東の空から世界を温める太陽を背にして、三人は未舗装道路を西の方角へ歩いていた。昨日乗り越えた国連の封鎖線から再びウッズ内に侵入するためである。
「千束、定時連絡を行います」
「りょうかーい。あ、ジャックさんちょっと耳塞いでもらっていい?」
「ん? あぁ、構わんぞ」
そういうとジャックはつけていたヘッドセットの集音機能をオフにして、耳栓代わりにする。うっすらと周囲の音は聞こえるが、人の話している内容までは聞き取れない。
たきなは衛星通信機を取り出して交信を始めた。
「こちら遠征組。本部応答願います」
日本語での呼びかけ。少しの雑音の後、通信機から声が返ってくる。
『こちら作戦本部。通信良好。どうぞ』
「定時連絡。捜索に進展なし。引き続き行動する」
『了解。通信を終えます』
短い日本語のやり取りは滞りなく終わった。たきなは通信機をしまって、千束はジャックの肩を叩いて「もういいよ」と英語で伝える。
「ジャックさんは日本語わかるの?」
「日本語を話しているなということはわかる。内容までは流石にわからん。〝ありがとうございます〟と〝いただきます〟〝ごちそうさま〟は知っている」
ジャックの言葉に千束は目を細めながら、イタズラっぽく言葉を続けた。
「私たちの通信内容、気になる?」
「いや、全然。知ろうも思わんし、知ったところでどうするということもない。お前たちが本当に日本のエージェントだとしたら、正体を知った俺は日本には行けないしなんなら命が危ういからな。知らないほうがいい」
「賢明! ジャックさんありがと! 大丈夫大丈夫ジャックさんがもし私たちの正体を知っても、私とたきなが庇ってあげるから」
「私は庇えないかもしれませんよ」
「ええーそんなこと言うなよたきなぁー!」
口を窄める千束に、たきなは呆れ顔ではいはいと言いながら前方の警戒を怠らない。
そうこうしながらしばらく歩くと、昨日乗り越えた封鎖線が見えてきた。
左の端の方の隙間によじ登り、ジャック、千束、たきなの順で中に入っていく。
森の香りが鼻をくすぐる。木の葉や草花の独特の香りが届いてくる。森林地帯特有の雰囲気。天気も晴れており、銃なんて捨ててランチが食べたくなるような、そんな美味しい空気で満ちている。
千束は地図を取り出して、方角と現在地、行き先を確かめる。
「まずは南西の方にある医療キャンプかな。この封鎖線に沿って南に移動したら工場地帯の壁とがっちんこして、そこから西に向かえば見えてくるみたいだね」
「森を突っ切ってショートカットできそうですが?」
「現在位置を見失いかねないからねぇ。まぁ封鎖線が見えるところまで森側に入って進んでみる? ジャックさんどう思う?」
「俺もそれでいいと思う。医療キャンプには行ったことがないしな。道はわからん」
「んじゃ決定だ」
手早く地図をしまって、一行は動き出す。それぞれメインアームのセーフティは外しており、臨戦態勢である。
◯
コンクリートで作られた壁を左側にして、三人は木々の間を進んでいく。壁までは約百メートルほどあり、進んでいる場所はうっすらと森の中である。もし接敵しても木で射線は切れるし、隠れることも逃げることもできる。戦いやすいエリアと言える。
南の方向へしばらく歩いていくと、ブロックの手前に廃墟が現れた。二階建ての煉瓦造りで、何かの倉庫だったのか一階部分が大きくひらけた作りになっている。
たきなはスコープの倍率を上げて廃墟を覗き込んだ。直後。
「人です。二人。廃墟一階の中と手前に一人ずつ。武器はAKのようです」
たきなの声に千束、ジャックも反応して姿勢を低くする。廃墟とは反対方向を千束は警戒し、ジャックはこれまでの進行方向にペーペーシャを構える。
千束は背後にいるたきなに追加の情報を求めた。
「PMC? それとも別?」
