リコリスinタルコフ   作:奥の手

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時系列は本編から一つ繋がりなんだけど、いかんせん執筆時間が取れねぇ。
ごめん……今週は幕間です。


幕間:男達の非日常③

 爆心地(グラウンド・ゼロ)などと呼ばれている理由がよくわかる夜だった。

 

 契約戦争の初めから、いったいどれほどの銃弾と血液が流れ落ち、人の命のやり取りが行われたのか。

 もはや数える気にもならないほどの惨状がこの通りには横たわっている。

 

 月明かりのない夜の街に、無数の発砲音とマズルフラッシュ、そして人々の怒号と断末魔が空まで響いていた。

 

「殺せッ!!」

「撃って来いよ雌犬!! おらぁ!!」

「ビビってんのか!! てめぇのケツの穴に12ゲージぶち込んでやるからな!!」

 

 粗末な散弾銃、民間仕様のAK、小口径の短機関銃。それらを両手に持っておよそ学や品性と呼べるものを感じさせない罵り声をあげながら、遮蔽物から乱射している武装市民が数人。

 

 その銃口の先には、暗闇で活動することを前提としている全身黒ずくめの集団が、四眼暗視装置と最新の光学機器を盛りに盛り込んだAR-15系統、あるいはSCARを持って、あるいは分隊支援火器と思われる軽機関銃を突き出して、少しずつ、確実に、大通りを南へと進行していた。

 

 黒ずくめの集団────ブラックディビジョンの動きは、寄せ集めのスカベンジャーズなどまるで相手ではないかのように、半ば無視するように、半ば虐殺するかのように、もはや殺すことを〝作業〟とすら思わせる動きで一人一人地面に倒れ伏させていた。数分前までは。

 

 建物の中の、机や壁の陰に身を隠して、ブラックディビジョンの隊員があわただしく無線機に声を投げつける。

 

「こちらTango1(タンゴワン)。釘付けにされた。射手の位置不明。負傷者二名」

「同じくTango2(タンゴツー)、移動不能。負傷一名。指示を」

『その場にとどまり応戦せよ。Sierra(シエラ)の支援を待て。後退は許可しない』

 

 汚い身なりの粗末な銃火気から放たれる銃弾など毛ほども気にしていない集団だったが、十人を超える彼らの足を確実に止める、たった数発の銃弾があった。

 

 音もなく。

 光もなく。

 そして射手の位置、射角、射線も不明。

 

 この通りに出没する、数週間前から地元民に噂されていた〝幽霊〟が、実体のある矛先をブラックディビジョンに向けていることを、彼ら本人が認識した。

 

 資金を湯水のごとく流して整えられた最新装備黒一色の武装集団が、その足をたった一人の兵士に止められている。

 暗視装置を通して見えるはずの鮮明な暗闇。しかし銃口と視線の先に見えるのは、汚い声の汚い身なりをしたスカブたちのみであった。

 

 〇

 

「……」

 

 ブラックディビジョンが足止めされている位置からはかろうじて弾の届かない場所で、一人の男が死にかけていた。

 建物の角を介してさらに身を隠すために中身の詰まったゴミ袋で全身を覆い隠している。

 ワイシャツの上から軽くて防弾性能のある、しかし胸しか守れないアーマー姿の男が、壁にもたれかかって細く弱い息を繋いでいた。腹部が血で黒く染まっている。隣接するゴミ袋に付着した血液はまだ乾いていない。

 

 頭にはヘッドセットを付けており、ゴミ袋の下、右手のあたりにはドラムマガジンを入れたM4A1が埋もれている。ストックやグリップにも手を加えているが、その両方が鮮血で染まり汚れていた。

 

「……疲れたな」

 

 男はつぶやいた。本心であり、考えのない一言だった。心と体の深い底から出た、誠の言葉である。

 その言葉に、ヘッドセットの向こう側の人間が応じた。

 

『もう少し頑張ってくれルーク。あと二人だ。そしたらブラック野郎の動きはしばらく止まる。地元住民の〝アツい歓迎〟を期待できる』

「その前に……くたばりそうですよ、ハンクさん」

『いよいよだめだと思ったら、左手のあたりに置いた黄色い注射器を使うんだ。それで少しはなんとかなる』

「そのあいだに……」

『その間に俺がぱーっとあの石炭コスプレどもをぶっ殺して、止血剤のお届けに上がる。だからがんばれ』

 

 がんばれ、と言われた死にかけの男──ルークは、小さく笑みを漏らしてからポケットに手を突っ込んだ。

 引きずり出したのは一つのコンパス。蓋に細かい意匠のビックベンが彫られている。コンパスには、四つのドックタグが吊り下げられていた。すべてUSEC隊員の物。

 

 コンパスを開ける。蓋の内側にはグリニッチ天文台。そして針が、その役割を果たすためにふらふらと中で泳いでいる。

 

 やがて数秒で針はぴたりと止まり、ルークの右側を北として定めた。

 

「……生きて帰りたいなぁ」

 

 通信機のボタンは押していない。さっきは癖でつい、ボタンを押したまま独り言ちてしまったのを、ハンクに聞かれた。

 彼は今、ひとりで戦っている。最前線では役に立たない自分なんかとは、比べ物にならないほどの()()をもって善戦している。

 歳の近い、ちょっとした兄貴分のような人。

 自分の二個上だったか。だから28歳か。それであの強さは、いったいどんな人生を歩んできたのか。想像もできない。

 

 ルークはコンパスを少し持ち上げた。わずかな音を立てて揺れる四つのドックタグを、だんだんとかすんできた視界で必死にとらえる。

 

 …………これらを。

 自分の指揮で死なせてしまった、彼らの生きていた証を、外の世界の家族のもとに届けてあげたい。いや、届けなければいけない。

 それが、指揮官であった自分にできる唯一の償いと、感謝の形だろうから。

 

 ルークはコンパスをポケットにしまい、震える手で黄色い注射器(プロピタル)を体に刺した。

 これで少しは生き延びる。死ぬまでの時間を稼ぐことができる。

 諦めることは許されない。自分のせいで死なせてしまった隊員に、こんな死に方では顔向けできない。

 

「……」

 

 プロピタルを使ったところで腹部の出血は止まらない。足も、もはや感覚がない。

 この場から一歩も動けない。

 

 だから。

 だからどうした? 

 

 今の自分にできることは。

 ハンクの────USEC全社員の中でも一位か二位を争う腕を持つ、あの選抜射手(幽霊)を信じること。

 それがすべて。全てである。

 

 死にかけの元指揮官、ルーク・コンバイスという男が、ゴミに埋もれて静かに瞼を閉じた。

 細く、長く息をするために。

 




僕、仕事辞めるんですよ(唐突)
まぁ転職だし次も決まってるんですけどもろもろ今週~来週は忙しいです。
腕千切れてもゴルスタ決めながら書く覚悟でいるんですが、どうしても文量は少なくなると思います。すみません……。
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