「たきなが自分で選んだのこれ!? え、すごいじゃん! ストリートファッションじゃんかこれ!」
たきなの服装は黒地に白のストライプが入った伸縮性のあるボトムスと、クリーム色の長袖トレーナーの上からメンズ向けのワークジャケットを羽織っている。フルジップのファスナーを胸元で止めて、すこしトレーナーが露出している。色は暗い水色ともネイビーとも言える、ちょうど港湾で中年がだるそうに羽織っているような上着だった。
タイトなシルエットの下半身にボリュームのある上半身。見事なYラインの着こなし。千束の言う通り、切りそろえた黒髪と人形のようなはっきりとした目鼻立ちのたきなが装うといかにも〝ストリート〟なファッションである。
あごを手でさすりながらクルクルとたきなの周りを回って歓喜の声をあげる千束に、たきなは呆れながら、
「パーティーじゃないんですから、動きやすいものを選んだだけです。そもそもタラカンさんが提示した選択肢からマシなものを取っただけなので、私のセンスは反映されていません」
「そう言うなって相棒。これにちゃんとアーマーとリグをつけたらおしゃれな銀行強盗だよ」
「銀行強盗におしゃれが必要なんですか」
「それを言っちゃおしまいよ」
「あとこの街でこの格好は、やっぱりスカブと同類です」
「一市民ってこと?」
「そうですね」
「日本でも市民じゃないのに不思議だねぇ」
「それは千束も同じでしょう」
千束が投げ渡したファーストラインを左手で受け取ったたきなは、ゆっくりと腰に巻いて拳銃をホルスターへ収める。すこし引っ張って、ベルトの緩みがないことを確かめる。
「怪我はどう?」
千束がアーマーを持って来て、たきなへ差し出しながらその右半身に目を落とす。包帯は露出していないが、たきなの動きが怪我を庇う形になっているのは一目瞭然だった。
「鎮痛剤を飲み続ければ動けます。ただ、やっぱり右足のダメージが大きいです。長距離の移動はつらいですね」
「背負ってもらうとかどう?」
「誰にですか」
眉を落とすたきなの質問に答えたのは、千束ではなくドアを三回ノックしてから入って来た男。アイゼンがたきなを一瞥し、その重心の偏った立ち方を見て小さく首を横に振った。
「三人中二名が即座の戦闘体制に移れないのでは、いないほうがマシだ。自分で歩け」
アイゼンの言葉に千束は「えー! けちー!」と口を尖らせていたが、アイゼンは無視してたきなの前に立った。
たきながアイゼンを見上げる。頭ひとつ分大きな身長差。それでも、たきなはアイゼンの目をまっすぐに見返した。怖気も忖度も驕りもない、ただ一人の人間として、あくまで対等であるという意思表示のつもりで。
しかしアイゼンはそんなたきなの含めた意など露ほども気にせず、ゆっくりと、あまり抑揚のない声で質問をした。
「カルトの連中を殺したのは、お前か」
「…………そうですが、なにか」
「どうやって殺した」
たきなは右腰におさまっている拳銃をホルスターごと軽く叩いた。
「…………にわかには、信じ難いが。死体がお前の腕を証明している。その怪我では難しいかもしれないが、精一杯できるところを見せてみろ。そうすれば生き残る確率を上げてやれる」
「ありがとうございます。ですが、私は…………いえ、私たちは、私たちの利益にならないと判断した瞬間あなたにも銃口を向けます」
「え、ちょ! たきな! なんて事言うの!!」
あまりに急で突拍子も無いたきなの発言に千束は跳ね上がって驚いた。
これから手を組んで仕事をしようという相手にいきなり言っていい内容では無い。
これは裏切りの予告。背中を見せて背後を預ける相手に告ぐ言葉にしてはあまりにも不適当。千束は冷や汗をかきながらアイゼンを仰ぎ見た。
しかしアイゼンの表情は千束が予想したものとは真逆だった。千束はアイゼンの怒り、あるいは諦観を引き起こすと思ったが、
「いい心がけだ、千束の相棒」
その表情は朗らかなものだった。まるで出来のいい生徒の喜ばしい成績を見ているかのような、満足げで明るい声色と表情。
千束は口をへの字に曲げて、
「なんで…………? アイゼンさん?」
「どうやらこの街に適応しているのは、千束、お前より相棒のほうらしいな」
