休みの日になり、レイはシィナの言うように児童施設のボランティアスタッフとして活動する事となっていた。
その具体的な内容は児童施設に預けられている子供達の世話をする事だ。戦後の世界ではこうした子供達を預ける施設は圧倒的に人手不足である。故に有志のボランティアに協力を求める事があるのだ。
シィナ・ソンブルもその内の1人。そして、彼女はボランティア活動に協力的な学生である。
今回の児童施設に預けられている子供達は0歳児から8歳程度の幅広い年齢層が揃っている。
皆、それぞれ事情を抱える子供達ばかりだ。戦災孤児もいれば、何らかの親のエゴで預けられた者もいる。望まぬ妊娠、経済的な問題、家庭内暴力等、それぞれの子供達が抱える闇は多種多様。
故に打ち解けるというのは難しい。実の親ならばまだしも、所詮は他人。血の繋がりのない人間を愛するというのは余程の覚悟がなければ難しい。「可愛い」というレベルで済む問題ではないのだ。
だから戦争の問題以外でここに預けたり、子供を捨てる親は自らも成熟していない。基本的な道徳概念等が備わっていない人間によって子供達は犠牲となっている。それは本来、あってはならない事なのだ。
「こんにちは」
シィナが礼儀正しく挨拶をした。施設長らしき中年女性が彼女に対して笑顔で言う。
「あらシィナさん、いつもありがとうね!そちらの方は?」
「“友達”です。とても優しくて子供が大好きな子ですよ。」
彼女はレイを讃えるように言った。彼女の挨拶に合わせ、レイは静かにお辞儀をする。
「随分可愛らしい女の子ね!お名前は?」
ここでもレイは少女に間違えられた。
「クラーラさん、この子は男の子ですよ。確かに女の子みたいに綺麗な顔付きしていますけど……ね?」
シィナがフォローをした。そして、改めてレイはその女性に対して頭を下げる。
「あー、ごめんなさいね!男の子だったのね!失礼したわ!えっと、お名前は?」
「レイ・キレスです。今日は宜しくお願いします。」
と、丁寧な様子でレイは挨拶した。
この児童施設の規模は小規模であり、住宅地の一角にある環境である。職員と呼べる人間はここで住んでいる子供に対して僅か3人。人手が圧倒的に足りていない状態だ。
こうした状況もあり、レイの通う学校はボランティアを募っている。しかし大半の学生の目的は内申点を稼ぐ為にボランティアに参加しているに過ぎない。
「シィナさんは4月からずっと週一回ここに来てくれてるの。本当にありがたくて。」
「子供達と一緒に過ごす事は自分にとっての勉強にもなりますので。」
綺麗な言葉だ。シィナの容姿も去る事ながら、彼女は楽しそうにここに来ている。余程、子供と接する事が好きなのだろうか。
「自己紹介がまだだったわね!私はクラーラ・ネイン。ここの施設長をしています。1人でも子供達に関心を持ってくれる人がいるのはとても嬉しい事だわ!」
施設長、クラーラ。40代の女性。細身の女性。年相応のほうれい線が少し目立つ印象の女性だ。
「お茶でも淹れましょうか。キレスさんにここの詳細をお伝えしないとね!」
やがてクラーラはレイとシィナを誘導し、施設の奥に案内した。
廊下を歩いていると見えるのはスタッフらしき人間が子供達と戯れている姿。推定4-5歳の子供だろうか。それ以外では0-2歳の子供のオムツ交換やミルクの授乳、そして玩具遊びの様子を見ているスタッフの姿もある。
一見すれば微笑ましいように見えるが、理不尽に泣いたり、欲求に忠実な子供も多い。故にスタッフは困惑するのだ。特に0歳児は話が出来ない。故に対応が難しい事が多いのだ。
クラーラはティーポットからティーカップに茶を入れ、茶菓子と一緒にシィナとレイに振舞う。テーブルは対面式で、クラーラが対面に、レイとシィナが2人並列して座っている状態。シィナは慣れている様子で茶を啜っている。慣れていないレイは彼女の動作に合わせるように茶を飲む。
「ここの子供達は様々な事情を抱えている子達ばかりなの。戦災孤児は勿論だけど親の事情とか……ね。経営とかも国から補助金が出ているけどなかなか大変な状態。もっと人員増やしてほしいとか思ったりしてて……だからシィナさんには感謝しているの。」
クラーラがシィナを褒める。それは、彼女の人間性の一部が合間見えた瞬間だった。
(そうだったんだ……)
この場面だけ見れば、彼女は優しい少女に見える。その一場面を見る事が出来たのは、レイにとってはある意味有意義と言えたのかも知れない。
人手が少ない施設では様々な事を行なっていく。0歳児はミルクを与えたり、玩具を与えたり、危険行動の監視等。理由なく泣く事もあったりする中でこれらをこなしていく。
子供は思いがけない行動を取る。常に目を見張らせなければならない。これらに慣れているシィナは全て綺麗にこなしている。彼女の子供好きが伝わるかのようだ。
その中で、レイは4-5歳児の相手をする事にした。最初、皆が物珍しそうにレイを見ている。彼の初見の印象から、子供達からも
「女の人だ!」
「お姉さんのお友達?」
「かわいい!」
と言われる。彼等の第一印象としての掴みは良いのだが、彼の中ではどこか複雑なのだ。
「やっぱりレイはその方が良いよ。怖がられるよりそう言って貰える方が子供達も安心するから」
側でシィナが優しく言った。こう言われても、レイは複雑な心境である事に変わりはないが。
「実は僕、男なんだ。今日は宜しくね。」
と、自身の自己紹介をする。シィナが居てくれるお陰でどうにか打ち解ける事は出来そうだ。
幸い、レイは子供と接する事に慣れている。自身に妹がいると言うのもあるが、彼は去年経験した壮大な体験の中でとある姉妹と出会い、その妹の子守りをした事があった。その子供はレイの事を気に入っており、そうした事もあり、彼は受け入れられやすかったのだ。
子供達との触れ合いとは一見簡単に見えるが実際は難しい。前提としてあるのは、皆がそれぞれ複雑な背景を持っている者達という事。戦災孤児は勿論、親の都合で棄てられた子供も中にはいる。
「“おとこお姉ちゃん”。あのね、お姉ちゃんはどこから来たの?」
1人の幼女がレイに聞いた。
「僕はモントリオールから来たよ。けど四月からオーストラリアに留学に来てるんだよ。」
と、当たり障りのない話をする。
「お父さんとかお母さんいたから留学出来てるの?」
確かにそうだ。両親がいるから今がある。自分と言う人間がいるのは、紛れもなく両親のお陰だ。
「うん、そうだよ。」
と、言った時。幼女の表情が変わった
「あのね、うちのお父さんは戦争で兵隊さんやってて、もう禁止されてるロボットを操っていたんだよ。だけど、死んじゃった。でも、お母さんはあんまり泣かなかった。それからね、お母さんは良い子にしてなさいって言ってそのままいなくなっちゃった。先生がお母さん代わり。だからお父さんお母さんって分からない」
両親を知らないで育った幼女の台詞が、今の台詞。レイの表情が変わった。そして、それ以上何も言う事が出来なかったのだ。
(兵隊さんって……)
レイはこの時、自身の経験した事を思い出していた。