金の笛を奏でて   作:frio

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第二十話「明けない夜に、暁が昇る」

 まどかにとって、公演は嫌いな場所ではなかった。

 

 人がいなければ風の音や虫の音がよく聞こえ、人が多ければ子どもたちの遊び声であふれ、なんとも楽しそうな声が聞こえてくる。どちらもまどかにとっては、悪い気がしない落ち着ける場所だった。

 たまに子どもの喧嘩が始まったりするが、そういう時はさっさと去ればそこまでイライラすることもない。自衛手段もしっかり残っているところも嫌いになれない理由だった。

 

 足音がする。軽い、子どものような…でもゆっくりと落ち着いた歩行。

 どうだろう…何か聴いたことがある音だ。誰かにそっくりで…でも大っ嫌いで仕方がない…そんな気がしてならない。

 

「…お前か、私を呼び出したのは。」

 

「…初めまして、暁燈の親戚…宵崎奏です。」

 

「…そうか。まず初めに、すまなかった。」

 

「…え?」

 

「宵崎さん…にとっては、私と暁のやり取りなぞどうでもいいだろう。だが、結果的に宵崎さんに迷惑を掛けることになった…違わないか?」

 

「…確かに、関係ないかもしれません。でも、私と燈は…親戚でもあり、大事な友達です。関係なくなんてないです。」

 

 なんとも、このお人よし感は暁とよく似ている。なぜだろうか、奏を見ているとまどかは目が痛くなるような錯覚を覚え、視線を外した。

 

「…要件はなんだ。もし、暁と出会えということなら、お引き取り願う。」

 

「…違います。でも、近いです。…この曲を、聴いてくれませんか?」

 

 …なるほど、音楽で物を語る…暁と近いタイプだ。

 

「…率直な感想しか言えないが、いいのか?…今私は、私自身わかるほど追い詰められている。酷いことを言うかもしれないぞ。」

 

「…覚悟は、できています。」

 

 宵と暁…反対のようでありながら、そっくりに見えて仕方がなかった。まどか自身、どこか期待してしまい、聴きたい気持ちを抑えることなく素直にイヤホンを付け、音に身を任せる。

 

 …これは…暁とは確かに違う。暁の音楽が優しく導くような音楽であるなら、宵崎の音楽はこちらに寄り添うような音楽だ。だがベクトルが違いながら、自分にとって安らぎを与えてくれる音だった。

 …だが、同時に、胸を締め付けられる感覚を覚える。そうだ、これはあまりにも、自分と、暁のことを歌っているかのように感じてしまう。乱暴な歌詞で、だが、突き放さずそのままを歌う。…これは、安らぎであるようで、動機が速くなる…背中を押されているかのようだ。

 

 曲が終わる。イヤホンを外すと、目の前が曇って見えない。

 

「…夜崎さん。」

 

「…大丈夫だ。大方、私は泣いているのだろう。…にしても、容赦がないんだな、宵崎さんは。」

 

「…燈だって、容赦がない人だと思いますが。」

 

「そうだな…ああ、そうだった。思い出したよ。」

 

 日々、練習を重ねる時、私の解釈や音程、音のふわりなどでいっぱい指摘をされ、直すまで何度も練習を見てくれたのを思い出した。

 

「…暁燈という人物は、私に光を見せてくれた。…あの輝きは、私の長き夜を晴らした、朝日だったんだ。」

 

「…はい。」

 

「…弱音だ。ひどいひどい、強がる者の、自分に酔ったかのような、逆上の言葉…今はそれしかはけない。」

 

「……はい。」

 

「…暁に、神聖視をするななんて…無理を言わないでくれ…私の、私にとって、唯一の光だったんだ…不快な音を晴らした、救いの音だったんだ…。その思いが、暁を傷つけた…私は人間失格…いや、もとより人間失格だったのだろう…分不相応な夢を見てしまった…泥人形だ。」

 

「…まだ、間に合う。」

 

 項垂れ、視線が地面に向いてしまう。そこに、奏は白い手を見えるように差し出した。

 

「…燈を、どうか…お願いします。」

 

 まどかは、奏の顔を見ることができなかった。

 

 だめだったか…奏が不安気に、自分の手を見続ける。

 ふっと、手を重ねようとしてくる、他人の手が写る。その手は、震えながらも自身の手を握った。

 

 奏は思わず、まどかの顔を見ようとするが、目は逸らされてしまう。

 それでも、奏にとっては良かった。…手を握ってくれたのは、自身に応えようとしてくれたと思ったからだ。

 

「…約束はできない。それでもいいのなら…期待しないで待っていてくれ。」

 

「…待っています、ずっと。…あなたと燈が、一緒に笑いあえるところを。」

 

 嬉しそうに言う奏に、まどかは理解をした。

 

