金の笛を奏でて   作:frio

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第九話「ロミオとジュリエット」

 中学三年生。この学校での部活動最後の年、私と暁との間に、変わったことと変わらなかったことがある。

 

 変わらなかったことは、毎日音楽漬けの日々を過ごしていること。

 日々共に練習を重ね、地元の以外にも幅広くコンテストに出場し、様々な賞を獲得していった。まだまだローカルではあるが、一部界隈からは奇跡の二人組と呼ばれ、地元テレビ局に出ることもたびたびあった。

 

 だが、これは私たちがただ有名になっただけのこと。血が滲む努力によって得られた結果なだけで、もとより相方が暁ということもあり、私からすれば驚くことではなかった。

 暁はそうでもなかったのか、賞状授与のたび目を白黒させていた。その様相は、ひどく可愛らしい者だった。

 

 変わったことは、お互いの学校内の立場だ。

 アメリカの学校に、生徒たち特有のカースト制度というものがある。上位にはジョブズ、クイーン・ビーと呼ばれる者たちがいて、クラス内の扱いが気づけば暁はその上位の引き立て役、サイドキックスに位置するようになった。

 

 きっかけは、あの“朝比奈 まふゆ”と仲良くしていたことによるものだろう。

 暁はことあるごとに朝比奈の前で演奏し、それを面白がった周囲が勝手に暁の肩を組み、気づけば朝比奈の周りをふらつく付き人の一人となっていた。

 

 このスクールカーストというのは例えであり、下の階層におけるターゲットなどは見えるところにはおらず、妙な差別や力関係なんてものはないのだろう。この話の重要な点は、音楽を通さなければ、私と暁は住む世界の違う、遠い存在となったということだ。

 それに関して、私は特になんとも思わなかった。暁の周りに妙なものがうろつくのは、いささか業腹だが、暁がちやほやされているのを見て悪い気はしなかった。そして何より、私は音楽で暁とつながっている。それ以外なんて、私にとって興味がないことだ。

 

 昨日、またサックスの音が思うような響きをしてこなくなったため、今日は練習場に暁が来る前にリードを調整しなければならない。時間的に、そろそろ始めるとしよう。

 静かな教室で、慣れた手つきでリードを削り始める。そういえば、私がまだ一年のころ、怒りに任せてリードを壊してしまったことがあった。あの頃の情緒不安定な私は、今はどれだけ安定するようになったのだろう。毎日の苛立ちはすっかり解消され、今は毎日が楽しく、居心地がいい。これからも永遠とこの日々が続けば良いとすら思えてしまう。

 

 聞けば、暁はその巧みなトランペットの腕を見込まれ、宮益坂女子学園へと進学するそうだ。さすがに素行不良だった私は、お嬢様学校である宮女への進学は不可能だ。近い場所にある神山高校にでも進学して、いつでも会うことができるように準備をするべきだろう。

 

 将来のことを思い、楽しくなりつい鼻歌が自然と出た。なに、練習手段として鼻歌を歌うのはいいらしい。すれ違い驚かれようと、それで押し切れるだろう。

 

「…あなたが、夜崎まどかさん?」

 

 気分よくリードをいじっていると、いつの間にか数人の生徒が教室に入って私に話しかけていた。

 声だけでも気分が悪くなるタイプの生徒だが、この学生生活で2年も機嫌が良い状態が続いている。気にしないほど、私は余裕が持てるようになった。

 

「…ああ、そうだが…何か。これから暁との練習が待ってるので、ご用件があるのなら早めにお願いしたい。」

 

 いつの日に、暁からもう少しみんなへの態度を軟化させてほしいと頼まれたことがある。その時に、

 

『どうせなら、まどかが良い人だって思われてほしい。みんなに、音楽を通してまどかも良い人だって知ってほしいから…。』

 

 と、暁からの思いも聞かされた。その日以来、ぶっきらぼうなところを変えることはできなかったが、言葉尻が柔らかくするように意識するようにした。おかげなのか、クラスで頼み事をされることや、部活内で後輩から質問が増えたように思える。

