さて、今日は最近知り合った屋上仲間を紹介しよう。将来アイドルになるためにがむしゃらに頑張っている、日進月歩を体で表しているかのような子、花里みのりだ。
「えーっと…ここはこうして…こう!…あいた!?」
おっと、勢い余って尻もちしてしまった。しかし舐めることなかれ、ちょっとやそっとや転ぶだけでは彼女はくじけない。その根気はまさしく千年の大樹のごとく、根を張り、今もまだすくすくと成長をしようと…
「うぅ…私もう生きていけない…。」
あるぇ、おっかしいぞう…?
そ、そんな…花里みのりと辞書で開けば、関連用語に努力と記載しているかのような、あのみのりが…絶望に沈んでしまっている。
「みのり、解釈違いにもほどがある。よみがえれ、よみがえれ、よみがえれ、みのり。」
「…だってぇ…燈せんぱぁい…あの国民的人気アイドル、元ASRUN所属の桐谷遥ちゃんの前で、さっそくかっこ悪いとこ見せちゃったんです…私のアイドル人生はもう終わりです…。」
「まてまてまてい、みのりは泥んこになりながらも元気に走るアイドルなんだよ。ちょっとお尻に土がついただけで、心が折れちゃったら桐谷遥に一ミリも魅力伝わらないよ…ほら目の前にいるからもっとアピールしな…桐谷遥?」
「え…えっと…初めまして。【桐谷 遥】です…みのり、ここって本当に静かな場所…?」
みのりはすくっと立ち上がり、遥さんにいつもは静かで、私がやらかしちゃったからと必死に言い訳を始めた。…オフでもアイドルは顔がいい、ともりおぼえた。
「う、うん、わかった、わかったから…それでみのり、この人は…?」
「この人はね、宮女二年生の暁燈先輩。いつも屋上で練習してる人なの!たまにダンスを見てもらってるんだ~。」
「ダンスのことは何もわからないけど、なんかすごいってことはわかるから…踊ってるところを見て、すごい、かっこいいって言ってる厄介なテレビ前休日お父さんだと思ってて。」
「は…はあ…先輩だったのですね…あと、女の子なのに…お父さんなんですね…?」
人間、誰しも心の中にお父さんという名のおっさんを飼っているもの。モラハラやセクハラにならないよう、しかし我慢しない程度にうまく扱っていこう。燈との約束!
「…あ、ごめん。静かにしてたほうがいいんだったっけ?」
「あ、は、遥ちゃん、燈先輩は悪くないの!私が騒いじゃっただけで…」
「ううん、大丈夫だよみのり。暁先輩も、全然気にしていませんので。」
おお、これがアイドル…あまり興味がない分野だったが、こうして間近で見るとアイドル沼に溺れる人たちのことがよくわかった。何をやっても様になっている。
さてはて、これ以上邪魔するわけにもいけないだろう。みのりの小休憩としてもいい頃合いのところで、自分の練習に集中…しようとしたが、何やら騒がしい。
「…あれ、あれは…日野森先輩…?」
「…もう片方はQTの桃井愛莉だよね。よくバラエティ番組に出ていた…」
ほえ~、さすがアイドルファンのみのり、そして元アイドルの桐谷さん。よくアイドルの人たちのこと名前付きでちゃんと覚えてる…って、当たり前か。私と熱量は違うわけだし、二人にとっては知ってて当然のことなのだろう。
ふむふむ…二人はばれないように隠れたか。ならばこの不肖燈、人生の一歩先を行くものとしてこの状況を変えて見せよう。
「こんちゃ。」
「「ッ!?」」
「と、燈先輩!?」
こういう時は、パパっと出ていったほうがいい。何やら長引きそうだったし。
「桃井さんと、日野森さん…でよかったっけ。私たちここで練習してて、何やらもめている様子だったから、気になって声を掛けた。同じ二年の暁燈、以後よろしく。」
「…ふふ、ええ、日野森雫です。よろしくね。」
「何簡単に自己紹介してるのよ!どう見ても話しかけていい雰囲気じゃなかったでしょう?!」
「訂正しないってことは、桃井さんであってる?」
「はぁ?!…ええ、まあ、桃井愛莉よ。…よろしく。」
「あ、あわわわ…私あの愛莉ちゃんと雫ちゃんの前にいる…?!」
「…燈先輩って、マイペースなのですね。」
「褒められた、照れる。」
渾身の照れ顔を見せたら、桐谷さんは何やらあきれた様子をしていた。心外である。
みのりはしばらく再起不能だろう…落ち着くまで二人の意識をこちらに向かせるか。せっかく元アイドルと現アイドルと会話できるチャンスなのだ。そのチャンス私が握ってみのりとバトンタッチして見せる。友達のためならえんやこら。
「…あんた、楽器持ってるってことは、本当にここで練習していたみたいね…悪いことをしたわ。でも私たちはまだ話があるの。聞いたことは忘れて、出てってもらってもいいかしら。」
「ちゃんもも、暴君。先に利用してたのは私たち。」
「な、なによ…音聞こえなかったし、別のところでもいいでしょ?って変なあだ名付けないで!」
「うん、でも、みのりは違う。ダンスの練習中。」
「は?ダンス?」
その言葉で、みのりのどこか行っていた魂が戻ってきた。ふむ、元気に自己紹介と目標を語っている、このペースならアイドルになれるのも時間の問題か…。
