リコリスinタルコフ   作:奥の手

59 / 132
説教

「ステッチさんが…………殺された……? なに、なんの……何の話をしてるの……?」

「…………」

 

 困惑と混乱の表情で狼狽える千束に、アイゼンは刺すような視線を向けて離さない。

 トリガーに当てた人差し指の腹は、いつでも力を入れられる。よく整備の行き届いたAK101の引き金は、ほとんど抵抗感なくその撃鉄を下ろすことができる。

 

 アイゼンは、目の前の少女の生殺をかけて審判をしていた。

 ステッチを、仲間を、唯一無二の相棒であり友人であった男を殺したのが、この人間か。あるいはこの人間の仲間か。両方か。ペストマスクに多弾マガジンのM4を使う男。その特徴のある人物を、この白金髪の少女が知っているのか否か。

 

「…………伐採場で俺と交戦したな。覚えているだろ」

「それは、おぼえてるよ」

「あのときお前は何人の仲間を率いていた」

「私を入れて三人…………でもアイゼンさんと戦ってる最中に、私を助けた人もこのタルコフで出会った人。仲間、だから……最後は四人になってた」

 

 アイゼンの頭の中で、伐採場での夜のことが詳細に思い出される。

 ステッチからの報告。千束と交戦する前に入ってきた通信。

 

 ────〝二人、1番寄宿舎東側に逃げました〟

 

「…………」

 

 アイゼンは、ゆっくりとトリガーから指を外した。銃口を下ろして、セレクターをセーフティに上げる。

 千束が息を吐きながら肩から力を抜くのが見て取れた。アイゼンも少し目を瞑り、それからゆっくりと首を横に振った。

 

「数があっている。お前の仲間は伐採場の中に二人、お前が俺のすぐ近くに。そして交戦中に西側から一人合流か」

「そう。最後の一人は本当に偶然再開したんだ。だから…………ステッチさんを殺したのは、私たちじゃないよ。それに」

 

 言葉を続けようとして、しかし視線を落として言い淀んだ千束に、アイゼンは眉をひそめながら椅子に腰掛けた。

 

「なんだ」

「それに…………私たちは、私とたきなは、人を殺さない。殺さ────なかったんだ。私はこれからも殺さない。でも、でも…………たき……なは……」

 

 口から声を発しながら、しかしだんだんと震えていったそれは、最後には嗚咽になっていた。

 戦闘服にはらはらと涙を落としながら俯いてしまった千束に、値踏みするような視線を投げていたアイゼンはゆっくりとベッドに近づいた。

 

 AK101をベッド脇に立てかけて、千束の横に置かれていた拳銃とKSGショットガンを順に手に取る。

 マガジンを取り出して弾を見る。赤い弾頭を触って確認する。

 ショットシェルも、スライドをポンプして1発取り出して検める。チューブマガジンのうち、撃ち出す設定になっている方には非殺傷弾が入っていることを確認した。

 

 そして、この建物の至る所に倒れている、頭や首に穴を開けたカルトの死体を思い出す。

 

「なるほどな」

 

 涙と嗚咽で肩を振るわせる千束のすぐそばに、アイゼンは千束の拳銃を置いた。KSGショットガンも元あった位置に戻し、静かに口をひらく。

 

「なぜ殺しをしない?」

「…………」

「…………答えられないのか?」

「ううん…………。私が……小さい時に、私の命を助けてくれた人みたいに、私はなりたいから。この銃は、私を救ってくれた人がくれたんだ。殺しをしない私を、その人は嫌ったけど…………私は、人を助けるために銃を握りたい」

 

 震える声で、消え入りそうな声でそう語った千束に、アイゼンはゆっくりと頷いた。

 そしてAK101を持ち上げて椅子のところまで戻り、サイドテーブルに立てかけてから腰を下ろした。

 

「お前の相棒も、このクソ溜め(タルコフ)でお前の信念を守ろうとしていたようだな。だがその反応と廊下に転がっている死体を見るに叶わなくなった」

「…………」

 

 ふっと、アイゼンはほんの少しだけ口角を上げた。そして背もたれに体を預けて、

 

「お前が抱えている現実は、なにも悲観することじゃない。むしろ他人の価値基準を自分の思い通りにしようという考えの方が問題だ。お前の相棒が何を考えていて、何を第一優先に置いて、そしてどう判断して生きているのか。それをお前は〝わかった気になっていた〟という、それだけの話だ。お前いくつだ?」

「…………18」

「それが答えだ。生きてこの街から脱出して、歳を重ねろ。子供が銃を握ると、お前みたいなやつが稀に出来上がる。なまじ生き残れる才能があると、自らの技術を過信して思い上がる。そして他人に、その生き残る過程で得た思想を強要する」

「そんな、そんなことはしてな────」

「ならなぜ涙を流す? お前を守るために両手を血で染めた相棒に向ける顔がそれか? 違うだろ」

「…………」

 

