リコリスinタルコフ   作:奥の手

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生存確認

 狂信的かつ攻撃的な存在であるカルト集団のアジトから数百メートル離れたオフィスビル。その最上階に、一組の男女がいた。一人は白金髪に赤みがかった瞳の少女。もう一人は鋭く冷たい眼光に鍛え抜かれた肉体の男。腕とアーマーの一部にUSECのパッチがついている。千束とアイゼンだった。

 

 カルトから毒を打ち込まれ、アイゼンの解毒剤で一命を取り留めた千束は、この数分で急速に調子を取り戻していた。

 

 力の入らなかった手足に筋力が戻り、痙攣や震えも今のところ見られない。

 窓の外には夜明けを知らせる太陽の光が見え始めており、カーテンの隙間から室内に光の線を落としている。

 

 千束は、自身の体を横たえていた毛布から一歩離れてゆっくりと立ち上がった。

 

「よ…………っと」

「どうだ?」

 

 アイゼンがペットボトルの水をあおってから、注意深く視線を投げる。心配しているのとは少し違う温度だったが、千束はニコリと笑いながら、

 

「もう大丈夫みたい。ありがとねアイゼンさん」

 

 小さくピースサインを送った。

 

 それから部屋の隅の方で千束が服を着替えて、アイゼンは出発の用意を整え始めた。

 汚れた戦闘服や下着、破れた肌着は再利用しようにもできないので、そのまま部屋の隅の段ボールの中に隠す。

 いそいそと服を突っ込んでいる千束に、アイゼンは呆れながら、

 

「そんな痕跡を残して大丈夫か?」

「いやこうするしかないじゃん。持ち運ぶのはちょっと」

「小便臭いしな」

「言わないで」

「せめて燃やしたらどうだ」

「ここで? 書類に引火したら大変なことになるよ」

「ビルが燃えたところで、もはや誰が困るんだという話だろう。この街は終わっている」

 

 言いながらライターを投げ渡し、受け取った千束は半信半疑でライターの火を自分の着ていた服類に灯した。

 

 周囲はリノリウムの床にスチールの棚。特にガソリンをかけたわけでもないので激しく燃えることはないと思っていたが、

 

「ありゃ?」

 

 激しく燃えるどころか、三十秒と燃え続けることもなかった。

 肌着のみを灰に変えた炎は、戦闘服と下着に燃え移る前に急速にその勢いを縮めてしまい、ものの数秒で火は綺麗さっぱり消えてしまった。残ったのは端の方が僅かに焦げた戦闘服と湿った白い下着である。

 

「もしかしてこの服って難燃なの?」

「かもな。あとは小便が────」

「やめてって、あんまり言われるとアイゼンさんのこと嫌いになっちゃうよ」

「事実を挙げているだけだ。小便ごときで恥ずかしがるな」

「いやそれは…………いやそうか別にいいのか…………?」

 

 何周か回って千束の中で羞恥心の基準が更新された可能性があった。

 

 DA支給の戦闘服が難燃性である可能性は十分に高く、そうなると燃料なしには燃えない。あいにく近くにそう言った類の燃やせるものは見当たらず、仕方なしに当初の通り段ボールの中に詰めて隠すことにした。

 

 千束は全身の筋肉をほぐすように体を動かし、適宜ストレッチを挟む。これまでの動きを100%とするならば、今出せるのは70%くらいか。無理はできない。まだ全身に違和感がある。

 

「どれくらい動けそうなんだ」

 

 身体機能を確かめているのがアイゼンに伝わっていたらしい。千束は自分の所感を伝えてから、

 

「だから、二人以上から狙われると流石に弾避けきれないかも。距離があれば大丈夫かもだけど、約束はできない」

「遭遇戦は仕方ないとして、なるべく戦闘は避ける方針がいいな。わかった」

 

 それからアイゼンは窓際に立ってカーテンを少しめくり、外の様子を注意深く確認し始めた。

 

