中学生の、楽しくも虹色な毎日。
その最後の年、黒く滲んでしまった友情と世界。
暁燈は、起きたことを淡々と語った。話が進めば進むほど、その場全員の体が鉛のように重くなり、終わった瞬間、悲しさで崩れる者さえもいた。
お昼休みの終了を告げる鐘がなる。その音はどこか、虚しく感じた。
「…授業、始まるよ?」
「…こんなこと聞いて、授業なんてやってられないわよ。」
燈はまた笑い、静かに柵に向かって歩き出した。
向かい先で、まふゆとすれ違う。まふゆは、何か、心が氷になるような感覚に襲われ、手を伸ばすも、手から逃れるように走り出し、柵に上った。
「ッツ。だめです、暁先輩!!」
「大丈夫、一歌。こんな形で死ぬ気はない。」
「ま、待ってよ燈先輩、とにかくそこから降りて、ね…?」
「燈先輩、だめです、早まっちゃだめぇ!!」
愛莉、志歩、遥は、どこか悔しく、苦しそうに、燈の次の言葉を待つためにぐっと自分を抑える。
咲希、一歌、えむは必死に、引き留めようと声を荒げる。
どうすればいいのかわからず、右往左往してしまう雫と、同じくわからないが、優等生の顔はもう剥がれてしまったまふゆがいる。
燈は、その様子を、困った顔で一瞥した。
「…ごめん、みんな。びっくりさせちゃったね。…本当に優しいんだね、みんな。私はもういなくても、みんな平気なのに。」
愛莉の顔が、かあっと赤くなった。
「いなくても…って、あんた…それだけで、ほのめかすようなことして…!!」
「愛莉ちゃん。だめよ…怒っちゃダメ。」
「…雫?」
愛莉を遮るように、雫は一歩前に進む。燈の先ほどの言葉で、雫は燈に寄り添うと決意を決めた。
だって、誰よりも、寂しそうだから。
「…そうね、燈ちゃん。みのりちゃんは、もう大丈夫よ。私たちも、きっと大丈夫。…でも、燈ちゃんは…どうなの?」
「…そうだね、雫さん。寂しい、とっても寂しいよ。…今すぐにでも、その胸に飛び込みたいぐらい。」
「…なら、なんでそうしないんですか…!…これ以上、お姉ちゃんを心配させるような行為は、辞めてください…!」
「…私ね、もう、誰ともアンサンブル…合奏が、できないんだ。」
「…急に…何よ…それが、あなたにとって大事なことなの…?」
燈は寂しげに頷いた。
「…できないって…その、さっきの話のせいで…?」
「わからない…でも、きっとそう。」
この場にいる全員、いま彼女へ手を伸ばすための材料を持ち合わせていなかった。心の深い深いところへ、手を伸ばすことができないことに、悔しさと無力さをかみしめるしかなかった。
「私はもう、何も要らなくなっちゃった。友達と一緒に話してるだけで、すぐそばに、楽しそうに演奏している人たちを見るだけで、心の奥が痛む。だからもう、これで最後。」
「…さい、ご…?」
「うん…それで、みんなとはお別れ。」
「ま、待ってよ燈先輩!私知ってるよ?私の友達に、怖くても一生懸命立ち向かってる人…寧々ちゃんっていうんだけど…一回その人とお話してからでも、遅くないよ…!」
「…ありがとう、鳳さん。でも、私、疲れちゃったんだと思う。痛くて痛くて、こんなにつらいんだったら、捨てちゃおって。…弱いね、私。」
「ッツ!変なこと…言わないでください、暁先輩!!」
一歌は、力を振り絞って立ち上がり、思う限りの想いを言葉に乗せて、燈へと叩きつける。
「最後って…なんですか…どうして、ただのコンサートなのに、お別れみたいな言い方をするんですか!それじゃまるで…。」
「そうだよ、一歌。一歌が思ってる通り…私はそこで、ずっとソロコンサートをするの。だから、私はまだここから落ちない。」
中学のころから、暁燈という人物を知っている一歌は、これが嘘なんかじゃないということはわかっていた。
だからこそ、もう変えることができない。いつも、どこか頑固で、でも優しい暁先輩だから、もう、決断を覆すことは、私にはできない。
一歌は、無力のあまりに膝から崩れ、泣きわめくことしかできなくなった。同時に、同じく無力感に苛まれたみのり、咲希も同じく泣き崩れる。そばにいたえむとこはねは、ただ何も言わず、二人の背中を撫でることしかできない。
一歌の背中を撫でる穂波を見て、燈は安心した顔をした。その顔に、志歩は耐えきれなくなり叫んだ。
「…ッツ!暁先輩、これ以上傷つけるのは辞めてください!!からかっているのなら、猶更…」
「…朝比奈さん。」
「…何?」
「…奏のこと、よろしくお願いします。」
「…え…あ…あぁ…。」
まふゆは、寒さのあまり体を抱きしめ、ずるずると沈み落ちる。
「みのり。みのりなら、絶対にアイドルになれる。あきらめないで、ガンバ。」
「やめてください…もう、やめてください…!」
「鳳さん、あの魔法の言葉、元気づけられた。私は二度と忘れない。そして、こはねさんにもだけど、こんなことに巻き込んじゃってごめんね。」
「…うぅ…。」
「…そ、そんな…。」
「…そして、一歌。」
「いやだ…聞きたく、ない…!聞きたくないよぉ…!」
思い焦がれたみんなと、一緒にね。
「あ。あぁ“…。」
その言葉を最後に、燈は柵から降りて、扉へと歩き去ろうとする。愛莉は、その腕をつかんだ。
「…ねえ、燈。」
「何?」
「…私たちには、何もできないのね…?」
「…そうだよ…でもね、私幸せだよ。だって、大好きなトランペットと最後を伴にいられるんだから。」
愛莉の手を振り払い、暗い顔のまま、燈はその場を去った。
うつむき、悲しみの声で屋上はあふれる。…だが、愛莉だけは、まだその目に光を失っていなかった。
楽曲追加
「悲愴」music.オーケストラ