リコリスinタルコフ   作:奥の手

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特別活動

 タラカンは自らの握る拳銃に思いを馳せた。

 

 マカロフPM拳銃。

 あのトカレフの後継機としてロシア軍に制式採用され、長きに渡ってその任を勤め上げた出来の良い〝お飾り〟だ。

 

 軽量でコンパクト、無駄な部品を使わないこの拳銃は、いかにも東側の優秀な武器の系譜。

 堂々とソ連を代表する拳銃である。

 

 他国の大型拳銃に比べて部品点数が少ないという事実は、それだけで信頼性、整備性に優れていることと同義。引き金を引けば必ず弾が出る保証は、あらゆる銃において最も大切で優先したい条件である。

 

 だがこいつは残念ながらお飾りだ。

 戦場での拳銃の価値はあまりにも低く、存在している必要性を疑われている。使わないからな。

 事実、そういう思想のもとで生まれたこの拳銃は、優秀だが致命的な欠点がある。

 

 それは弾が弱くストッピングパワーに欠けること。

 脱走兵や死刑囚の柔らかい頭に穴をあける道具としてはこれで十分だが、撃って撃たれる戦場ではこの弱さは足枷になる。

 どうも9mmパラベラムよりは、わずかに貫通力に優れるという噂だったが、

 

「………………いやぁ、どっちもどっちよ」

 

 タラカンは舌打ちをしながらマカロフを連射して、オレンジ色のサイリウムに照らし出されていた黒ずくめの男二人の背中と首筋にマカロフ弾を叩き込んだ。

 

 黒ずくめの連中がどれほどのアーマーを着込んでいるのかは定かではなかったが、少なくとも背中に当たった弾に手応えはない。すぐさま修正して首に当てた弾で、無事二名の排除に成功した。スライドが後退した位置で止まっている。

 

 サイリウムで照らされた室内廊下の壁には、大の大人が余裕で通れる大きな穴が空いていた。穴の先は区画の違う隣の部屋につながっており、タラカンはここを通ってきた。

 

 すでにたきなと黒ずくめの男たちの銃撃を聞いている。交戦からそう長く経っていないことと、この建物は見た目以上に壁を壊した抜け道が多いことから、たきなはまだ死んでいないと判断した。詳細な位置は不明だが近い。そして敵はまだいる。

 

 ゆえに、

 

「おらおら! 真っ黒くろすけども! さっさと俺を始末しねぇと困ったことになるぜ!!」

 

 ()()()()()()()()()煽ってやる。

 壁に背を預けながら左手の中指で弾倉先端のアールを引っ掛けて、グリップ後端の突起を倒す。澱みない動作で弾倉を抜いて、着ているベストの空いたポケットに放り込み、別のポケットから八発入った弾倉を取り出して叩き込む。

 スライドをリリース。初弾が薬室に入る。タラカンは一瞬だけ視線を拳銃に落としてスライドをわずかに引く。

 

 チャンバーに覗いた金色の薬莢。タラカンは満足げに小さく頷いた。

 

「じゃなきゃ────〝増える〟ぜ」

 

 頭のみ一瞬、廊下に出してピーク。その一瞬で、反対側にいた男がライフルをフルオートで撃ってきた。

 タラカンは敵の射撃が止む前にその場に膝をついて、ヘッドラインからはるかに下の位置で拳銃と頭を突き出した。

 

 姿を出すと同時に発砲。廊下の先で呻き声。

 間髪入れずに立ち上がって、ノールックで背後に二発射撃。右手だけを返した状態から、一秒もかけずに体軸を後ろに合わせて振り返る。

 

 タラカンの視界の先、わずか二メートルの距離で男が腹を押さえていた。

 出血がない。やはりマカロフではアーマーを貫通することはできない様子。タラカンは何も言わずに流れるような動作で右手を突き出したまま男の左目に銃弾を撃ち込んだ。

 

「あと四発」

 

 誰にも聞こえない声で呟きながら、廊下を進む。数秒もかからずライフルをフルオートで撃ってきた男の所まで来て、壁に寄りかかって首からの出血を半分パニックになりながら右手で押さえて止めようとしている男の眉間に一発撃つ。男は静かにその場で座った。

 

 タラカンは右に振り向き銃口を向けた。床に血痕が飛び散り、室内に伸びている。少しも乾いていない。落ちたばかりの血液を一瞥しながら、両手でマカロフを保持する。

 

 先ほどより慎重に歩みを進めて、寝室と思しき部屋に入った。その瞬間、右手側から黒い影が覆い被さる。

 

 先ほどまで殺してきた男の仲間。その右手に肉厚のナイフ。近接戦闘の様相を呈してきた。

 タラカンは全く慌てた様子もなく右足を一歩引き、両手に覆い被さってきた男に、自身がマカロフを保持している右手を()()()()

 

 そして左手を左の腰に持っていき、一切の無駄のない動作で細身のナイフを抜いた。抜いたとほぼ同時に一歩引いた右足で引っこ抜くように右後ろに重心を乗せて、左手のナイフを男の下顎から鼻に向けて突き刺した。

 

 まだ終わらない。下顎を突き抜かれた男の右手はフリーであり、そこには十分人を殺せるナイフが握られている。

 加えて男にはまだ生命力と膂力が残っている。死に損ないだが死んではいない。敵は右手のナイフをタラカンの腹に突き立てようと、その手を下から迫らせた。

 

 タラカンは、敵の下顎を貫いたナイフから手を離し、男の右手を左手で止める。ちょうど自身の下腹部の付近で手のひらを使って止め、そのまま左後ろへベクトルをずらす。

 

 敵の体勢はもう限界だった。タラカンの引いた右足に誘引されて横方向へ崩された上に、たった今、斜め前へ上半身が出るようにこちらも重心をずらされた。

 

