金の笛を奏でて   作:frio

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第十一話「宵の始まり」

 最初に違和感に気づいたのは【宵崎 奏】である。

 

 同居人である【暁 燈】は、奏にとって朝を知らせる存在だ。徹夜明け、彼女が朝の準備をするときの環境音で朝の時間だとわかり、軽快な調理器具の音とともに朝食を作る音を聴いてから、安心して寝ることができることがいつもの日常である。

 

 いつの日か、そんな燈の“音”に違和感を持つようになった。

 

 一番顕著だったのは声だ。元々奏の家に居候を始めたころから、何か含まれている声をしていると気づいてはいたが、そのころは今よりもっと作曲に執着しており、あまり気にならなかった。さらに、燈との時間を共有することで、いつの日かその違和感が当たり前となり、それが燈なのだと認識するようになった。

 

 しかし、ここ最近さらに声に陰りが見えるようになった。いつの日か、燈の影が消えることを願い、曲を作り試聴という名義で聴かせていたこともあり、どうにも頭の片隅に引っかかって気になる。

 

 そんな悶々としているある日、燈は引っ越すことを打ち明けてきた。

 

「…え。」

 

 奏は困惑した。もし気のせいなら恥ずかしいのだが、燈はなんだかんだ自身のことを心配しており、唐突にほっぽり出すとは思っていなかった。

 奏は、家のことに関して何も考えてはいなかった。

 

「安心して、奏。奏のおばあちゃんと打合せして、次から家政婦さんに来てもらうことにした。」

 

「そ、そっか…ありがとう。でも、どうして急に…?」

 

「ん…楽器の練習に集中したくなったから。」

 

 普通のことなのに、燈から受けた印象はかなり冷たく、どこか【朝比奈 まふゆ】と近い何かを、奏は感じ取った。

 それが、何より奏に恐怖を感じ取らせた。

 

 このまま、燈はどこかに消えてしまう。そう思ったのだ。

 

「だ、だめ…。」

 

「…どうして?」

 

「…えっと…その…。」

 

 こういう時、正直に言えば燈は自分を安心させてくれるだろう。しかし、その安心は嘘から出た安心かもしれない。彼女は、誰かに楽しませたい、喜ばせたいという気持ちで冗談や嘘を平然と言う。

 

 もしここで、その冗談や嘘を付かれてしまったら…なんとなくではあるが、燈がどこかへと消えてしまう。

 

 奏は、どうにかできないかと必死に考える。

 

「…奏、大丈夫。私がいなくても、奏は仲間がいる。家政婦さん、とっても優しい人みたいだから…もう、奏を支えてくれる人がいっぱいいる。何も心配することはない。」

 

 引っ越しは一週間後と言って、燈は自分の部屋へと戻っていった。

 

 一週間後。朝比奈まふゆとの件があるせいか、どうしてもいやな予感がぬぐえない。だからせめてもの不安の一つを解消するためにも、一度セカイに行かなければ。

 奏は、自分の部屋に戻った後に、スマホの曲一覧を開き、セカイへと向かう曲を再生した。

 

「…あ、K…奏も来た。」

 

「ん?あ、本当だ!…同居人さんが邪魔くさくなって、こっちで作業しに来たの~?」

 

 絵名は、奏がいつも感謝してる人を邪魔とか言わないでしょ、と突っ込みを入れた。

 

 どうやら、ニーゴメンバー全員集ったようだ。いつもの通り、絵名と瑞希が会話しながら作業をして、まふゆは安らぐためにミクのそばにいる。

 その様子に安心感を抱きながら、奏はミクに聞きたいことを尋ねた。

 

「…ミク、このセカイは私たちの想いでできている。そうだね?」

 

「…うん。」

 

「私たち以外に、同じようなセカイができているってことはない?」

 

「…わからない。でも、あるかも。」

 

「そっか…そうだよね。ありがとうミク。」

 

 奏とミクの会話を聞いていた二人は、それぞれ反応をする。絵名は驚き、瑞希は確かにと合点した。

 

「そうだよね、僕たち以外にもセカイができた人がいてもおかしくないな~…。」

 

「言われてみれば、確かに…でも、どうして急にそんなことを?」

 

「実は…。」

 