「全然悔しくない負け勝負もあるんだね。初めて知ったよ。というかその〝千束の相棒〟って言い方やめない?」
「それもそうだ。名前は」
アイゼンはたきなの目をまっすぐに見た。たきなは一瞬ためらって、しかしここで偽名を出すのはすでに遅すぎるし意味もない。第一千束は散々口に出してたきなを呼んでいる。
たきなはアイゼンの、その目の奥底に昏く確かに燃える感情的な何かに気が付きながらゆっくりと名乗った。
「井ノ上たきなです。好きなように呼んでください」
「わかった。千束はお前を何と呼んでいる」
「たきな、と」
「ならばそう呼ぶ。俺はアイゼン。アイゼン・ウント・ブルート」
「アイゼンさん、とお呼びすれば?」
「それで構わない」
差し出されたアイゼンの右手を、たきなはほとんど力を入れずに握り返した。
「決して傾倒はせず常に警戒を持って背中を預ける。その心がけはこの街の必須であり、また時としてその加減を見極める必要がある。できない奴は死んでいった」
「そのようですね。できれば撃ち合いにならないようにしたいです。弾の無駄なので」
「たきなぁ…………」
「なんですか」
肩を落としながらベットに座り込んだ千束に、たきなは眉根を寄せながら振り返った。
千束はおろした腰そのままに上半身をベットへ投げ出して、仰向けのまま天井に語りかける。
「アイゼンさんは伝え聞いてたほど酷い人じゃないし、冷酷な判断はするけど冷酷な人間ではなかったよ。ちょっと厳しいところはあるけど、分かり合えないことはないからさ。その、あんまりギスギスしたままこの先も一緒にいるのは嫌だよ」
千束の言葉を受けて、たきなは首を傾げながらアイゼンを見上げた。つまり千束へ何か言うつもりはなく、アイゼンならどう答えるのかと判断を振った。
当の振られた本人は、わかりやすくため息をつきながら、
「だからお前は0点なんだ千束。少しはたきなに生き方を教えてもらえ」
「うわぁぁぁぁぁ…………いやだこの先生ぇぇぇぇ…………そんな生き方いやだぁぁぁぁ…………」
千束は頭を抱えながらしばらくベットを転がっていた。
◯
タルコフ中心街。
大通りは網目状にその領域が広がっているが、しかし一定の間隔、一定のエリアごとに道はぶつ切りになっている。
大穴が空いたり地下まで陥没したり鉄の壁が敷かれたり爆発した車が横たわっていたり。
ありとあらゆる個人や組織が、己の利益のために皆が皆好き勝手に道や建物を占領する。それは紛争時も封鎖後も変わらない。
あるところにはクレイモアをばら撒き、あるところは昼夜を問わず狙撃手が見張り、そして物理的に通行不可能な分厚いコンクリート壁と鉄条網を敷いている。
幾つにも、幾重にも地形はかつての地図からかけ離れた形に寸断され、それはそのままこの土地の移動が困難であることを裏付ける。
千束、たきな、アイゼンの三人もまた、手にした情報から常に変わり続ける市街地の現状に翻弄されながら目的地を目指していた。
どれほど急ごうと、逆に緩慢に動こうと、平等に時間は流れていく。
夜のとばりが下りたタルコフ中心街は、時折遠くのほうで銃声と怒号が響く以外、おおよそ都市としての喧騒を失っていた。
「……」
淡い街灯から逃げるように移動する三人組の最後尾はアイゼンである。後方と側面を油断なくSVDSの向こう側にとらえながら、定期的にたきなの様子を確認している。
最前は千束。KSGショットガンを水平に構えて、こちらも警戒の濃い瞳でホロサイトの向こう側と肉眼の両方で宵闇の辺りを見回す。
中央に位置するたきなは、M24A3ボルトアクションライフルを上空に向けて、高いビルや家屋の屋上をすべてクリアしていた。ナイトビジョンを下ろしている。
ボルトアクションの銃口は向けるがスコープは覗かず、一つの建物を三秒以内にジャッジ。スナイパーの有無を確認して、もし居た場合は報告する。撃つかどうかはアイゼンが判断し、もし撃つ場合はナイトビジョンを跳ね上げてスコープを使う。
千束たちが不意の攻撃で負傷するとしたら、まずこの狙撃が挙げられる。
