あの出来事から1週間が過ぎた。シィナに誘惑され、彼女と交わった日。その日以来彼等は交際という関係でない、奇妙な関係を築いている。
シィナは学校内ではそれなりに立場を弁えている。人前でレイと密接に絡むような事はしてこない。あくまでもレイに対して関心を抱くのは2人でいる時のみ。
シィナはその容姿故、異性からのアプローチが多い。彼女よりも高身長で、尚且つスポーツでは優秀な成績を修めている男子学生や、成績優秀であり尚且つ親が資産家の学生等が彼女にアプローチをしている。所謂、スクールカーストでは上位に該当する人間達だ。だが、こうした人間達に対して必ずシィナはこう言うのだ。
「タイプじゃないの、ごめんなさい」
と、相手の眼を見て必ず言うのだ。その際の相手の表情はどこか曇っていたり、舌打ちをしている者が大半だという。皆、自分に自信を持っていたからこそ拒否された時の反動が大きいのかも知れない。
この1週間の内にレイはシィナが他の学生に言い寄られている光景を見た事がある。その際も彼女は交際を断っている。その直後にレイと学校で擦れ違う時、彼女はレイに対してはその眼で視線を送り、密かにウインクをするのだ。
ある意味異性を虜にする魅力を持っている人気者であるシィナと、金銭等の利害があってのやり取りではなく、向こうからのアプローチで肉体的な関係を持った事は彼にとっては誇らしい事なのかも知れない。所謂マドンナのようなポジションの人間が一人の少年に対して関心を抱いているという状況は恐らく誰もが憧れを抱く状況と呼べるだろう。
しかし、レイはそれに対して特に自慢げに思う事は無い。ただ、彼女は人気者なのだとばかり思うだけ。彼女に対してアプローチを仕掛ける人間達はいくら実績が優秀であれ、所詮は若い男というだけ。レイは特に、そこまで何らかの関心を抱いている訳ではないのだ。
表立っては分からない関係。しかし実際は彼とシィナはある種の特別な関係。何故彼女がレイにこれ程拘るのかは不明なまま、奇妙な学生生活が続いているのだ。
ある学食の時間にて、レイは次の授業でグループ学習をする為のメンバーと話をしていた。部活動も一緒の知人学生のノレッド・アルバと女子学生2人。彼等の交流はレイにとっては大きなものではない。いずれも授業で顔合わせする程度の関係。ノレッドは部活動が同じ関係。
女子学生は特別美人という訳ではない。1人は少しばかり二重顎が目立つ。もう1人は痩せてはいるが一重瞼で饒舌な印象を持つ。
「キレス君ってなんか女の子みたいだよねー」
「最初ホントに女の子に見えた!」
「いつも思うんだけどさ、スカートとか似合いそうだよな、キレスって。」
いつもの内容。その容姿故にレイはその話題をされやすい。これは最早レイにとっては通過儀礼のようなものであり、いつものように苦笑いをしながら対応するのだ。
日常とは人々の血肉によって成り立っている。それは彼が元々去年終わった戦争に参加していたからこそ身をもって理解している事。だが、いざ日常に身を置けばこうした事がどこか、退屈に思えてしまうのは贅沢な事なのだろうか。しかしこの贅沢な時こそがかけがえのない時間であり、貴重な時間である事に間違いは無いのである。
故に周りの学生の会話は余りに虚無で、悲惨な会話に聞こえない。もしかすれば各々の人間はそれぞれ複雑な家庭事情を抱えているのかも知れないが、彼は深く介入する気にはなれない。ただ、一人を除いては。
そして暫く他愛のない話をしていると、女子学生の噂話が始まるのだった。
「そう言えば奇麗な人いたよね!すごく澄ましてる女の人」
「銀色の髪の人?あー、知ってる。けどお高く留まってるって感じじゃない?」
「確か名前はシィナ・ソンブルって言ったっけ」
「上級生とかスポーツ優等生の告白を軒並み断ってるらしいって。」
「うわ、それってなんか嫌なヤツじゃん。完全にお高く留まってるやつだよそれ。」
「美人か知らないけどなんかヤな感じ。高飛車っやつ。私は貴方達とは違うんですって感じ?」
「教授とも関係持ってるって噂だよ。なんかああいう自意識過剰系の女ってなんでおっさん連中と関係持ちたがるんだろね?」
「どう考えても単位でしょ。教授に色目使って単位を貰うってよくある話だし。」
「あー、なるほどね!しかし美人って得だよねー。だから勉強なんてアホらしいってなるんだよね。」
「確か成績は優秀だけどそういう噂があるから一概に信用出来ないとか!色目使って点数取ってるってやつよ!」
「やだーそれぇ!」
彼女の事を全く知らない人間が、勝手な憶測を立てて噂を流している。女子学生特有の噂話。それで円滑なコミュニケーションが測れるならそれはそれで良いのかも知れない。当の本人を除いては。
