TX-15カービンライフル。
かの有名なM16系統のライフルからフルオート機能を排除し、単発射撃のみを行える民間仕様ライフル。
LONE STAR ARMORY社のオリジナルカスタムライフルであり、肉抜きされた各パーツと高精度な18インチバレル。そして反動制御に特化したヘビーストック。5.56mm弾を使用する〝マークスマンライフル〟の一つの権化。
これがグラウンド・ゼロに〝幽霊〟の名を轟かせている元USEC隊員────ハンク・リーシャという男が持つ銃である。
〇
「多いなぁ。何人いるんだよ。……十二人か? なんで機関銃まであるの? 金持ちなの? 金持ちなんだよなぁ」
宵闇の空へと延びる高層ビルの3階、割れた窓を補修してある鉄板や木板の隙間から、片膝を立てて床に座り、膝の上にハンドガードを乗せている男がいた。右手はグリップ、左手はストックを固定して、目を細めながら窓の外に向けてぼやいている。
TX-15ライフルの上部に取り付けてあるエルカン社の可変倍率スコープを四倍にして、ハンクはまだらに灯る街灯を頼りに敵の姿を確認していた。
昔から目がいいと褒められた。林務官の父と狩りに出かけたとき、あれは何歳の時だったか? まだチャリにも乗れていない頃の話。
獲物を探す父より早く木々の間で首をあげたシカを見つけた。
三百メートルは離れていたらしい。
光の強弱や遮蔽物の有無はさして影響がない。
なぜか?
なぜかは分からない。見つけたいもの、探しているものは不思議と飛び込むようによく見える。それが動いていても目で追えるし、相手は自分を見つけられない。鹿でも熊でも人間でも。
ハンクは引き金に指をかけた。呼吸に影響するレティクルの動きは驚くほど小さく、そして細く息を吸ってぴたりと止まった時、その小さな揺れすらも全く一切無くなった。
瞬間、一発だけ。
サイレンサーに大きく滅された音が地上三階のビルの中に、わずかに反響して、後に残るのは薬莢の澄んだ高い音。床を転がり、三秒もせず辺りは夜らしい静寂に染まった。
赤いレティクルの向こうでは、M60軽機関銃をこちらに向けて姿を探していた隊員の顔面が形を失い、その場に崩れ落ちていった。全身が地面に落ちて完全に動かなくなったことを確認するより早く、ハンクは立ち上がってその場を離れた。
手ごたえなんてものは、撃った直後にわかる。
あんな棒立ちで顔を見せてくれている
ハンクのマズルフラッシュを見た敵がいたのだろう。すでに全身がその場から離れ、影も形も硝煙の残り香すらないような場所に、ブラックディビジョンの隊員が何発か撃ち込んだようだった。
当然無駄撃ちである。ハンクは既に2階へと降りていた。
通信機を繋ぐ。
道の反対側でゴミに埋もれて死にかけている年下の元上官に通信を投げてやる。
「こっちは片付いた。とりあえず数分は動けないはずだぜ。ルーク、生きてるか?」
『なんとか……腹が、減りました』
「さっき拾ったとびきりうまいクルトンを食わせてやるからもうちょっと辛抱しろ。そっちに行く」
動力を絶ったエスカレーターをなるべく静かに駆け下りて、ぐちゃぐちゃに割れたガラスドアから通りの様子を伺う。
黒ずくめの男達をルークはブラックディビジョンと呼んでいた。
テラグループの秘匿された私設部隊であり、同じテラグループの飼い犬だったUSECとは、今はどう考えても敵対的な思想と行動方針を取っている。
と、いう情報は全てルークが仕入れたものだった。
ルーク・コンバイスという男は2個下の弟分のような奴だが、時折見せる深みのある目に何か
イギリス出身の気配り上手でいいやつだが、腹の中で何を考えているのか時々読めないことがある。
ハンクはTX-15を水平に構えてから、さっと闇夜の荒れた大通りを見渡した。
スカブの怒号。続けて安っぽい銃声。応戦するような散発的な小口径弾の音。
恐らく顔をひっこめたブラックディビジョンが交戦を始めた。
ルークの作戦通りだ。
あの元作戦本部参謀の男は、現場レベルでもかなり適切な戦術を短時間で上げることができる。
さすがにアイゼンのような〝変化した状況を瞬時に読み取って最良の選択をし続ける〟芸当はできないが、広い視野と俯瞰した考えで導き出した作戦には、ある程度の信頼がおける。
問題はルーク本人の戦闘能力があまりにもなさすぎることと、それをカバーできるほどの個人的な戦闘能力の持ち合わせがハンクには無い事。
「……狙撃しかできねぇからなぁ」
小さくぼやきながら、暗闇の通りにこちらへ意識を向けている存在がいないことを確信して飛び出した。
走り、車の遮蔽で止まり、一度今入った側から顔を出して北側を覗く。
