編がしんどい展開なので。バランス取らねぇとなぁ?
セクハラおじさんスキーヤー概念流行らねぇかなぁ。ちょいちょいリコタルでは滲ませてんだけどなぁ。