光と殻   作:すからぁ

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第四話 シィナの誘惑 その2

「……ね、レイ。少しをお話ししようよ」

「話……?」

するとシィナはレイに触れるのを止め、レイに近い距離で、顔を見ながら話をし始めたのだ。

「私の事、一方的だって思ってる?」

その、行為の事だろう。確かにそれは一方的だ。互いの事を知らないのにシィナはレイと交わろうとしているのだから。

「急すぎるよ……いきなりそんな事をされて、困るだけだし……」

「そっか」

と言った後、シィナはうんと伸びをし始めた。

「差し支えがなければ聞かせて欲しいのだけれど、レイと以前シた人はどんな感じだったの?」

本当ならば言いたくない事だ。彼女は彼女で悩んでいた。家族との事で悩んでいた。

 一方でレイは自らの力の事で悩んでおり、それを打ち明ける事で互いに交れた。それは勇気に変わった。しかし、彼女は死んでしまった。故の、レイの中のトラウマ。

 いくら彼が戦争を生き抜いた存在とは言え、彼は人間だ。その過去は拭えない。多くの事を経験しても、天才的な力を持っていたとしても、人は割り切ると言うのは難しいのだ。

 しかし今、シィナはレイの事を聞きたがっている。この、性交渉をするかも知れない状況で。だからレイは口を開いた。彼は彼女に対して初めて、“秘密の一部”を、話した。

 

「そっか、その人は相当悩んでいたんだね。」

優しい、シィナの言葉が聞こえた。何故彼女はこれ程にレイに優しいのだろう。それが、彼には分からない。

「だからその人の事が忘れられないんだ。」

「……うん」

2人きりだからこそ言えるのだろう。こうした事情を。いつしか彼は秘密の一部をシィナに話してしまっている。しかし、それ自体は嫌な気がしない。誰かに聞いてもらう事が何故か安心するのだ。

「私も少し秘密、話しちゃうよ。」

シィナが口を開いた。

「実はさっきのコーヒーに睡眠薬、入れちゃった。だからレイは眠たくなったんだよ。」

彼女は秘密を明かした。内容としては全然異なるが。

「そんな事まで、しなくても……それは大袈裟すぎるよ……」

「人によっては嫌に思われると思うけれど。でもレイは嫌じゃないの?」

嫌だと言えば、嫌だ。しかし今の彼女を嫌になれないのは何故だろうか。

「僕も色々と聞きたい事がある。」

と言って、レイはくるりと180度シィナの方向を見た。

「どうしてこんな、回りくどい方法を取るの?」

「何が?」

まるでとぼけるようにシィナは言った。

「睡眠薬とか、隣で2人がしている時にここでしようとか、僕に対するアプローチが遠回しすぎる……僕自身の理解が追いつかない……から。」

レイはレイなりにシィナを理解しようと努力している。だが彼女の行動は不可解と呼べるものが多い。故に混乱し、錯乱する。彼女が理解出来なくなる。

 

「……私、空っぽなんだ。」

突如、シィナが言った。

「空っぽ?」

「卵の殻のようなものなんだよ、私。」

言葉が噛み合っていないように見える。どう言う意味でそれを言うのだろうか。自らの事を「殻」と揶揄する彼女。

「人間として生まれた筈なのに、どうしてか、私は常に卵の殻の如く、空っぽなんだ。何をしても満ちない。分からないんだ、自分でも。」

「空っぽって、どう言う意味……?」

「満たされないって意味で空っぽって事だよ。私はね。」

何が、満ちていないのか。それが全く、理解出来ない様子のレイ。

「人間って生きている内に多くの事を経験すると思うんだ。そこから何か感じたり、感想をもったりして生きていって充実感を得ると思うの。だけど、私は満ち足りない。だから自分の事を語る気になれない。自分が何者なのか全く分かっていないから。」

その言葉をどう捉えれば良いか分からない。彼女は何を言っている?

