その日、レイ・キレスは自宅のアパートで目を覚ました。手元に置いているデバイスツールである、Eフォンの目覚まし機能によって目を覚まし、スイッチを押して眠気を覚ます。
今は12月。オーストラリアは南半球である為、温暖どころか熱帯とも呼べる気候となっている。エアコンを夜通し付けていた為然程暑さを感じる事は無かったものの、窓を開けた瞬間に外の熱気との差で気分が悪くなりそうになる事があった。
「……暑い……」
思わずレイは呟く。それと同時に部屋に置いていた時計をちらと見た。時刻は8時。朝日が照り付ける中、彼はその光を肘で覆ったのだ。
「そうだ、二限目から授業だ。行かないと……」
語学留学をしているレイ。そこで彼は授業を受ける。
それは常に朝から出席しなければならない訳ではない。必須となる単位や選択科目を受け、試験に受かれば進級出来るという仕組み。だがそれにはそれ相応に勉強しなければならない。だが勉強する事自体、彼は得意だ。将来なりたい仕事の為に勉強をする事も苦ではない。
同じく語学留学をしている学生がいる。恐らく彼等もレイと同じく志を持って勉学に励んでいる筈の人間だ。
しかし人間と言う生き物は誘惑に弱い。入学して間もない頃はきちんと授業に出席している人間も居るのだが、12月という時期になると授業をサボる様になる人間も見受けられるようになった。
真面目に授業を出ているレイは学校で知人となった人間に代返を任される事が、しばしばあった。何故その人間の代わりにそのような事をしなければならないのだろうとさえ思う事はあるが、その人間の自由ならば知った事ではないのだ。
***
レイはアパートにバイクを置いている。バッテリー内蔵型の、特殊なバイク。ガソリンと呼ばれる燃料が希少な存在となっている時代ではこうしたバッテリー内蔵型のバイクが主流だ。最も、バイク自体が最早趣味の乗り物のようなものだが。
彼はフルフェイスヘルメットを被り、バイクにまたがる。やがてスイッチを押し、バイクを起動。そのまま道を走らせた。彼の通う学校へは片道30分程度。その間の道は、比較的緩やかだ。
彼はこの時間が好きだ。風を感じる事が出来る瞬間である。時速60キロ程度のスピードで走る際の風の心地良さ。彼はそれを感じながら走る。ヘルメットからはみ出す金色の髪はレイという少年の美しさを象徴しているかのようだ。
(あれは、やっぱり夢だったんじゃないだろうか……)
バイクを運転する中で、彼は思い出す事がある。
それは、かつて起きた戦争の事。この世界は今、平和維持隊と呼ばれる存在が地球上や地球圏の平和を守っている状態。この平和維持隊を統括しているのが新平和国連盟と呼ばれる組織である。
それはかつて存在していた平和国連盟が新しくなった形だ。その代表議長が、ギア・ジェッパーという人物。かつての戦争で元々存在していた平和国連盟の存在に疑問を抱き、新しい勢力を作り出し、先の戦争を生き残った。レイは当時、ギア・ジェッパーが宣言した組織である“FPB”と言う組織のメンバーとして戦っていた過去がある。
それまでごく普通に、ジュニアハイスクールの生徒として過ごしていた彼だったが先の戦争はその、彼の運命を大きく変えた。
かつて、この世界には人型の兵器の存在があった。それらは多くの場所に配備され、正規軍やテロリスト等に用いられていった。
レイはこの兵器に乗って戦った事がある。それは成り行きだ。しかしその中で多くの出会いを果たしていった。その果てが、先の大きな戦争という事だ。
この戦いの中で、レイはある、力を宿す事になる。それは人を遥かに凌駕する力。彼は一度、この力に苦悩し、悩んだ事があった。望んでいない力を得た事で、彼はどうすれば良いか分からないでいた。
しかし戦いの中で彼はこの力を受け入れる事が出来た。それはレイ自身をより、大きな存在へと成長させるのに十分な事と、呼べたのだ。
彼は先の戦いの果てに、強大な存在を倒したその敵は、彼と同じ力を宿していた。
かつての宇宙に存在していた帝国が、最強の兵士を作り出す為に生み出された存在、アドバンスドタイプ。その母と呼べる存在が、過去にいた。意思を持つ機械である、その名前はEVE。かつての帝国が火星に建造した機械である。レイが倒した敵は、そのEVEの意思をそのまま受け継いだ存在だったのだ。
EVEは帝国の命ずるままに、アドバンスドタイプの力を持つ子を産み落とした。しかし成体になるのに15年という月日を要し、尚且つ成体になってから地球圏に向けてカプセルを発射するという、無謀なプロジェクト。どう見ても、それは失敗以外の何者でも無かった。
故にEVEは悲しんだ。そして、悲しみを増やしては行けないと思った。戦争があるからこのような悲劇が起こるのだ。だったら、それは止めなければならない。
この世界には常人を凌駕する力を持つ人間がいるとされる。それは戦闘に於いて生存能力を発揮するのに十分な力と呼べた。だが、その存在こそが戦争の潤滑油であると、EVEは言った。
ある時、EVEが産み落とした最強のアドバンスドタイプの男は、力を持つ存在の抹殺を試みた。力を持ちつつも、ごく普通の生活を送っている人間がいるにも関わらず、躊躇なく殺めていった。
しかし一方で、そのアドバンスドタイプの男は人を愛していた。力を持つ存在を殺める使命を持っている傍ら、人を愛するという矛盾を抱えた存在は自分の中でそれらの感情を統合させ、ある、一つの答えを導いた。
それは、地球にいる人類の数そのものを減らすという事。人間を愛していた彼は、戦争行為を起こす事にも絶望していた。他者を労われるのが人間なら、その一方で人を殺める事も出来るのが人間。男が出した結論は、やがて実行されようとした。
しかし先の戦争で力を身に付けていたレイは男と直接対決をした。同じ力を宿した人間同士が対決し、その死闘の果てに彼は男を破った。
しかし、今生きるレイにとって、そのような事自体が絵空事のように感じられた。今、こうしてバイクに乗り、風を感じながら移動していて生きているのを感じているものの、やはりあの時の事を思うと不思議でならないのだ。
その際、彼はふと、視線を左側にやる。そこにあったのは、人型の兵器の存在。推定全高18メートルはあろう、その鉄の塊は既にスクラップとして廃墟となった建造物に重なるように残されている。頭部の一つ目のカメラらしきものが露出しており、コクピットらしきものも剥き出しだ。そして、シートの部分は赤茶色に染まっているのも分かる。
これは紛れもなく戦争があった事の証拠として、残っている。これは豪州が敢えて残しているものであり、戦争の悲惨さを後世に伝える目的で各地に、綺麗な形として残っているのだ。最も、それが本当に綺麗であると呼べるのかはまた別問題ではあるが。
(あれが戦争の爪痕ってやつなんだろうな……僕も、それを体験した。不思議な体験だったと思う。)
何気なくレイは思った。彼は昨年までその、人型兵器に乗っていた過去を持つ。
今となってはその人型兵器は新平和国連盟の意向により、兵器としての運用は禁止されている。現在ではそれらはインフラ整備や災害地派遣で用いられる程度に留まっている。最も、それは表向きの話。
実際はその監視の目を潜り、現在も一部のテロリストが平和の脅威として存在しているのは変わりのない話。最も、それは今のレイには関係ない話ではあるが。
平和になった世界で彼がこうして学業に励む事が出来るのは、何よりもありがたい事であり、彼にとっての、失われつつあった学生生活での青春を謳歌するのには十分と呼べるのだ。