さて、みのりが頑張り始めたし、しっかりしてそうな桐谷さんがいるから、私は練習を再開しよう。少し距離を取り、楽器にミュートを取り付け集中する。一瞬桃井さんがこちらを見た気がしたが気のせいだろう。私は曲が好きでも、アイドルにさほど興味はないのだ。すまんみのり、たくさんいい思いできるだろうし頑張ってくれ。
それに距離の取り方としてはこれが十分だろう。適切な距離感が、人生を豊かにするのだ。
トランペットの音を奏でて数分…うん、今日もまた調子がいい。どこまでも響いていきそうな音だ。
「燈先輩!!!」
「ぐふぅ…く、唇がぁ…。」
唐突なタックルに私の唇がブレイクアウトする。みのりさんや、トランペットを構えているところに突撃するのは危ないでごぜーますよ…。
「ちょ、ちょっと、大丈夫なの…?鈍い音したけど…。」
「…血が出てないからセーフ。」
「ち、ちぃ!?燈先輩大丈夫ですか?!?」
「大丈夫、次から気を付けること。」
責任を感じてしまったのか、みのりはしょげてしまった。これはバッドコミュニケーション。何やらうれしそうだったのに空気を悪くしてしまった、私もまだまだである。
「それで、何の用みのり。」
「あ、聞いてください燈先輩!あのQTの桃井先輩が、Cheerful*Daysの日野森先輩が!!」
「oh、みのりの限界アイドルウォッチ、カワイイカワイイネ。」
「うふふ、みのりちゃん嬉しそうね!」
「はぁ、まったく…みのりがこの調子だと、これから先かなり忙しくなりそうね。」
さすがみのりの旦那、アイドル先輩方からさっそく気に入られたようだ。なんかいいことがあったのだろう。ヨカッタネミノリ
「ん、みのりよかった。これからもガンバ。」
「は…はい!」
「えっと…暁先輩、何が起こったのかわかったのですか…?」
「全然。でもみのりにとっていいことがあったのはわかる。」
おやおや桐谷さん、何やら言いたげなご様子。よいぞよいぞ、私はどんなことも答えてしんぜよう。
「とりあえず…暁先輩は変な人ってことはよくわかりました。」
…桐谷さんとはこれからも仲良くやっていけそうだ。良い子だ、飴ちゃんを…あ、溶けてる…。
「ポケットに入ってた飴が溶けていたので、あげるの曲で良い?トルコ行進曲とか楽しいよ?」
「え、即興でできるのですか。楽譜なしに?」
「わー、燈先輩の音楽聞きたいです!!」
「うむ…が、残念。今回はお客さん多いから、またちゃんとした場所で。良い時間だし、そろそろ帰り支度。」
「あら?もしかして、私たちにも聴かせてくれようとしたのかしら?」
「雫、イヤホンで聴こえる部分は二つだけなんだから…邪魔しちゃったもの、私たちは別にいいわ。」
「ん、構わない。お近づきのしるしのハグのようなもの。また今度、私のソロライブを聴いてほしい。今度はうるさくしてもいいところ…カラオケとか。みんなの歌聴いてみたい。」
私の誘いに、みんな黄色い声が上がった。ふむ、ソロでもこうして喜んでもらえるぐらいには、私の腕も上がってきたようだ。ステージの上に立つ気持ちで、当日はあたらせていただこう。何しろ天下のアイドル様の前だ…あれ、私結構な提案したな…曲選びから、しっかり練ろう…奏に相談してみようかな…?
これで解散になる…はずだったのだが、桃井さんから呼び止められた。
「…スキャンダルになってしまう?」
「違うわよ…って、私はもう引退している身だから関係…って話が反れたわね。」
「ん…それで、何の用?」
「端的に言うわ、中途半端に関わるのだったらやめなさい。…みのりのことを気にかけているのはわかるけど、やり方に少し誠意がかけてると思うわ。」
口の中が乾く。
…さすがアイドル、人を見る目が常人に比べ段違いだ。実際、みのり以外は見抜いたうえで、触れないでいてくれたのだろう。時々、みのり以外で妙なタイミングでテンポがぶれる時があった。気のせいでなければ、そのタイミングで何か私に言おうとしたのだろう。桃井さんと同じようなことを。
だからこそ、これ以上悟られないためにも。
「…ちゃんもも、考えすぎ。」
「は、はあ?!考えすぎって…じゃあ一体どういうつもりで…。」
「私とみのりは屋上で一緒にそれぞれの練習をするだけの中。学校内の先輩として、少し気にかけただけ。…そういう意味で、あなたたちみたいな協力者ができたこと、嬉しく思う。次から、私は別のところで練習するから、これで私とみのりの奇妙な友情はおしまい、あとよろしく。」
暁燈はクールに去るぜとばかりに、キメ顔でその場を後にす
「…そういうあなたに、協力者はいるの?」
…。
……。
………。
「桃井愛莉。」
「…悪いことを言ったのなら、謝るわ…ごめんなさい。」
「別に。でも、桃井さんもたいがい。」
「…そうね。私もそう思うわ。」
「そんな桃井さんと、約束。」
桃井さんは、少し体を傾け、聞く姿勢を取ってくれた。嬉しい、さっさと伝えて今日は帰ろう。
「カラオケ会、私と歌いたい、もしくは一緒に曲を奏でたい…これだけは、言わないで。桃井さんだけは、必ず。」
桃井さんは、カラオケ会、楽しみにしているとだけ言って、屋上から立ち去った。
私は、思わず膝から落ちてしまう。とにかく、気持ちを整えてから、帰って寝よう。奏が心配してしまう。
足取りはふらつきながらも、携帯から覗いた私の顔は、だいぶと元気になっていたことを確認してから、私も屋上を後にした