自分のテリトリーではない場所は、間違いなく誰かの裏庭であり、そこには番犬が潜んでいる。月明かりがあるとはいえ闇夜に姿を紛らわせている番犬を見つけるたきなの役目は、言うまでもなく重要であった。
故にアイゼンはたきなからの報告に当然意識を強く向けていたが、同じくらいたきなの状態にも注意していた。
もう何度目かのチェック。アイゼンはたきなの目元を一瞬捕らえ、
「止まるぞ。休憩だ。そこのドアに入れ」
すぐに休息の判断をした。
たきなの目に疲れの色を見て取った。
先頭の千束が、青さびたドアのノブを回して引く。鍵はかかっておらず、ドアの向こうは薄暗い通路が続いている。何かのオフィスだろうか、踏まれて靴の跡が着いた書類が床に散乱していた。電気が来ており、割れていないわずかな数の蛍光灯がそれらの存在を教えてくれる。
書類に交じって空薬莢と血痕も見える。だいぶ古い。千束のヘッドセットにはたきなとアイゼンの足音以外聞こえてこない。
ボルトアクションライフルを背中に回したたきなが、拳銃を抜きながら中に入る。
最後にアイゼンがAK101に持ち替えて、ドアを閉めながらエントリー。外とのつながりを視覚的に絶つ。
まばらな光が頼りなく照らす通路を、千束は慎重に進んだ。奥まで行く。左に曲がった先は階段。ここまでに部屋は二つ。どちらも左手側にあった。
千束は階段のほうに銃口と目線の両方を向けたまま、左手で後方に合図。〝ここを見ている〟の意味。
たきなとアイゼンはそれを受けて二つの部屋を確認する。
まずは外に近いほうの部屋。窓はない。中の様子はうかがえない。
たきなが拳銃を右手に持ち、壁に背中を付けながら左手でゆっくりとドアノブを回す。
そのまま押し込んだ。ドア正面でAK101を構えたアイゼンが、左側をクリア。交差するようにたきなが拳銃を右に向けて入室。続けてアイゼンも部屋に入る。
部屋の中は裸電球ひとつが付いているだけの、これも廊下と同じほど薄暗い簡素な中身。木製の古ぼけた机と椅子。数冊の本棚。金属製のロッカー。
さながら守衛室といったところか。
アイゼンとたきなは部屋の安全が確保されたことを目で合図して、次の部屋も同様にエントリーした。
部屋の中央に死体があった。武装した一般市民。転がっているのは散弾銃。部屋は守衛のための寝室のようで、四畳半にシングルベットが一つ。死体はその脇の床に転がっている。
「……昨日、でしょうか」
「一日は経っているな。だがまだ上に部屋がある。気を付けろ」
「はい」
声を押し殺してやり取りをし、部屋から出て千束の肩をたきなが叩く。
「死体がありました。注意してください」
頷く千束の背中にぴたりと体を寄せて、千束のバックアップができるようにたきなは控える。立ち上がり、階段を進む。
「……たきな、大丈夫?」
階段の上を警戒しながら、千束が心配そうに声をかけた。たきなの肩は、呼吸と共にやや粗く上下している。
「すこし、脇腹が痛むだけです」
「早く終わらせよう」
「ええ、そうですね」
安全の確保。
徹底したクリアリング。
夜間の移動は負傷や死亡のリスクが高まるのと、そもそも長時間の行動はそれだけで身を危険に追い込む。
必要な休息のため、今夜はこの建物に身を寄せて朝を待つ。
そのためには先客がいないことを確実にしなければいけない。交代で睡眠をとるとはいえ、不意打ちに合うリスクは限りなくゼロがいい。
判明したこの建物の過去は、いくらかの社員寮を兼任している事務仕事専用のオフィスだった。泊まり込みのできる職場であり、簡素だが十分使える寝床が備わっている。
階層は四階。建物内のどこにも千束たち三人以外に生きた人間はおらず、死体は合計で四体あった。
「ここにしましょう。地形的に侵入者との戦闘で有利です」
「そうだな」
「わー二段ベット! なつかし!」
千束たちは建物の三階、四人部屋で二段ベットが二つ並んだ部屋に今夜の宿を取ることにした。
アイゼンがSVDSを部屋に置いて建物の出入り口と階段に罠を仕掛けている間、千束とたきなが食事を用意する。
ランタンの暖かい色身に照らされる部屋で、固形燃料を使って湯を沸かし、糧食パックを温めること数分。
三人分の温食が出来上がった。ちょうどよく戻ってきたアイゼンに、一食分を千束が渡す。
