リコリスinタルコフ   作:奥の手

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回答

「二日って…………どういうことですか」

 

 たきなは驚愕で声が震えるのを必死に抑えながら、平然を装って通信機に聞き返した。

 通信は一週間、いや十日ほど繋がっていないはずだ。自分が重傷を負ったときの連絡は定刻より遅かったが、それでも毎日欠かさず繋げようと試みていた。

 それが二日? 意味がわからない。司令は何を言っているんだと、たきなの胸中は疑問符で埋め尽くされた。その疑問を通信機に叩きつける。

 

「連絡がつながらなくなって少なくとも十日は経っています。言っている意味が分かりません」

『たきな』

 

 名前を呼ばれた。短く、鋭く。ただそれだけでたきなは口を真一門に結ばされた。

 しかし返ってきた楠木の言葉は、たきなの動揺を払拭するような、あるいは疑問を解消してくれるようなものではなかった。

 

『お前が冗談を言うような性格でないことは理解している。定時連絡は欠かさなかったのか?』

「……はい。繋がっても繋がらなくても、毎日定刻に通信を試みていました」

『現地入りした直後から、計画通りのスケジュールで報告していたか?』

「はい」

『毎日、現地時間の朝六時か』

「はい。間違いありません。……負傷時は遅れましたが、おおむねその通りです」

『…………そうか』

 

 楠木の相槌に、一瞬の間があった。通信距離による時差とは関係ない、言いよどみや逡巡の間。

 何か思い当たるものがあったのか、あるいは全く違う理由か、たきなにはわからない。

 何もわからない。しかしやらなければならないこと、つまり報告はこの機を逃してはならない。

 

「司令、例の捜索についての報告です」

 

 アイゼンは離れた位置にいる。加えて日本語を理解しているとは思えないが、たきなは自然と声のトーンを落としていった。

 

「直接的な有力情報は得られていませんが、現地の情報屋と友好な関係を築けています。もうあと数日かければ、ファイルの場所や存在を含む情報が手に入る見込みです」

『わかった。引き続き頼む。他には?』

「支給装備のいくつかを失いました。申し訳ありません」

『構わん。生きてファイルを持って帰ればそれで良い。他にあるか』

 

 他に。

 そんなもの、訊きたいことは山ほどある。

 このおかしな街のふざけた現象に説明があると言うのなら、ぜひ端から端まで時間をかけて聞かせてほしい。

 しかし、そんな悠長なことをしていられる余裕はない。たきなは顔を上げて千束を見た。千束がこちらを見て、ハンドサインを送る。

 敵が、おそらくは通りのスカブが接近している合図だった。

 時間がない。必要最低限の質問にしよう。

 

「今後も、こちらからの通信が機能しなかった場合はどうしたら良いですか」

『DAから呼び出す。ただしこちらの時間で四時間毎にだ。────たきな、SFは読むのか』

 

 楠木の質問の意図はわからなかったが、素直にたきなはこれまで読んだことは一度もないと答えた。

 その返事に、楠木は『そうだろうな』と若干声色を高くして呟いたあと、

 

『おそらくお前たちは、SF小説や映画にあるような状況と同じものに巻き込まれている可能性が高い。すなわち、その街とその街以外で流れている時間に巨大なズレがある』

「…………正気ですか?」

『言うようになったなたきな。千束の影響か? 残念ながら正気だ』

「……」

『〝インターステラー〟という映画なら千束も知っているだろう。詳しくは奴から聞け。私から理屈を説明できるものではない』

「いや、ちょ、待ってください。そんなふざけた話誰が信じて────」

『お前たちが毎日定刻通りに行ったという〝定時連絡〟は、こちらでは四時間おきに受理されている』

「…………え?」

 

 脳髄に、あるいは脊髄に、楠木の言葉が刺さるような衝撃を覚えた。その時点で、そんな、まさかと。

 それじゃあまるで、この場所(タルコフ)に来た時から────。

 

『内容と報告時間の辻褄が合っていないにも関わらず、上層へあげずに処理したバカがいた。そのバカの話はもうこれ以上必要ないが、問題はその受理した時間の間隔だ。いいか、信じるも信じないもお前たちの勝手だが、事実その場所と我々が立っている場所との間には、もはやまともな理屈では説明できない現象が起きている。これはお前たちがその場所に立った瞬間から、巻き込まれていることの証明でもある。それを前提として活動しろ。以上だ』

「…………わかり、ました」

 

 説き伏せられた、と表現する以外にない。たきなは消え入りそうな声で返答し、通信を終えようとした。

 その直前、

 

『おかしな状況に巻き込まれていることはこちらも把握している。手は打つ。お前たちは、お前たち自身の心配をしろ。そして生きて帰ってこい。通信を終える』

 

