リコリスinタルコフ   作:奥の手

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閃光

「ねぇアイゼンさん」

「黙ってろ」

「本当に戦わなきゃダメなの? 今は攻撃が止まってるんだからさ、二階からさっきのレストラン通って、それで北側に戻ればいいんじゃないの」

 

 お互いに視線は向けず、しかし千束は抗議の意味を持ってアイゼンに言葉をかけた。

 黙れと言われても言いたいことは言う。今は言うべき時と千束は自分で自分に心の中で頷いた。

 

 アイゼンは変わらず南側のガラス扉の向こう側へAK101のアンダーレイルグレネードを向けたまま起伏のない声で、

 

「ここで下がれば、必ず背後から面で制圧される。敵の情報が少なく、また敵の兵力が自らより強大な場合、逃げれば死ぬ。せめて敵の面攻撃の効力が発揮されない地形で情報だけでも得られればマシだ。これで満足か」

 

 喋りながらでもアイゼンの警戒が薄れることは全くない。

 言っていることも理解できる。千束は「わかったよ」と呟いて、レストランへと続く一階の出入り口を注視した。

 

 アイゼンが口を紡ぐ。真一門に結ばれた口元から、一筋の細い息が吐き出された。そしてぴたりと止まった。

 グレネードランチャーの引き金を引く。

 

 ぽん。

 

 聴きようによっては間抜けな音があたりに響き、直後にアイゼンの睨んでいた南側、駐車場を挟んで向かいの建物の柱のすぐ手前で榴弾が炸裂。

 人を殺すことのできる金属の破片が、周囲に散らばった。

 

 しかし残念ながら、その金属片で命を落とした敵はおらず、アイゼンは右から左へ抜けていった大柄な男を睨みつけた。

 

 まるでその男は重武装の警官のような格好だった。身に纏っているのは黒の防具。頭には襟足の長いヘルメットにバイザー。見た目は重装備だが、アイゼンにはそれが暴徒鎮圧用の防刃、耐衝撃性に特化した装備に見えた。

 つまり防弾性能はなく見掛け倒しの代物。銃弾の飛び交う市街地では、体を守る役目を果たさない。

 

 ただし持っている武器は凶悪であった。

 

 RPD軽機関銃。

 装弾数100発を誇る巨大なマガジンに、7.62×39mmの大口径弾がびっしりと詰まっている。

 紛れもなく、そして間違いなく先ほど自分たちを蜂の巣にしようとばら撒いてきた張本人である。

 

 こちらの弾が当たればあの男は何の問題もなく殺せる。胸に数発当てれば致命傷となり、奴の軽機関銃はただの木と鉄の重石になる。

 

 だがアイゼンは即断した。この場所は危険であると。

 確実に取り巻きがいる。それも、恐らく高性能なアーマーに身を固めた、ディフェンスとなりえる人員が。こちらの注意を引き、あるいは釘付けにし、そして大男の軽機関銃が制圧射撃で辺りを吹き飛ばす。

 

 そんな狙いにわざわざ付き合う道理はない。

 無線を繋ぎ、二階にいるたきなとすぐ後ろにいる千束に指示を出す。

 

「たきな、降りてこい。地下へ移動する。千束もだ」

『了解です』

「はいよ」

 

 数秒してたきなが降りてくる。

 アイゼンがハンドサインで先に行くよう指示。たきなが階下を覗きつつ、そのすぐ後ろを千束がついていく。

 地上階から地下へと降りる、最初の踊り場に千束とたきなが足を運んだ瞬間、アイゼンが発砲した。

 

 AK101の連続した発砲音。十発は撃った。

 撃ったと言うことは、敵がすぐ近くに迫っているということ。

 千束はKSGショットガンを握る手に力を込めて、急いで階段を登ろうとした瞬間、

 

「来るなッ!!」

 

 アイゼンが叫んだ。

 いつも抑揚のない、感情を押し殺した声しか出さない男が。

 腹の底から、聞く者が危機感を覚える声で。

 つまり切羽詰まった余裕のない声で、空気を震わせた。

 

 その声はしっかりと千束にも聞こえていた。

 いつも冷静で、というよりも言い方を変えると冷淡で、淡々とした話し方をするアイゼンが「来るな」と叫ぶようなことがあるのならば。

 