「五分後に出る。補給と出発の用意を済ませろ」

「あの」

「なんだ」

「たきなと合流したいんだけど」

「…………」

 

 アイゼンは千束の方へ振り返ってその赤みがかった綺麗な瞳を見つめた。

 何かを推測っている。そして同時に、方針と生存戦略を頭の中で組んでいた。時間にして十秒ほどだった。

 固まった千束はアイゼンに困惑の視線を送り返していたが、それも耐えきれず。

 

「…………そんなに見つめられると何言っていいかわからないんだけど」

「使え」

 

 気まずそうに頬を掻き始めた千束に、アイゼンはいきなり携帯端末を放り投げた。慌てて千束が受け取る。

 

「相棒に連絡しろ。生きていれば迎えに行くとな。もし万が一イレーネが一緒にいるなら電話を代われ」

「うわーお。…………おっけ。ありがとアイゼンさん」

 

 軽く感謝の言葉を口に出しながら、千束は両手でたきなの衛星電話に繋がる番号を押した。

 一つ一つ、祈るように、たきなの無事と生存をこの世の裁定者へお願いするように。

 

「…………」

 

 端末を耳に当てて、着替えたばかりの汚れていない戦闘服を、その胸の辺りをキツく握る。緊張が全身に走る。機械で動いているはずの心臓が、ありもしない痛みを訴えているかのような感覚に陥る。

 

 無事でいてほしい。

 たった一人で戦場へ身を投げて、私のために解毒剤を探しに行ってくれた、最高の相棒が。

 こんなところで、こんな場所で、二度と会えないなんてことにはなってほしくない。

 

 たきななら大丈夫だと信じる心と、もしこの電話が繋がらなかったら、いつまで経っても誰も出なかったら、あるいはたきなを殺したり動けなくしたやつに出られたら。

 正気が保てないかもしれない。

 

「…………おねがい、たきな。出てよ」

 

 思わず千束がつぶやいた時、一定間隔で鳴っていた呼び出し音がぷつりと途切れて、向こう側の音声を端末に流し始めた。

 

 最初の三秒は無音。何も聞こえない。通信自体は繋がっており、自分も相手も何か喋ればお互いに聞こえるはずだ。それでも相手が喋らない。つまり────たきなからの声がない。

 

 千束は一度口の中の唾を飲み込んで、話しかけようとした。その瞬間、千束の声が声になる前に、端末から男の声が響き始める。

 

『どちら様だ? 呼び出しといて名乗らねぇってのは失礼だろ』

 

 千束の頭は真っ白になった。そして数瞬のうちに頭を、脳を、体を、全身を、怒りの熱が沸騰した。

 腹わたで煮え繰り返るものを口から叩きつけそうになる。それを、なんとか、最後に残った僅かな理性で必死に抑え込みながら、自分でも驚くほど低く殺意のこもった声で端末に返答した。

 

「たきなに何をした。私の相棒に、何をしたの────もし、もし殺していたら、お前、死ぬより痛い目に遭ってもらうから」

 

 震える声で、アイゼンの端末を握りつぶしそうな勢いでそう漏らした千束を、アイゼンは窓側から一瞥して首を小さく横に振った。

 

 そして、端末からは、

 

『あぁ? もしかして千束ちゃんか? おお?? 無事なのか? あぁいやこの場合は生きてておめでとうか。何があったのかわかんねぇしなんか勘違いしてるみたいだから言っとくけど、たきなちゃんは無事だぜ。今コンビーフをうまそうに食ってる』

「…………は? え?」

『タラカンだ。ほらカスタムズで俺のこと助けてくれたろ? お返しにたきなちゃんは助けておいたぜ。これでチャラな』

「え? ああ…………え? 助け……え?」

 

 明らかに狼狽している千束に、アイゼンも電話から漏れ聞こえた内容から状況を察したらしく、小さくため息をつきながら千束から端末を取り上げた。取り上げられてなお、困惑しながら感情の乱高下に収拾がつかないのか、千束の目尻に涙が浮き始めた。