 千束が、涙で泣き腫らした目をアイゼンに向けた。睨みつけているつもりだったが、震える瞳と何も言い返せない口元は何の抗議の意味も成していなかった。

 アイゼンは言葉を続けた。

 

「お前がこの街で今この瞬間まで生き残れているのは、お前の信念が正しい証拠だ。運もあるがな。だがそれをそっくりそのまま他人に適用すると、その相手がたとえ長年連れ添った相棒だったとしても死なすことになる。そうだろ?」

「…………」

「合っているから、廊下のカルトの連中は皆死んで、そしてお前の相棒はこの部屋から出ている。お前の信念を馬鹿正直に守っていたら、お前の命はおろか自分の命も守れないからだ。お前の信念が間違えているんじゃない。お前の相棒に適用しなかった、そういうことだ」

 

 千束は再び俯いて、アイゼンの言葉をまるで呪詛を聞いているかのような顔で耳に入れていた。

 聞きたくない。認めたくない。でもこの目の前の、命を救ってくれたこの男が、間違ったことを言っていないのは考えなくてもわかる。

 

 千束は、蚊の鳴くような震える声で絞り出した。

 

「…………じゃあ、どうすればいいの。そんなに説教するなら教えてよ」

「俺と手を組め。そしてこの街から脱出する」

 

 アイゼンの言葉に、千束は目を見開いて顔を上げた。

 

「なに、言ってんの……?」

「嫌か?」

「い……いや、そうじゃなくて、だって、アイゼンさんは…………まって混乱してきた。あの、イレーネさんは……」

 

 イレーネがアイゼンに対して強い殺意を持っていることを思い出す。イレーネから伝え聞いているアイゼンの人物像も相まって、千束の頭の中ではこの提案を飲むこと自体に警鐘がなっていた。

 

 しかし現にこうして話をして、イレーネから聞いていた情報と実際の印象に若干のずれがあることを認識した。そして何よりも揺るがない事実として、千束自らの命はアイゼンの解毒薬によって救われている。

 

「イレーネから俺のことを聞いているとしたら、おそらく俺を悪魔か何かに例えて表現したんじゃないか?」

「いや、そこまではしてないけど。でも研究員を…………民間人を撃ったって」

「それは事実だ」

 

 アイゼンはまっすぐ、隠すこともないというような表情で千束を見返した。

 

「まだUSECの指揮系統が機能していた。命令があったから従ったまでだ。その意味では、命令違反をして脱走したイレーネの方に非がある」

「いや、そうじゃなくて。だって、民間人を撃つのは────」

「通常であれば御法度だな。だがそうじゃない。お前がこれまでの人生で銃を持って何をしてきたのかは知らないが、子供だろうと老人だろうと、殺せと判断が下されたら殺さなければならない。殺しをしないと決めたお前では、自らの倫理観に反する経験が圧倒的に足りないだろう。だがお前の相棒はどうなんだ?」

「え…………」

 

 千束はたきなの顔を思い浮かべた。

 千束と出会う前のたきな。千束の「いのちだいじに」を知る前のたきな。リコリスとして、優秀な働きをしていたであろうたきな。

 

 たきな、だけじゃない。

 リコリスは。

 民間人を殺すことを非難したら、それをしたら、リコリスは…………何をしている? 

 何をする組織だ? 

 ラジアータが定めた悪人を、いや、()()()()()()()()()()()を殺すことが、リコリスの使命。

 じゃあ、たきなは? 

 

「…………」

 

 千束は痛いほど自覚した。

 リコリスは、アイゼンのような人間を、USECのオペレーターのことを「命令に従って民間人を殺してしまうような人間」だと、ある意味で見下げるようなことができる立場には決して立てないということを。そんな資格はないんだと。

 

 たきなも、フキも、サクラも、みんな、みんな……リコリスは民間人を殺している。

 老人も、大人も子供も、男も女も。事件は事故に、悲劇は美談に。人知れず、誰もわからず、しかし確実に同じく私たちは非戦闘員を殺している。

 

 アイゼンは、小さく笑みを漏らしながら頬杖をついた。

 

「何かに気がついたようだな」

「…………」

「お前がどんな理由で銃を握り走り回っているのかは知らないが、一度銃を握れば、もう手放して歩く人生は選べない。お前のように苦し紛れの言い訳をしながら善人のふりをして生きるか、潔く殺し続けるかの二択しかない」

「…………ひどい言い方だね」

「言葉を選ぶのが苦手だからな。だがいずれにしても、この街から出るには選択肢などない。あるのは誰と、どこで、何を撃つのかだけだ。俺は一人でいるより部隊を組んだ方が生き残る確率が上がる。手を組んだやつの生存率も上げてやれる」

「…………そう」

「どうすればいいのか聞いてきたな。これが答えだ。俺と手を組み、生きてこの街から脱出し、お前はその歪んだ信念をどこまで貫けるのか試しながら生きていけ」

 