「それが、空っぽって事?」

「そう。卵の殻の如く、殻。物心付いた時から私は満ちる事なく今まで生きてきたから……。」

そう言う、シィナの表情は目元に涙を浮かべている。彼女にとって、「満ちる」定義が分からない。分からないからこそ、レイは困惑している。

「僕も詳しくは分からないけど、それには答えはなさそうだなって思う……難しいよ。自分が空っぽと言われても、人それぞれの指標とかあるから分からないよ……シィナさんの悩みは難しすぎる気がする……」

レイ自身、戦争を生き抜いた人間であり、尚且つアドバンスドタイプと呼ばれる人間。だからと言って彼はそれを誇示する事なく生きている。それを知られたくないとさえ、感じている。もう二度と使う事のない力だから。

「それは、私を知らないから難しいと言えるんだよね。」

彼女の背景因子を知らない以上、レイも多くは語れない。自分の考えの予想を上回る事は難しいのだ。

「だからこそ、私はレイの事を理解したいと思う。そうすれば、私は殻じゃなくなるような気がする。こうしてレイに自分の事を話せるだけでも私、ドキドキしてる。嬉しいんだ、私。」

喜びを感じてもらえる事は、彼自身嬉しさを感じる。好意を持ってもらえている為である。

しかし、ここで疑問が生じる。何故、彼女はこれ程にレイに好意を抱くのか。

「シィナさんは僕の事を褒めてくれるのは嬉しいけど……どうしてそこまでしてくれるの……?」

「言ったじゃない。レイには大きな魅力があるって。」

そのような事を言われても分かる筈がない。彼女の言葉は意味深長であるが、理解が出来ない。

「けど、私は自分が満ちていないのに相手を満たす方法は分からない。だから、人間の本能を振り返る事にした。」

「本能って……?」

レイの言葉に、シィナは少しばかり考える素振りを見せた。

「……本能は、一時的とは言え満たされる事がある三大欲求。睡眠薬を導入したのはレイにしっかり眠って貰いたかったから。そして、この状況を選んだのはレイの情欲を掻き立てたかったから。」

それが彼女なりの、レイへの配慮だと言う。レイへ好意を持つが故の、不器用とも言えるアプローチ。

 シィナは美少女と呼べる風貌をしてこそいるが、もしかすれば人慣れをしていないのかと、彼は思っていた。

 しかしそうだとしたなら、あのSNSの写真は何なのか。モーナとミャンと一見仲良さそうに写っていたあの写真は一体?

「ねえ、シィナさん……その……僕、シィナさんのSNSを見たんだ。」

そっと、聞いてみた。どのような反応があるのか気になるが、それでも気になったレイは聞いた。

「あの2人と仲良く映っているのを見た。凄く楽しそうに見えるけど、それでも満ちないっていうの?」

人によって満ちる定義は異なる。彼女は一見すれば順風満帆な人生を送っているように見える。しかし――

「あんなのは諧謔だよ。ただの戯れに過ぎないよ。友人って言っても所詮他人だもの。」

冷たい言葉が出た。それはシィナの本音なのかも知れないと、レイは思った。

「友人はいた方が良いとは言うけれど、私は分からない。何を持って友達なのかなんて、分からない。実際、あの2人は女の子同士で慰め合ってる。それで性欲を解放しているもの。」

「関心がないって事……?」

「関心はある。だから一緒にはいる。だけど所詮、他人だもの。最悪あの2人がどうなろうと知った事じゃない。」

再び冷たい言葉が出た。これも彼女の本音なのだろう。

「でも、レイは違う。レイにある魅力は間違いなく本物。キミを他人として見なしたくないよ。一緒に生きたいとさえ思える程に。」

他者に関心を抱かず、“満ち足りない”とばかり嘆いている彼女はレイにのみこれ程関心を抱く。その理由が分からない。嬉しさの反面、動揺がレイには見られるのだ。

「ね、レイ。好きなの。好きな人と私、満ちたい。多分レイといれば私、満たされると思うから……」

この時、レイ自身の気持ちに変化が出てきていた。

 学校に入って以来、多くの人との交流を避け、必要最低限の交流しかしなかったレイはこのような形で人と話す事がなかった。その相手は、自身に好意を示してくれる少女。

 彼女のアプローチは不器用ではあるが、それが彼女の魅力としているのかも知れない。妙な感触ではあるが、レイは目の前にいるシィナに触れたいと、考えるようになっていた。これが気持ちの変化というものなのだろうか。

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