 

 アイゼンは呆れ顔で端末に話しかける。

 

「アイゼンだ。お前、タラカンで間違いないか」

『おおアイゼン。そうだぞ。ははーん、なるほどそういうことか。ヒュージーの依頼でそこに? そこが最後か?』

「もうカルトの建物からは移動している。そうだ、狩りの最後で千束を回収した。殺そうかと思ったが、依頼内容に含まれていなかったからな」

『解毒は?』

「した。俺の分を使ったから、その分はこいつらに働いてもらう」

『へいへい。こっちはまっくろくろすけの変態野郎どもと遊んでたんだ。たきなちゃんは危なかったけどギリ間に合ったぜ。なんか碌でもないのが動き出したから気をつけろよ』

「俺に言ってるのか?」

『そうだぞ。ここでこうして俺とあんたに関係がある時点で、あんたもめでたくリスト入りだ』

「…………相手は?」

『それを今からゲロってもらうのさ。俺がたきなちゃんとコンタクトしたのは別の依頼主からだが、まぁ細かいことは気にすんな。こっちに来た〝お客さん〟は丁重に料理したから、そっちは頑張ってくれ』

「…………待て、俺と千束しかいないぞ」

『今すぐにってわけじゃない。本隊は間違いなく俺たちの方に来てたからな。ただ総数がわからない。実力は〝経験者〟ってところだ。警戒してくれ』

 

 アイゼンは眉間を指で押さえながら「まいったな……」と聞こえないくらいの声量で小さく漏らしてから、顔を上げて気持ちを切り替えた。

 

「合流は? できるか」

『コンコルディアにきてくれ。とりあえずここを拠点にする』

「わかった」

 

 通信を切り、アイゼンは千束の方を向いた。最初の涙は無事拭われて、後続のないことを見るに落ち着きを取り戻してはいる。しかし心配と不安が浮かぶ顔で、

 

「…………たきなは、無事なの?」

 

 千束は再確認をした。なんせ声を直接聞いていない。アイゼンは、タラカンが電話を切る間際に端末の向こう側で女の声がしていたのを根拠にしっかりと頷いてから、

 

「今はな。それよりこっちの心配が先だ。厄介な連中が俺たちを狙っているらしい」

 

 リグに端末をしまい、AK101をアイゼンは持ち直した。背中にSVDSを背負い直す。

 千束も、まだ言いたいことや聞きたいことが山ほどある表情を引きずっていたが、一度自分で自分の頬をぱんと強く挟み叩いてから気持ちを切り替えた。

 昨晩の説教を思い出す。感情を排することが正しいかどうかは分からないが、今効果的なのは直感でわかる。

 

 時間がない。

 

 自分の荷物と銃を一通り身検めてから両手にKSGショットガンを保持する。バラクラバ、迷彩のキャップも被り、いつも通りのスタイルに戻った。

 アイゼンが千束の目を見ながら確認する。

 

「コンコルディアへ行く」

「どこ?」

「ここから北へ8キロほど移動したところだ。ただ迂回が必要なエリアがある。狙撃手を殺せたら突っ切れるが、行くまでわからん」

「はいはーい…………早く、たきなに会いたい」

「生きて会えるよう努力しろ。生命活動が停止した肉を会わせる余裕はないぞ」

「言い方よ」

「先行しろ」

「了解」

 

 千束が前、アイゼンが後ろのポジションで、ツーマンセルとして二人は部屋から移動した。

 目指すはコンコルディア。たきなとの合流を、千束は逸る気持ちを抑えて心から望んだ。

 

 

 

 

 




この度、千束とアイゼンが潜伏していたオフィスビルはタルコフ本家のストリートオブタルコフのマップより数キロ南という設定です。なのでSoTを何時間彷徨い探してもビルの八階から千束の脱ぎ捨てた服が出てくることはありません。もし出てきたら買い取ります。言い値で買います。
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