「第13猟兵部隊、TACコードはアイラウ。武器商人アドリー・ハンス・シモンの私兵部隊の一つで、俺が分隊長だ」
「名前は?」
「アンリ。アンリ・ジョルジュ」
窓ガラスが全て割れた薄暗い部屋の、僅かに日の光が差し込む一室で、後ろ手に両手を縛られて地べたにあぐらをかいている男が静かに答えた。ロシア訛りの英語だった。
額には打撲の跡があり、薄く皮が破れて出血している。至近距離で非殺傷弾を受けたゆえの傷だったが、ゴム弾だったからこそ出たのが血液だけで済んだ。脳みそはまだしっかりと頭蓋骨の中に収まっている。
アンリの隣では若い男が、両足をパラコードで縛られて寝転がされている。右手の肘から先がなく、左手も包帯でぐるぐる巻きになっている。よく見るとありえない角度に曲がっており、縛っていなくてもこの男の両手はもう使い物にならないことが明白である。
SVDSで撃ち抜かれたヴィタリだった。まだ意識が戻らない。
この二人の身柄はつい先ほど千束とアイゼンが運んだ。
アンリとヴィタリが意識を失った軍用トラックの一帯から北に向かって数十メートル進んだビルの一室。階層は三階。最上階まではあと十五、六階ありそうだったが、ヴィタリを運んでいた千束が、
「重いー…………もう無理アイゼンさん…………」
「そいつは片腕が取れている分軽いだろう。せめて五階まで行くぞ」
「そういう冗談本当に嫌いだからやめて。…………あと二階分も登るのはむーりー」
「そうか」
千束が重い重いと激しく主張しつつまだアイゼンのことを許していなかったので、仕方なくアイゼンは三階の備品室に入ることを指示した。
意識を失っている二人を備品室に置いてからアイゼンは一度引き返して、一階と二階の間にワイヤーと手榴弾を使ったトラップを仕掛けた。備品室へ戻ってくるとちょうどそのタイミングでアンリが目を覚ました。
アイゼンはアンリの所持していたマカロフピストルの安全装置を外しつつ頭に突きつけて、所属と名前を聞いた次第だった。
後ろで千束がアイゼンを睨んでいる。何度か口を開こうとして思いとどまったのか、最終的には渋い表情でアイゼンを監視し続けた。
名前を吐いたアンリに、アイゼンは尋問を続けた。
「アンリ。今から俺が三つ質問する。三つとも答えれば殺すのは見送ってやる。俺はお前を殺しておきたいが、俺の後ろで俺を睨んでいる博愛主義者がそれを許さないだろう。だから答えれば殺さない」
「そりゃいいな。俺はツイてる」
「最初の質問だ」
アイゼンは、見るからに英語圏の者ではないアンリに対して英語で尋問をしているが、普段の口調よりは速度を落として発音していた。
「横で寝ているガキ以外に仲間はいるのか?」
「今はいない。だが本隊に応援要請をしてしばらく経っている。武装した別働隊がここを目指している」
「二つ目の質問だ。お前たちの組織の規模は?」
「どうだかな。増えたり減ったり忙しいから正確にはわからんが、まだ百人は超えていないだろう。武器と弾薬と、あとは装甲車も扱っている。ちゃんと動くやつだ」
「最後の質問だ」
アイゼンは、一度アンリの隣で寝ているヴィタリを一瞥した。すぐに項垂れているアンリの頭部に視線を戻し、引き金には右手の人差し指をかけたままにする。
「公園のスカブを殺したな? 何が目的だ」
「…………」
アンリは黙った。明らかに躊躇している沈黙だった。スカブを大量に、一方的に殺した理由はある。それを正直に話すことを躊躇った。
アイゼンが無言でゆっくりと首だけ振り返る。千束を見た。アイゼンの目には光がなく、感情も特になかった。ただ、最終確認として千束に視線を送っただけだった。殺すことに相違ないかという最後の確認。
が、しかし。
「ダメ。殺さないで。やめて」
「お前なぁ…………」
千束は首を横に振った。短く、はっきりと、アイゼンの視線に含まれる意図に拒絶を返す。
そのまま言葉を続けた。
「変わってよ。別に脅す必要ないじゃん? もう勝負はついた。この人は────アンリさんは死ななくて良いし、ヴィタリも殺させない。命大事にだよ」
アイゼンは目を瞑りながらわざと聞こえるようにため息をつき、そしてマカロフを千束に渡した。
渡された千束は「え、いらないけど」と呟きながらも受け取り、そのままセーフティをかけて近くの棚に置いた。
一連のやり取りを力無く見上げていたアンリだったが、目の前にしゃがみ込んできた少女に訝しむことは避けられない。英語のやりとりも早く、半分ほどは理解できていなかった。
ただ、拳銃を手放したことから、この少女が銃を使うつもりがないことだけは確定できると、心の中で整理した。
目の前にしゃがみ込んだ千束が、ゆっくりとしたロシア語で話しかける。
