第十話「ソリスト」
あれから、私はいつもの日常へと戻った。変わらず好きなトランペットを吹き続け、可愛い後輩と、キュートなアイドル達と、ちょっとだらしない同居人と、仲良しな毎日を過ごした。
そんな日常も、大きく変わったことがある。
まず、可愛い後輩たちは、二人増えバンドを始めた。
「…えっと、初めまして。【日野森 志歩】です…一歌と咲希のお世話になったみたいで…ありがとうございました。」
「初めまして、【望月 穂波】です。咲希ちゃんからいろいろと伺いました、これからどうかよろしくお願いしますね?」
「うぉお…ツンデレとママ…。」
「…いきなり何のことですか…?」
「暁先輩、マイペースな方だから…で、でもすごくいい先輩だよ?音楽知識すごいし、私たちの力になってくれると思う。」
「それに、燈先輩ってすごい楽器上手なの!ね、ね、二人にも燈先輩の音聴かせたいから、これからカラオケ行こうよ~!」
「うむ、私のトランペットは雷鳴のごとく。」
「えっと…ジャズが得意なのですか…?」
「クラシック中心、ジャズもできる。」
「じゃあなぜ雷鳴…。あ、いや、クラシックもすごいのはあるか…。」
「あはは…でも、暁先輩がうまいのは本当だよ。志歩も、きっとすごいって思えるから。」
「…心配なんだけど…。」
おおっとここで暁選手、疑り深い志歩ちゃんをからかうため、ふざけてしまった~!トランペットを構え、ムォーという音を出す。牛さんボイス。
「…さらに心配になったんだけど。」
「まあまあ、志歩ちゃん…聴いてからでも遅くないし、カラオケに行くんだから歌うことも楽しめるから、ね?でも私、楽しみです~!だって、確か暁先輩、テレビに出ていた覚えがありますから!」
「え、そうなのですか…?」
最近、昔のことを思い出すことが多い。そのせいか、少し過去の話を聞くだけで、チクリ、と胸が痛むようになった。
悟られないためにも、ここは元気に。片手でVを作って。
「うむ、地方テレビで紹介された。」
「あ、やっぱり。中学生のころ、一回見た覚えがあったのですよ。その時、暁先輩の演奏に圧倒されたことがあって…もうどんな音だったか忘れちゃいましたが。」
「え?え?!じゃ、じゃあ燈先輩、有名人!?」
「そうだったのですね…あ、じゃあ私…そんな人に、タダで聴き放題してた…?」
「一歌、何も聞かなかった。良いね?」
「…わかりました。じゃあみんな、今日はカラオケに行くってことで。いいよね?」
なんだかんだ、私だけが傷ついている。それでいい、彼女たちは何も関係がない。私だけが苦しめばいい。
次に、アイドルの子たちも、大きく変わった。
何と配信系アイドルになったのだ。
原案は桐谷さんらしい。なんともパワフルで、自分たちの力でやって見せると宣言されたような気分になった。
「…ん~…。」
「ちゃんもも、最近ずっとうなってる。」
「ああ…今愛莉ちゃん、企画を考えてくれてて…息抜きになるかなって、喫茶店誘ったんだけど…。」
「…少し隙があったら、考えてるね。」
「愛莉ちゃん…大丈夫かしら。」
「ちゃんもも。」
「…なに…ひゃ、冷た…あんたねぇ!」
「みのりが心配してる、楽しくご飯。」
「…そうね。ちょっと張り切りすぎちゃったかしら。」
「愛莉ちゃんは頑張り屋だから…でも、たまには息抜きしましょう!」
「は、はい!全力で楽しみます!」
「…みのり、目的は息抜きだからね。肩に力入っちゃってるよ。」
むふふ…私は潤滑油の擬人化…みんなを滑らせまくってみせる…。
でもみのり、そろそろ私に頼らなくても、大丈夫なんだけどなぁ。
「あんた…。」
「…お節介。」
「ぐ…。」
…だいぶ、心配させてしまった。これが続きそうなら、そろそろ強硬手段を取るべきなのだろうか…嫌だなぁ。
最近、家に帰っても奏が見当たらないことが多い。できる限り部屋に入らないでいるのだが、そろそろ心配だ。カップ麺が消費されているから、生きてはいるというのはわかるが。
がた、と奏の部屋から音が鳴る。
…もしかして不眠で倒れた?まずい、急いで様子を見に…。
奏の部屋へと赴く。そこには、目元に隈ができているが、どこかすっきりした顔をしている奏がいた。
「…奏?」
「燈…心配させちゃった?」
「ううん…紅茶、入れようか?」
「…うん、燈に話したいことがあるから、お願い。」
カチャカチャと食器を取りだす。
アニメとか、ドラマとか、小説とかの影響で、無駄に紅茶知識が豊富な私は、所作の通りに動かし、ハーブティーを入れる。落ち着くにはこれがいい。
「…それで、どうしたの。動画がすごい伸びたとか?」
「ううん…実は、その…もう一つ、呪いが増えたんだ。」
紅茶が喉の器官に入りそうになった。
困った…このままじゃ、奏が雁字搦めに…あれ、でも、なんでちょっとすっきりしてるんだ…?
