いつもの日常…いや、以前とは変わった日常。
それは悪いことではない。むしろ、私にとってはいいことだ。以前は灰色もいいところだったが、今は耳に入るものすべてが美しい…深呼吸をする音でさえも、これから名曲が流れるファンファーレのようだ。
クラス内でさえも、そこら辺でくっちゃべる生徒が、何やら小鳥のさえずりに感じてしまうのは、自分でもドン引きしてしまっている。まあ、うるさいのは変わらないため、今また屋上で風の音を聴いている日々を送る。
もはや、屋上は最高のオーケストラの音色まで昇華した。遠くから聞こえる雑音が、パーカッションの音やそれぞれの楽器の装飾音になり、それをメインメロディーである風の音を美しく彩っている。
まさか…ここまで変わるとは。自分自身愚か者だと思っていたが、そこに手軽さもついてくるとは…つくづく、救いようもない存在だな、私は。
ふと、不快感を感じる。
…ふむ、黒い汚れを聞き逃すほど、私の耳は衰えていないようだ。目を開け、音のする方向へと目を向ける。
「ねえねえ、君名前なんて言うの?宮女の子が、神高に何の用?」
「え…えっと…こ、校内へは入ってないけど…」
「ああ違う違う、これナンパだから。」
「…えぇ!?え、えっと…困ります…。」
「へえ…可愛いじゃん。いつも杏と一緒にいるから話しかけずらかったけど…ねえねえ、これからカラオケ行かね?」
「…うぅ、杏ちゃん助けて…。」
あれは…小豆沢、だったか…。
あれ以来、なんだかんだ奇妙な関係は続き、ビビバスの面々とはたまにバックミュージシャンとして手伝うくらいの関係になっている。
燈がまだ本調子じゃない時に、大きく世話にもなった。…仕方があるまい、聴くにも耐えん声だ、お節介をするとしよう…む?
「ちょいちょい、この子困っちゃってるじゃーん。辞めてあげてよ、ね?」
「あ?…瑞希か。」
…ふむ、私以外にもお節介屋はたくさんいたな。
下手に私が出ると、小豆沢も驚いてしまうだろう。小動物のような人物だ、ここは静観でいるべきだろう。暁山のことだ、何とかするだろうしな。
「別に、仲良くしようとしてるだけじゃん。」
「えー、そうとは見えなかったなぁ。」
「…んだよ、気持ち悪い奴。」
「…。」
聞き捨てならない言葉を聞いたな、今。
「変な茶々入れてくんじゃねえよ。あ~あ、白けちまった。」
「杏の奴ならまだよかったのに…少なくとも瑞希とカラオケ行く気ならねえから、まじで。」
「…そ、そんな…暁山さんに対して…!」
「大丈夫大丈夫こはねちゃん。…ほら、白けたんなら帰りなよ~そろそろ風紀委員見回り来るんじゃない~?」
「っち…仕方ねえ…帰…!??!」
後ろを向いたな…?
少し前から、男共の後ろに立っていた私は、今どんな表情をしているのだろうか。
少なくとも、三人もいる男子生徒が、委縮するほどの顔になっているようだ。
「…え、ま、まどか?!」
「夜崎さん?!…い、いつの間に…。」
「貴様ら。」
男共は声が出ないようだ。仕方があるまい…二度と声が出ないようにしてやろう。
男の一人、喉の出っ張った部分を親指と人差し指でつかみ、握るように力を込める。少しうめき声のようなものが聞こえたが、声が出ない。
「…喉仏を潰せば、二度と声も出なくなるか…?」
「ひ…よ、夜崎…お、落ち着けって。」
「そ、そうだ…俺らただこいつらと仲良く」
「私が貴様らの言葉を逃すほど、耳が悪いと思っていたのか…。そうかそうか…やはりつぶしたほうが私の精神安定につながりそうだ。」
「あ”…が…げ…」
「おお、そういえば…東洋の古い文化では喉仏が、私たちが今大事だと思っている心臓と、同じぐらい大事とされていたらしい…潰しても、文句を言うなよ…?」
ぎちぎちぎち…と指先から音が鳴る。今私が捕まえている男は、どんどん顔が青ざめている。怖さか、それとも痛み…青ざめている理由はどちらだろうな…?