左右で瞬くマズルフラッシュ。それはこちらへ向けた発砲ではなく、負傷者多数で動くに動けないブラックディビジョンと、それを狙い一儲けしようとする地元住民ボランティアの皆さんの平和的な口論だろう。
今がチャンス。
足早にゴミ袋が高積みされた一角へと駆け寄り、2つ3つ中身の詰まった袋をどかして埋もれている男の姿を確認する。
「はーいお注射のお時間ですよー」
「ふざけないでくださいハンクさん……僕死にかけているんですよ……」
「死にかけの奴は自分で〝死にかけてる〟とは言わねぇよ。ほれ、まず止血な」
バックパックを下ろして中から医療キットを取り出す。止血、治療を施していき、両足もとりあえず動ける形にする。
手早く治療を進めるハンクに、ルークは痛みで顔をしかめながらも小さな声で礼を言った。
「助かりました」
「なぁに、俺は一人じゃ寂しくて死んじゃうからな。いやマジで」
「そんなウソ誰が信じるんですか」
「え、知らない? 作戦立案所にいたのに? 俺のデータ見たことないの?」
「データにはそんなウサギみたいなこと書いてませんでしたよ」
「たぶんアイゼンが間違えたんだろうよ、俺の評価項目。あのおっさんめ。再開したらウサギみたいに目ん玉真っ赤に泣きはらして〝寂しかったよ~〟って泣きついてやる」
「マジでやめてください撃たれますよ」
「たしかに、撃ちそうあの人。やめとこう」
「よし終わり、移動するぞ」と手際のよい作業で治療をこなしたハンクに、腕を引かれてルークも立ち上がった。
全身を確かめながらほぐすように少し動いてから、地面に横たわっているM4A1と自身のバックパックを持ち上げる。
「さぁて」
ハンクは通りのほうを警戒して顔は銃声方向に向けたまま、質問をルークへ投げた。
「陽動作戦はおおむね良しとして、この後はどうするんだ?」
「アイゼンさんの分隊がこちらに向かっているという知らせがありました。今晩中には合流できそうでしたが……」
「まさかあんな綺麗に通りのど真ん中でドンパチになるとは思わなかったな。これたぶん北からこっちに渡るの無理だぞ。というかあの人、南下しないと思う。真正面からは殺り合わんよ」
「ですよねぇ……どうしましょうか」
ルークが腕を組んだ。視線が下がり地面を見る。
ほんの数秒。時間にして十秒もない。
ルークが顔を上げた。
「テラグループの研究所へ行きましょう。アイゼンさんもあなたも、あそこはよくご存じだと思います。この前知り合った案内人と、ヒュージーさんの両方に連絡します」
「北側だぜ? 俺は接近戦は無理だぞ」
「ここから東のスナイパーにパスの信号弾を撃ちます。あと一つ残っています。それで東ルートを使いましょう」
「情報屋のおっさんはアイゼンたちが俺らの居たビルを目指してるって言ってたんだろ? 入れ違いになったらもう合流無理だぞ」
「大丈夫です」
喋りながらも、ルークは衛星通信端末を操作していた。そして耳に端末を当てて、
「レッド、イエロー、パーソナル。数は2、相手が3。始まりへ案内を」
淡々とした、意味や脈絡があるとは思えない単語を並べた。
「…………」
これなんだよなぁ、と。
この隠す気のない目の前での通信と、出鱈目にしか聞こえないやり取りをたびたび見る。これで交渉や情報のやり取りが成立しているらしい。
うすら寒いものを感じてしまう。銃の引き金を引くシンプルな現場の活動と地続きだとは、到底思えない。
敵でなくてよかったと、ハンクは小さく息をついた。
「ありがとうございます。波打ち際、月のカップとチェーンシール」
やり取りは数十秒。そして端末をリグにしまったルークが、イギリス人らしい張り付けたような柔和な笑みを浮かべて、ハンクに頷く。
「行きましょう。研究所へ」
「おーう。今度は腹撃たれないでくれよ」
「頑張ります……あ、クルトンは……」
「ほらよ」
ハンクがポケットから引っ張り出したクルトンを、ルークは受け取ってざらりと中身を口に入れた。
そして半分残してハンクに渡す。
「夜食です」
「もとは俺のだっつうの。全部食っていいからタバコくれタバコ」
「マルボロがあります」
「よし、よくやった。またクルトン拾ってやるよ」
「次はグリーンピースの缶がいいです」
「イギリス人のくせに食いものにうるせぇんだな。何でも食うんじゃないのか」
「それは激しい偏見ですよ……なんでも食べますけど」
〇
グラウンド・ゼロと呼ばれている一帯が、真夜中にもかかわらず絶え間ない銃声と地元住民の怒号に包まれ始めたとき、千束とたきなはアイゼンに起こされるよりも早くにぱちりと目が覚めた。
「始まりましたか」
たきなの、寝ぼけなど一切感じさせない凛とした問いに、アイゼンは首肯で答える。
短いやり取りだが、千束もそれを見逃すほど寝ぼけてはいない。立ち上がり、バックパックを背負いなおし、KSGショットガンを両手に抱える。
