リコリスinタルコフ   作:奥の手

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水魚之交

 たきなの居るベットルームに戻ってきたタラカンの両脇には、色もスタイルもバラバラな服が大量に丸められていた。

 

 まるでお宝を抱えて酒場に帰ってきた荒くれ者のように、たきなのベットの足元に服を投げて広げていく。たきなはそのラインナップを見て口を小さく開けた。

 

「…………それを私が着るんですか」

「戦闘服の予備がないんだろ? たまにはオシャレをしてもいいじゃないか」

「必要ありません。動けることが最優先です」

「そう言うと思って機能性も問題ないものを選んできた」

 

 タラカンがたきなへ見えるようにつまみ上げたのは、色こそ地味なベージュだが両肩にボリュームがあり胸元は開いている、そしてウエストは絞ったシルエットのセクシーなワンピースだった。

 

「これとかどうだ?」

「その開いた胸元にはどんな機能性があるんですか」

「男どもを悩殺できるのがひとつ。撃たれた時に迅速に手当てできるのがひとつ。たきなちゃんの将来性を示唆できるのがひとつ」

「却下です」

 

 ゴミを見る目で睨みつけるたきなに、タラカンは本当に心から「着て欲しかった…………」と呟きながら次を見せた。

 

「これは? こっちと組み合わせる感じで」

 

 持ち上げたのはオーバーサイズの厚手トレーナーと、細身だが生地は分厚いスポーツパンツだった。

 トレーナーは黒色で胸部に中指を立てたプリントがある。黒人の手。ごつい指輪やブレスレットも相まって大変治安の悪いトレーナーである。

 スポーツパンツはよくある有名なメーカーのもの。黒地に白のラインがサイドに3本入っている。伸縮性もあり動きやすいことは保証されていた。

 

 たきなはスポーツパンツを指差して、

 

「そっちのズボンは採用です。上はアーマーやリグをつけるのでもう少し薄手の方がいいです。長袖のシャツと、あの名前が…………羽織るやつで、仕事とかで男性がよく着るやつです」

「ワークジャケットか?」

「たぶんそれです。ありそうですか?」

「探してみるわ」

 

 一度退室したタラカンの足音が遠ざかるのを確認してから、たきなは足元に散らばるまだ紹介されていない服に目を落とした。

 

 大きめのニットトレーナー。背中が大きく開いたワンピース。ジーンズ生地のオーバーオール。フリルのついたエプロン。

 

 真面目に選んだのかふざけているのかよくわからない。ジーンズ生地のオーバーオールだけは丈夫そうだったので、予備で持って行ってもいいかもしれないと思った。

 

「気に入ったのはありそうか?」

 

 灰色のベースボールキャップの中年男が、部屋の隅で拳銃の手入れをしながらたきなに投げかけた。視線は手元を見たまま、さしてたきなの選択に興味はない様子だったが、手持ち無沙汰だったのかもしれない。

 

 たきなはため息をひとつついて、

 

「人形になった気分です。支給品の戦闘服より良いものは、もう諦めています」

「だろうな」

 

 軽く肩を揺らしてから、男は拳銃のスライドをフレームに戻してピンを刺し、トリガーを引いてハンマーダウン。何度かスライドを動かして正常であることを確かめた。マガジンを入れて安全装置をかけ、ホルスターにしまう。

 一通りの整備を終えてから立ち上がり、たきなの方を見た。

 

「そのセクシーなワンピースは着ないのか?」

「着ません」

「いやぁなにも、着て外を歩こうって話じゃない。タラカンは多分、それを着たお嬢ちゃんの姿を一目見たいんだよ」

「…………」

 

 ベースボールキャップの男の言葉に、たきなはすぐに反発せず少し考えるように下を見た。視界にベージュのワンピースが入る。胸元の開いた、フリルのある、大変女性らしい少女趣味なワンピースが。

 

「…………お礼、と言うことですか?」

「さぁな。お嬢ちゃん何歳だ?」

「17です」

「じゃあ、ここから先はもう自分で考えな。自分で考えて、自分で決めるんだ。あいつが明日も生きている保証はないぞ」

 

 男の言葉は、たきな自身も驚くほど抵抗なく、たきなの中に染み込んだ。

 

 タラカンは、あの女好きで下品で、しかし紳士的な一面もあるあの男は、間違いなく命の恩人である。

 その恩人が明日も生きている保証はない。借りた大きすぎる恩を本人に返す期限は、この街ではそう長くは持てない。明日死んでしまうかもしれない。この後死んでしまうかもしれない。いつまでも生きている確証はない。

 

 その時後悔するのは、間違いなく自分だ。タラカンに恩は感じている。感謝している。それを伝えないのがおかしいことは、誰に聞かなくてもわかる。

 

