リコリスinタルコフ   作:奥の手

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新章突入です。
ただ章題は後々変わるかもしれません。カッコカリくらいの気持ちでいてください。


第六章 「市街代理戦争」編
会話


 ベットルームに二人の少女の姿があった。

 一人は胸元が開いたベージュのワンピースを着てベットの下端に腰掛けている。右半身に包帯をぐるぐる巻きにした、黒髪ショートのたきな。

 もう一人はDA支給の森林迷彩の戦闘服に身を包んだ、白金髪の柔らかい、同じくショートヘアの千束。今はバラクラバを取り外して素顔を見せている。たきなの隣に座っている。

 

 三分前。

 たきなの服装と千束の素顔を見たタラカンが、非常に真面目な顔で「マジで五年後が楽しみだ」と呟いた。

 そのままニタニタと笑いながら、しばらくふたりで過ごすといいと言って千束とたきなをベットルームに押し込んだ。

 タラカンの仲間と、それからアイゼンも、

 

「生きて再開できることが当たり前の街ではない。話したいことは話しておけ」

 

 と言い残してタラカンの後について行っている。穴の空いた壁の向こう側、隣の区画へと移動したようだった。

 

 ベットの上には、タラカンが探して来た動きやすい素材の長袖シャツに暗い水色のワークジャケットが広がっていた。すぐにでも着替えられる準備は整っていたが、一旦千束がたきなを座らせた。

 

「なんですか、千束」

「何もかもだよ。言いたいことは山ほどある。けど…………全部忘れた。たきなのおっぱい見て全部忘れた」

「どういう意味ですか」

 

 たきなは眉根を顰めながら開いた胸元をタオルで隠した。一瞬、タオルに視線を落として千束に目線を上げる。

 

「あれが、イレーネさんの言っていた〝アイゼン〟さんですか」

「そうだよ。意外でしょ」

「危険なのでは?」

「どうだろう。でも私の命を助けてくれたのは事実。これからも手を組んで仕事をするつもりなのは確かだよ」

「…………任務に忠実、ですか」

「かもね。イレーネさんもそういう感じのことは言ってたじゃん」

 

 少し上を見ながら呟いた千束は、そのまま右手でたきなを指差してにかりと歯を見せながら、

 

「昔のたきなみたい」

「ありがとうございます」

「褒め言葉になったか……」

 

 伸ばした人差し指で頬をぽりぽりと掻いて、千束は続ける。

 

「ヒュージーさんから、スキーヤーの仕事は中断しろって言われた。代わりに〝生き残る〟ことが仕事だって」

「…………? どういうことですか」

 

 たきなの疑問に答えるべく、千束はアイゼンと行動を共にしている間にあった出来事を順番に話した。

 説明には数分を要したが、今後二人がやらなければいけないことは十分に共有できた。

 つまり、死なないということ。生きて時間を稼ぎ、ヒュージーからの情報を待つということ。

 

「生き残れって言われた割には、さっきスカブと勘違いしてタラカンさんの仲間を撃ってましたよね。敵を増やしてどうするんですか」

「あれはたきなが襲われてるって思ったんだよ。建物に別のスカブが侵入したのかなって」

「あぁ、そういう。でも、なんで廊下を挟んで撃ち合ってたんです? いつもの千束なら弾避けながら突っ込んでたでしょう?」

「あぁ、それね」

 

 千束は少し伏し目がちになってから、ベットルームの入り口を見た。ドアは固く閉ざされている。

 

「弾、避けれる気がしなかったんだ」

「…………?」

「でっかいマスクつけてる人の狙いがね、まるで私の動きの先に狙いを置いたみたいな撃ち方だったんだ。いつでも狙ったところに当てられるけど様子を見ている、みたいな撃ち方。それで私の動きは止められちゃったし、回り込もうとしたアイゼンさんも、もう一人の帽子かぶった人に止められた。そっちも、なんかね…………目線と銃口の動きが一致してなくて、弾道も予測できなかった。でもしっかり狙ってた。〝わざと外してる〟撃ち方だった」

「…………」

 

 たきなの顔からも、そして千束の顔からも楽観的な雰囲気が消えた。緊張、困惑────ある種の恐怖心。〝勝てないかもしれない〟という根源的な恐怖。

 隠す必要はないが決して表に出したくない感情が、どうしようもなく二人の間に流れ始めた。

 千束が、いっそう不安げな声でたきなに疑問をぶつける。

 

「…………味方、だよね?」

「少なくとも今は。タラカンさんの仲間だと聞いています」

「何者なの? ただのスカブじゃないでしょ」

 

 千束の困惑に、たきなは頷いたが質問の回答にはなっていなかった。彼らが何者なのかはたきな自身も知らないし、知る術もない。

 代わりにたきなは一つ、確認のような質問を渡した。

 