奏の話が続く。私は、時折相槌を打ちながら、紅茶を傾ける。
聴けば聞くほど、悲しい気持ちになる。消えたい子がいる事実。何も感じることができないことに追い詰められ、一人消えようとしたということ。
でもその子には、奏の曲があったのだ。ほんの少し、響いただけだけど、それは確かな希望で、その蜘蛛の糸ほどの小さなものは、確かに奏たちと繋ぎ合わせることができたのだ。
「ずびびびび…。」
「と…燈、泣いてるの…?」
「泣いてない、これは目の汗。」
「そ…そう…今の歌詞に使えそうだね…。」
「ん…よかったね、奏。」
「…うん。」
久方ぶりに見る、奏の心からの笑顔。
奏は、呪いから脱することはできなくても、しっかり居場所を見つけることができたのだ。こんなにうれしいことはない…。
「…これからは、ちゃんと体調に気を付けないとね。」
「え?」
「え?」
「「え?」」
どうやら今まで通りの生活で、曲作りを続けるらしい。奏が患った呪いは、どこまでも強力だということを再確認できる、良い出来事だった…。
でも、もう私がそばにいる必要はない。そう思えるほど、奏は今自分が立って歩けるほどの仲間を見つけたのだ。
にしても…その消えたいとは違うが、結果的に近く、同じような子がいるとは思わなかった。親近感を覚えながら、そろそろ寝ぼけてきた奏をベッドへ運び、スマートフォンで曲一覧を開く。
「Untitled」…。気づけば入っていたその曲は、私にとっての素敵な場所だった。
そろそろ戻ろう。ここが、私の居場所なのだ。
セカイというものを見つけてから、家に帰れば必ずそこへ向かうようになった。
ここは、コンサートホールのような場所で、お客さんが座る場所と、ステージの上に椅子があったりなかったりする、それだけしかない場所だった。
今日は、椅子がなかった。まだ彼女たちが来ていないらしい。
楽器を準備し、少し息を通す。ホールは音を乱反射し、私の音はどこまでも響き渡る。この感覚は久しく味わってない。気づけば私は、中毒になっていた。
「燈、今日も来たの?」
「…ミク。」
椅子を片手にやってきた彼女の名前は【初音 ミク】。もう片方の手にはヴァイオリンが握られており、なるほどバーチャル・シンガーのメインと言って差し支えない楽器と、腕の良さだった。彼女が弓で奏でる姿と音は、足の先からてっぺんまで震わせるほど、美しく、揺らぐものだった。
さて、今日はどうしようか…少し疲れたし、今日はミクのヴァイオリンをしばらく聴いてから私のトランペットは披露しよう。うん、それが良い。
「ねえミク、今日はミクから演奏して。」
「良いよ、任せて。…ねえ、燈。」
「いやだよミク。」
「…まだ私、何も言ってないよ。」
ミクが私に何か言いたいことがあるときは、決まって私と合奏がしたいということだ。
もう慣れた。でも、一緒に合奏をすることはしたくない。私はミクの音を聴いて、私の音を奏でて聴いてもらって…その繰り返しで、幸せになれるから。
「燈…。」
「どうしたのミク、今日のセトリに悩んでたり?」
「違うよ…ねえ、燈は、今本当に幸せ?」
「…今日はしつこいね、ミク。」
「ごめんね…だって、今日は…。」
ミクが言い切る前に、奇麗なガラスが散らばった。
決まってこのガラスが散らばるときは、私がこの世界に来た時だけだ…なら、なんで、急に…誰か来た?
「…なんだここは…一体…どこのホールだ…?」
体中に緊張が走る。
過呼吸になり、ミクに寄りかかってしまう。ミクは、優しく私を受け止めてくれた。
ゆっくりと深呼吸をする。彼女は、私に気づいたようだ。話しかけに来ないのは、私が落ち着くのを待っていてくれるからかな。…やっぱり、あなたは優しい人。
「…なんで、どうして…夜崎さんが?」
「…それは…こちらの言葉だ、暁…さん。」
寄りかかっていたはずのミクは、気づけば後ろに一歩引いていた。空気を呼んだのか…それとも、緊張に耐えかねてなのか…なんにしても、よかった。巻き込みたくはなかったから。
「…お前は、相変わらず誰かに奏でているんだな。」
「…どうして、わかるの?」
「ああわかるさ、お前はそういうやつだからだ。ヘラヘラした顔で、下っ端のように、誰かを気持ちよくするために音楽を奏で続けるッ!…反吐が出る。」
鼓動は加速していき、息切れを起こす。きっと夜崎さんに聞こえるぐらい、私は呼吸が速くなっている。
こうして言葉を叩きつけられて、私は恐怖で冷え込んでいく。後悔という死神が、私の後ろで首にその獲物を当てる。今すぐにでも、罰を下すと、そう言いたげに。
「まあいい。私には関係のないことだ…好きにしろ。そして私をここから出せ。」
「…うん。スマホに、“Untitled”って曲、あるはず。」
「ああ、あるな。」
「それを止めたら、ここから出ること、できる。」
「そうか…ではな。もう会わないことを願う。」
夜崎さんは、鮮やかなガラスとともに消えていった。
…もう、塩時なのだ。きっと、今日夜崎さんと出会ったのも、それのお告げなのだ。心配そうに見つめるミクに、目線を合わせる。
「…次は、最後の私の組曲、聴いてね。」
「…そう。もう、最後なんだね。」
「うん…もう、十分だから。」
私は、再生していた“Untitled”を止める。
さあ、次に行くときはたくさんのカップ麺を持っていこう。大量の飲み物も一緒に。
ああでも、その前に、奏のおばあちゃんから家政婦を雇わないかと聞かされていたんだっけ。せめて最後は、奏が過ごしやすいように、しっかり手配しないと。
私は最後の時に胸を躍らせ、ゆっくり就寝した。
楽曲追加
「きゅうくらりん」Vo.暁燈、初音ミク