 たきなはベースボールキャップの男の方を見て、真剣な顔で呟いた。

 

「着替えるの、手伝ってもらえますか」

「あぁ、いいぜ」

 

 ◯

 

 手足を撃たれた状態で服を着替えるのはこれほど大変なことだったのかと、たきなはため息をついた。

 思えばリコリスは怪我をしたら関連の病院へ送られて治療される。銃で撃たれようがナイフで切られようが、清潔で安全な世界の住人になれる。そこで身にまとう脱ぎ着しやすい患者服とは、なるほど上手く考えられたものだった。

 

 血だらけの戦闘服を脱いで下着のみになったたきなが、体力を回復させるためにベットの隅に腰かけて少し休憩していると、男が心底不思議そうな顔で疑問を口にした。

 

「羞恥心とかないのか?」

「そう言う目で見られると不快感はありますが、あなたからは感じ取れません」

「まぁな。ティーンに欲情はねぇよ」

 

 男の言葉に、たきなは小さく笑って黒髪を肩口で揺らした。

 戦闘服もシャツも脱いだブラだけの上半身。千束と同じ髪型で頭を振ると、なんとなく肩のあたりに毛先が当たってこそばゆいなぁと、今になってたきなは気が付いた。

 

 千束の隣で脱いで体を拭いていた時には、不思議と気が付かなかった。

 千束も同じ感覚なのだろうか。もしかしたらこのこそばゆさには慣れてくるのか。昔からずっと髪は長かったから、本当に今更だが新鮮な気持ちに少しうれしくなった。

 

 ベースボールキャップの男に手伝ってもらいながら、ワンピースの袖に腕をゆっくりと通す。頭を出して、ベットから立ち上がり、椅子の背もたれに左手を付いてスカート部分をまっすぐ整える。力の入らない右足の代わりに左手でバランスを取った。

 

 足元はソックスとサンダル。ただしサンダルは大きすぎてサイズが合っていないので、本当にこの場だけの仮初の着飾りだった。それでも、戦闘服とは全く違う、戦いからずいぶん離れた装いに身を包んでいることは確かである。

 

 この部屋に鏡はない。なので自分の姿がどうなっているのかはわからない。

 正直、もう何日もシャワーを浴びずにシートで汗を拭いただけの体と、水で流すだけの髪の毛に女性的な魅力などないだろう。

 化粧は人生の中でも片手で数えるくらいしかしたことがないが、この服はそういった準備の末に纏うものであって、こんな切って貼ったような格好はもはや滑稽かもしれない。

 

 着たことを後悔し始めたたきなだったが、

 

「へぇ、なかなか良いねぇ。真珠のネックレスとかあったらもっとそれっぽいな」

 

 ベースボールキャップの男が髭を撫でながら満足そうに感心しているのを見て、じゃあ、まぁ、男性がそう言うならいいかと思い直した。

 

 しかしそれにしても大きく開いた胸元だった。ここまでしっかりと服やアーマーで固めていた自分のバイタルがこうもひやりとした空気にさらされていると、不安で仕方がない。魅力どうこうの問題ではなく安心するか否かのレベルでたきなはちょっと困った顔をしていた。

 

「やっぱり、露出がありすぎます。……あまり好きな格好ではありません」

「ま、そうだろうな。恥ずかしそうにしながら着る格好じゃない。顔が赤いぞ?」

 

 無意識に胸元を包帯だらけの右手で隠していたたきなに、男はからかうように笑った。

 直後に廊下で発砲音がした。

 サプレッサーのついていない、乾いた一発が狭い壁と天井に反響してたきなと男の耳朶を叩く。

 

 ベースボールキャップの男の反応は神速の勢いだった。

 椅子の背もたれに手をつけてバランスを取っているような人間が、自ら回避行動を取ることはできない。

 男は背中に回したAKS74Uを手に取るよりも先に、たきなを抱え上げて部屋入り口から反対側のベット脇に体を滑り込ませた。

 

 床に寝かせて、たきなの顔を見る。

 たきなは、驚いてはいたが冷静さは失っていない。男に短く、

 

「私の銃を取ってください」

 

 左手でベットの上部に置いていた拳銃を指差す。男は一瞬だけ上半身を出し、枕元に置いていたたきなの拳銃を掴んで再び体を縮めた。たきなに渡す。

 

 そのままあまり声は張らず、たきなには聞こえるように小さく鋭く放つ。廊下では、防毒マスクの男が応戦するようにAKS74Uを撃っている。

 

「襲撃は東側。この部屋に続く廊下から撃ってきているようだ。俺は加勢する。お嬢ちゃんはここで、敵の姿が見えたら撃て。自分からは動くなよ」

「わかりました。気をつけて」

 