「千束が、真正面から戦って勝てる確率はどれくらいですか」

「私一人じゃゼロだよ。たきなと一緒なら、十回コインを投げて十回とも表が出るくらいの確率かな」

「…………」

「今わかってること、教えてよ」

「千束の話が本当なら、タラカンさんはヒュージーさんとも繋がってて、あの二人のスカブはタラカンさんの同僚、つまりヒュージーさんの部下でもあります。タラカンさんがここに来たのはスキーヤーからの指示だと思っていましたが」

「たぶん、違うよね」

「そうですね」

「そうなると、あの人達が私たちの命を狙う理由はないわけだ」

「少なくとも今のところはそうですね。私たちを殺すとなると、命令違反でしょう」

「〝殺せ〟って命令が来た場合は」

「その瞬間に敵になります」

「全員?」

「…………全員」

 

 千束は目線を落として腹の前で指の爪を触った。小さく、しかしたきなには聞こえる声で、不安を押し殺すように呟く。

 

「もう離れ離れはやめよう、相棒」

 

 たきなは、一度すぐ横の千束の顔を見て、その落ち込んだ千束の視界に映るべく上半身の力をふっと抜いた。

 パタリと千束の膝の上に倒れる。耳が千束の太ももにあたるように横向きに倒れてから、自身の両足をベットに上げつつそのまま仰向けになって千束の顔を下から見上げた。

 

「…………なにしてんじゃい」

「離れるなと言われたので」

「そういう意味じゃないけど面白いジョークなので許してやろう」

「千束」

「なに?」

「この位置だと千束の顔が見えないんですね」

「奇遇だな私もたきなの顔が見えんわ」

「この服は千束が着る方が似合いそうです」

「どの服?」

「今私が着ているこれです」

「えぇ…………」

「千束はこういうの好きですよね」

「好きじゃねぇーよ私をなんだと思ってるんだ」

「でもオフィシャルな服装をする時はいつも胸を────」

「ちがうちがうあれはそうした方が未成年に見られないからであってまるで私が痴女みたいな言い方すんな」

 

 二人のやり取りはしばらくベットルームに響いていた。日本語の、明るい、年相応のガールズトークは、この街でおそらくここだけのもので、それを邪魔する者はいなかった。

 

 ◯

 

 隣の区画の薄暗い廊下に、四人の男が向かい合わせに立っていた。

 アイゼン、タラカン、そしてタラカンの仲間の男二人。

 それぞれが各々の銃を持つ中、アイゼンがポケットからひとつのフラッシュドライブを取り出した。

 

「中身がなんなのか、すぐに調べられるか」

「お安い御用だ」

 

 タラカンが返事をして、その意図を汲み取った防毒マスクの男が、背負っていたバックパックからタブレットサイズのPCを取り出した。厚みのある堅牢な作りは、どう考えても街中の電気屋に並んでいるようなモデルではなかった。

 

 アイゼンのフラッシュドライブを端末に差し込み、その中身を読み取る。

 ロシア語の羅列。数字の羅列。防毒マスクの男は軽快な動作で膝の上の端末を叩く。

 

「エンジニアなのか?」

「昔少し触っていた。そこのゴキブリよりはできる」

 

 防毒マスクの一言にアイゼンはタラカンに視線をやり、タラカンは肩をすくめた。

 

「情報屋ってのはなにもキーボード叩く人間だけじゃないからな。街をよく知っていることも特技の一つだって認めてほしいね」

「ここを襲撃した奴らに勝てたのも、その特技のおかげか?」

「まぁな。自分の家で戦うってんなら、銃さえあれば勝機はある。あとは運の良さで勝負よ」

 

 アイゼンは呆れるでも笑うでもなく、小さく何度か頷いて足元で作業を進める防毒マスクの男に視線を落とした。

 

「どうだ?」

「ひとつ聞いていいか」

「あぁ」

「これをどこで?」

「ここに来る途中の公園で交戦した連中のものだ。〝アドリー・ハンス・シモン〟という名の武器商人の一派らしい。そのフラッシュドライブを連中に返すのと引き換えに、武器商人の品物を俺に卸すよう言ってある」

「取引の道具ってわけか」

「そんなところだ」

 

 防毒マスクの男はキーボードを叩く手を止めて、アイゼンを見上げた。

 

「もしその武器商人とやらに、こいつを返さなかったらどうなる」

「さぁな。だが大切なものらしい。中身を話すと取引どころではない、とも言っていたな」

「そうか」

 

 防毒マスクの男は立ち上がり、フラッシュドライブを抜いてPCを閉じた。フラッシュドライブをアイゼンに差し出し、アイゼンがそれを受け取ろうとした瞬間に手を上へわずかに上げて拒否の意思を示した。

 アイゼンが眉根を寄せて不快感を隠さない低い声で唸る。

 

