アッキーとハチの隠れ家に来て、今日で五日が経った。外はもう陽も落ちて暗い。
アタシ以外の男連中三人は今朝からインターチェンジに出向いている。依頼されている仕事と、ちょっと回収したいものがあるから探してくると言っていた。
アタシの右手は無事にくっついて、十分に動かせるくらいまで回復した。この数日の安静と療養は私に生きるチャンスを与えてくれたが、引き換えに戦う力を奪っていったように思う。そろそろトレーニングも含めて体を動かしていきたい。
「ふっ……! ふっ……!」
大胸筋に効かせるように、ダンベルベンチプレスを繰り返す。
都合のいい筋トレ器具なんてものはないと思っていたが、アッキーのやつはご丁寧にトレーニングルームを奥の部屋にこさえていた。マットレスとローテーブルで作った簡易的だけど機能は十分なフラットタイプのトレーニングベンチに、わざわざこれをバックパックに入れて持って帰ったのかと思うと感心するしかないダンベルが複数種類。
適度な負荷と、何よりも回数を上げることを意識して実用的な筋力の回復を目指す。
胸、腕、背中、そして足。筋力と体力がなければまともにこの街で生き残ることはできないから、少なくとも腕がちぎれそうになった日と同じくらいの体には戻したいね。
「ふっー! ふぅ…………あー…………」
起き上がってダンベルを置く。すぐ近くの椅子に引っ掛けていたタオルで顔と上半身の汗を拭って、インターバルを置く。この三十分間全力でやって、だいぶタンクトップも汗で重たくなってきた。水は使い放題だから洗濯の心配はいらない。もうあと三十分やったらやめよう。
「い…………つぇ……」
胸に心地よい疲労感。若干の筋肉痛。負傷前はこのくらいの重さと回数で限界なんて来なかったから、やはり体は鈍っている。まぁそりゃしかたない。この四日間は本当に食べて寝ての繰り返しだった。
食料も水も医薬品も、アッキーとハチとお兄ちゃんが運んできてくれている。
申し訳ないという気持ちはあんまりない。動けるようになったら、いくらでも彼らにお返しはできる。それは銃弾を使う方法でも体を使う方法でも、好きな方で。
アッキーとハチなら全然オッケー。むしろいい。
腕時計のアラームが鳴る。
インターバル終了。さて、胸トレはもうワンセットかな。
◯
汗だくのタンクトップを上半身裸で洗濯していると、隠れ家入り口のセキュリティが解除される音がした。
アタシは慌てて近くに投げていたTシャツをかぶって、男たちの帰りを出迎える。
「おかえり」
「おう、ただいま」
三人がゾロゾロと入ってきて、最後尾のアッキーが返事をしながらバックパックをテーブルに置いた。
ごとん、と重苦しい音が響く。テーブルの土埃がはらりと落ちるほど大きな振動だった。
「何持って帰ってきたんだよ。すごい音したよ?」
「見て驚けってイレーネ。お前が今一番欲しいものだ」
「自由とか?」
「そんなもんカバンに入れたら消えてなくなっちまう」
鼻で笑いながら、アッキーはバックパックの中身をテーブルに広げていった。
そのすぐ隣で、お兄ちゃんも自分の分のバックパックから紙袋を複数個取り出して広げ始める。え、なにそれ? 食料? わざわざ食料を紙袋に入れてんの? どこから拾ってきたんだよ?
アタシが怪訝そうな顔で見ていると気がついたのか、アッキーはアタシの顔を一度見てから、さも大事なものかのようにゆっくりとバックから銃を取り出してアタシの目の前に置いた。
それは、かなり状態の良いAKS-74Uだった。軍で支給されているもので、かつほとんど使われていない新品同然のそれは、純正パーツで構築された程度のいい代物だった。
「これは?」
指差しながらアッキーに説明を求める。誇らしげに、にんまりと笑顔を浮かべながらアッキーはAKS-74Uをぽんと叩いた。
「インターチェンジのウェポンボックスを適当に漁っていたら見つけたんだ。おそらく誰も使っていないまま流れ着いたんだろう。それと、これだ」
テーブルに広げた紙袋の一つをがさりと剥がして、中から出てきたパーツをアタシによこした。
…………ほう。
「レール付きのダストカバーね」
「珍しいだろ。俺は初めて見た。どっかの誰かが流し始めたのかもしれないが、とにかく紙袋の中のこれら全て
「わざわざアタシのために用意してくれたってわけね」
「ベクターは残念ながら代えのパーツが見つからなかった。照準器は使えるんだったか?」
「ええ。ライトも無事」
「よし。流用したらいい」
「そうするよ。ありがとうアッキー、ハチ。お兄ちゃんも」
「あぁ」
たばこを吸っていたハチと、コーラを傾けていたお兄ちゃんも手をあげて軽く返してきた。
AKS-74Uか。
短いし、ちゃんとパーツを吟味すればベクターと同じか、下手したらそれ以上に扱いやすいかもしれない。
アタシは紙袋の中を全てひっぺがしてテーブルに広げた。
フォアグリップにストレートタイプのストック、肉抜きされたハンドガードと、ご丁寧にフラッシュハイダーまで用意してくれている。
「今組んでもいい?」
お兄ちゃんの方へ向き直って聞いてみる。頷きが返ってきた。よし、早速組み合わせてみよう。
「俺たちは飯にする。お前は? 晩飯は食ったのか?」
「いや、まだだけど」
「先に飯だ。ハチ、今日の収穫を出してくれ」
「はいよ」
吸っていたタバコがちょうどよく満足のいく長さになったのか、ハチは空き缶にタバコをすりつぶしてから入れて、自らのバックパックをゴソゴソと漁った。
「あ」
「?」
そして、今度はラッピング用紙を雑に巻いた紙包をアタシに差し出してきた。
「これもやるよ」
「なにこれ?」
「開けてみろ」
何かと首をかしげながら、とりあえず雑な包装をひっぺがして中身を取り出す。
中からは、拳銃用の細々としたカスタムパーツがごちゃっとひとまとめにして現れた。
「…………? あ、これもしかして」
一瞬わからなかったけど、これガバメントに使えるパーツじゃない?