「一般人……スカブ、ですかね。リグはつけているようですが、下に来ている服はジャージだったりシャツだったりです。まだこちらには気付いていません。撃ちますか?」
たきなの問いに千束は少し唸った後、
「たきなの弾じゃ殺しちゃうかもしれないし、バレてないならこのまま西に逸れよう。無駄に撃つことないよ」
「そうですね」
たきなは一つ頷き、廃墟の方にボルトアクションライフルを向けたまま後退を始めた。
ジャックもペーペーシャを下ろして西向きに進む。
なんとかバレずに離れることができた。周りは開けた場所に出ており、低い草に覆われた地面が広がる。
地面が局所的に深く抉れて土が剥き出しになっており、高低差が激しい。低いところは下に大人三人分、横は20メートルほど掘れており、進むのがやや困難である。
抉れている場所を迂回して西に進む。するとあたりは地形が真っ平らになり、草原が広がる場所に出た。ところどころに巨大な岩があり、遮蔽物となる。
三人は一度固まって姿勢を低くし、地図を取り出して周囲の状況を探った。
「あそこに何かありますね」
たきなの指差す方向には、青い金属製のトタンに囲われた一画が見える。まだ距離があるため目視では分かりずらい。たきなは銃を構えてスコープを覗いた。
「どう? たきな」
「あれが医療キャンプかもしれませんね。赤十字のマークが見えます。車両やコンテナが散らばっていて、内部は複雑ですね」
「おっけー。じゃあ行ってみよう」
地図をしまう。三人は立ち上がって、キャンプの方を見た。
ジャックが口をひらく。
「遮蔽がほとんどない上に周りから丸見えだ。走り抜けたほうがいい」
「そうだね」
「そうしましょう」
頷き、一斉に走り出した。
走りながら右も左も確認する。今のところ人影はないし、銃声もなっていない。弾も飛んできていない。
半分ほどの距離を全速力で走って、もう残り半分を駆け足で進んだ。近づくにつれて危険度は増すので、三人とも銃口を上げてキャンプ内を警戒する。
医療キャンプの外周はコンテナが積み上げられ、鉄製の柵や有刺鉄線で囲まれている。出入り口は狭く、交戦した場合は揉み合いになる可能性が高い。したがって前方を千束が、側面をジャックが、後方をたきなが警戒する形で進んだ。
「おじゃましまーす」
千束が小さく声を出しながら、上部にコンテナが渡されているキャンプ北側の入り口から内部に侵入する。
中にはゴミや机や椅子、何かが入っていた鉄箱や大きな木箱、クレート、棚などが散在している。
人の気配はない。物音もしないし話し声もしない。
「どうするたきな。別れて漁る? それとも固まって警戒しながら漁る?」
「固まってやりましょう。私とジャックさんで漁ります。千束は周囲を見張っていてください」
「了解」
テントの中やその裏手、スポーツバックの中や医薬品の入っていそうな箱の中、棚の上、机の上などなど目につくところはあらかた手を出していった。
止血帯や薬、栄養剤、中身の入った注射器などが見つかる。注射器を見ると千束は嫌そうな顔をしながら、
「それ持って帰るの?」
「モルヒネですから、鎮痛剤として有用ですよ。千束が撃たれたら使います」
「いやいいよ。嫌だよ。万が一にも弾が当たった上に注射刺されるなんて嫌だよ」
「そんなこと言っていられるのも生きている間だけですからね。まぁせいぜい弾避けてください」
「うへぇー」
ジャックの方は食料品を中心に集めているようである。エナジードリンクや牛乳、シリアル、MREレーションなどが見つかる。それもかなりの数で、三日から四日は困らない量だった。バックパックに詰められるだけ詰め込んだ。
その様子を横目で見ていた千束が疑問げな目でジャックに聞いた。
「にしても、なんでこんなに物資が残ってるの? タルコフがこうなってから結構時間経ってるよね?」
「あぁ、そうだ。こういう場所は大抵スカブが根白にしていて、こうして物品を溜め込んでいるんだ。それを定期的に他の連中が奪いにくるってわけだ」