 千束はアイゼンの言うことを聞かなかった。

 そんな状態の仲間を、危機に瀕していることが察せられる状態の、命の恩人を放っておくことはできなかった。

 

 階段を駆け上がるのに三秒もかからない。

 しかしその三秒は、命のやり取りをする場面で充分過ぎるほどの時間。

 

 アイゼンは後退りしていた。階段の方向へ。それは千束にも見える位置。

 階段の降り始めの位置と、ガラス扉の間には一段下がった土の地面が露出している。

 分厚い透明な板が階段側に向けて斜めに立てかけられてスロープのようになっているが、土の地面と本来の建物の床との段差は膝の高さほどある。

 

 アイゼンは後ろ向きでそこへ飛び降りて、そして板のスロープを登りながらAK101のエジェクションポートを見ていた。ほんの一瞬。ただ見るのみ。自分の銃に何か不調が起きて、その原因が例えば排莢不良にあればその確認はこれでできる。

 あとはボルトを引いて詰まった空薬莢を排出すればまた撃てる。そのはずだった。

 

 しかしアイゼンはそうしなかった。AK101から右手を放した。左手でAK101を体に押さえつけながら、腰のホルスターから拳銃を抜く。

 千束と移動していた、数日前に拾ったマカロフ。予備の弾もない。マガジンもない。手にしたマカロフに詰まっている八発が、この武器の全て。

 ただ、こういった危機的状況が起きた時の一つの解決策として、アイゼンは念の為ホルスターに刺していた。

 八発もあれば一人は殺せる。最大で八人殺せる。充分な保険。

 

 右手を胸の前に持ってきて引き金を引く。

 アイゼンの持つマカロフは、しかしカチリと情けない金属音を一瞬発したのみで、銃口から弾を吐き出すことはなかった。

 

 アイゼンの目の前には男がいた。

 背中にRPDを吊り下げ、右手に黒く長い警棒を持った、大柄な男が。

 暴徒鎮圧用の真っ黒な防具に、角材程度では殴られてもビクともしないであろうヘルメットとバイザーを被った、薄気味悪い笑みを浮かべた男。

 

 男は一段下がった地面の対岸にいた。

 アイゼンとの距離は2メートル。なぜか、アイゼンのAK101も、マカロフも、その力を発揮しない。弾が出ない。排莢不良と撃発不良。致命的なミスファイアリング。銃はただの重りでしかなくなった。

 

 警棒を持った男が急激に距離を詰めてきた。一段下がった地面を飛び越える形でスロープを踏み、迷いなくアイゼンに肉薄する。

 男が警棒をアイゼンに振り下ろすのと、アイゼンがマカロフを投げ捨てて腰に携行していたM-2ソードを抜くのは同時だった。

 

 垂直に降りてきた、勢い任せに振られた警棒をアイゼンは右へ半身になって避ける。

 体のどの部位にも当たっていない。大柄な男の振り下ろす力は凄まじく、当たれば一撃で行動不能になるとアイゼンは直感で理解した。

 

 半身の姿勢のまま、抜いたM-2ソードを男の左脇腹に突き立てる。手のひらに伝わる衝撃。生身の体を貫いた手応えではない。

 

 つまり、刺突したところでこの男の着込んでいる防刃アーマーは貫けない。

 

「ッ!」

 

 アイゼンは飛び退くように距離を取った。下がる瞬間に鼻先を警棒が掠める。すんでのところで男の二撃目も躱した。

 

 そして、視界の右端に人間の姿を捉えた。

 銃を構えている。明らかにそこらのスカブよりいい装備。銃も、アーマーも、高性能な代物。それをこちらに向けている。立っている場所はガラス扉の向こう側。距離にして十メートルほど。

 ある程度腕のある射手が引き金を引けば、アイゼンの頭は一発の銃弾で吹き飛ぶ距離。

 

 アイゼンの背中に、手のひらに、首筋に、氷よりも冷たい汗が噴き出る感覚がした。

 

 危機的状況で冷静さを欠いたら死ぬ。

 そんなことは百も承知である。それでも、感情を意図的に戦場から排除し続けてきたアイゼンでも、目の前の男と視界の端に映る男の位置関係は、自らの死を悟らせるものだった。