カスタムグリップにマズルブレーキ、軽量トリガーとリングハンマー。あと新品の精密バレル?
「兄貴に渡したらいいの?」
「いや、それはお前のだ」
「どういうこと? アタシ使ってないけど」
「メインアームを失う経験があったんだ。警察と同じくサイドアームは必要だろう」
「警察の事情は知らないけど」
でも、ハチの言う通りかもしれない。
腕を負傷したら正直サイドがあっても生き残るのは難しいけど、それでもメインが壊れてそれしか持っていなかったら、状況は絶望的になる。というか絶望的だった。
アタシはハチから受け取ったパーツの束をテーブルに置いて、何度か頷きながらアッキーの方へ振り返った。
「で、ある? 余ってるの?」
「なにが」
「拳銃」
「あるぜ」
アッキーが首で「こっちこいよ」と指示をして、スタッシュの蓋を持ち上げた。隅の方に取り付けてあるライトのスイッチを入れて、箱の中を照らし出す。
アタシも一緒になって覗き込み、アッキーの指差した先にあるいくつかの拳銃を眺めた。
M45A1、つまりお兄ちゃんとハチが使っているものと同じものが一丁。
隣にはグロック。
M9、そしてM1911A1が並べられている。
「ハチが拾ってきたパーツを使うならM45がいいだろ」
「そうね、じゃあ、これにするわ」
アタシはM1911A1を拾い上げた。
アッキーが眉を上げて両手を広げる。
「なんで? そりゃ依頼のために集めてたやつの余りだ。骨董品だぞ」
「でも魂が宿ってるんでしょ? アメリカの。じゃあ使わない手はないね」
「いやそりゃそうだけど…………おい兄貴なんか言ってやれよ」
缶詰を温める準備をしていたお兄ちゃんは、横目でアタシの手元に握られているM1911A1を見て、それから一回だけ頷いて缶詰に視線を戻した。
「俺と一緒じゃつまらねぇとか思ってそうだな」
「その通りだよ流石兄貴。アタシはアメリカの魂に身を委ねるよ」
どうもあまり良くない笑顔を浮かべていたらしい。
アッキーとハチが堪えきれずに吹き出して、それからアッキーはアタシの肩をポンと叩いた。
「ま、それを使わにゃならん状況にはなるべくならないようにってことだろ?」
「そうだよ。命綱に毎回ぶら下がってたら身がもたないからね。こんなもんぶら下げてるだけで十分だよ」
アタシはM1911A1をカスタムパーツの束の近くに置いて、それから晩飯の準備を手伝った。
「明日から一緒に出るのか?」
テーブルを片付けているハチの質問に、アタシはスープを混ぜながら頷いて答える。
「千束ちゃんとたきなちゃんを探したい。合流できたら、きっとこの街から脱出するのに最高のメンバーが組み上がるよ」
「かもな」
「間違いない」
「どうやって探すかねぇ」
隠れ家に響いた静かな笑顔と笑い声は、アタシの心に深く広く染み込んでいた。
イレーネの大胸筋トレーニング(深い意味はない)
千束よりだいぶ小柄な女性(150cmないくらい)が一生懸命ダンベルベンチプレスしてんの想像したらなんか扉開いちゃいそう。
最近トレーニングルームに行き始めた奥の手ですが、しかしまぁダンベルというものは重たいですねぇ。20って書いてあったら両手に持つと40kgになるんですよ! 重たいでしょう!
そんなもんをマップのどこかで拾ってバックに詰めて何十キロも歩いて帰ってきたの? 馬鹿なの? すごくないPMC諸君? タンクバッテリーとどっこいしょだよ。
んで筋トレ失敗したら腕骨折するんだよ。何キロあるのそのダンベル……。