本人からすれば明らかな名誉毀損であり、下手をすれば訴訟にさえなり得る話。それを平気で行うのだから平和な時代の人間というのは贅沢なのだと、レイは感じている。
彼はこの2人の女子学生とレイは仲良い訳でもないし、深い関係でもない。しかしこうした憶測でしかない噂話を流している時点で人間性というのは知れてしまうものなのだ。
結局はやっかみなのだろう。しかしそれを受け入れられない人間は当人の事を知らないで、いつまでもそれを言い続けるのだ。そして心の奥底にある嫉妬を行うのである。
(確かな僕もシィナさんの事を全て知っている訳じゃない。でも、あの日間違いなく彼女と交わったのは覚えてる……彼女が他の学生の告白とかを断っているその真意は分からないけれど。)
内心でレイは思っていた。シィナの事について。彼がこの学校で他者の事に関心を抱くのは、初めての事だったのである。
(仮に教授とかと関係を持っていたとしてもそれは聞かない方が良い理由なんだろう。僕はシィナさんに対してそこまで触れる気はない。)
彼は彼なりにシィナに気を遣っている。気を遣わない関係が良いと彼女は言っていても、それの実現は難しいのだ。
このように学生達の噂となっているミステリアスな美少女、シィナ。レイが彼女の事を知らなかったのは、余り多くの学生と交流を図らなかったが故なのかも知れない。
「にしてもキレス君、ホント女の子みたいだよねー!男の子だったら多分告白されまくってるんじゃない?」
「え?いや、そんな事ないよ……?」
謙遜するレイ。
「でも女性ホルモン多そうだから女の子から言い寄られたりはしないかなー?」
「言えてる!」
「気を付けないとゲイとかに襲われたりするかも!それぐらい可愛い顔してるから!」
はっきり言って余計なお世話だ。褒めているのか貶しているのか分からない。レイはこの間も苦笑いをし、対応していた。
結局その後グループワークは一応の形にはなった。彼はシィナの噂話をする2人とはある程度の距離を置こうと考えていた。
やがて女子学生と解散した際に、ノレッドがレイに言う。
「あーいう分かりやすい嫉妬するヤツって損だよな。その内SNSとかでアイドルとか女優に対して嫉妬して攻撃するの目に見えてんだよなぁ。」
実際SNSを使って著名人に対して誹謗中傷する事はこの時代に於いても起きている。匿名性故に人は自分の意見と合わない人間に対したり、人生が輝いて見える人間を攻撃してしまい易い。自分自身が否定されているかのような感覚に陥るからだ。
根底にあるのは嫉妬だろう。何らかのコンプレックスが大きな役割を果たしているのだろう。
「キレスも余計な事言われたな。あの2人は今後関わりたくねぇな」
ノレッドは頭で腕を組み、言った。
「今後グループワークをする時は、仕事仲間と割り切るのもアリなのかなって思ったりして。」
ある意味彼の本音が出た。
「あー、成程ね。社会に出たら人間選べないからな。愛想よく振る舞うのって大事だよなぁー。」
ノレッドは割り切る事が得意な人間なのかも知れないと、彼は思った。同じ部活動でたまに行動を共にする人間ではあるがこうした一面を見たのは初めてかも知れない。
「なあ、キレス」
突如、ノレッドが視線をレイの方に向けた。
「どうしたの?」
「その……さ。ちょっと時間ある?」
急にノレッドはどこかよそよそしい様子を見せる。レイはこれに対し、僅かに疑問を抱いていた。
「いや……あのさ……実は俺、最近入部したソンブルって見たんだけどさ……滅茶苦茶綺麗すぎるってか……なんて言うか……というか……前にお前とソンブルが一緒にいるところ見たって言うか……」
「え?」
それはもしかすれば、学食の際の出来事かも知れない。その場面をノレッドは見ていたのだ。
「美人って噂は知ってるけど、まさかキレスと一緒にいてるのはびっくりしたって言うか……なんて言うか、知り合いなのか?」
何故これ程にノレッドが緊張している様子なのかは分からないが、レイは学食の事なのかと思い、言った。
「たまたま相席になっただけだよ。うん、それだけ。」
言える訳がない。彼女の過激なアプローチがその4日後に行われる事など。彼等の関係が特殊な関係である事など……
「そ、そうなのか?なら、良いんだけどさ……」
何故これ程に表情を変えるのかは不明だ。もしかすれば彼はシィナに対して関心を抱いているのではないかと、レイは思うのだった。
「あ、悪い!次授業だ!行かないと!」
余りに分かりやすい様子でノレッドはその場から去っていった。この時、レイはシィナが改めて人気者であると言う事を体感した様子だった。
シィナの存在がこれ程に人に影響を与えていた事を今になって知るレイ。彼は学校内の事情に関しては余りに疎いのかも知れない。他者との関わりを最低限に留めている彼からすれば、それも当然の事と言えるが。