第七話「出会い」
私はその日、先生に頼み込み、吹奏楽に入部をすることになった。少しのテストののち、私はサックスを持たされた。どうやらこの楽器が、私に合っているらしい。
これからの私の人生は薔薇色だ。古臭い言い方だが、まさしく私はそう思い、その言葉を生み出した人物に共感すらも覚えた。
サックスと呼ばれる楽器は、圧倒的な音を響かせた少女の楽器とは違ったのだが、しかし少女の楽器とは相性が良いそうだ。私は部内の先輩から笑われるとわかっていても、喜色満面を隠せなかった。
一からだが、きっと努力すれば彼女に追いつける。私は彼女の隣に立てることを夢見て、サックスに息を吹き入れた。
長い時間耐えることはできず、私はキレちらかした。
楽器は私のいうことを聞かず、思ったような音を奏でてくれなかった。
私の理想である少女…【暁 燈】は、トランペットという楽器が専門であり、私はそのトランペットよりも優しい音を鳴らすことができる、アルトサックスが専門だ。多少似ていようと金管と木管では根本的な部分で違い、私の理想となるような音を響かせることはできなかった。
どうやら、先輩方は自分の楽器を相棒と呼ぶらしい。そのせいか、私も自分の楽器を相棒と呼び、私は私の相棒に常に詰めていた。
「おい…なぜだ。なぜ私の言うことを効かない。先輩方や先生、果てにはOBにさえ私は頭を下げ、演奏の仕方を見てもらったのだぞ。なぜ理想の音を響かせん。何が気に食わないんだ?掃除か?馬鹿言え、これ以上は音が悪くなるほど、貴様を磨いたのだぞ?!」
「まどちゃん、また楽器にキレてる。」
「まさか一年生にここまでキマッた子が現れるとは思わなかった…。」
そんな私を、先輩方は呆れたような、少し引いている様子だった。私にとってはどうでもいいことだ。速く、あの子のようにならなくては…。
「…夜崎さん、だっけ。」
「…え?」
楽器と格闘していると、私の憧れである暁さんが話しかけてきた。
私は、ここで初めて緊張を覚えたのだろう。指先は震え、顔は妙に熱かったことを覚えている。
「私たち同じ一年生の中でもすごく頑張ってる。…先輩たちから小耳に挟んだ。」
ためらうことなく先輩方をにらんだ。彼女たちはにやけて、私たちを遠巻きに見てくるだけだった。
「…ん、んぅ…暁さん…だったか。その…私はまだ夏頃に始めただけの素人だ。話しかけられるほどのことは…。」
「…そう?…確かに、みんな楽しい音を奏でてる。でも、先輩たちも含めて誰よりも頑張ってる音をしているのは、夜崎さんだけだよ。」
私は、思わず卒倒しかけた。
…なるほど、私は暁さんに注目されていたようだ。
私よりも演奏がうまい人たちの音も、暁さんは良く聴いていたのだが、その中でも私の音が気になったらしい。暁さんはそんなことを言っていなかったが、そう勘違いしてしまうほど、私は舞い上がっていた。
「…そ!そうか…その、感謝する。暁さん。」
「…感謝…なんで?」
「なぜって…あなたほどの実力者が、自身のことを気にかけてくれているんだ。嬉しく思わないわけがない。あなたは本来であれば、もうプロの団体にいてもいいほどだ。むしろ、それすら煩わしい。一人でもやっていけるあなたが気にかけてくれたのだ、それを…」
「私は、みんなと一緒に演奏したいだけ。私、アンサンブルが好き。一人で演奏するより、音を重ねたほうが何億倍も楽しい。…だから、私はここにいる。みんなと合奏が楽しいし、みんな優しいから。」
たの…しい…?
彼女は、楽しいという思いだけで、トランペットを奏でていた。それに比べて、私はただ暁さんのそばにいたいという理由で、音楽をやっている。実際は違うのかもしれないが、私は、それが彼女に追いつけない理由だと気づいた。
「暁さん…いや、暁。今から、私とデュオをしてくれないか?」
「ん、いいよ。楽しみ。」
暁は何も疑問を持つことはなく、私の隣で楽器を構えた。それに応えるかのように、私は楽譜を取りだす。
楽曲は「トランペットの休日」。トランペット向けであるこの曲を、サックスで演奏するのは至難の業であり、私は今まで何度も挑戦しても、うまくできずにいた。
今ならできる。根拠はないが、これは確信を持てた。
何より、隣にいた暁が、少しぎょっとした後、心配そうに私を覗いたのだ。気にかけてくれることに嬉しく思いつつも、私は、もう心配されるような存在ではないと伝えたいがため、目線で合図を送る。
暁との演奏は、今までの演奏と比べるのが失礼と思うほど、楽しかった。
私は、途中で音を外したり、運指を間違えたりしたが、今までの私の音よりも軽やかで、置いて行かれることなく自然に演奏ができた。併せてくれた暁は、私より何倍もうまかったが、先輩たちから見劣ってなかったといわれるほどに、私は成長していた。
「…楽しかった。」
「…私も、心が躍るかのようだった。」
「…ねえ、夜崎さん。」
「なんだ?」
「次から、一緒に練習してもいい?」
その日から、私と暁は「相棒」となった。