次の日、絵名と瑞希とで練った作戦を、まふゆは早速実行することとなった。
作戦と言っても簡単である。早く起き、リビングに「今日は友達と集まって勉強することになったから、速めに行くね。」と書いてすぐ出るだけである。
この作戦、非常に穴が多いと瑞希は言った。
「いやぁ…だって、事前に決まってたことを当日伝えるってことになるから…多分またまふゆが辛い気持ちになっちゃうかも…。」
「…そこまでなの?」
「みんなが思うレイギタダシイとか、イイコって言うのから少しでも路線が外れたらアウトな感じなんじゃないかなぁ…あの感じだと。」
「…まふゆ、無理はしないでね。」
奏が心配するが、まふゆは首を横に振って問題ないことを伝えた。
今は、なぜか自分でも押さえつけることが難しいほど、燈に会いたかった。奏から伝えられた燈の状態を聞いても、何もわからなかったのに、なぜか、どうしても、燈の様子が見たかった。だから、瑞希から聞かされたリスクがあったとしても、行動に移したのだ。
いつもの鑑賞会の場になる屋上へ赴く。近づくほど鼓動が速くなることに、困惑しながら、傍目からすればいつもの優等生なまふゆの姿で、屋上にたどり着いた。
心がどんどん冷え込む。開けたいのに、開けたくないという矛盾した気持ちを抱え、ようやく扉を開けた。
「ほら、みのり!ここはこう!」
「う、うぇええ?!こ、こう!?」
「違うわ、ここは、もっと、こうよ!」
「は、はいぃぃい!!」
「遥ちゃん、次の企画こんなのどうかしら?」
「…雫らしくていいけど…みのりがまだ場慣れしてないから難しそう…いや、意外と…?」
目の前の光景に、なぜかまふゆの心は冷めきってしまった。冷え込んだ理由を考え、燈がいなかったからなのかと答えが出始めると、まふゆが屋上に現れたと尻もちをついていたみのりに気づかれてしまう。
「…奇麗な人…はっ、す、すみません!すぐどきますので…!」
「ちょっとみのり、急に…あれ、あなた…朝比奈まふゆ…?」
「あら、朝比奈さん?こんな早くに屋上で…もしかして、秘密の練習かしら。だってあんなにお上手ですもの、見えないところで努力していたのね!」
「雫、秘密の練習って…部活の人?」
「そうなの!同じ弓道部の朝比奈まふゆさん。弓道、私よりもずっと上手なのよ?」
「…雫以下を探したほうが速いわよ。それで、朝比奈さんだったかしら…ここに何の用?」
屋上には予想外の人々が練習しており、一瞬どうしようか迷いながらも、優等生として最適な答えを導く。
「…お邪魔しちゃったみたいね、ごめんなさい。…その、ここでトランペットの練習をしている子は見かけなかった?」
四人はそれぞれの顔を見合わす。
「…そういえば、あの頃から見かけないわね。」
「あ、でもでも、たまに暁先輩と一緒にお店行ったりしてます。」
「あら…ということは、遥ちゃんも?」
「うん。みのりと一緒に近況報告を、てとこかな。」
どうやら、燈の友人たちのようだ。…この人たちの前では、燈はどうしていたのだろう。
「えっと確か…モアモアジャンプの方々、でしたよね?初めまして、朝比奈まふゆです。燈とは…そうですね、私がお客さんの立場で度々会ってる仲です。私は、最近会えていないので、いつものように屋上で練習しているのかなぁ…と。」
「なるほどねぇ…柵の近くじゃないと、屋上の様子は見れないし…残念ながら、無駄足だったってところね。」
そうですね…と、丁寧に返しながら、さて次の練習場はどこになったのだろうと考える。
「…あのぉ…朝比奈、先輩?」
「…あれ、もしかして、何か話してた?ごめんなさい、ちょっと考え事しちゃって…。」
「あ、いえ…そういうわけじゃなくて…燈先輩のお友達なら、信じられないだろうなーってことがあって…。」
首を傾げ、どういうことだろうと体で問いかける。
「…聞いてください…な、なんと燈先輩、朝練習辞めたみたいなのです。」
優等生としてのまふゆ、素のまふゆ、どちらも動揺したという感覚が、まふゆを襲った。
冷徹なまふゆの思考回路でも、燈が朝練習をしなくなったと考えることはできなかった。というのも、暁 燈という人物は、誰がどのように見ても練習から発表にかけてすべての工程を楽しく遊ぶように行う、足の先から頭のてっぺんまで楽しむ人であり、まふゆもそのように燈のことを判断していたのだ。
「…それって、本当なの?」
「ひ…ほ、本当です…。」
まふゆは、どうしていいのか、どのように感じればいいのかわからなくなってしまった。どこか冷たい液体が、心臓へと流れていく。
「その…朝比奈先輩、大丈夫ですか…?」
は、と気が付く。周りを見れば、それぞれ恐怖と心配が入り混じった表情になっていた。いけない、優等生の仮面が少し剥がれてしまった。
「あ…ごめんごめん、ちょっと…心配になっちゃって。」
「…や、やっぱり…燈先輩が練習しないというか…トランペットに触れていないってありえないことですよね…朝比奈先輩、顔青ざめてますし…。」
「え?」
「大丈夫?朝比奈さん…保健室一緒に行きましょうか?」
「あ…大丈夫。ちょっとびっくりしちゃっただけだから。」
どうやら今、自分の顔は青ざめているらしい。ふとよぎった、もう二度と燈の音は聴けないかもしれないというワードが、まふゆの頭の中に点灯しては消えを繰り返しているからかもしれない。
「…愛莉?」
「ん…どうしたの、遥?」
「いや…何か考え事でもしてるのかなって。」
「…別に。ただ、気になることがあるだけよ。」
「…ごめんなさい、桃井さん…だったかしら。それは、燈のこと?」
「そうね…私の個人的な考えだけど、彼女…最初からあまりいい状態じゃなかったわ。なんていうか…色々あった子が、芸能界から引退する間際みたいな…そんな感じ。」
愛莉の言葉に、心がざわついて仕方がなかったまふゆは、屋上から逃げるように離れた。
「朝比奈さん!」
「ストップ雫、それ以上は藪蛇だわ。」
「で…でも。朝比奈さん、今まで見たことがないほど思い詰めてたわ…。」
「だとしても。よ。…まあでも、他にも我慢できない子いるから、止められそうもないのだけど。」
「はははは遥ちゃん!い、いい今すぐ燈先輩のところに行かないとぉ!!」
「落ち着いてみのり。愛莉が言っていたこと、的外れかもだから。」
ナチュラルに愛莉の意見を否定する遥に、ぐっと突っ込みたくなる衝動を愛莉は抑えたのは、愛莉自身、気のせいであってほしかったからである。
「…はいはい、みんな、練習の続きするわよ!…燈のことは、助けを求められてからでも遅くないわ。だってあの感じ、交友関係は広いと思うし。」
「そうね…きっと大丈夫よね…?」
「た、助けを求められたら…?ど、どうしよう…な、何しよう…燈先輩の前でみんなで歌うとか…?」
…練習ははかどらないだろうなぁ…と遥と愛莉は同じことを脳裏に抱いていた。
まぁ…私も、気になって集中できないかもだけど。
このフレーズでさえも、遥と愛莉は同じように考えていた。