「はい、これ」
「自分の分がある」
「まぁそう言わずにさ。もう温めちゃったし」
「……初めて見る。なんだこれは」
「おいしいよ、牛めし」
「牛めし……?」
千束からしぶしぶ受け取ったアイゼンは、バックパックとAK101をSVDSの近くに置いて、二段ベットの下部分に腰かけた。
グローブをしていなかったらやけどするほどに温められたパックを引きちぎり、中身を確認する。その香りに、少しばかり目を見開いた。
「……あまり嗅いだことのない香りだ」
「アイゼンさんの出身はドイツだっけ」
「そうだ」
「じゃあ珍しいかも。ドイツは甘辛い味付けってあんまりしないよね」
「雑なまとめ方はよせ。調味料さえあればどんな肉料理もうまく作れる」
「アイゼンさんが?」
「ドイツ人がだ」
「え、雑ぅ……」
言って、千束もたきなもそれがアイゼンなりの冗談だということに気が付くのに、数秒を要した。アイゼンの口元は珍しく少し口角が上がっていた。
アイゼンは自身のリグから取り出した折り畳みフォークで、パックの中の肉を掬い取り口に運ぶ。千束とたきなも自分の分を手際よく開封してパックご飯の上にかけたが、アイゼンの一口目に目を奪われた。いったいどんな感想が出るのか、二人には想像がつかなかった。その答えを待っていると、
「……」
アイゼンは無言でうなずいた。何度か、小さく。そして顔を上げると、この食料の持ち主二人が期待するようなまなざしを向けていたことに気が付き、両手に持つパックとフォークを少し下げて手を止めた。
「悪くない。戦場でこのクオリティの食事がとれるのなら、兵士の士気は高く保たれるだろう」
「やった。なんかでも採用担当みたいな感想だね。アイゼンさんの個人的な感想はないの?」
「腹を壊さずに食えれば何でもいい」
「うっわたきなと同じこと言ってる……」
口をへの字に曲げる千束を横目で見ながら、たきなは無言で自分の牛めしに手を付けた。
アイゼンも千束とたきなのように、用意されたパック飯の上に牛丼の素を注ぎ掛ける。湯気を上げるそれをフォークですくって、米と肉の両方を口に放り込む。
「どうよ、アイゼンさん。腹に入れば一緒とか言わないでね。ほらドイツ人として一言」
「ライスに合わせるための味付けだな。良くも悪くも特化型だ。これを食べることを娯楽にはできん。だが……好みではある」
「ほー! たきな聞いた? 好きだって牛丼!」
「早く食べてください千束。全然進んでないじゃないですか」
「そんなオカンみたいなこと言わんでも」
「言われたことあるんですか?」
「ないよ。たきなは?」
「母親は居ません」
それもそう! っと快活に笑いながらフォークで食べ始めた千束の隣で、言葉とは裏腹にたきなも小さな笑顔を浮かべながら一緒に食べた。
ランタンの温暖な光に包まれる小部屋には、まるで旅行にでも来ているかのような談笑が控えめに、絶え間なく続く。
アイゼンの旧友。元USECオペレーターが潜伏している、グラウンド・ゼロ周辺までここから残り十数キロメートル。
「……」
にこやかに食事をする十代の少女二人を向かい側で見つめながら、アイゼンは牛めしを口に運んで考えた。
早く合流する必要がある、と。
この二人は。
この無邪気に笑う半端者二人では。
金に物を言わせて本気で殺しに来る組織との戦闘で生き残るのは不可能であり、故にハンク・リーシャの力は不可欠であると。あの選抜射手の一手が必要である。
自らの気配、もとより存在をその場から
なるべく早く、一日でも早く、合流しなければならない。
アイゼンは、満面の笑みでにぎやかに口を動かす千束と、静かに穏やかな表情で食べ続けるたきなをぼんやりと視界に収めながら、
「…………」
〝この街は、お前たちが居ていい場所じゃない。〟
そう呟こうとした自らに驚き、手元の異国情緒あふれる味付けの肉料理と一緒に余計な一言を飲み込んだ。
まぁ命令があれば誰にでも引き金を引いちゃうおじさんだからね。
感情含めて合理的な判断を息をするようにして生きてきた人だから、十代の少女二人を死なせないようにする仕事なんて多分今までやったことないよ。
女子高の修学旅行の引率の先生みたいだな(ボソッ