 アイゼンの言葉は、表面だけ取ると残酷で辛辣な物言いだったが、千束はどこか奥の方に、この男の不器用ながらもわずかな温かみを感じ取ることができた。

 手放しで信用はできない。しかしアイゼンの言っていることに筋は通っている。ならば逆に試してみたいと、確認の意味を込めて千束は少しだけ口元に笑みを浮かべながら、質問を投げかけた。

 

「アイゼンさん、寂しかったの?」

「……は?」

 

 まるで面食らったかのように口を開けたアイゼンに、千束は軽く吹き出しながら肩を揺らした。

 

「いや、さ。それ、回りくどく言ってるけど、要は〝仲間がほしい〟ってことだよね。その仲間に私を入れようとしてる」

「…………そうなるな」

 

 不服そうな表情をしながらも、アイゼンは小さく頷いた。目を瞑り、若干天井を仰ぐ。

 

「千束、これは取引だ。そういうことにする」

「どんな取引?」

「お前に使った解毒薬と、回復までの護衛を代金として、俺の分隊員になれ。あとついでに俺はステッチを殺した奴を殺してからこの街を出る。その手伝いも取引内容に入れる」

「あの…………私もう解毒剤使われてるし、これ拒否権なくない?」

「ないぞ。どうする」

「ないのに聞いてくるんだ…………うん、でもわかった。助けてくれたことには感謝してる。でも私は殺さないよ?」

「それでいい」

「あと、たきなと合流したいんだ」

「お前の相棒か? イレーネはどうした」

「イレーネさんとは連絡できないんだ。でもたきなとはどうにかして合流したい。通信も、たきなが衛星電話持ってるから、ちゃんとした通信機さえあれば繋げられると思う。もし繋がらなくても、この部屋で待っていればいつか戻ってくると思うし」

「それはやめておけ」

「?」

 

 首を振るアイゼンに、千束は疑問の目を投げた。

 

「なんで?」

「この建物がカルトのアジトになっているという情報は、時間差で市内のあちこちに広がる。俺やお前たちへの依頼が最速だったようだが、徐々にPMCやごろつきが集まりだす。不要な戦闘になる可能性が非常に高い」

「そっか……え、あの、ていうか私たちはカルトを殺しに来たんじゃないよ」

「そうなのか」

「休むために偶然入ったんだってば。そしたらこうなっちゃって」

 

 アイゼンは千束の言葉に眉を上げた。そして入り口に仕掛けた不発の爆薬を思い出す。

 

「…………ラッキーガールだな」

「いや全然。どこが」

 

 知らない方がいいことも世の中にはある。これもそのうちの一つだろうとアイゼンは思い、胸の内に爆薬のことはしまっておいた。

 そして立ち上がり、千束の下まで数歩進んで右手を差し出した。

 まっすぐ、誠実さすら感じる目つきで千束の瞳を見る。千束も、一度差し出された右手を見て、それからアイゼンの顔を見上げた。

 

「まぁ、そうだね。私一人じゃどうしようもない。たきなが居なかったら、私ひとりぼっちだし。たぶん生き残れない」

「居たところで生き残れる保証にはならないが、お前の相棒は仕事ができる奴だ。それは間違いない。無事合流出来たら、分隊員として迎え入れたい」

「たきながいいって言ったらね」

 

 千束が右手を持ち上げてアイゼンの握手を握り返そうとする。しかし、右手は数センチ上がっただけで、力無くベッドにへたり込んだ。

 

「…………ごめん、アイゼンさん。まだ力入んないや」

「あと30分は待つが、それでも動けないなら隣の建物に移動するぞ」

「え、どうやって」

「引きずる」

「やめて」

「じゃあ背負う。しかし……小便は勘弁願いたいな。着替えはあるのか」

「あるけど…………え? まさかここで脱がされるの? アイゼンさんに?」

「そこにクローゼットがある。自分で着替えろ」

「動けないんだってばできるわけないじゃん。待って別の方法にしてお願い」

「注文の多い奴だ…………」

「年頃の娘なんだってば。いやアイゼンさんが脱がす気になったらもうどうしようもないんだけど、いや何言ってんだ私は」

 

 だんだんと目を白黒させ始めた千束を横目に、アイゼンは移動の準備を始めた。

 食料を詰め込み、AK101の弾とマガジンを確認して、千束のバックパックに自らのバックをくくりつけて移動しやすくする。往復するリスクは取りたくない様子だった。

 作業中にも悶々と顔を赤くしている千束に、アイゼンはあきれ顔で一瞥したあと、

 

「着替えの件は冗談だ。クローゼットの毛布で包んで運び出す。だが移動中に戦闘になった場合は落とすぞ」

「いいけどなるべく低めで」

「本当に注文の多い奴だな。早く動けるようになれ」

「わかったよ。がんばる」

 

 




アイゼンさん冗談とか言うんすね。
って思ったけど確かステッチとのやり取りもわざと無視したりいきなりSVT-40ぶっ放したりして遊んでた(語弊)ので案外そういうとこありますね。

次回か次々回からたきなちゃんソロレイド始まりそう。
本物のタルコフ(ホラゲ)を満喫してください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。