 彼女は、私も救いたかったのだと。

 

 

 

「…燈、も、もう休もう…その間は私が演奏するから…。」

 

 セカイの中。もはや覇気もない、音程すらない、気の抜けたトランペットの音が響く。…いや、響いてすらもいない。ただ、音が鳴っているだけだ。

 

「…ど…う、して…?楽…しい…よ、ミク?」

 

「…燈だってわかってるはずだよ…も、もう音が…。」

 

「いい…い、いの…さいごまで、な、ら、したい…から…。」

 

 燈は、一日中水分を取らないで楽器に息を吹き続けていた結果、熱中症に近い症状を引き起こしていた。狂った演奏は、音を奏でる時の疲労によって、もはや吹ききる力すら残っていない。音からして危険な状況だ。

 

 ミクに止めることはできなかった。それは、今の燈にとってはそれが一番したいことであり、願いを叶える存在として、それを阻止すること存在を否定するのと同意儀であるからだ。

 

 ミクは、燈がゆっくりと衰弱する姿を見守ることしかできない。携帯の電池切れで戻ることもなく、ただ地獄のホールで気が違った音を鳴らし続ける。

 

 …お願い、誰か助けて。

 

 ミクの想いに応えるかのように、鮮やかなガラスが舞った。

 

「…なんだこの音は、お前らしくもない。」

 

「…ま、どか…。」

 

「…。」

 

 まどかは、悲しみをこらえるかのように笑った。

 

「…水、飲ませるぞ。」

 

「え…あ、だ…だ、め。」

 

「これは私が勝手にすることだ。お前が嫌がろうが関係ない。」

 

 買ってきたのであろうペットボトルの水の蓋をあけ、無理やり燈の口へと運ぶ。弱り切った燈は、抗うこともできずに飲まされた。

 

「…すまなかった、暁。」

 

「ぷは…な、なんで…まど…夜崎さんは、何も悪くないのに…。」

 

 私があの時、ちゃんとしていれば…。続けて喋ろうにも、まどかが持参した水で、口を塞がらてしまう。

 

「ここからは、神として祭り上げた私の懺悔だ。…私は、どこかお前を神聖視していた…お前のことを、神のようだと崇めていたんだ。」

 

「…何を、言って…」

 

「だから、私の理想をお前に押し付けた。お前なら、私の想いに応えて、世界中に安らぎの音を響かせてくれると、押し付けたんだ…。正しい使い方だと勝手に思っていたことを…な。」

 

 まどかの目元は赤く腫れ、先ほどまで泣いていたということがわかる。いつもなら力強い彼女の体が、どこか荒んで見えるのが、泣いていたという証拠にもなっていた。

 

「…だとしても、私は、夜崎さんに酷いことをしたよ…止めることができないで、私は…。」

 

「…それは、お前の中で、どうしても許せないことか?」

 

 燈は、力なく頷いた。

 

「わかった。なら私は、お前を許さない。」

 

「…ッツ…。」

 

「だが…贖罪をする気があるのであれば、どうかまた、私と一緒に音楽をしてくれ…恥知らずで、罪を盾にする私を許してくれるなら…どうか。」

 

 まどかは、ひどく不器用な人だ。素直に言葉を述べることはできず、どこか回り道をして結論に辿り着く。

 だがその不器用さが、同じく不器用で、音楽しか能のない燈にとって、心地の良いものだった。

 

「…いいの?」

 

「いいさ。」

 

「また、調子乗って、知らない人の前で演奏しちゃうよ…?」

 

「…その時は、私も一緒だ。」

 

 燈の目から、涙があふれて止まらない。…高校一年生になってから、溜め続けた涙が、今ようやく流れ落ちたかのように、泣き続ける。

 まどかは、自分の服が濡れることを厭わず、燈を抱きしめ続けた。

 

 

 

「…チーン…ティッシュもあるなんて、用意周到…。」

 

「バカ者。身なりを大事にするものなら、ポケットティッシュぐらい誰でも持っている。」

 

「…。」

 

「…まさか貴様、高校生になってからハンカチとティッシュを持ち歩いていないな…?」

 

「……。」

 

 無駄にうまい口笛が、あたりに響く。まどかは呆れながらも、少し笑った。

 

「…よがっだね…どもり…。」

 

「うぉ!?…は、初音ミク?…いや、確か前にもいたか…コスプレイヤーの者か…?」

 

「…本物らしいよ?」

 

「…なんとも、世界とは摩訶不思議なものだな…。」

 

 緊張は解け、緩やかな時間が経つ。

 失っていた時間が、今動いている。

 

 二人は、同じことを思いながら、お互いのそばを離れないでいた。すると、携帯が輝きだした。

 

「な、なんだぁ!?」

 

