リコリスinタルコフ   作:奥の手

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ハイドアウト

「ジャックさんて、PMCはどれくらいやってんの? 歳は?」

「今30歳だ。半年前まで工場で勤務していた。PMC歴は半年ってわけだ」

「へぇ〜」

 

 千束はバラクラバをずらしてクラッカーを食べている。小腹が空いていたので休憩がてら補給をしつつ、ジャックのことについて聞いている。

 小屋の入り口ではたきなが外を睨みながら、耳はジャックの話す内容をしっかりと聞いていた。銃口こそ下げてはいるが、警戒は怠らない。

 

 ジャックは起き上がって壁に背中をつき、水を二口飲んだ。腹の痛みはだいぶ収まっている。無性に喉が渇き、腹も減るが自分の持ってきた食料はさっき千束に食べさせてもらったので最後だ。今あるのはペットボトルに入った飲用水だけである。

 

「なんでPMCなんて危ない職に変えたの? 工場でもいいじゃん」

「娘がいるんだ。俺と妻の稼ぎじゃ直せない病気にかかっている。金が必要だったから、払いの良いUSECに入ったんだ」

「あちゃー。んで初任務で切り捨てられたと」

「あぁ」

 

 最悪だ、とジャックは自虐気味に笑った。

 千束はクラッカーのゴミをバックにしまってからバラクラバを元の位置に戻して顔を覆うと、くぐもった声でジャックにつぶやいた。

 

「娘さんのためにも、生きてここから出ないとね」

「そのとおりだ。帰れさえすれば、なんとかなる。金のことは後から考えればいい。今は…………娘に会いたい」

「がんばろ」

 

 千束は立ち上がって、先ほど放り投げた拳銃とマガジン、弾を回収してジャックに渡した。

 銃身を持ってグリップの方をジャックに差し出す。ジャックは銃と、バラクラバの穴から見えている千束の綺麗な目を交互に見て、

 

「…………あくまで、俺を殺さないんだな」

「殺さないよ。殺さないし、殺されない。仲良くしようよ! 娘さんに会いたいんでしょ?」

 

 ジャックは頷き、拳銃を手に取った。スライドを引いて弾を薬室に1発送る。タンカラーのM45A1ピストルだ。偶然にも、千束とたきなのサイドアームと同じ口径であり、弾も同じものを使用できる。45口径のパワーのある拳銃であり、アーマーのない場所にあたればダメージも大きい。

 

 千束は、M45A1のスライドを少し後退させてチャンバーチェックをしているジャックに質問を投げた。

 

「マガジンはそれだけ? 弾とか、他の武器はないの?」

 

 ジャックは首を横に振りながら答えた。

 

「M4は弾切れで売った。こいつのマガジンは後2本ある。弾はバックの中にあと50発くらいあるはずだ」

「ギリギリの武装だねぇ。どっかで何か拾えるといいけど」

「隠れ家に帰ればいくらか備えがある」

「隠れ家? あるの?」

「あぁ」

 

 ジャックは立ち上がり、千束の方を見た。千束もKSGショットガンを持って、弾がフルで装填されているのを確認しながらジャックの方を見る。

 

「ウッズを東の方に抜けたところで防空壕を見つけた。今はそこを拠点にして、仕事をしている」

「仕事? 仕事って何してるの」

「トレーダーと自称している奴らからの依頼をこなしているんだ。対価に金や武器、弾薬、食料と医薬品なんかがもらえる」

「はえー、やっぱこういう場所でも商売している人っているんだね。聞いたたきな?」

 

 入り口の方に振り返った千束に、たきなは外を見たまま答える。

 

「まぁ少ない物資をやりくりしながら生きている人たちです。独自の経済を築いてもおかしくはないでしょう」

 

 ジャック、千束の両名はバックパックをしっかりと背負って、部屋を後にする。たきなが見張っている入り口まで来て、

 

「たきな、お腹空いてない?」

「私は大丈夫です。それより、水没村の調査はどうしますか?」

「それなんだよね。ねぇジャックさん」

「なんだ」

 

 拳銃を握りしめて入り口から周囲を窺っていたジャックが千束の方に振り返る。

 

「ジャックさんの隠れ家に私たちも転がり込んじゃだめかな? お礼は食料をちょっと分けてあげるのと、ジャックさんのその仕事? を手伝ってあげるってので。合間に私たちの探しものをするっていうのでどう?」

「ちょ、千束、それはどうなんですか」

「いいじゃんいいじゃん! 拠点があった方が私たちも動きやすいし、それにトレーダーって人たちとコンタクトが取れたらこの街の情報とか手に入るかもしれないじゃん。私たちだけで動くより効率いいって」

 

 千束の言うことはもっともだった。あてもなくアップデートファイルを探すより、情報の集まるところを目指してアプローチをかけた方が効率はいい。情報の集まるところというのは、大抵仕事を集めたりこなしたり、それによって物品をやりとりしているところである。組織か、個人か、はたまたその規模にもよるが、大なり小なり人と情報の集まる場所なら千束とたきなの探しているものも見つかるかもしれない。