 奏は、ここまでの経緯をすべて語る。

 まず、同居人の様子がおかしかったこと。仲は良好だったのに、急に引っ越しを行うと伝えられたこと。何より一番引っかかったのは、自分には仲間がたくさんいて、自身がいなくても大丈夫と言ったこと、かみ砕きながら、奏は全員に聞こえる声量で話した。

 

「そっか…でも、もしかしたらそろそろ一人暮らしがしたいんだけど、生活力皆無な奏が心配なだけだったかもよ?」

 

「確かにそうだけど…私たちよりも一緒にいた時間が長いのは奏よ?様子がおかしかったのなら、何か起きそうだって怖くならない?」

 

「…でもさ、まふゆの件で敏感になってるだけかもよ?」

 

 奏は少しうなる。確かにその通りで、何でもないことですら少し気を置くようになってしまったのかもしれない。

 

「まあでも、こういう時は違うところだとどんな様子だとか、何か行動する前に、ちょっと観察してからのほうがいいかなぁ?奏の気持ちはよくわかるし、僕も気になるところだけど、焦っちゃ逆に嫌われちゃうかもだし…。」

 

「まあ…そうね。同居人さんのこと、私たちは何も知らないけど…奏だって、完璧に知ってるわけじゃないでしょ?」

 

「う、うん。」

 

「なら、瑞希の言う通り少し様子見てあげたほうがよさそう…学校通ってるんだったっけ。どこの高校?」

 

「えっと…宮女に通ってる。」

 

「あー…ということは…。」

 

 全員がまふゆに目線を向ける。

 奏と同い年…そして、宮女。奏にとって目に見えない時に見ることができる人物…パーツがすべて、そろってしまった。

 

「うん、いいよ。」

 

「いや、まだ何も頼んでないんだけど…。」

 

「その子、観察すればいいんでしょ。…違うの?」

 

「あってるわよ。…でも、まだ名前だって聞いてないのに…本当にいいの?」

 

「しつこい…私はいいって言った。」

 

「んな…こ、こいつ…!」

 

 心配しすぎなのかもしれない。燈は、私よりも元気で前向きだ。でも、それでも…。

 奏は、まふゆに向けて真剣な顔で頼み込む。

 

「…お願いまふゆ。お父さんを殺した私だけど…私を支えて…家族になってくれた燈が、居なくなってほしくないから…。」

 

「…燈?」

 

「あ…ご、ごめん。探してもらうんだから、名前、伝えなきゃ…暁 燈っていうんだけど…。」

 

 まふゆの目がぱちり、ぱちり、と、今のまふゆになって動揺しているのを見るのは、ニーゴの全員初めて見る光景だった。

 ふと、奏はこのセカイに来た時のことを思い出した。誰かいないか探しているとき、ミクの声と、聴いたことのあるよく響く金管の音。結局、あの音がなんだったのかわからなかったが、あの音は、燈の音だったかもしれない。

 

「…もしかして、まふゆを止めていたの、私以外にもいたの?」

 

「…わからない。…でも、学校でも安心できた場所は、ある。…それが燈。」

 

「うっわ…まじで?…それって、僕たちにとっても恩人ってことじゃん?!」

 

「まふゆを止めるって…どれだけうまいのよその子…。あ、でも、奏の親戚なら納得できるかも。」

 

 奏は、自分の不甲斐なさを感じた。

 何度か燈にも作曲のお誘いをしていたのだが、何度も断られており、ならせめて家事以外の部分では彼女に迷惑が掛からないよう、活動の話は控えていた。しかし、結局見えないところで、まふゆを止める役割を担っていてくれたのだ。

 

 だからこそ猶更、燈を放っておくわけにはいかなくない。

 

 ここで見放せば、私はきっと耐えられないし、まふゆを二度と救うことなんてできなくなる。

 

 作曲しかできない私に、何ができるのかわからない。でも、黙っていることはできない。

 

「…お願い、まふゆ。少し、学校で燈の様子を見てあげて。」

 

「わかった。」

 

「…私も家でいろいろと話してみる。みんなは…相談相手になってほしい。私は曲を作ることしかできないから…。」

 

「まっかせてー!」

 

「うん。奏も思いつめすぎないでね。」

 

 優しい仲間たちができたことを誇りに思いながら、決意を固める。

 今度は手遅れになる前に、必ず、手を伸ばし、掴んでみせると。

 

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