リコリスinタルコフ   作:奥の手

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違和感

「ねぇ、アイゼンさん。ひとつ気になることがあるんだけど」

 

 相変わらずゴミや死体の散らかった、荒れ放題の路地を千束とアイゼンが進んでいた。

 千束が前方を、アイゼンが後ろ歩きで後方を警戒している。アイゼンの手にはSVDSが握られており、すぐに撃てる状態だった。

 

 千束の言葉にアイゼンは振り向きもせず一言返した。

 

「そうか」

「いやいやいやいや、聞いてもいい?」

「短くまとめろ」

「〜〜〜〜」

 

 アイゼンのぶっきらぼうな物言いに千束はバラクラバの下で音を立てずに「いー」っと歯を食いしばってから、

 

「…………カスタムズでその狙撃銃は持ってなかったよね? 拾ったの? 使えるの?」

 

 前方を警戒しながらチラチラと後方のアイゼンに視線を送る。アイゼンの表情は伺えないが、首を小さく振っているのが目に止まった。

 

「仕事の報酬だ。一人になったから、戦い方を変える必要があった。もとより俺は正面戦闘があまり好きではない」

「〝好きではない〟ってなに? 好き嫌いの話なの?」

「そうだ。戦い方の得手、不得手と、その戦い方に抱く個人的な感情には乖離が生まれる場合がある。お前がどうかは知らんがな」

 

 アイゼンのあまり抑揚のない、しかし現場指揮官として長く深い知見が含まれるその言葉に抵抗感なく納得しながら、千束は自らの戦い方を思い返した。

 

 弾丸を避け、超至近距離まで近付き、非致死性のゴム弾を相手に撃ち込む。近付かなければ当てられないという装備の事情と、そんな戦い方を繰り返してきたから射撃の腕は並の程度。間違いなくたきなの方が上手い。

 

 その戦い方が〝好きか嫌いか〟というのは考えたことがなかった。

 

 そこで千束は気がついた。昨晩アイゼンは、戦場から感情は排除しろと言っていた。今の話では昨晩と真逆のことを言っている。好きか嫌いかは思いっきり感情論の話であり、戦い方の選択肢に挙げているのは昨日の説教の内容から言うと〝間違い〟じゃないか? と。

 

 なので突っ込むことにした。

 

「アイゼンさん。昨日、戦場で感情は不要だから排除しろって言ってたじゃん。でも戦い方を好き嫌いで選んじゃったら、それって感情を持ち出してることになるでしょ? 戦い方って、その時その時で選ばなきゃだから好き嫌いの感情を優先させたらダメじゃない?」

「0点だやり直せ」

「なんっで! そんな! 教師みたいなこと!!」

 

 バッサリ言い捨てられた千束は全身を打ち震わせながら振り向いた。振り向いてもアイゼンは千束に一瞥もくれず、SVDSの向こう側を広く見通している。

 しかし言葉の指向性は千束に向いているようだった。あくまで落ち着いた、簡素な声音で諭す。

 

「分隊行動をとっているのなら、個人の趣向より技能の結果を優先する。たとえ臆病者でも優れた室内戦闘術の結果を出しているのなら、小便を漏らしてでも室内の掃討を命令する」

「…………? じゃなんで?」

「俺はさっき何人で行動するから戦い方を変えると言った」

「あ」

 

 千束は進行方向を向いたまま、大きく口を開けた。間抜けな声と共に気がついたらしい。

 

「そっか! 一人で動くなら得意不得意より〝やりたいかどうか〟の方が大事ってことか!」

「70点だが合格だ。正確には、一人で行動する以上、全ての行動の責任と動機と理由も自分自身が負うことになる。しくじったら最悪の場合死ぬが、もし生き残って腕や足や視力に障害が残った時に大きな違いが出る。その時の状況が、自らの〝嫌いな行動〟を取った結果だと、それを言い訳としてあらゆる改善点から目を逸らす。次の行動に失敗を活かせなくなり、これが積み重なると結果的に死ぬ」

「ちょっと待って難しくなってきた…………。つまりどういうこと?」

 

