リコリスinタルコフ   作:奥の手

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ごめんみんな。
副業のほうがちょっとばかし立て込んでて死にそうだから、今週は幕間ですわ。
んでも千束も出てくるし本編みたいな幕間だね。


幕間:ある男の非日常③

 人生というのは、数年先どころか数日、数分先も予想だにしないことが起こる。

 それが望ましい出来事だろうと、そうではなく自らの不運を呪うような出来事だろうと、起きてしまったことは甘んじて受け入れなければならない。

 

 そして自分にできるのは、その出来事に対する〝解釈〟だけだ。

 つまり、それが良い出来事だったのか、それとも呪いのような出来事だったのか。いずれも個人の解釈次第ということである。

 

 長年連れ添った相棒を失い、数日前に殺し合った小便臭い少女と手を組んで行動するなどと、誰が予測できるだろうか。

 俺にとってこの流れは幸運なのか。それとも呪いか。

 M4を使った覚えはない。であれば、これは幸運の類かもしれないな。

 

「アイゼンさん、水飲みたい」

「自分で飲め」

「そんな殺生な。寝たきり娘にお恵みを〜」

 

 この娘、色々と注文が多すぎる。

 動けないのをいいことに一から十まで全て俺にやらせる。選択を間違ったか? 

 

 移動に使った毛布を床に敷き、その上に転がしていた千束をゆっくりと起こす。

 壁にもたれ掛けさせてから、ペットボトルの水を口元に持っていってやる。数口飲ませて、キャップを閉める。

 

 満足そうにふぅと一息ついた千束が、俺の方を見上げた。

 

「…………アイゼンさんって、子供いるの?」

「いない」

「結婚は?」

「してない。ずっと戦場にいる」

「えぇ…………むしろ居そうだけど? ほら、守るものがあると強くなる的な」

「映画の見過ぎだ」

 

 ペットボトルを千束のバックパックにねじ込み、スチール棚の上に置いたAK101を持ち上げてカーテンの隙間から外を覗く。

 まだ日が昇るには数十分ある。室内の明かりは蝋燭が一本、千束のそばに立つのみで他は闇に包まれている。外からこの部屋の中に人間がいることは悟られないだろう。

 

 カルトのアジトから数百メートル離れた建物に身を隠した。入口は二つ。階段は一つ。八階建ての最上階まで階段を登り、道中に爆薬を仕掛けた。ワイヤーに足が引っ掛かれば、侵入者をミンチにすると同時に音で我々も気付く。

 

 しばらくは千束の休息が必要だ。

 このフロアから降りる時には、動けるようになっていてもらわなければ困る。

 

 高い位置から街中を見下ろす。周囲の建物はせいぜい五、六階建て。この建物だけが周辺からは頭ひとつ高く、実際何かのオフィスビルだった様子で、他の部屋には絨毯が敷かれていた。デスクとPCも並んでいる。

 

 俺たちがいるのは書類保管庫のようだった。ダブルベッドが六つほど入りそうな大きさの部屋に、スチール棚が等間隔で並ぶ。棚の上にも下にも無造作にダンボールが置かれ、中には雑多な書類が押し込まれている。床はリノリウム剥き出しで、そのまま体を横たわらせるには硬いし冷たい。毛布が仕事をしていることだろう。

 窓には小汚いカーテンがかかっている。視界を塞ぐ機能としては十分である。

 

「ねぇねぇ、アイゼンさんは映画とか見るの?」

「黙って寝ていろ」

「もう眠くないんだってば。体に力が入んないだけで、意識はしっかりしてるからさ」

 

 快活な表情で壁にもたれかかり、力無く腕を垂らす少女を少しばかり視界に収める。

 こうもうるさいやつだったとはな。伐採場でワンマガジン避けたあの赤い瞳には背筋に走るものがあったが、その姿からは想像もできないほど騒々しいやつだ。

 

 しかし、これは適当に相手をしてやらなければ延々と話しかけてくるのか。

 まぁ…………仕方がない。指示を出すのも、こいつの性格がわかっていた方が出しやすい。あくまで人格の把握としてやり取りしてやるか。

 

「…………映画は見ない。本は読む」

「どんな本?」

「なんでも。ジャンルにこだわりはない。ただ…………共産圏の連中にはうんざりしているから、無意識にそっちの本は避けているかもな」

「ほえー。なんか頭良さそう! さすが分隊長!」

 

 めんどくさくなってきたな…………。

 

「お前は? 映画が好きなのか」

「めっちゃ好き。ちょー好き。おすすめ教えてあげよっか」

「この街で見るためにはそれなりの物資が必要だぞ」

「いいじゃんいいじゃんそれ目指して頑張ろうよ。本以外の娯楽に手を出すチャンスだよ。映画マスターの千束様がイチオシを教えてあげるから」

「ジャンルは?」

「私もなんでも見るけど、一番好きなのはやっぱアクションだよ。私の拳銃の撃ち方と同じ撃ち方してくれてる映画とかあるからね! ああいうの見ると私も映画の主人公になれるのかなーって嬉しくなる」