 そうして、通信機は沈黙した。たきなは呆然とする頭をなんとか左右に振って取り戻し、移動準備を手早く終わらせた。

 同時に千束がKSGショットガンを発砲。二発撃って体を引っ込め、たきなの方を確認してから猛ダッシュ。

 たきなに近づきながら、

 

「話あとで聞かせて! とりあえず逃げるよ! もうやばい! めっちゃ囲まれてる!!」

「わ、わかりました! 奥へ!」

 

 アイゼンが手招きしている。二人がぴたりと背中につき、後方をたきなが拳銃でカバー、前方をアイゼンと千束が押し進むように銃を突き出す。

 

 グラウンド・ゼロ、南の方角へ。建物の中を移動する。

 たきなの額には、これまで浮かべたこともないような種類の汗が滲んでいた。

 

 

 ◯

 

 

 そこはグラウンド・ゼロより遥か数キロ地点。

 契約戦争、あるいはタルコフ市の封鎖以前であれば、車で一時間もかからないような距離。

 しかし大半の人間が移動手段を徒歩に限られるようになった昨今では、あらゆる障害を乗り越えてこの距離を移動するのに数日を要する。

 

 時刻は夜の一歩手前。

 空が真っ赤に焼けている。あたりはすでに影が濃くなり、木の根元には深い闇が横たわる。もし仮にそこで7.62×54R弾をぶっ放してくるような奴がいても、残念ながら肉眼ではマズルフラッシュしか見えないだろう。

 

 草木の茂る自然豊かな森林地帯の、岩山の麓にある裂け目に滞在する三人も、目的地まで気の抜けない数日となることを覚悟の上で、今は束の間の休息を摂っていた。三人のうち二人は仮眠、一人は見張りをしている。

 

 ペストマスクに四眼ナイトビジョンの男。ブースター付きホロサイトを載せ、アンダーレイルに40mmグレネードランチャーを取り付けた、タンカラーとブラックカラーを織り交ぜたM4A1を保持。ペストマスクの向こう側に隠れる表情は全くわからず、今はナイトビジョンを下ろして周囲の警戒をしている。

 

 寝袋に横たわるのは、大柄な男が二人。どちらも190cmを超す巨躯であるが、それがすっぽりと収まるサイズの寝袋だった。ただしここはキャンプ場ではない。悠長に寝袋へ包まるような自殺行為を選ぶ道理はなく、二人とも愛用のメインアームを抱えたままバックを枕にして寝袋はマットレス代わりである。

 一人はP90を、もう一人はAK105を。

 

 決して寝心地の良いものではないだろう。

 それでも、銃を抱えて座ったまま一人で眠る夜と比べるなら、それは雲泥の差の休息だった。

 

 いびきもない。寝言もない。それでも死んだように眠る彼らを一瞥して、ペストマスクの男は岩の向こう側を睨み続けた。ナイトビジョンのその先に、万が一にでも現れる不届者がいれば殺すつもりで。

 

 そんな夜の手前も数時間が過ぎて、無事に岩の前を通る人間も、それによって穴だらけになる人間もいないまま空は宵闇に移り変わった。本格的な夜が森林地帯を支配する。今夜は月も出ていない。空にはいつの間にか厚い雲がかかっていた。

 岩の裂け目も全く光の存在しない、闇の空間となる。焚き火も、ランタンも、サイリウムの光もない。

 

 そんな中で二人が仮眠を取り始めてきっちり三時間が経過した。二人同時に目を開けて、ゆっくりと起き上がる。

 目を開けたところで、閉じた光景とさほど変わらない世界のはずだったが、

 

「いい目覚めだ、イワン」

「今何時だ?」

 

 イワンの問いに、P90を保持する男が答える。

 

「ちょうど21時。真っ暗だな」

「交代だシャーマン。ザイーツにも休息が必要だ」

「そうなのか? あんたの上司、休みなんかいらないんじゃないか」

「そう見えるけどな、あの人はちゃんと休ませたほうがいい。じゃないと俺たちが眠れなくなる」

「…………?」

 

 イワンの言葉の意味はわからなかったが、シャーマンは言われた通り立ち上がり、ナイトビジョンを取り付けたヘルメットをかぶってペストマスクの男────ザイーツの元へと移動した。

 

「交代だぜ隊長。休んでくれってよ」

「あぁ、わかった。あとは頼む」

 

 隊長、ザイーツはロシア訛りの英語でそう返し、岩の裂け目の奥へと移動した。奥ではサイリウムを一つだけ焚いて荷物の整理を始めているイワンが、M4A1のスリングを肩から外したザイーツに視線を投げつつ、

 

「サイリウムはいるか?」

「一つくれ。あと、寝袋は片付けていい」

「わかった。…………セーフティ、かけててくれよ。今は俺たちがついている。安心してくれ」

 