 

「どう? ジャックさん。悪くないと思うんだけど」

「まぁそりゃ、食料にタスクを手伝うってんならこっちはありがたいが…………」

「決まり! それじゃあ日も暮れるし隠れ家に急ごう!」

 

 ジャックとたきなはそれぞれ「いいのかこれで……」という顔をしていたが、言葉には出さなかった。

 三人は水没村を後にする。

 

 ◯

 

 空の日差しはかなりオレンジ色に傾いており、太陽は西の彼方へ今にも沈もうとしている。

 水没村を抜けた三人は、木々の生い茂る森の中を経由して小高い山の麓に来ていた。

 千束はマップを見ながら現在地を確認する。

 

「これがたぶん大きな岩山だよね。南に見えてるってことは現在地はこの山の北の麓かな」

「そのようですね。ジャックさん、隠れ家はどこからいくんですか?」

 

 たきなとジャックも千束の持つ地図を覗き込みながらやりとりする。ジャックは山の東の方を指さして、

 

「こことここに国連の部隊がロードブロックを敷いている場所がある。今はもう部隊は撤退しているが、北側のバリケードを超えた道を東に行くと隠れ家だ」

「ここから結構遠い?」

「そこそこある。日没には間に合わんな」

「わかった。たきな急ごう。夜間装備は持ってきてないから不利になるよ」

「了解です」

 

 地図をしまって再び歩き出す。前方をたきなが、側面をジャックが、後方を千束が警戒しつつ前進する。

 岩の剥き出しになっている地面を縫うように進み、ある時は岩を越え、ある時は岩から飛び降りつつ東を目指す。

 木々の合間を抜けると少し開けたところに出る。窪地になっており、背の低い草に覆われている。時間短縮のため突っ切るようにして三人は進んだ。遮蔽物がないため気持ち足早に通り抜ける。

 

 窪地を抜けて、少し丘を登ると道が見えてきた。土を踏み固めただけの道の横にはプレハブやトレーラーハウス、ログハウスなどが点在している。

 

「ここを南に行ったところがロードブロックだ」

 

 ジャックの指示通りに南へ進む。道なりにいくと、確かにコンクリートブロックと頑丈な鉄板、有刺鉄線付きのフェンスで囲われた、山間の封鎖線に出てきた。

 

「ここから抜けられる」

 

 封鎖線の右側へよじ登り、隙間から体を入れて向こう側へと越えていく。ジャック、たきな、千束の順でロードブロックを越えていった。

 水没村からここまで敵との遭遇はなかった。追ってくる様子もない。

 太陽はもう姿を隠し、残るのは空を紫へと変える残滓だけである。足元が暗いので、たきなと千束はメインウェポンをそれぞれ背中に回して拳銃を抜き、懐中電灯を左手に、拳銃を右手に持って地面を照らした。

 ジャックは拳銃にライトがついているためそれを点灯させる。三人はそれぞれ暗い夜道を歩いていった。

 

 ◯

 

「ここが俺のハイドアウトだ」

 

 周囲にはウッズほどの森ではなく林といった感じの木々が広がり、地面は土を固めた未舗装路が伸びている。道の片側は木に覆われた崖で、もう片側にも木が覆っているが、こちらは崖ではなく登るように聳え立つ形になっていた。ここはちょうど崖の中腹にある道とも言える。

 その道の登る方側に、木と葉っぱで偽装された入り口があった。

 

 半地下の入り口を進むとそこそこ大きな地下道になり、さらに進むと突き当たりに鉄格子状のドアが見えた。

 

「ちょっと待っててくれ」

 

 ジャックはドアの入り口のところで何やらコードを解きながら作業をしている。

 

「不届者がいるからな。俺に許可なしで入ってくるやつは体がミンチになるように作ってある」

 

 つまり爆薬を仕掛けているということだった。千束とたきなはやや離れたところから解除の様子を見ていたが、

 

「原始的なトラップのようですね」

「私たちなら解除できちゃうね」

 

 ジャックに聞こえない声でそうつぶやいた。

 

 爆薬トラップを解除したジャックは、鉄で作られた取っ手を回してドアを開く。

 鉄の擦れる音と共に開いた扉の向こうには、やや薄暗く、地下ゆえにひんやりとした空気と、若干の埃っぽさが広がっていた。

 

「古い防空壕を俺なりに使いやすくしている。まだまだ必要なものはあるが、とりあえず休めるスペースと食事、それから簡単な工作ができるようにしてある。お前たちはこの辺のマットレスでも使ってくれ」

 

 お世辞にも綺麗で清潔とは言えないマットレスを引っ張り出してきたジャックは、壁の隅に寄せて千束とたきなにあけ渡した。

 

「ありがとジャックさん!」

「ありがとうございます」

 

 バックパックを下ろし、メインアームを近くに置く。ホルスターの拳銃は、二人ともそのまま携行した。

 