「…………何の真似だ」

「アイゼンさんよ、交渉と行こう。これを我々に譲ってくれ」

「見返りは」

「武器弾薬食料医療品の無償提供三ヶ月パックでどうだ」

「それを武器商人に返さないと俺は面倒ごとに巻き込まれる。その補填は誰がする」

「残念ながら武力は提供できない。そんなものは持ち合わせていないからな。だが、そうだな…………優先的に安全地帯の情報も提供しよう」

「千束とその相棒の命を守る仕事の報酬と重複している。それだけではリスクに対するリターンが足りない」

「…………わかった、少し待ってくれ」

 

 防毒マスクの男は通信端末を取り出して廊下の奥へと消えていった。

 ベースボールキャップの男はAKS74Uをしっかりと保持して、千束とたきなのいる区画と、アイゼン達のいる廊下、両方を警戒して視線を動かしている。

 

 数十秒後、防毒マスクの男が一枚のメモを手にぶら下げて戻ってきた。

 アイゼンに差し出す。

 

「これでどうだ?」

 

 メモに書いてあるのは、タルコフ中心街の住所だった。番地までは書かれていない。

 そのエリアの住所に見覚えがあった。

 

「…………ラボのあたりか。最近じゃグラウンド・ゼロと呼ぶんだったか」

「そうだ」

「それがどうした」

「あんたの古い仲間が潜伏しているエリアだ。名前は確か────ハンク・リーシャ」

 

 アイゼンの目が見開かれた。息を呑む音が廊下にいる全員に伝わるほどアイゼンの雰囲気が変わった。驚愕の表情を浮かべている。

 

「生き…………てるのか?」

「少なくとも三日前までは」

「あいつは…………あいつは、一人じゃ生き残れないはずだ。部隊といるのか」

「いや、情報じゃそんな人数ではなかった。ただ、同じUSECの司令塔の人間がいるらしい」

「司令塔?」

「本部ってことだろ。作戦指揮本部。若いぞ、たしか26か? 名前はルーク・コンバイス。聞き覚えは?」

「…………」

 

 アイゼンは少し床を見て、そこに落ちている割れた小瓶を見るともなしに視線をやり、そしてその若者の名前に聞き覚えがあることを頷いて肯定した。

 

「作戦立案メンバーの中にその名前があった。直接見たことはない」

「まぁその年で幹部ってなると、親の七光りかマジの天才かのどっちかだ。ナチみたいに才能さえあれば認めてくれる組織ってのは、今の世の中じゃ数えるほどしかない。あんたの古巣はどっちだろうな」

 

 アイゼンの目に若干の殺意が映ったのを、防毒マスクの男はマスクの中で「ははっ、冗談だ」と笑って誤魔化し、言葉を続けた。

 

「この二人のUSECオペレーターの詳細な位置を教える。それでどうだ」

 

 防毒マスクの提示した条件に、アイゼンは5秒だけ沈黙した。

 そして、

 

「それでいい。武器商人にはなんて言う」

「できれば俺たちの名前は出してほしくないな。ただでさえ俺たちとああいう連中との活動は奪い合いになる。向こうは武器。こっちは情報。すれ違いそうなのにカチあっちまうのはなんでだろうなぁ」

 

 防毒マスクの男は頭をかきながら呟きつつ、メモに番地を書いてアイゼンに渡した。

 

「これでいいか?」

 

 アイゼンは防毒マスクの男からメモを受け取り、しばらく見つめて記憶した後、リグにしまった。防毒マスクの男に頷くと、フラッシュドライブは防毒マスクの男のポケットに収まった。

 壁に寄りかかって腕組みをしていたタラカンが、不思議そうな目でアイゼンに尋ねる。

 

「その〝ハンク・リーシャ〟って奴とはどう言う関係で? 愛人か?」

「違う。男だ。────長い付き合いだ。お前らに語るようなものではない。だが信頼できる男だ」

「この前死んだっていう部下と同じくらい?」

 

 アイゼンがひどく昏い目で睨んだので、タラカンは「いや悪かったって」と声を窄めて後ずさった。へらへらと貼り付けた笑みに、アイゼンは小さく舌打ちをした。

 

 ベースボールキャップの男が、三人に顔を向けて少し声を張りながら、

 

「お話は終わりか? そろそろ動いたほうがいい。例の黒好きオシャレ集団が再戦の申し込みをしてきそうだ」

 

 まとめて切り上げた。タラカンも頷きながら腰の後ろにマカロフを突っ込んで、

 

「おっかねぇ。んじゃアイゼンさんよ、ここから先は別行動だ。あんたの分隊員にもコンタクトは取るが、そっちの旧友ってやつを当たったほうが早いと思う。敵は多いから、死なずに頑張ってくれ」

 

 まるで気軽な挨拶のように手のひらをフラフラと振りつつ、タラカンは防毒マスクの男とベースボールキャップの男と並んで廊下の奥へと消えていった。

 

 静謐な薄暗い、汚い廊下の奥。

 タラカン達の消えた先をアイゼンは、

 

「…………」

 

 ただ、何も言わず、しかし氷点下の瞳で睨んでいた。

 

 

 




次回からたきなは〝スカブたきな〟になるんだよねぇ。服装がね。
かわいいね。
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