リコリスinタルコフ   作:奥の手

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ちょっと本編にするには短かったから……。


幕間:男達の非日常②

「よう、ハンス。さっき入った良いニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい?」

 

 陽気な声とともに入室してきた男を、ハンスと呼ばれた男が一瞥した。

 高級ホテルの一室。その最上階に位置する特別広く豪奢な部屋の、無駄に厚くデカい食卓に一人の男が着いている。

 食卓の上に広がるのは誰もが喜ぶ食事ではなく、油染みが所々に目立つアーミーグリーンの帆布と、その上に整然と並べられたモシンナガンのパーツ。

 それをハンスは一つ一つ丁寧に磨きながら、部屋へと入ってくるなり二択を迫ったにやけ面の男に返事をする。

 

「良いほうから聞こう、ジョニー」

「よし。第13猟兵部隊は半数が生還した。隊長のアンリは五体満足で無事だ。ヴィタリは両手を失ったが生きている」

「それは良い知らせだな。ヴィタリによく冷えたコーラを渡してやれ」

「どっちの手が使えるようになったらだ?」

「どっちでもいい」

 

 モシンナガンのパーツを机に置き、ゆっくりと指についたグリスを白い布で拭きとった男が、その布も机に置いて両手の指を卓上で組んだ。

 すうっと細く息を吸って、部屋の入り口に立つ明朗な雰囲気の男に視線をやる。その目は少しも笑っていなかった。

 真冬の夜のような空気が部屋を支配した。

 

「悪いニュースは、ジョニー」

「例のフラッシュドライブを持っていかれた」

「誰に?」

「アンリの分隊を壊滅させた野郎だ。事もあろうにお前と()()をするために脅してきた。返してほしければ品物をよこせとな」

「どっちの品物だ」

「武器弾薬。今のところは」

 

 首を横に振るジョニーに、ハンスは視線を落としてテーブルを見た。分解清掃中のトラディショナルなモシンナガンに、その古傷の入ったウッドストックに右手の人差し指をそっと触れる。

 

「ジョニー。あのフラッシュドライブの中身が何か知っているか」

「いや、知らんよ。だが何人も殺して取り返す価値のあるものなんだろ」

「その通りだ。そしてその価値あるものは今、交渉の材料にされている」

「そうだなぁ。困ったもんだ」

 

 頷くジョニーを、ハンスは光のない瞳に映しながら言葉を続けた。

 

「正規のルートではないが新規の取引を望む者は拒まなくていい。そこに誠意があればな」

「いつも通りか?」

「いつも通りだ」

「じゃあ誠意がなかったら? 例えば、フラッシュドライブの中に書かれているおいしいボルシチの作り方に惚れちまって、誠意を欠いたクソ野郎が俺達へ返すのを嫌がったら?」

 

 両手を広げて眉を上げるジョニーが、手を下ろしてハンスの向かい側に座ろうとした。

 尻を椅子へ着けるより早く、ハンスはジョニーの耳に答えを沁み込ませた。

 

「殺せ。そして取り返せ」

 

 簡潔な答えだった。誰の耳にもわかりやすく、誰もが頷く回答。

 椅子に座って、肘置きに右手を預けながら気だるそうに頬杖を突いたジョニーが、ハンスをまっすぐ見据える。

 

「アンリの話じゃ、結構なやり手らしいぞ」

「うちの部隊は使わなくていい。取引先のPMCに依頼しろ。報酬は任せる」

「オーケー。ちょうどやりそうな奴と数日前に取引をしたばかりだ。ほら、四眼ペストマスクのおっかねぇ野郎が居ただろ? あいつが昔の仲間と合流したらしい。今は三人で仕事してんだとよ」

「使えそうか」

「少なくともペスト野郎はやり手だ。手段を選ばないところはいかにも()()だな」

「そいつでいい。準備しておけ」

「おう」

 

 ジョニーは立ち上がり、ドアの閉まる音を残して部屋から立ち去った。

 独り静かな食卓で、ハンスは再びモシンナガンのパーツを手に取って磨き始める。

 

 時計の音もない。

 雫の落ちる響きもない。

 鳥の鳴き声も、散弾銃の咆哮も届かない。

 ここは高い値段と高い階層の、最上階のホテルの最高級の一室。

 

 数分後、静謐な空間の中に金属パーツの高い音が響く部屋で、誰に聞かせるでもなくハンスは独り言ちた。

 

「世界一安全な国の未来が、世界一危険な街で行方不明か。皮肉なものだな」

 

 悠揚とした物言いに答える者はなく、ハンスの手元では鈍く輝くトラディショナルなモシンナガンが組み上がっていった。

 

 




「おいしいボルシチ」を食べてみたい。
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