 アイゼンは一度、ほんの少しの間後方から目を逸らして千束の方へ振り向いた。足は止めず、後ろ歩きのまま、千束の後ろ姿に目を細めた。聞こえないようにため息を漏らしてから、言葉を続ける。視線は進行方向の後方に戻す。

 

「〝やりたくないことをやったから上手くいかなかった〟という事実を過大に認識してしまい、その他の目を向けなければならない事実を見失ってしまうということだ。だから、全ての行動を自分で決めて、自分だけが行うなら、その指針は〝やりたいこと〟を最優先にしろ」

「あー!!!!」

 

 驚嘆の声を上げながら勢いよく振り向いた千束に、アイゼンは眉を顰めながら振り返った。目が合う。千束の瞳が嬉しそうに爛々と輝いていた。

 

「それ! やりたいこと最優先!! 私が一番大事にしていることだよ!!!」

「そうか。よかったな。続けろ」

「冷たい! でも良かった。なんか、私の考え方とかやってることとかアイゼンさんには全然わかってもらえないのかなって思ってたから、考え方が一緒のところもあって嬉しい! うれしいうれしい」

「前を向け」

 

 千束はアイゼンの指示で素直に前を向いて警戒に戻った。

 その様子に呆れたように、しかしどこか目元の力を抜いたアイゼンは、

 

「…………今は二人で、この後三人になるぞ」

 

 念の為釘を刺しておいた。

 千束の肩が少し上がった。

 

 ◯

 

「ん…………? なんだろ」

 

 前を千束、後方をアイゼンのポジションで移動すること一時間ほど。目的のコンコルディアまでは後半分より少しというところで、千束は立ち止まった。建物の壁際に、その場で膝立ちになる。気配を感じ取ったアイゼンも足を止めて同様に姿勢を低くし、千束とは背中合わせで来た道を警戒している。

 

 千束は目を細めた。動体視力のみならず、千束は遠くの方もよく見えている。解像度とその像が何を表しているのかを脳内で高速処理。目に見えているものの正体を導き出す。

 

 前方は視界が開けていた。正確にはちょっとした街中の緑の場所。いわゆる公園。木々が十数メートルの等間隔で植えられており、道の両サイドにベンチが、これも等間隔で設置されている。遊具や砂場といった子供向けの施設はないが、この街がこうなる以前は犬の散歩やジョギングを楽しむ人間の必須コースになっていたことだろう。

 長さは三百から四百メートルほどありそうだった。

 

 千束とアイゼンはその公園の真ん中よりやや東側から、通り一本挟んで北西の方角を見通していた。

 

 公園の終端も見えているし、その憩いの通路に何が落ちているのかもよく確認できる。

 

 死体である。少なくとも二十体はある。PMCの死体ではない。一般市民というわけでもない。それぞれ大小さまざまな武器を持っており、等しく皆物言わぬ肉塊になっている。数メートル四方の範囲にそれが固まって横たわっているのは、おぞましい光景だった。

 

「スカブ…………なんで…………」

「抗争かもしれんな」

 

 千束が右を振り向くと、アイゼンがSVDSのスコープを覗きながら公園の通路とその向こう側、北西の方角を注視していた。

 

 千束は一度後方を一瞥してから、

 

「後ろ警戒しとく?」

「いや。この場所に止まるのが危険だ。公園横の車道を進む」

「了解」

 

 二人とも立ち上がって、同時に前進した。千束は進行方向真っ正面、アイゼンは後方の警戒を捨てて公園内部とその反対側の道路を警戒する。ちょうど、進行方向から真右を見て歩く形。

 

「誰か居そう?」

「今のところ人影はないが────状況に違和感がある」

「え、なに? 怖いんだけど」

「公園内部の人間が抵抗らしい抵抗をした形跡がない」

「…………それって」

「明らかな戦力差のある、それも複数人の相手に一方的に攻撃を受けて壊滅している。警戒しろ。死体の血は乾いていなかった」

 

 つまり、公園内部の人間たちが撃たれてから十分も経っていない。千束はKSGショットガンのセーフティがオフになっているのを再度確認してから、グリップを気持ちしっかりと握った。