「ちょ、ちょっと…まどか、やりすぎ…いくら私たちのためだからって…。」
「暁山、安心しろ。別にお前たちのためじゃない。確かにそれも不快度指数をあげる要因だが、私がこいつらを気に入らないだけだ。」
「あー…だめだ、魔王みたいな顔になってる。…君たち、ご愁傷様。」
「だ、だめです夜崎さん!それ以上は、その人本当に…!」
ぴぃー!!!っという笛の音が鳴る。誰だと方向を見れば、そこには白石、天馬、神代の三人がいた。っち…ここまでか。
「…よ、よし。ギリギリセーフだな…。」
「あ…危なかった…危うく、夜崎先輩が停学をくらうところだった…二人とも、ありがとう…。」
「ふむ、僕の轟笛が役立ってよかったよ。」
別に、停学ぐらいなんでもないが…まあ、あいつらと会えなくなるのは、少し寂しいか。
とりあえず、ここで腰抜かしているやつらをどうにかしようか。
「おい。」
「「「ひ、は、はい…。」」」
「良いのか、風紀委員がいるぞ。下手したらお前ら全員先公の元に連行されるが。」
「んな…。」
「お、おいここは逃げるぞ!」
「くそ!」
全員、しっぽを巻いて逃げていったようだ。ま、ここで何とかなったとしても、東雲が何かするだろう。あいつは顔が広いからな、まさしくご愁傷様と言ったところか。
「こはね!…よかった、怪我はなさそう…大丈夫だった?」
「う、うん!…暁山さんと、夜崎さんのおかげで、大丈夫だよ。」
「よかった~。瑞希、こはねを守ってくれてありがとう~!今度何か奢るね?」
「いや~ボクは何も…私も、まどかに守られちゃったし。」
「気にするな、私が不快だっただけだ。」
「謙遜はいいが…いや、なんというか…夜崎、お前はもう少し加減を覚えてはどうだ?」
「…善処しよう。」
天馬は言葉を絞り出しながら、私に加減を覚えろと言ってきた。
私はもともと不良で一匹狼だ。変わるとなれば、少々難しい…が、ここにいる全員が私のせいで巻き込まれることもあるか。少しぐらい、落ち着く方向へ努力しなければならない…か。
「ま、何がともあれめでたしめでたし!杏~、ちゃんとこはねちゃんを守らないと、変な奴に連れてかれちゃうよ~?」
「…確かに、こはねは可愛いから…気を付けないとね。ありがと瑞希。」
「えぇ?!そ、そんな…杏ちゃんのほうが、可愛いよ…。」
「惚気は解散してからにしてくれ。…暁山、今日は一緒に帰らないか?」
「え、珍しい…良いよぉ、どこかよろっか。」
さて…小豆沢は白石がいるから良いだろう。…暁山のケアをしたほうがよさそうだ。
さらっと立ち会った天馬と神代にお礼を言いながら、私たちは帰路に立った。
「いや~なんていうか、まどかって意外と中学生男子趣味?」
「なんだ、かっこいいだろう。このドラゴンソード。」
「いやいや、否定はしてないけど…意外とわかりやすいなって。」
…最近どうにも手軽に見られ始めているようだ。別にいいのだが…なんというか、気恥ずかしさを感じる。
適当な店で、アクセサリーを買いあさった。やはり、暁山はかなりセンスがいい。何点か暁山が勧めた物を買い、さっそく身に着けながら帰り道を進む。
「…暁山、大丈夫か?」
「…えぇ?どうしたの急に。」
「…いや…少しな。」
先ほどから、多少の変化だが暁山の調子が悪く見える。まあ、十中八九あいつらが吐いた言葉のせいだが…暁山は、隠したがるだろう。
少しの付き合いだが、暁山は、隠すのがうまい。下手に溜めたら沈むかもしれない。…多少ながら、吐き出せたらいいのだが。
「なんか、以前のまどかっぽくないなぁ。」
「なんだ…幻滅したか?」
「ううん。ボクは、今のまどかのほうが、とっても話しやすくて好きかなって。」
「…気恥ずかしいことを言うな。」
「あ、ちょっと赤くなった。まどかってちょろいね~?」
こいつ…案外、たらしなのかもしれないな。
「…それで、どうなんだ?…多少なりとも、辛いなら吐き出すことが賢明だろう。」
「それまどかが言う~?」
「知っているから、陥ったからこそ、だ。…心配する必要がないと、言いたいんだな?」
「…ねえまどか。」
「なんだ?」
「…もし、もしさ…ボクが………ごめん、やっぱ何でもない。」
…やはり、何かあるようだ。だとしたら、私はここまでということ。だが、まだ私から、暁山の背中を押す手札は残っている。
「…暁山。お前、確か宵崎がリーダーのグループに所属しているんだったか。」
「お、そうだよ~?世に曲を送る正体不明のメンバー、ニーゴの一人、なのがボクだよ!」
「そうか。…お前の悩みを打ち明けるとするのであれば、まずそのニーゴの面々から話したほうがよさそうだが…どうだ?」
「…それは…。」
暁山の目線が落ちる。なるほど、誰に打ち明けようが怖くて仕方がないと見た。
「これは、私の主観であり、さらには根拠もない話だ。」
「え、何々急に。」
「もし、お前たちのリーダーが燈であれば…その悩みは杞憂だ。あいつは、交流する相手を大事にする。もし暁山の過去になにがあろうと、あいつは励ますし、仲良くいようとする。もし今の暁山に何があろうと、自分の音楽を好きである限り、あいつはそばから離れようとしないだろう。」
「…さっきから、燈のことばかりじゃん。何、惚気?」
「…燈は、宵崎の親戚だ。宵崎と初めて会った時に、燈と似たものを感じた。…だから、きっと私が思う燈と、お前たちのリーダーである宵崎は、同じような考えと、動きをすると思う。」
だからこそ、怖がるな。…お前が信じた相手を、自分で下げるようなことはしないでくれ。
私は言葉にしないで、暁山に目線で送る。
別に、私の中で思う言葉と違うことを受け取っても構わない。ただただ、私の姿と目で、暁山の勇気へとつながれば、私はそれだけでいい。
「…さっきからわかってるように言わないでよ…。」
…今は、ここまで。これでいい。…あとは、宵崎たちが何とかするだろう。
「そうだな。すまなかった。…だが、私のこのお節介な言葉が、お前の勇気に火が燈ることを、私は願っている。」
「…うん。」
暁山が家に辿りつくまで、私はそばを離れないでいた。
私はもう救われた身だ。…彼女たちが、幸せになれるように…手伝えることはできる限りしよう。それが、せめてもの恩返しと信じて