「うお、まぶし…ミク、なにこれ…?」

 

「…やった、やったね燈。今、二人の本当の想いが見つかったんだよ!」

 

 ホントウノオモイ…?と二人して首をかしげていると、何者かが舞台側奥から現れた。

 

「…あ、メイコ!照明室からやっと出ることができたんだね!」

 

「ん?…うん、やっと狭い空間から、抜けることができたわ…そんなことより、前々から調べたいことがあったから、ちょっと待って。」

 

「…MEIKOだ。すごい、本物…。」

 

「…まあ、今更バーチャルシンガーが一人二人現れようが…ん、今照明室からやっと出れたと言っていたな?」

 

「そうなの。このセカイができてから、MEIKOはずっと閉じ込められていて…。」

 

「そうか…そういえば、そもそも、この世界は一体なんだ?」

 

「このセカイは、二人の想いからできた世界なんだよ!」

 

「…私たちの想いはホール。骨の髄まで音楽好き…。」

 

 燈は嬉しそうに呟いた。

 

 …そうか、この世界が二人でできているのなら、この初音ミクとMEIKOは私たち二人のどちらかから生まれてきたとしてもおかしくはない。…なら、MEIKOはずっと、私が閉じ込め続けた想い、それを表していたんだな…。

 

 まどかは、舞台の壁を確かめているMEIKOに、感謝と謝罪を思いの中で捧げた。

 

「…ふむ、こうかな。えい。」

 

 MEIKOが舞台の壁を押す。…壁は大きな音とともに倒れ、外の世界が覗かれた。

 

 そこは、青とオレンジでできた、美しい空を鏡とした舞台が、どこまでも広がっていた。

 

「…奇麗…。」

 

「…お前の世界らしいな、暁。」

 

「でも、まどか…夜崎さんらしい世界でもあるよ。」

 

「まどかでいいさ…燈。」

 

 二人で手をつなぎながら、外の世界へと歩き出す。

 

 空から覗いている光は、太陽のように明るくはなく、強いて言えば明星の光だった。

 

「っさ、二人とも!せっかく新しい曲ができたんだから、歌おう!」

 

「…は、いや、何を急に…いや、何か、確かに知らない曲が、頭にふっと湧いてきたが…。」

 

「…細かいことはいい。まどか、一緒に歌いたい。」

 

「…私はいいのだが、お前は、もういいのか…?」

 

 

 

「根拠はないけど、今ならできる…あの時、私に難しい曲を、一緒に演奏しようとしてくれた、まどかみたいに。」

 

 

 

 ここには、まどか、燈、みく、MEIKOしかいない。だが、この歌は、どこまでも輝き、世界中に響いているかのようだった。

 

 

 

 

___________________

 

 とある病院。

 そこに入っていく五人の男女が、手土産を下げて入っていく。簡単な会話をしているようで、仲は非常に良好そうだ。

 

「…奏さん、大丈夫ですか?」

 

「…直射日光が…辛い…。」

 

「む、いかんぞ奏!日々の鍛錬が足りていないと見た!くぉの、俺のように、舞台に向けて体を作れば、これぐらいの太陽へでもない!!!!」

 

「ひゃぁ!つ、司さん、ここ病院ですぅ!!」

 

「わわわ…みのりちゃんも声が大きいよ…?」

 

 昼下がり、元気に病院内を歩く一歌、奏、司、みのり、こはねの五人は、現在熱中症にて点滴を打っている燈へ、元気かどうか確かめるために、他メンバーを代表してやってきていた。

 

 昨日、まどかから連れ戻したという連絡があり、時間も遅かったため会うことができなかったが、少なくともまた会えることに安心したのだが、次の日疲労で寝てしまったため水分を取っておらず、病院へと運び込まれることとなったのだ。

 

 またもや心臓に悪いことをされた面々は、さすがにへそが曲がりそうになったため、点滴一時間で終わる処置中に、入院患者のような扱いをして反省をしてもらうのも含めながら、様子を見に来たのだった。

 

「…燈、元気かな…」

 

「大丈夫です、奏さん。暁先輩のことですから、しっかり反省しているでしょうから。」

 

「ふん、だが反省していようと、わが団員に大きな心配をさせたのだ。それ相応の対価が欲しいところだな!」

 

「ねえねえこはねちゃん、意外と司さんってツンデレなところない?」

 

「確かにそう思うけど…本人の目の前で言うのはどうかな…みのりちゃん…。」

 

 んぬぁにぃ!という司をしり目に、面々は燈がいるであろう病室へとたどり着き、ドアを開こうとする。

 

「…こんのばかもんがぁ!!!」

 

 中から怒声が響いた。

 なんだなんだと、中を覗く。そこには、鬼のような形相をしている大人の女性と、涼やかに立つ男性の姿がいた。

 