 

 公園は南東から北西方向、長方形に伸びている。その公園の周囲をぐるりと囲うように片側三車線、両方向で六車線の広い大筋になっている。街中の大動脈なので紛争初期の痕跡はしっかりと残っており、国連軍の車両やUSECの装甲車、ロシア連邦軍のトラックも乗り捨てられている。

 

 コンクリとスパイクを組み合わせたロードブロックも敷設されており、普通の一般車がこの道を利用することはもう物理的に不可能であった。

 その代わり、徒歩なら遮蔽物もいくらか期待できる。ただし広く見通しの良い通りであることに違いはなく、隠れようが伏せようがどこかしらから射線は通っており、殺意を持った者が向けてきた銃口は間違いなく脅威となる。

 

 ゆえに警戒を怠らなかったことが功を奏した。

 

 アイゼンは放置されているSUVの窓越しに人影を見る。右目はスコープ、左目は裸眼で広く視野をとっていたからこそ、その〝殺意〟に気が付いた。

 

「走れ!」

「ッ!」

 

 千束はアイゼンの言葉を受けてコンマ1秒も経たず、跳ねるように前に飛んでそのまま車を盾にした。元々体のあった位置に弾丸が甲高い音を立てて飛来する。二発目が車の窓、三発目がドアを二枚とも抜いてきたのを見て、千束は再び北西の方角に、道に沿うように車両に隠れながら移動し続けた。

 

 銃声が通りに響かない。撃ってきた人間は公園を挟んで向こう側の道路の端。距離にして百メートル以上。相手はサプレッサーを装備した上にこの距離を正確に狙える武装と腕を持っている。

 

「…………」

 

 その人物の様子がアイゼンからは見えていた。ビルの陰にあって、加えて車のボンネットで胸から下を隠しているため、全身の像はわからない。しかし服装に察しはつく。

 

 安いショッピングモールのバーゲンセールで山積みにされていそうなペラペラのベストと、道端に落ちていたものを砂払いもせずに被ったような薄汚れた黒のニット帽。汚いしわしわの襟付きシャツ。シャツの下から見える首元に穴の空いた肌着。

 

 どこからどう見ても、粗末な格好のスカブだった。武器以外。

 

「なんだ…………?」

 

 違和感が増大する。今なお、アイゼンの覗くスコープの中で、そのスカブは千束に発砲を続けている。

 セミオートマチック。ビルの影も相まって正確な像を捉えにくい色。おそらくタンカラー。高倍率のスコープにバーチカルフォアグリップ。この距離ではほとんど聞こえない優秀なサプレッサー。

 その形は、アイゼンの祖国ドイツが誇る銃器メーカーH&K社製G28マークスマンライフルに見える。

 

 間違ってもそこらの浮浪者同然のスカブが扱えるような代物ではない。100歩譲って扱えたとしても、弾も本体もそう簡単には手に入らない。そんな貴重であろう弾丸を惜しみなく千束に降り注いでいる光景に、アイゼンは眉を寄せる他なかった。

 

 それでもやることは変わらない。

 

 幸運なことに、千束を狙う男からアイゼンは気づかれていなかった。好機。遮蔽にしていたSUVの後端から右半身と銃身を露出させぴたりと構える。

 アイゼンの右手の人差し指がSVDSのトリガーに触れる。

 そして引き切る。

 

 減音された発射音と大口径弾のガスが、重く厚く周囲を震わせる。

 音速を超える速さで飛来した7.62×54mmR弾は、アイゼンのスコープのレティクル中央に寸分違わず丁寧に吸い込まれた。男の薄汚れたニット帽と、その中身が、アスファルトに落としたスイカのように激しく飛び散る。

 

 脅威の排除。まだ油断はできないが、千束の姿が見えないため位置を確認する必要がある。身を引いて背中を車に密着させる。

 

 手早く通信をかけようとした。その瞬間だった。

 

 複数箇所から、アイゼンの身を隠していたSUVが射抜かれた。ドイツ製のドアゆえになんとかその貫通力を減散したようだったが、

 