「弾丸を避ける整った顔立ちの小便漏らし女か。人気が出そうだな」

「小便漏らしはやめて」

 

 おぉ、ちょっと本気で怒ったようだな。だがまだ着替えが済んでいない。証拠の隠滅は体が動くようになってからということを考えるに、もうしばらくこの状態は続く。諦めろ。

 

 俺は窓から離れて棚の中の段ボールを一つ引っ張り出した。中には書類がギッチリと詰まっており、上に座っても潰れそうにない。

 手頃な椅子を手に入れた。腰を下ろして、通信端末をリグから取り出しタスクを管理する。

 

 ヒュージーからの追加依頼は今のところない。ということはしばらく仕事がないな。

 新しい隠れ家の居心地は悪くはないがまだ物資が足りていないから、それを集める時間とするか。

 こいつは…………まぁ連れて行くか。千束の相棒とやらがどこにいるのかは知らんが、通信手段を持っているのならいつでも合流できるだろう。

 一度隠れ家に戻って足りない物資のリストアップ。それが済んだら千束の相棒、たきなと言ったか。そいつを探すか。

 

 捜索がてらゴミ拾いだ。以前はステッチが一人で探していたからな。こんなことなら物資収集のいろはを学んでおくべきだった。効率は大事だったな。

 

「ねぇ、アイゼンさん」

「なんだ」

 

 数秒黙っていた千束が、少し声色を変えて口を開いた。蝋燭の弱々しいオレンジ色が千束の顔に陰影を落とす。

 

「こんなこと聞いて気を悪くしたら謝るけど、どうしても聞きたいんだ。その、気持ちの準備的にさ」

「結論から話せ」

「仕事じゃないんだからそんな説教しなくても────まぁ、その。もし、もしさ? 相棒を失ったらどんなふうに考えたらいいんだろって」

「…………」

「たきなが、死んじゃったら、どうしたらいいのかなって。アイゼンさんならわかるでしょ?」

 

 無神経、と糾弾することができるのは、こんな世界に身を置かない善良な一般市民だけだろう。

 目の前のこの少女は、今まさに相棒を失う恐怖にさらされている。18歳と言ったか。

 失うことが当たり前の日常であれば〝慣れ〟で超えられるようなことではあるが、今のこの言動を見るにそういう環境で銃を握ってきたのではないのだろう。であれば例え18歳だとしても、まだまだ未熟者だ。

 

 大方、一方的な暗殺活動を主体とする組織の構成員か。知ったところでどうしようというわけではないが、あまりにも〝失う〟ことに耐性がないように思える。

 

 どう答えるか。どう答えるのが一番マシか。

 …………そうだな。

 

「考えるな」

「…………へ?」

「相棒が死んだ時のことは、死んでから考えればいい。まだ生きているかもしれないのなら、死んだ時のことなど考えるだけ無駄だ」

「こ、心構えとかさ」

「それをするのは指揮官の仕事だ。それも、損失が出た分の補填や作戦行動の修正にのみリソースを使う。いいか、戦場に感情は不必要だ。怒りも悲しみも後悔も、全て余計なノイズだ。排除するよう努めろ」

「んな無茶な」

「そうだ。無茶だ。大半の人間はこれができず、そして状況が悪くなれば逃げるか死ぬかの二択になる」

 

 千束の眉根に皺がよる。嫌そうな顔をすると同時に、どこかで納得している目を向けていた。おずおずと言葉を吐く。

 

「じゃあ…………生きてるっていう、希望は? よくあるさ、希望を持って戦うみたいなのは……?」

「それは常に持っていろ。楽観と希望は違う。楽観視した結果現状の分析に穴があっては死につながるが、そうではない生存への希望は常に持て。忘れるな、お前が死ねば相棒も死ぬ。もしお前が死ぬときは、相棒や仲間に自らへ降りかかった脅威の詳細を伝えろ」

 

 死の間際まで敵の情報を遺し続けたステッチの、最後の通信が頭によぎった。

 あれが正解だ。あれが…………最も正しい。そう信じる。あの男は正しかったと、信じてやる。

 

「そっか…………わかった。ありがとアイゼンさん」

 

 力無く、しかし納得したようにはにかむ千束に頷き返してやり、そして端末に視線を戻した。

 不必要なものを捨てきれないのは俺も同じだ。こいつと違うのは、捨てた量と捨てられなかった量に差があるだけだ。

 窓の外はまだ暗い。夜明けまでもうしばらくかかるだろう。

 

 




副業が忙しいなら本業は何なのかって?
リコタル執筆だよ!(ニチャァアア……)

いやまじでこの活動は知的好奇心の補充だし、もの書いてると頭が刺激されるからあらゆる活動が活発になる。アンテナが立つ。
逆に何年か前に体壊したときは数百文字ですら書けなかったから、もし万が一にでもまた書けなくなったらその時は体調悪いって指標にもなる。いいじゃん物書き。一石三鳥だよ。最高。
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