 そうなれば、敵の取れる選択肢はただ一つ。右足をタラカンの前に踏み出すこと。それは同時に股間がタラカンの右膝の正面に来る形だった。

 

 タラカンには躊躇いも慈悲もない。その必要がかけらもない。間髪入れず、引きも溜めも作り終えた右膝が、敵の男の股間を潰した。

 

 わずか三秒。たったの一合。それだけで、ナイフを持って近接格闘を挑んだ敵は、下顎を貫かれて玉を膝で潰された。

 敵にはもう、タラカンの右手を押さえる力が残っていなかった。いとも容易くタラカンは自由になった右手を胸の前に持ってきて一発。弾は首に当たる。

 

 そして顔面に一発。鼻頭を砕きながら突き進んだ銃弾はヘルメット内部で止まり、男は仰向けに倒れた。倒れた男の顔面にもう一発おまけで撃ち込んで、弾倉を交換した。スライドをリリースして初弾を送る。

 

 寝室に入る。一瞬で部屋の中の状況を確認してから、右の足元で壁を背にして力無く座るたきなを見つけた。

 

 たきなの目元は涙で濡れており、右の脇腹の出血がひどい。右手、右足も被弾しており、ヘルメット右側面も弾痕があることを確認。

 それでも。

 しかしそれでも、まだしっかりと息があることを確かに認めた。

 助けてあげられる。タラカンは内心で安堵しながら、自分に出来うる限り優しい声を出すことにした。

 

「お待たせたきなちゃん。もう大丈夫、大丈夫だからな。ちょっとちくっとするぞ」

 

 ベストから緑色、黄色、紫色の注射器を取り出す。立て続けに3本を首筋に打ち込み、たきなのリグとアーマー、ヘルメットを取り外す。バラクラバも抜き取り、側頭部の負傷と脇腹の銃創を確認。

 

「よし、出血は止まったし問題なし。頭は……こっちも大丈夫だな。優秀なヘルメットだ。たまたまここに当たったのが脇腹の弾とは違うやつだったみてぇだな。運がいいぜ」

 

 そしてたきなの顔を見た。もうすでに気を失っているのか、細い呼吸のみで目は瞑っており、わずかに長いまつ毛が震えている。

 絹のように柔らかな肌。丸みのある頬と筋の通った鼻。小ぶりだが形のよい唇。均衡の整い方に人形や絵画のような芸術品を思わせる。

 

 カスタムズで見たのは目元のみ。しかしそれだけでも十分に整った顔立ちだろうと判断していたが、こうしてまじまじと見るとその類稀なる目鼻立ちの整い方に、タラカンのこれまでに抱いてきた〝顔のいい女〟の記憶が霞んでいくような気がした。

 

 たきなの目元に溜まった涙を、人差し指で拭う。すくった涙で濡れた指の腹は異様に分厚く、人差し指と親指の間の皮膚も、厚く硬い。

 

 たきなの目元から指を離したタラカンは、ポケットに入れていた折りたたみ式の通信機を取り出して装着した。左耳のみを覆って、マイクが控えめに伸びている。通信を繋ぐ。

 

 三秒もせずに回線がつながり、タラカンは静かに報告した。

 

「こちらアルファ1、〝花〟の生存を確認。応急処置完了。重症だが回復できる。敵の総数は不明。武装クラスは5から6。USECとは指揮系統を別にするテラグループ保有の工作部隊である可能性あり。戦闘継続の許可を」

『許可する。だが指揮者はなるべく生かして捕えろ』

ラジャー(了解)

『こちらアルファ2、あと三分で現着。東から回り込む』

『アルファ3、同じく三分後に北側から援護する』

『位置情報を戦術データリンクに同期しろ。こちらで管理する。互いの距離感に注意。〝花〟にビーコンを立てて守り抜け。敵は指揮者を残して他は全て殺せ』

「了解。ビーコンを設置した」

 

 手のひらサイズのタグをたきなのズボンのポケットに忍ばせたタラカンは、もう一度、細い寝息を立てるたきなの顔を見つめた。すっと目を細めてから、通信機のマイクへ静かに呟く。

 

「────ここから先は独り言だ。〝花〟は泣いていた。これは個人的な事情だが」

 

 タラカンは立ち上がり、マカロフを後ろ腰に戻してから先ほど下顎を貫いて股間を潰し殺した男のメインアームを奪い取る。

 

「年端もいかない女を追い詰めて泣かせるようなクズどもは、ぶち殺す」

 

 カスタムされたM4A1のマガジンを外してチャージングハンドルを引く。出てきた弾を目視確認、頷いて外したマガジンに戻す。それはズボンの後ろポケットへ。

 死体からフル装填のマガジンを四つ抜き取って一つは銃本体に、残り三つはベストとジャケットのポケットにしまう。

 ボルトリリースを押して薬室を閉鎖。そしてチャージングハンドルをわずかに引いて、確実に弾が撃てることを確認する。

 

 通信機に、指令を出している者の声が念を押すように囁いた。

 

『敵は明確に我々の活動の障害となる。指揮者を捕らえて情報を絞り上げろ。他は間違いなく殺せ。逃げたらアルファ2が追跡しろ』

『ラジャー』

『────我々SAC(パラミリ)に銃口を向けることは、米国の世界的信用を銃撃することと同義であることを、売国奴どもに教えてやれ。行動開始』

 

 

 

 

 

 

 




いつだっけ。タラカンの初登場時だったかな?
何人かの読者の方が「こいつ絶対なんかあるやろ」「ただのチンピラスカブ……?」と訝しんだボブになっていたのですが、見事あたりです。鋭すぎるやろ皆さん。
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