 男は頷き、ベット脇から飛び出した。たきなは左手でM&P9のマガジンキャッチを押してマガジンを落とし、残弾がフルであることを確認。左手と腹を使ってマガジンを銃に戻し、ベットのフレームにリアサイトを引っ掛けてスライドを後退させる。フレームからずらして初弾がチャンバーに送り込まれたのを確認して、仰向けのまま両膝を立てた。

 

 膝の間から左手と拳銃をまっすぐ伸ばしてベット下のスペースに銃口を向けておく。

 今はアーマーを着ていない。一発でも胸や頭に弾があたれば即死しかねない。でも足なら一、二発は耐えられる。この体勢ならまず足に当たる。

 

 ここでは死ねない。

 こんなところでは死にたくない。

 

 千束が来てくれる。

 ここを目指して、必ず、きっと必ず千束は生きてここに来てくれる。

 生きてさえいれば、千束は会いに来てくれる。

 

 だから死ねない。

 死にたくない。

 死ねない。

 生きる。

 

 たきなは歯を食いしばって、震える腹筋も構わず膝の間から部屋への侵入者を逃すまいと、必ず殺すと誓って照準し続けた。

 

 廊下ではまだ発砲音が響いている。護衛のスカブ二人分の連続した音と、単発で響く聴き慣れた音。

 

 …………聴き慣れた音? 

 

 たきなは音に集中した。AKS74Uの、東側の5mmの音ではなく、襲撃者のものと思われる銃声の方に全神経を集中させた。

 

 この音。

 この乾いた、単発の、よく聞いた覚えのある音。

 

 12ゲージの散弾が、これと同じ音を出す。

 千束の、KSGショットガンが、これと同じ音を出す。

 

 瞬間たきなは叫んだ。

 胸いっぱいに息を吸い込み、出したことないほど大きな声で。

 

「千束! 千束っ!!」

 

 ベットルームで響いたたきなの声は、銃声で満たされた廊下を瞬時に巡り、反響し、襲撃者の元まで届いた。

 12ゲージのショットガンを撃っている者のところまで。

 廊下の先にいた、その者のところまで。

 

 そして声が返ってきた。

 

「────たきなっっ! 今行くから!」

 

 大きな声の叫びがたきなに届いた瞬間、たきなは足が痛むのも構わず跳ね起きた。

 両方の足が思うように動かず絡まり、サイズの合っていない大きなサンダルが明後日の方向に脱げ落ちる。

 床を転げそうになりながらも部屋から飛び出す。見張りの男二人が、瞬時の判断で発砲を止めていた。

 

 たきなは命の危険があることも忘れて、ほんの数秒前まで銃弾が行き来していた廊下に全身を晒した。

 

 薄暗く、小汚く、どこもそこも銃弾で穴だらけの最悪な光景のその先に。

 

「ちさ……と」

 

 DA支給の迷彩服に身を包んだ、赤みがかった瞳の、白金髪の前髪がバラクラバからほんの少し出ている、よく見た、よく知っている、心から待ち望んだ人物が、相棒が。

 

 千束が、廊下の先に立っていた。

 千束が、KSGショットガンをスリングから切り外してその場に放り出した。

 千束が、バックパックも背負わずに、大変身軽な格好で走り出した。

 千束が、十数メートルの廊下をありえない速度で突っ込んだ後。

 

 たきなに飛びついた。両方の目尻から涙を撒き散らしながら。

 二人はそのまま廊下に倒れ込み、たきなは下敷きに、千束は上からたきなの顔を覗き込んだ。

 

 言葉を失っていたのは、どちらか一方だけではない。

 二人とも、たきなも千束も、ただただ両目に涙を浮かべて、お互いの顔をぐにゃりと歪ませながら、震える声でどちらともなく呟いた。

 

「…………ありがと、たきな」

「それはこっちのセリフです」

 

 ふっと。

 自然に二人から笑みがこぼれる。安心と喜びが全身を熱くする。

 たきなの上に乗っていた千束が、手の甲で涙を拭いながら身体を上げた。たきなの格好に目をやる余裕が生まれて、その胸元の肌色が千束の目に焼き付いた瞬間。

 

「────うおおおぉぉぉいっったきな! なんちゅう格好しとんじゃ!!! おっぱい!! 出ちゃってる!! 放り出すな!!!」

 

 絶叫しながら大慌てで覆いかぶさってたきなの胸元を隠そうとした千束に、

 

「使え」

 

 アイゼンが、拾ったタオルを千束に投げ落とした。

 

 

 

 

 




やっと、やっと再会できたよ。
現実世界だと1月31日の投稿から、もう五か月も2人揃った登場がなかったんだね。
やっぱり、千束とたきなは一緒がいい。二人一緒がいいよ。うん。

ところで千束が飛びついてしまったから勢いでたきなのおp(銃声
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