「じゃあさ! 早速だしご飯食べようよ! ジャックさんの分もあるよ!」

「あぁ、助かる。ちょうど備蓄が少なくなっていたからな」

 

 千束は自分のバックパックから二食分の食料を取り出して、一食分をジャックに渡した。

 ジャックは丸椅子を持ってきてそこに座る。千束とたきなはマットレスに腰を下ろして、半ば地べた座りのそこに食料を広げていく。

 

「こりゃ…………なんだ?」

「戦闘糧食。日本のご飯だよ。それは確か炊き込みご飯かな」

「米ってやつか。久しぶりに食うぜ。美味いのか?」

「餅米入ってて味も美味しいし、お腹が膨れるからおすすめだよ。ねぇたきな? ってあ!」

「私は洋食です」

 

 たきなが手にしていたのは乾パンにジャムとマーマレード、チョコスティックだった。別に洋食といえるようなものではないが、常温で手早く食べられる代物だ。

 千束とジャックが手にしているのは、もちろん温めなくてもそのまま食べられるが、温めれば尚のこと美味しい炊き込みご飯だった。おかずにソーセージとコーンの缶詰もある。

 

「湯を沸かすか。温めると美味いんだろ?」

「うんうん。実はヒートパックでも温められるけど、お湯沸かせるならその方がいいかな。たきなお腹空いてるでしょ」

「ええ」

「先食べてていいよ」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 開封して中身を取り出したまま所在なさげに固まっていたたきなに、千束は先に食べるよう勧めた。サクサクと音を立てながらたきなが乾パンを口に運ぶ。

 湯を沸かしているジャックが、たきなの乾パンを見ながら話しかけた。

 

「そっちの、たきなの食べているパンは…………パンなのか? あまりパンのような音ではないが」

「乾パンって言って、日本でむかーしから愛されてる非常食なんだよ」

「美味しい…………と感じるかは人それぞれですが、水分さえあれば手早く食べられる点が優れていますね。食べてみますか?」

「いいのか? ありがてぇ」

 

 一つもらったジャックはぽいと口に放った。サクサクと噛んで、

 

「素朴な味だな。水が欲しくなる」

「水分は必須ですね。牛乳と食べると美味しいと聞いたことがあります」

「あぁ、ミルクならあるぜ。飲むか?」

 

 ジャックは少し歩いて、食料の入っている箱から白いパックを取り出した。ロシア語で書かれているが、牛乳のようだ。

 常温である。

 千束が目を見開きながら突っ込んだ。

 

「それ腐ってないの? 常温で置いてたよね??」

「あぁ。知らないのか? パックの中がアルミで覆われている。光も熱も空気も遮断するから大丈夫だ」

「へぇーそうなんだ。日本だと常温の牛乳は殺人兵器だからね」

「普通は飲めませんよね」

「こいつは安心しな。問題なく飲めるぜ」

 

 ジャックはコップを出して三人分入れた。使い切りタイプのようで、ちょうどよく三人分入った。

 

 たきなは乾パンとミルクをもそもそと食べつつ、隠れ家の設備を見回してみる。

 

 照明は簡単な裸電球。洗面台のような場所に木製の簡易的なトイレ。工具や部品が散らかっている作業台。医療品が置かれた一角。地下水を汲み上げているらしい集水機。音を立てて動く発電機。古い冷蔵庫と一人分の食事台に椅子。おそらくジャックは普段ここでご飯を食べているのだろう。

 

 必要最低限から少しばかりの快適性を求めた結果、集められる物資で作ったまさに隠れ家といった感じの場所である。

 

 そうこうしていると千束とジャックの戦闘糧食も温められた。缶を開けて、湯気の立つ炊き込みご飯をまずは千束が一口頬張る。

 

「んーやっぱ美味しいわ炊き込みご飯。餅米のもちもち感がたまんないねぇ」

 

 その様子を見て、ジャックも一口、スプーンで口に運ぶ。

 しばらく口の中で咀嚼して、飲み込んだ。顔を上げると千束とたきなが何かを期待しているかのような目でこちらを見ていた。

 ジャックは一度唾を飲み込んだ後、ゆっくりと感想を述べた。

 

「…………正直俺はパンの方が好きだが、これはこれで悪くない。日本の飯は好きだ。いつか日本でテンプラを食べてみたい」

「おお〜! おいでおいで! とびっきりうまい店紹介してあげる」

「千束の紹介で大丈夫なんですか?」

「まかせんしゃい! この千束様だよ? そんりゃもう美味しいとこいっぱい教えてあげるんだから」

 

 にんまりと笑う千束にジャックも小さな笑みで頷き返し、手元の炊き込みご飯を食べることに専念した。

 三人の笑い声や、缶に当たるスプーンの音、袋から取り出される乾パンの音が、質素な隠れ家にしばらく響いた。

 

 

 




 たくさんのご感想、そして惜しみない高評価ありがとうございます。突然踊りだしてしまうほどうれしいです!

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