「それで、どうするのアイゼンさん?」
「下の戦闘に乗じて地下を通り、南下する。だが巻き込まれる覚悟と用意は必要だ」
そう言って、アイゼンは足元の緑色の木箱から一丁の銃を引き上げた。
「……マジ?」
「え、それ持っていくんですか」
千束の漏らした驚きの声、たきなが目を丸くしながら思わずつぶやいた疑問に、アイゼンはドラムマガジンを左手に取って頷いた。
百発の7.62×39mm弾が詰まったドラムマガジンと弾薬ベルトが、小気味良い音を立てて取り付けられる。
木と鉄の暴力。RPD軽機関銃。昨日三人に弾丸の雨を降らせた男の持つものと同じ銃だった。
「テラグループの私設部隊は相当な装備を有している。あと、昼間の男もだな。我々はとにかく火力が足りない。連携も錬度も劣る部隊で格上と渡るために手数は必要だ」
「いや、重くない? さすがに三丁持ちはいくらマッチョなアイゼンさんでも無理あるって」
千束の言葉に、アイゼンは無言で左手の人差し指を伸ばす。その先には、分解されてバックパックに収まる大きさになったSVDSとその予備マガジンがまとめておかれていた。たきなも指の先を追って視線を振り、それからアイゼンの顔を見た。アイゼンと目が合う。
「……もしかして、私に?」
「.338ラプアマグナム弾なんぞこの街ではほとんど出回っていない。短期間で街を離れるつもりだったようだが、そんなことを言っていられる余裕はないだろう」
たきなは、もう一度アイゼンの使っていたSVDSを見た。
言っていることはよくわかる。弾薬の補給は経戦能力の要であり、それが実現不可能なのであれば武器を変えるのが手っ取り早い。
早い話、手に入りやすい弾薬を放てる銃を使うことが、戦い続けられる条件でもある。
SVDSの重量が約八キロ。弾薬も併せて十キロに迫ることを考えると、これをバックパックに忍ばせて移動するのは少々物理的な荷が重い。
ただしそれはM24A3ボルトアクションライフルも併用した場合の話。
「……」
たきなは十秒で決断した。M24A3ボルトアクションライフルをバラバラにして、その場に置く。バックパックから弾とマガジンをすべて取り出す。
弾は、全部で三十発もなかった。
「え、たきな……?」
「置いていきます。射撃精度はこちらのほうが良いかもしれませんが、どのみちもう弾が尽きて使えなくなるところでした」
分解されたSVDSを手際よく組み立てて撃てる状態にする。M24A3に使っていたイオテック社のスコープを持って、
「……」
アイゼンのSVDSにはハンドガードにしかレールがないことに気が付いた。
顔を上げて〝どうしましょう〟という目をしながらアイゼンを見上げると、アイゼンはリグからレール付きサイドロックマウントを取り出して、
「使え」
たきなに渡した。
この人のリグからは何でも出てくるのかとたきなは思ったが口にはしなかった。あるいは状況によって取り換えて使うつもりだったのかもしれない。
M24A3で使っていたスコープを乗せて、その使用感を確かめる。
街に銃声が響き始めてからここまで三分ちょっと。そろそろ動き出す必要があることは全員が承知の上で、千束はたきなに不安を隠せない声音で呟いた。
「……大丈夫、たきな? 使いこなせるの?」
たきなは、SVDSを無表情で構え、スコープを覗いたり、マガジンを抜き差ししたり、上下に振ったりした。
「……」
そして千束の問いに、たきなはスコープから目を外して銃を胸の前に保持。まっすぐ、たしかに、千束の赤い瞳に向かって淀みなくはっきりと応えた。
「千束の命は守ります」
「……自分の命も守ってよ。〝いのちだいじに〟だよ」
「はい」
「行くぞ」
アイゼンが声をかける。
蛍光灯もまばらなオフィス。外では断続的に銃声が鳴り、人の叫び声も時折響く。
先頭、RPD機関銃を持ったアイゼンが注意深く進む。
すぐ後ろを千束が歩き、最後尾にはSVDSを手にしたたきなが後ろ歩きでついていく。対岸のビルの中を警戒。敵は見えず。
有刺鉄線を張った階段まで来て、真下をアイゼンが覗き見る。
人の気配はなし。死体のみが積み重なる。
後続の二人にハンドサインを出して、自身はRPDを突き出しながら階段横の手すりに上がる。
仕掛けたワイヤートラップ、その先の手榴弾を一目見て、千束とたきなにも〝引っかかるなよ〟と目で合図してから階下へと降りた。
続けて千束、最後にたきなが下りてきて、踊り場からさらに下へ下へ進もうとした時。
「……」
アイゼンの持つ端末が、音もなく呼び出しを伝えた。
アイゼンもたきなも、装備に思い入れとか一ミリもない人たちでしょうからね。
合理的な判断。敵の数が多いことがわかっているなら「そうなる」でしょう、という選択をしました。