 

 私がここまで成長できたのも、きっと暁のおかげなのだろうと、目の前の生徒をほっぽり追想にふけってしまった。

 

「…ちょっと、聞いてる?」

 

「…ああすまない、心ここにあらずだった。もう一度言ってくれ。」

 

「…もういいや。やっちゃって。」

 

 その声に合わせて、別の生徒が私のスペア用に準備して水に浸していたリードに、ジュースを流し込んだ。

 

 一瞬、何が起きたのかわからなかった。机が水によって薄まったジュースによってぐちゃぐちゃになり、そばに置いてあった楽譜にも被害が及ぶ。

 呆然としているうちに、私の持っていたリードを取り上げられる。

 

「…あら、意外と固いのね。」

 

「…何を、している…?」

 

「ふーん、本当に聞いてなかったんだ。…最近、暁さんが朝比奈さんを独り占めしようとすることが多くて、それの罰。要するに連帯責任ってこと。」

 

 何を言っているのか何もわからない。こいつに脳みそが詰まっている?冗談を言わないでくれ。

 私が…私と暁が、何をしたと言うのだ?朝比奈を独占しようとしている?だから何だというのだ…?たったそれだけで、

 

 私と暁の繋がりである証に、傷を付けたのか?

 

 目の前の生徒の手によって、リードが折れる。それと同時に、

 

 足の先から、吹き出るように脳へ血が昇る。

 久しぶりに、怒髪天を衝く感覚が目覚める。

 

 だがその時と違うのは、私は至って冷静だった。ただただ、楽譜を奇麗に乾かす方法と、新しくリードを買うための金銭の確保、それとこの出来事をどう対処するのが、私にとってメリットとなるのかを考えていた。

 

 その思考をしている時間が、仇となってしまった。

 

「…まどか、お待たせ…ッ!」

 

「…あか…つき…。」

 

 目の前には私の折れたリードを持つ生徒、そして私の周辺は薄まったジュースまみれであり、一瞬でいじめの現場と判断できるほど悲惨な状況だ。

 

「…まどかに、何している。」

 

 暁が私の前に立つ。

 

 待て、待ってくれ暁。私はこいつらにいじめられたわけではない、ただ鳥の糞の如きものを擦り付けられただけだ…心配することはない。

 

 そんな顔をするな。そんな、今でも泣きそうで、私と同じような怒りに染まった顔をするな。その顔はお前に似合わない。

 

「…何って…ああ、これね。全部暁さんが悪いから。」

 

「…え?」

 

 聞くな、耳を傾けるな暁。

 

 こいつから出る言葉はすべて虚言だ。

 

「朝比奈さんを独り占めしようとしている、暁さんが悪いんだからね。…私たち、もっと朝比奈さんとお話ししたかっただけなのに…ねえ?」

 

「え…あ、ご、ごめんなさい…私、なんか朝比奈さんが苦しんでいるように見えて…それで…。」

 

「はあ?調子乗ってんじゃないわよ。」

 

 目の前の木偶が、手を振り上げる。

 今だ、動け私。

 

 隙が見えたぞ。

 

 木偶の首をつかむ。殺さないように、丁寧に、丁寧に力を込める。

 

 逃げ場をなくそう。ゆっくりと首を持ち上げ、地面から足を離す。

 

 木偶はどんどん、どんどん顔が苦しみに満ちていく。

 

 まだだ、まだ、貴様は苦しみ足りていない。これから一生このことを忘れないよう、心身ともに刻み込ませる。

 

「…だ、だめ!」

 

 目の前に夢中になっていると、暁が私の腕に抱き着き、抑えようとしてきた。

 

 ぼとりと音が鳴ったかのように、頭の血が落ちる。それと同時に手の力が抜け、生徒は尻もちをついた。

 目の前の生徒は他の生徒たちとともに、目元に涙を浮かべながら一目散に逃げ去っていった。

 