 

 死を悟れるのならば。

 死を恐れぬ立ち回りができる。

 

 アイゼンは、ガラス扉の向こう側の男を意識的に排除した。

 警棒男から距離を取った体を、無理やり立て直す。慣性の働く方向と真反対に、つまり警棒男に突撃するように、足を踏み込んだ。

 

 直後に左から何者かが飛び出した。

 否、バックパックもKSGショットガンも投げ捨てた千束が、警棒を持つ男にタックルをかました。

 

「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 

 千束の雄叫びが部屋に響き、警棒の男は自分の身長より遥かに小さく小柄な千束の、全体重をかけたタックルを右足の膝にくらってバランスを崩した。そのまま一段下がった地面に頭から落ちる。

 

 アイゼンの状況判断。

 ガラス扉の向こうの男から、千束への射線は奇跡的に通っていない。代わりに自分は撃たれる位置。

 であれば。

 

 アイゼンはM-2ソードを階段方向へ投げてリグから手榴弾を二つ取り出した。取り出しながら、前へ踏み出した足を止めずに神速の勢いで手榴弾の安全ピンを二つとも抜く。

 

 一つは殺傷能力を持つ手榴弾。これを、ガラス扉の向こう側へ斜めの角度から差し込むように投げる。

 ちょうど銃を構えている男の足元へ転がるように。なぜか、構えたまま三秒以上も引き金を引かなかった敵の行動に疑問を持ちながら。

 

 もう一つは、非殺傷のスタングレネード。

 一段下がった地面に飛び降りて、千束に転がされた男のバイザーの中へこれを捩じ込む。男の顔面の上でレバーが弾け飛んだ。

 

 すぐさま、男の右半身の上で起きあがろうとしていた千束の襟首を掴んで階段前に投げる。右手一本では持ち上がらず、すぐさま左手も動かして両手で力の限り投げた。階段に転がる千束に続き、アイゼンもスロープから階段前に飛び込む。

 

 背中で悲鳴が聞こえていた。

 断末魔とも、金切り声とも形容できる、絶望に濡れた情けない男の声。

 

 そして耳を破壊するような甲高い爆発音と、部屋の隅々まで照らし出す爆光が一瞬だけ走った。ガラス扉の向こうでも、当たれば体がぐちゃぐちゃになる手榴弾が爆ぜて音を轟かせた。

 

 すぐさま起き上がる。次の行動を起こさなければ死ぬ。

 投げ捨てた階段前のM-2ソードを回収しながら、千束の無事を確かめる。

 千束も体を起こしていた。アイゼンと目があった。一瞬。これで安否確認は充分。お互いに頷いて走り出す。

 階段を駆け降りる。

 

 たきなが千束のバックパックをすぐに背負える状態で保持していた。千束が差し出した腕に澱みなく肩紐を通して、KSGショットガンも続けて渡す。千束はスライドを引いて弾を一発取り出して捨てて、次を薬室に入れた。

 

 アイゼンもAK101のマガジンを外して、ボルトを引く。銃の動作を止めていた空薬莢を吐き出させて、階段を降りながらガチャガチャと何度かボルトを操作した。

 

 上から足音がする。複数人が追ってきている。

 最後尾をたきなが守りながら、三人は階段を駆け降りた。

 

「…………死んじゃったかな」

 

 震える声で呟いた千束に、

 

「目が潰れただけだろう。今は自分の心配をしろ」

 

 アイゼンが冷たくそう言った。ほんの少し、疲れを含んだ声のまま。

 

「……助かった、千束」

 

 続いたアイゼンの呟きに、千束は聞き間違いかと目を丸くした。

 それから「へへっ」っと、照れ隠しの笑みが漏れる。

 

 階段を下りる三人の足音が、やけに大きく響いた気がした。

 

 

 

 

 




たきなが言うこと聞かないのは自明の理ですが、千束も大概ですよね。
心優しいじゃじゃ馬すぎる。

話変わるんですけど、スタングレネードが顔面で爆発したらどうなるんでしょうかね?
生きてるの……? 元内務省職員のあの人……。 
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