「あーなるほど」
千束は納得したようだった。たきなも、周囲に落ちている書類に目を通しながら、
「つまり医薬品や食料を誰かがここに集めていて、それを他の連中が奪って、また別の根城になっているところにおいていると言うわけですね」
「そういうことだ。ぐるぐる巡り回っているらしい。最終的にそれが集まるのがトレーダーの元ってわけだ。集めてんのは俺のような元PMCだな」
千束もたきなも合点がいったと頷いた。書類に目を通していたたきなは、しかし首を横に振って、
「ダメです千束。使えそうな情報はここにはありません」
「んじゃ別のところに行こう。あんまり長居するとここの持ち主が帰って────」
直後、連続した銃声が医療キャンプに鳴り響いた。同時に千束、たきな、ジャックの立っていた場所に無数の銃弾が襲来する。
三人は咄嗟にその場に伏せて、被弾面積を最小限にした。撃ち込まれた方向は三人が入ってきた場所。キャンプ北側の出入り口。
「生きてる!?」
千束の問いにたきな、ジャックが短く応答する。幸い弾は誰にも当たっていない。
たきなが素早く立ち上がって走り出した。
「千束! 左へ回ります!」
「了解。ジャックさんはここで応戦して。私が右から回り込んで抑えるから!」
「了解だ!」
千束も伏せた状態から立ち上がって走る。ジャックはその場で膝立ちになり、入口の方にペーペーシャの弾をばら撒いた。狙いはつけていないし、撃ってきた人物がどこにいるのか正確な位置は掴んでいない。しかし弾を撃ち込めば相手はこちらを覗き込めず頭が上がらないので、運が良ければ釘付けにできる。
35発のマガジンは数秒で空になった。ツンとした硝煙の香りが鼻の前で踊る。即座に空のマガジンを外してリグに放り込み、新しいマガジンを叩き込む。しかし、
「うおぁ!」
相手が撃ち返してきた。こちらのリロードのタイミングが読まれている。頭を低くしてすぐ横の鉄板の裏に回り込んだ。
弾が鉄に当たる甲高い音と、相手の連続的な銃声がヘッドセット越しに聞こえてくる。大きな音は電子制御で小さくなって耳に届くため、耳にダメージを負うことはない。そして、その銃声がどのような銃声であるかを分かりやすく判別できるようにもなっている。
すなわちこの銃声は。
「千束、たきな、相手も俺と同じペーペーシャだ! 接近には注意しろ!」
『了解です』
『わかった!』
ヘッドセットに接続している通信機越しに二人の少女の返答が聞こえる。
ジャックは、自分の仕事をするために相手のペーペーシャが弾切れになったタイミングを見計らって体を出した。
銃を構えて入口の辺りにばら撒く。今度は3発ごとに指切りをして、少しでも長く相手の動きを止めるために弾を温存していく。
そうしているとキャンプ内に違う銃声が響いた。明らかにペーペーシャのものより重く、単発の銃声。
それが3発連続で鳴り響く。間隔をあけて鳴り響いた3発の後に、ジャックのヘッドセットに声が鳴った。
『ジャックさん、無力化したよ。射界に出るから撃たないでね』
千束の声だった。続けてたきなの声も響いてくる。
『別の入り口を見張っています。千束、敵の装備を調べてください。ジャックさんは千束のサポートをお願いします』
「わかった」
ジャックは遮蔽から飛び出して、千束のいる北側の入り口に走った。程なくして、入り口横のコンテナの中にいた敵と、その装備を調べている千束が見つかる。
「やったか」
「うん。でも気絶しているだけだから、早くここから離れよう」
「は?」
ジャックが素っ頓狂な声をあげる。なおも敵を漁り続けている千束に疑問の感情をそのままぶつけた。
「気絶ってなんだ? 殺してないのか?」
「うん。私の弾、ゴムなの。言ったでしょ? めちゃくちゃ痛い弾だって」