「こっちの言葉の方がいい?」
「あぁ…………喋れるのか。助かる」
「ロシアの人?」
「いや違う。だが旧ソ連圏だ。今はもう残っていない」
「そっか。ねぇ、教えて欲しいんだ。なんで公園の人達をあんなふうに殺したの」
「…………それを知ってどうする」
「あなた達が何を目的にして動いてるのか、知りたいだけ。そんな格好ですっごい強い武器持ってたじゃん。どういうことなのかなって」
「なんのことはない。俺たちのボスと取引をしたスカブどもが、契約を破棄したあげく金と商品を持って逃げた。武器商人はナメられたら終わりだ。仇には仇を返す。見せしめも含めて、俺たちの部隊が引き受けた。この格好はその作戦のためだ」
「そっか。ありがと」
感謝の言葉とは裏腹に、千束の表情は曇っていた。予想はしていた。人が大量に死んでいることから予想は簡単についていたが、こうしてまざまざと〝事情〟を知ると、そのどうしようもない感情に胸が締め付けられる。
こんなことをアイゼンさんに話したら、多分また「無駄なことを考えるな」って説教されるんだろうな、と千束は内心でひとりごちながら立ち上がった。アイゼンの方を見る。
「どうするの? この人たちの正体も、活動の目的もわかったよ」
「お前と関わっていなければ、こいつらを殺して話は終わりだ。だが今は事情が違う」
「そうだね」
「こいつの話している内容が真実かどうかなど確かめようのないことだ。そもそもこの行動自体が…………いや、そうだな。アンリ」
千束から目線を外して、アイゼンはアンリを見下ろした。力のない目でアンリが顔を上げて「なんだ?」と渇いた声で返事をする。
「取引だ。お前とそこのガキは生かす。その代わりにお前のボスが扱っている武器弾薬の取引を俺にも繋げ」
「やるにはやるが、取引が成立するかはボス次第だぞ」
「かまわん。お前のできる範囲で仕事をしろ。答えは?」
言い放つアイゼンに、アンリは軽く笑いながら、
「拒否権があるのか? いいぞ、受ける。どうすりゃいい? どうやって俺の仕事を証明する」
アイゼンは、近くにあった書類の束から紙を一枚引っ張り出して、白紙の部分を破り取った。
そこへペンで携帯の番号を書く。
「三日以内にこの番号へ連絡しろ。連絡がなければ────」
アイゼンは、メモをアンリのジャケットにねじ込んでから自身のリグに左手を突っ込み、おもむろに一つのフラッシュドライブを取り出した。アンリに見えるよう前に出す。アンリの表情がこわばった。
「こいつを破壊する」
「それは…………それはやめた方がいい」
「知らん。阻止したければ俺とお前のところの商品を繋げ。そうすれば返してやる」
「わかった。…………丁重に扱ってくれ」
アンリは絞り出すように震える声でそう呟いた。
千束が怪訝そうな顔で首を傾げていたが、自分では理解できないと思ったのかアイゼンに目を向けて、
「それ、なに? なんのデータ?」
「知るわけないだろう。だが数十人を殺してでも取り返す価値のあるものということだ」
千束の目が見開かれ、それからばっとアンリの方へ振り向いた。
口をぱくぱくと二、三回開けたり閉じたりした後に、
「な、なんのデータなの…………?」
恐る恐る聞いた。しかし、聞かれた本人のアンリは力無く首を横に振って、
「流石に言えない。俺が話せるのはここまでだ。これ以上話したら取引どころじゃなくなる」
「う…………わかったよアンリさん。もう聞かない」
千束も、何度か頷きながら理解を示した。そして立ち上がる。
アンリは千束と、それからアイゼンを順番に見上げて掠れた声で、
「……博愛主義のお嬢さんと常識人のPMCさんよ。もう行った方がいい。増援で来る連中は俺みたいに話の通じる奴らじゃない。特に、負けちまったらお嬢さんは酷い目に遭う」
「負ける気はないけど、うん、わかった。あ、これ」
千束はリグの中から折りたたみ式のナイフを取り出した。
刃はしまったまま、アンリの近くに投げ捨てる。
「拾い物だから使えるかわかんないけど、自分でコード切るならそれ使って」
「ご丁寧にどうも。────ヴィタリを、殺さず生かしてくれてありがとな」
部屋から立ち去ろうとした二人は、足を止めて振り返った。
千束がバラクラバの下でにこりと笑顔を浮かべる。目元も笑っていた。それはアンリにも伝わった。
「〝いのちだいじに〟だよ。私は人助けのために銃を握ってるからね」
「はは…………イカれてんな」
「失礼な」
部屋に残ったアンリと、千束の笑い声が小さく重なる中。
「…………ありがとう、か」
アイゼンの声にもならない呟きは、誰の耳にも届かなかった。
いったいフラッシュドライブの中身はなんなんだろうね。
美味いボルシチの作り方とか?