 その様子に、私は反省しているように見えず、追いかけようとする。が、暁は私を押さえつけ、行かせようとしてくれなかった。

 

「ま、まどか…だ、だめ…い、今行ったら、まどかが…。」

 

 私が、私がなんだというのだ。むしろ、あれを放置していたほうが害になる。やるには徹底的にやらなければ…もう二度と、私たちの邪魔をしないように。

 

「…ごめんなさい。」

 

 動こうとする足が、完全に止まった。なぜ、なぜ暁が謝る…?私に謝っているのかどうかさえどこかあいまいになってしまっている。振り向き、暁を見れば、私に頭を下げているところが見えて、ようやく確信が持てるほど、私はどこか夢の中にいるかのようにふらふらしていた。

 

「…私が、みんなを不快にさせたから…良かれと思ってやったことが、悪いことにつながっちゃった…。巻き込んで、本当に、ごめんなさい。」

 

 私は、今までに感じたこともないほどの、怒りに似た何かが溢れ出した。

 

 初めての感覚だ。心の中に水がたまったかのような、心臓が針の山で刺されたかのような、そんな感覚。血は頭に上り続けながら、心臓から穴が開いて水があふれ続けているかのような…わけがわからない感覚に、私はどうにかなってしまいそうだった。

 

 一度、冷静になるためなのか、暁の顔を見る。今にも泣き出しそうで、儚い顔が一層極まってしまった。

 

 暁は、私と同じような感覚になっているのだろうか。いや、暁は甘いやつだ。ただただ悲しみの自責に心を追い込んでいるのだろう。

 

 思考がばらばらに、まとまりがなくなっていく。一つのことを考えれば、別のことが思いつき、まるで砂漠を飲み込む海のごとく、考えては消え、思いついては消えを繰り返す。

 

 そうしているうちに、ふと私は疑問を抱いた。なぜ、暁はあの輩を庇った。…なぜ逃がした。

 

「暁…なぜ、あいつを逃がした。まだ足りなかったはずだ、もっと苦しめなければ…見ただろう、逃げた様相。まったく反省しているようには見えなかった。…なぜだ?」

 

「…まどかが、悪い方向に行っちゃいそうだったから…。」

 

 暁らしい、悪いことには濁して伝えるいつもの癖に、私は少し肩の力が抜けた。

 そうか…私を心配してのことだったのか。むしろ、嬉しく感じてしまった。気持ちは柔らかくなり、冷静に暁と話せそうで、私は口を開こうとした。

 

「それに…あの子は私の友達の一人。苦しんでるところ、見たくなかった…。」

 

 私は信じられず、口を開けたままにしてしまった。

 

 暁…お前は、一体誰の味方なんだ?そういえば、輩が言っていた朝比奈を独り占めにしようとしていること、本当なのか?

 

 …私がいるのに、なぜ関係のない者を心配するんだ…?

 

 私の脳みその何かが、プツリと切れた。

 

 もう、我慢の限界だった。

 

「…いい加減にしろ。」

 

「え…ま、まどか…?」

 

「もううんざりだ。…一年のころから思っていたが、貴様の思想にはもう付き合いきれん。…もう二度と、私の前に現れるな!!」

 

 私は、楽譜をゴミ箱に捨て、楽器を乱雑に片付け、教室から飛び出た。

 

 その日から、私と暁は一緒に練習することはなく、卒業した後も、二度と会うことはなかった。

 

 

 

 嫌な夢を見た。体中から汗が滝のように流れ、どろどろとした不快な沼に溺れているかのようだ。

 

 泥から抜け出すかのように、ベッドから這い出る。気分をよくするためにも、風呂は入らなければ…。

 スマートフォンを取りだす。正常な判断ができていないのか、スマートフォン内に入っている曲一覧を開いてしまった…。今は曲を聴く気になれない、さっさと閉じてしまおう。

 

「…なんだこれは…“Untitled”?」

 

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