 イワンの言葉を受けて、ペストマスクの目の部分がイワンの顔へ向いた。相変わらず表情はわからない。しかし、確かにザイーツは頷きながら、小さく「そうだな」と呟いてM4A1のセレクターをセーフティーに入れた。

 そのまま壁際にもたれかかり、イワンから受け取ったサイリウムを傍に置きつつ腰を下ろして全身の力を抜く。

 頭が下がり、肩の張りがなくなり、全身が弛緩した。

 

 一夜で狂信者に部隊を壊滅させられた生き残りの、もう染み付いて抜け落ちることのない休息の仕方だった。横になって寝ることもできない。座ったまま意識の糸を掴んで目をつむる。獣のような警戒心。唯一、銃のセーフティをかけていることが救いだろうか。

 

 イワンは物悲しい目を向けたあと、首をゆっくりと振って自らの荷物と寝袋を片付けるべくもう一本サイリウムを発光させた。

 

 数分して、イワンはAK105を両手に抱えてシャーマンの隣に立った。シャーマンはナイトビジョン越しに周囲を警戒。イワンは反対に肉眼で周囲を捉える。光を増幅する機械でも見逃してしまうものはある。それを補う狙いであえて二人は警戒の仕方を変えている。

 

 それぞれ別の方角を一定間隔で目視しながら、しかし肩の力は抜いて不要な疲労の蓄積を回避する。緊張と弛緩のバランスが大切であることは確認するまでもない。

 

「なぁ、イワン」

 

 これはおそらく弛緩だろう。見張りを始めて一時間が経過してから、押し殺した声で、真隣のイワンにだけ聞こえるようにシャーマンは口を開いた。

 

「隊長を休息させないと俺たちが眠れなくなるって、ありゃどういう意味なんだ」

「そのままの意味だ」

「わかんねぇよ」

「理性がきれいさっぱりなくなる。敵に対して露骨に憎悪をぶつけてしまう」

「例えば?」

「バラしちまうんだよ」

 

 イワンが左手でスコップを使って地面を掘るジェスチャーをした。

 

「ザイーツは常にスコップを持ってるだろ」

「そうだな。…………何に使うんだ?」

「あれで死体の顔面を掘る」

「……なんて?」

「顔面を掘る。そんで敵が食料を持っていたら、その彫った穴にわざわざ食料をぶち込む」

「……」

「仲間を探しに来た敵がそれを見つけて固まったところを殺して、そいつの顔面もくり抜く。んで飯を盛る。たまに手足も切断してそれも顔面に突っ込む」

「…………」

「組織を相手した時に寝不足だと、あの人はそういうことをする。ほかにもいろいろ、思い出したら眠れなくなる〝戦い方〟をしてくれる。しばらく目にしてねぇから俺はギリ大丈夫だけどな、できればもう見たくねぇよ。だからザイーツにも休息は必要だ。わかったか?」

「あぁ、十分だ。ちくしょう」

「あんま想像すんなよ」

「もう遅ぇよくそったれ」

 

 俯いてしばらく見張り業務を怠ったシャーマンだったが、数秒後には持ち直して顔を上げた。

 そして、手元のP90を少しの間見つめたあと、イワンに再び問いを投げかけた。

 

「今回、明確に殺しが必要なんだよな」

「あぁ。ハンスから直々の依頼だとよ。不誠実なクソ野郎を殺せって」

「目星はついてんのか? この広い地獄から野郎一匹見つけ出すなんてのはなかなか大変だぞ」

「その辺は逐次情報が来るらしい。とりあえず中心街へ向かえばいい。あぁ、敵の装備の特徴はすでにわかっている」

「なんだ?」

「SVDSを使っていたとよ。あと、AK101も背負っていたらしい。グレポンがついたやつだ」

「アイゼンみたいな奴がいたもんだな」

「あの人はSVDSを持ってなかったし、別人だろうよ。そうぽんぽんグレネードランチャーが手に入るとも思えねぇから、案外アイゼンはどっかで死んじまって、装備だけパクられて巡り巡ってんのかもしれねぇ」

 

 イワンの言葉にシャーマンは控えめに笑いながら肩を揺らし、そして神妙な面持ちで呟いた。

 

「…………もしアイゼン本人だったらどうすんだ」

「やめてくれ冗談じゃねぇ」

 

 




リコタルメインキャラの主な分隊は全部で三つかな。

アイゼンが率いるアイゼン・千束・たきなの分隊。
ザイーツが率いるザイーツ・イワン・シャーマンの分隊。
特に隊長はいないけどイレーネ・ジャック・アッキー・ハチの分隊。

ここにヒュージーとかタラカンとかのややこしいチームと、ハンスの私兵部隊と、まっくろくろすけ部隊がウゾウゾドンパチやってんのね。
あとまだ登場していないPMCもいるね。なかなかの群像劇。千束以外積極的に人殺しな群像劇。やべぇなこれ(歓喜)
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