「ッ!」

 

 アイゼンの左足から滲むように出血。弾が掠った程度だが、だとしても鎮痛剤も何も使っていない。左足に熱を帯びるような感覚が生まれる。

 

 すぐさまその場から飛び出した。相手の銃弾はSUVの分厚い扉もしっかり貫通する。であれば、今着ているアーマーも機能するか怪しい。

 

 敵は二人組ではない。一人殺した直後に、少なくとも二箇所以上から撃たれていた。最低でもあと二人。全部で何人いるのか。位置はどこか。

 

 走り、屈み、運良くロシア連邦軍の装甲車だったものに背中を預ける。残念ながらタイヤがへしゃげて明後日の方向を向いているので走らせることはできないが、壁としては十二分に機能する。

 

 左足の軽出血を止血。鎮痛剤も飲む。手早く通信機のスイッチを入れて、千束の安否と位置を確認する。

 

「アイゼンだ。生きてるか」

『はいはーい生きてますよ! うおっと! やるねぇ敵さん。でも銃口見えてるからその距離だとたぶん当たんないぜ』

「気をつけろ。少なくともあと二人いる。総数が読めない」

『了解! これ、例の私たちを狙ってるって人たちかな?』

「タラカンの情報と服装が違う。たぶん別勢力だ。今の位置は?」

『アイゼンさんが元いたところから百メートル北西の赤い乗用車の後ろ────を、今通過して公園のほうに向かってる! 反対側行くよ!』

「あくまで接近するつもりか…………」

『〝やりたいことをやる〟んでしょ! これしか私できないからさ!!』

「…………援護する」

 

 アイゼンは目頭を軽く指で摘んで目を瞑ってから、静かに目を開けた。装甲車の後ろ側から一瞬頭を出して、弾が飛んでくるかどうかを確かめる。

 

 頭を引く。弾は来ない。フロント側に回って姿勢を極限まで低く縮めるように膝立ちになり、ゆっくりと、視認範囲を広げるように公園の反対側にSVDSの銃口を向けていく。

 

 運が良かった。

 つくづく、これは運が良かったとアイゼンは内心でひとりごちた。敵の装備とおおよその人数が判明した。

 

 公園の反対側の道路を、三人の男たちが南東方向に、つまり千束から距離を取るように移動している。

 服装は最初に殺した男と同じ、どこにでもいるスカブの格好。薄汚れた私服、汚い街にひどく馴染む究極の迷彩。そして武器はやはりタンカラーのH&KのG28マークスマンライフル。それぞれ乗せているサイトがスコープだったりホロサイトのように見えたり、つまり交戦レンジを意識してサイトを乗せ変えている。武器弾薬は共通で、戦う相手とのあらゆる距離に広く対応している。

 

 明らかに訓練された分隊だった。動きも、装備も、統制と目的を持った〝経験者〟である。

 

 ここで排除するべきか。それともこのまま距離をとって千束を引かせ、我々も逃げるか。

 

「…………」

 

 敵の仲間を一人殺している。もう死んだことは敵もわかっているだろう。

 このまま引いても追跡される。せめてあと二人殺さなければ、今後の警戒対象が増えてしまう。

 

 であれば。

 

「────千束、距離感に注意してそのまま追いかけろ。連中が止まったら止まれ。深追いはするな」

『おっけい。……殺すの? アイゼンさん』

「……」

 

 アイゼンは、千束から距離を取ろうとする三人のうち、最も千束に近い位置の男に向けてSVDSをぴたりと構えた。

 千束の質問には答えなかった。どんな顔をして、何を思ってアイゼンにその言葉をかけたのか、アイゼンはわかった上で無視した。

 

 SVDSのトリガーには、すでに右手の人差し指をかけている。

 殺すつもりで。皆殺しにするつもりで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本業はどう考えてもリコタルですが、ゆえにリコタルではできないようなタルコフ二次創作をしたくて勢い余って落書きしたものがこちらになります。
https://syosetu.org/novel/343813/

タルコフの世界観を愛してやまない皆さんの暇つぶしになれば光栄です。
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