「いや……そりゃ確かに言ってたが…………いや、え、殺さないのか……?」
動揺の声をあげるジャックに、千束はいつもより少し落ち着いた声で優しく呟いた。
「殺さないよ。私はね、人を殺すために銃を持ってるんじゃないの。人を助けるために持ってるの。ここじゃそんなに助けられる人はいないけど、せめて命だけは奪わないであげようって決めてるんだ」
「………………」
ジャックは空いた口が塞がらない。驚愕の表情を浮かべた後、一度手を顎に持っていって口元をさすったのち、しばしの間思考して、それから一つ頷いた。
「俺を助けたのも、同じ理由か」
「そうだよ。死にそうな人は放っておけないよ」
「たきなもゴム弾なのか?」
「いんや、たきなは違うよ。あの子は普通の弾。でも私の考えに賛成してくれているから、急所は外して撃ってくれるの」
「そうか……」
ジャックは驚きで声が掠れていたが、何度か頷いて無理やり納得した。このタルコフでは明らかに目立つ少女たちであったが、その性質、戦い方まで異質であった事実を、ジャックは飲み込むまでに数秒を要した。
しかしそういうスタンスならしょうがない。そんなことでこのタルコフからの脱出が叶うのか、目的を達成できるのかは疑問が残るが、事実この少女たちが博愛的なスタンスだからこそ自分の命は助かっている。そこは変わらない事実として自分の中に存在しているのであるから、この少女たちのやり方を否定はできない。ジャックはそう考えた。そして言葉を続けた。
「悪いが俺は、俺の目の前に現れた敵は殺すぞ。お前たちのやり方で戦えるほど俺は技術も精神も強くない」
「いいよ。強要はできないもん」
「すまんな。気分が悪いかもしれないが、生き残る手段だ」
千束はあらかた敵を調べ終わったのか、手を止めてジャックの方を見て、目を細めながら頷いた。
『こちらに敵影はありません。単独行動のようですね』
たきなからの通信が入る。千束もそれに応えるようにして、
「この人はBEARだね。目ぼしいものは持ってなかったし、武器はジャックさんのと同じものだった。たきな、こっちに合流してここから離脱しよう」
『了解です』
しばらくして駆け寄ってきたたきなと共に、三人は医療キャンプを後にした。
◯
医療キャンプを脱して北上していた三人は、木々に囲まれた森の中で一旦足を止めて地図を開いた。千束の持つ地図をたきなが覗き込み、ジャックは周囲を警戒する。
「この近くに伐採場があるね」
「この辺りから西に進んだら見えるんじゃないですか?」
「たぶん。行ってみようか」
「ですね」
地図をしまって立ち上がる。コンパスに従って西の方角に歩みを進めると、丸太が何本にも積み上げられた光景が目に入ってきた。
大きな湖に面して作られたその場所は、名前の通り木々を伐採して加工する施設のようである。丸太が層になって置かれていたり、重機やトラックが乗り捨てられているのか駐車されているのかよくわからない置き方で横たわっていた。
伐採場は周囲の地形からやや低いところに作られており、三人のいる場所からは見下ろすような景色になっている。
たきながスコープを覗いて偵察する。建物の中、丸太の裏、車の横。実際に木を切る場所は大きな入り口が口を開けており、中が良く見える。
「どう? たきな。誰かいそう?」
「そうですね……パッと見た感じは…………────ッ! 伏せてッ!」
たきなが声を張り上げ、反射的に三人はその場に身を投げた。直後。
パンパンパンッッッ!!!!
大きく甲高い、そして乾いた轟音が、三連続で伐採場から鳴り響いた。
伐採場……三連射……うっ(トラウマ)
ご感想、評価と本当に皆さんに支えられてこの物語は進んでいます。ありがとうございます。
そりゃもう送られてくる一件一件が発電機にセットする燃料の如くよく燃えています。作者のやる気が燃えています。タルコフするぞ!(違うそうじゃない執筆しろ)