リコリスinタルコフ   作:奥の手

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今日気が付いたんですが、日刊ランキングに載っていました。
連載から一年半経って、たぶん初のランクインです。

読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!


幕間:ある女の非日常③

「よう、待ってたぜ。時間通りじゃねぇかハチ。あとあんたがイレーネか? お嬢ちゃん。ずいぶん小せぇな」

 

 薄汚れた防毒マスクをつけたスカブが、カフェの木椅子に背中を預けたまま半笑いで手を広げた。

 アタシはその男のふざけた目元にAKS74-Uの照準を合わせて足を止める。

 

 このカフェは中心街の南端にある。大通りに面した小さなカフェ。客席は四人掛けのテーブルが六つ。その一番奥のテーブルに男は座り、

 

「まぁ立ち話もなんだから座れよ。店員はいないからお茶は出ねぇけど」

 

 ハチとアタシに座るよう要求してきた。アタシたちはゆっくりと足を進めて、男の座るテーブルの目の前に立つ。でも座らない。

 ハチが男を見下ろしながら息を吸った。

 

「このままでいい。邪魔が入ると面倒だ。手短にいこう」

 

 言い捨ててからポケットに手を突っ込んで、少しの金と一枚のメモを出すとそれをテーブルに投げた。椅子に座る防毒マスクの男は()()()()()()()()()()()()

 ハチも男を刺す様ににらんだまま「確認しないのか?」と唸る。すこし、苛々しているようにアタシは思えた。

 

 防毒マスクの男はそのまま数秒ハチを見たまま何も言わず、しかしマスクの下でニヤニヤと口角を挙げていることは分かる。そしてやっとのことで目線をテーブルに落として、メモの中身を視界に入れた。もう殺していいかなこいつ。

 

 メモをじっくりと見て、何度か頷く。アタシはメモに何が書かれているのかは知らない。知る必要もない。ハチが今回の取引の窓口だからアタシの出る幕じゃない。出るとしたら5.45×39mm弾だけだ。

 

 防毒マスクの男はメモを手の中で潰して丸めて、ポケットから無造作に取り出したライターで火をつけた。燃えていくメモを机の上に放り投げて顔を上げる。

 

「ストリートの北側にあるカーディナルホテルへ向かえ。三日後の正午から二十四時間、そこに滞在しろ。そうすればお前たちの探し人は来るだろう」

「〝だろう〟? 俺は命を賭けて今お前が燃やしたメモを手に入れた。推測で提供されるような情報では対価にならない」

「そうアツくなるなよ色男。ヤニの匂いが漏れてるぜ? 一本吸うか?」

 

 背もたれに体を預けながらふんぞり返る防毒マスクの男に、アタシは引き金に触れる人差し指を動かさないように我慢するのが精いっぱいだった。でもそろそろ我慢の限界が来そう。

 

 そんなことを思いながらもぴたりと男に銃口を向けたままのアタシは、一つ気が付くことがあった。

 この男、まったくアタシのほうを見てない。警戒はしているように思うが、どういうわけか銃を向けている相手に一瞥もくれていない。

 

 なにか。

 何か違和感がある。

 

 でも正体がわからない。このナメた態度の男がなぜこれほど余裕があるのか。見える範囲に銃も見当たらない。男のポケットにマカロフくらいはあるかもしれないが、それを取り出すより先に頭が爆ぜるのは明確だろう。それくらいこの男にもわかっているはずだ。

 

 なんだろう。何がおかしいんだろう。

 違和感には気が付いても、何かが致命的に繋がらない。アタシは眉間にしわを寄せながら、それでも目の前の男が不審な行動をし始めないか、その部分に注意を払った。

 

 ハチが、MCXのセーフティをわざとらしく外した。両手に保持して体の前にぴたりと付けて、銃口を下に向けてはいるがこれで一段階ギアを上げたことが相手にも伝わった。

 

 〝誠意を見せろ〟〝取引は対等だ〟というメッセージは、どうやら伝わっているようだった。

 

「よせよ、ハチ。別にお前たちと喧嘩したいわけじゃねぇし、これはまぁ言うならば前菜だ。ちゃんとスープとメインディッシュも用意している」

「さっさと喋れ。のんきに立ち話をしに来ているわけじゃない」

「だから座れって言ったんだけどな。まぁいいや」

 

 防毒マスクの男が、ここで初めてアタシの方を見た。AKS74-U越しアタシと合った目は、何か──なに? 

 寒気のする目をしていた。悪寒。背中の産毛が総立ちするような不快感。ちょうど銃口を向けられたような、そういう目だった。

 

「なぁイレーネ、お前自身のことと、お前が会いたがっている少女二人組のこと。どっちから聞きたい? 選ばせてやるよ」

「上から物を言うにしては状況が悪いんじゃない。脳みそ詰まってるかアタシに確認される前に早くしゃべりな」

「良いセンスをしているな気に入った。じゃあまずお前のことについてだ」

 

 防毒マスクの男は、ニヤついた瞳でまっすぐにアタシを見ながら指で鉄砲の形を作った。

 

「お前の頭は優秀な俺の仲間が常に十字線を置いている。AKの引き金の遊びがなくならないように気を付けろよ。遊びがなくなったらお前の脳は俺と直接こんにちはすることになる。気が付かなかったか? 向かいの建物の屋上だよ」

 

 ハチが振りかえって確認しようとして、

 

「あぁハチやめとけ。目があったら死ぬぞ。料理の上手い奴なんだが目が合うと体をバラバラにしたくなるらしい。それで今までに何匹も捌かれた。見ない方がいい」

 

 防毒マスクの男は手のひらをハチに見せながらひらひらと振って、それからテーブルの上に置いた。

 ハチも前を向き男を見下ろす。男は変わらずアタシの目を見ながら眉を上げた。

 

「で、次は錦木千束と井ノ上たきなの話だが、先に一つ約束をしてくれイレーネ」

「……断る」

「内容も聞かずに? じゃあこの取引は無しだ。別にお前たちがあの子たちと合流できなくても俺は困らない。今あの子たちの世話を焼いている奴がほんのちょっと困るだけだ」

「は?」

 

 思わずまぬけな声が出てしまった。世話を焼いている? 千束ちゃんたちの? いったい誰が? 