「…あ、叔父さんと叔母さん…。」

 

「え、奏さんの親戚の方?…じゃあ、燈先輩のお父さんとお母さん…?」

 

「あたしらに心配を掛けて…しかも最近まで喧嘩していただ?…まどか、あんたにいろいろ任せたって言ったの、あたし忘れてへんからなぁ!?」

 

「…すみません…。」

 

「あんたもあんたやで燈!!自分の世話できへんくせに一人暮らしするって言いよって…どれだけあたしが心配したと思うて…。」

 

「…そろそろそこまでにしましょう。」

 

 隣に立っていた男は、静かな声で女性を鎮める。

 

「…せやかて旦那…」

 

「燈とまどかは、十分理解して反省もしているようですし…何より、憑き物が落ちたようですね、二人とも。」

 

 燈とまどかは、笑顔で頷いた。

 

「…では、私たちとしては、それ以上に叱る理由もありません。これからは、もう大丈夫ですね?」

 

「…うん。」

 

「さて…ここからは親としての私から。」

 

 父親なのであろう男は、そっと燈を抱きしめる。

 

「…本当に、心配していました。また、私より先に逝かれる子ができてしまうと…本当に、心配したのですよ…?」

 

「…ごめん、お父さん…。」

 

 奏は、心臓がぎゅっとなった。

 

 奏の母の兄である叔父さんは、母が亡くなったとき、どんな思いをしたのだろう…私以上に、悲しんだんだろうな…。

 

 男はこちらに振り向く。

 

「…初めまして。燈のお友達ですか?」

 

「…叔父さん…。」

 

「…奏ちゃん…元気そうで何より。愚かな娘を、どうか許してあげてくださいね…。」

 

「い、いえそんな…。」

 

「…あなたは本当に、妹のように優しい…どうか、その悲しみの輪廻から解脱できることを祈ります。」

 

 燈の父は、一つ祈りを捧げ、燈の母と一緒に部屋から出ていった。

 

「…か、なで…ごめんなさい。」

 

 父が去り、燈は素直に謝る。申し訳なさそうにする燈に、奏は首を横にふる。

 

「…ううん…燈が、生きているだけ、嬉しい…でも、またいなくなっちゃうんじゃないかって…怖かった。」

 

「…ごめん。」

 

「…暁先輩、みんなからのプレゼントです。お家で食べてくださいね。」

 

 一歌はまず自分のプレゼントを渡し、そこから連なるように他の面々もプレゼントを渡していく。

 

「…もう、心配させないでください。…約束、です。」

 

「…うん。」

 

 一歌と燈は、指切りげんまんのように、手を重ねて約束の契りを交わす。その様子に、全員がきっともう大丈夫だと、安心することができた。

 

「…すまなかった。元を言えば、私が悪い。…特に、小豆沢の友人と、司の団員達、奏の仲間には迷惑を掛けた。なんとお礼をすればいいか…。」

 

「…ならば、またショーを見に来てくれ。俺たちが輝いている姿、その目に焼きつけてくれ!!」

 

「…杏ちゃんたち、心配していました。また、顔を出しに、お店に来てくださいね。」

 

 二人の声に不快感を感じなくなったことに、まどかは大きく安心しながら、必ずと伝える。

 

「…二人は、これからどうする?」

 

「え…一緒にまた練習する関係に戻る…だけかな。」

 

「燈、実は私に考えがあってな…。」

 

 まどかが言うには、二人で演奏した曲をアップロードするための、動画クリエイターになるという提案だった。

 

「…できるかな…?」

 

「できるさ、私とお前なら、な。」

 

「そっか、ちょっと違うけど、燈も私と同じくネットに曲をあげるようになるんだ…あ、じゃあ…もしよかったらだけど、コラボとかする…?」

 

「むむ、ニーゴとコラボ曲…楽しみ。」

 

「ま、待ってください!杏ちゃんが、二人の演奏をバックに歌いたいって言ってて…まずそれからでも…。」

 

「えっと…私たちも、一緒にデュエットしたいかなって…。」

 

 三人はやんやと、誰が先かの言い争いが始まった。

 

「…こういうの、切磋琢磨っていうんですよね。」

 

「ああ、もしくはモテまくり…っていうところか。」

 

「くはは、燈…これから忙しくなりそうだな。」

 

「うん…楽しみ。」

 

 燈の点滴時間が終わるまで、この場にいる全員、これからについて話し合った。

 

 まだまだ輝く日々が続く。外に見える太陽が、そう言っているかのようだった。

 




楽曲追加
「春嵐」vo.夜崎まどか、初音ミク

「願わくば彼らに夜明けを」vo.暁燈、夜崎まどか、初音ミク、MEIKO
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