 

「知りたそうな顔をしているなぁ。そういうのはあんまり顔に出さない方がいいぞ? ベットの上だけにしとけよ」

「約束の内容は」

「おお、いいぜ。話そう。今から俺が言うのは〝事実〟であり、それに対してお前がいかなる感情を抱こうがそれは勝手だが、安易な考えと軽率な行動は必ず不幸を招く。だから約束しろ。〝考えて動く〟とな」

「……」

「わかりやすく言ってやろう。銃は下ろせ。そして今後も引き金はもう少し重くしろ」

「……アタシの勝手だ。アタシの生き方だよ。あんたが介入していい事じゃない」

「だから言ったはずだ()()だって。どうだ? 約束を守るつもりはあるか?」

 

 眉を上げながらテーブルの上の両手を広げた男は、そのまま右手をアタシの方へ差し出した。握手を求めてきた。めんどくさい奴。正直キライなタイプ。向かいの建物の狙撃手が嘘ならもう殺してる。

 

 でも狙撃手の存在はこの男に抱いていた違和感と辻褄が合う。目の前の光景に納得のいく理由が付く。ということは、アタシが引き金を絞りきる前にアタシの頭がテーブルに広がる。

 

 仕方がない。

 

 アタシは銃を下ろして、男の右手を握り返した。こんなパフォーマンスに特別な意味は感じないけど、それでこの男が満足するなら少しくらい歩み寄ってやってもいい。そう思った。

 

 男は、防毒マスク越しの少しくぐもった声で言葉を続けた。

 

「今な、錦木千束と井ノ上たきなはアイゼン・ウント・ブルートっていう男と一緒にいる」

 

 ────は? 

 

「いろいろあったんだが、あんま詳しい情報はお前たち向けに取り扱っていない。追加料金払うなら別だが場所を変えてな。でだ、そのアイゼンが今やってんのが、かつての分隊の再編成。でも生き残ってんのはお前くらいだ」

 

 手に力が入る。男の手を放そうとしても、体が、頭が、勝手に力を入れてしまう。首筋から眉間へ、心臓から全身へ、怒りなのか血液なのかわからない何かが熱く末端までほとばしる。

 

 同時に、激しい疑問が湧く。吐き気すら催す疑問。

 

 なぜ。

 なぜ、あの男と。

 あんな男と共に行動して、しかも〝世話を焼かれている〟のか。

 

 理解できない。意味が分からない。たきなちゃんはあいつに撃たれて重傷を負っている。千束ちゃんにはあいつがどういう奴なのかちゃんと話をしたはずだ。

 それが、なぜ? どうして一緒にいることになる。あの二人が一緒に行動するという判断をした? ありえない。あるとしたら脅されている。その一点しかない。

 

「……イレーネ、そろそろ手を放してくれよ。握り足りねぇってんなら二階にベットがあったから個人的に握らせてやるぜ」

 

 防毒マスクの男がふざけたことをほざいているが表情は笑っていなかった。アタシは一度息を吸って、それから吐いて、右手をぱっと離して一歩後ずさった。男は右手を振りながら顔をしかめて、

 

「次はもうちょい優しく握ってくれよ。つぶれちまう」

「お前、追加料金で取引するといったな」

「あぁ言ったぜ? 何が聞きたい」

「アイゼンの全て。この街が封鎖されてからの奴の動向、居場所、アタシを招集する目的」

「いいぜ。追加で100万ルー……」

 

 男が言い終わる前にアタシはAKS74-Uをテーブルに置いて、腰のM1911も同じく横に置いた。

 そして、二階を指さす。防毒マスクの男は動きを数秒止めて、何が言いたいのか理解した。

 それから、男はハチを見た。

 

「おう、ハチ。一応聞いとくがお前らデキてたりする?」

「しない。俺は故郷に妻と息子がいる」

「そうか、じゃあ問題なしだな」

 

 そう呟いて、それから男は服の襟を少しつまんで、

 

「〝デザート〟タイムだ。後は任せた」

 

 恐らく、向かいの建物の狙撃手への合図だろう。交渉は成立したらしい。

 

「100万ねぇ……」

 

 階段をのぼりながら防毒マスクの男がつぶやいた。なんか文句あるのか。

 二階は居住スペースになっていた。荒らされているが生活はできる。寝室もあった。比較的清潔なダブルベットが部屋の中央を占めている。

 

「お前にも一応聞いとくぞイレーネ」

「なに」

「いつもこの手を?」

「そんな安く見えるなら断ればいいじゃん」

「いや……」

 

 アタシを見た防毒マスクの男は、先ほどまでのふざけた態度が一変して、纏う空気感が真剣なものになった。上着を脱ぎ捨てる。防毒マスクも外した。へぇ、予想よりハンサム。

 

「……100万以上の価値がある」

 

 そう。

 まいどあり。




ちさたきが出ないから幕間にせざるを得なかったんだけど、ボリュームと言い登場している人物と言い全員しっかり主役級なんだよね。
あ、取引相手は無名だね。無名の主役級だね(わけわからん)

ところでR15はこの辺りまで大丈夫……大丈夫だね(暗示)
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