レイはシィナを乗せ、バイクを走らせた。ボランティア活動をしてそのまま解散とばかり考えていた為、彼女の予想外の言葉に動揺している状態だ。
人を家に入れた事はない。それは自分の空間であり、ある種の聖域のようなものだから。それにシィナとは交際に至っていない。だが、彼女はレイの家に行きたいと懇願する。
恐らく大半のケースだと男性側から誘う事が多いのだろう。一人暮らしの男の家に行くなど性的接触さえ期待する者が多いのもまた、事実。
彼女の願いを断れなかったのはシィナが自らの話をしてくれたから。レイは秘密を話す事が出来ない立場。恐らく彼女はレイの事を知りたがるだろう。自分の家という、最も安らぐ事が出来る筈の環境で話を聞こうとするだろう。
シィナとプラトニックラブな関係なら他愛のない会話をして終わるぐらいだろう。だが、実際は違う。彼等は肉体を交えた事のある関係。互いに何らかの意識はしている筈だ。
やがてバイクはレイのアパートに着く。その間、心地良い風が2人を包んでいるようだった。ヘルメットを外し、家に入っていく。レイは美少女を連れながら。最も、レイ自身も美少女に間違えられる外見をしており、側から見れば友人関係なのだろうと思われるだろうが。
「これがレイの部屋なんだ。」
彼の部屋は片付けられている。一人暮らし用の小さな部屋。風呂場、トイレ、台所、リビング兼寝室という部屋。
「男の子の匂いがする」
シィナはそう言いながらベッドに座った。
「ね、お願い。少し寝かせて欲しいな」
「え?う、うん。良いよ。」
突然少女が懇願して来た。眠気が来たのだろうかと考える、レイ。
しかしその発言から3秒程度時間が経過した時、いつしかシィナは寝息を立てて眠ってしまっていたのだ。疲れていたのかも知れない。
「すぅ……」
彼女の寝姿を見たのは二度目。一度目は性行為をした時。その彼女が家に来て眠っている。シィナの寝姿は綺麗で有り、無防備だ。
部屋が暑いのでエアコンを付ける。そのままではエアコンによって部屋が冷えて風を引くかも知れない。だからレイはブランケットを彼女に掛けてやり、自分はシャワーを浴びる事にした。
まさか、自分が異性を部屋に連れ込む事をするなど予想するしかなかった。と言ってもこちらから言った訳ではない。相手からの懇願である。一見すれば彼女の我儘の印象を受けるが、それを承諾しているのもレイだ。
とはいえ、この家は異性の為のリラックス出来るような環境という訳ではないと思う。彼自身がどこか退屈な学校生活を癒す為の唯一の空間。それがここ。その際に時折リルムをはじめとした人間と連絡を取ったりするぐらいだ。
遠く離れている環境とは言え、連絡を取れる人がいるというのは有り難い事である。時に感じる寂しい気持ちはこうした連絡によって気が紛れる時がある。
“寂しい”。力を持つ存在であるレイにもそのような感情があるのだ。シィナを家に上げる事に決めた理由の一つに、彼自身が心から打ち解けられる人間が周囲にいないという事も関係しているのかとさえ思う。
(あの人に会ってから、何だか翻弄されてばかりな気がする……好きとか言われるのは嫌じゃないけど、僕にあそこまで関心を抱くのはどうしてだろう……)
あの戦争で多くの経験をしている筈のレイだが、こうした日常を経験しているとそれはそれで新たな発見はある。そして、それらに全て共通しているのは常に死が隣り合わせではないという事だ。
平和な世界であるが故に、こうしたさ事を謳歌出来ると考えるべきなのだろう。
シャワーを浴び終えたレイは用意していた服にそのまま着替えようとする。
やがて黒い下着を身に纏い、就寝用の寝具に着替えようとした時だった――
「一緒にシャワー、浴びたかったのに」
シィナの色香がレイの嗅覚を刺激した。そこには既に下着姿となっているシィナがいたのだ。
「起きてたの?」
「レイのシャワーを浴びる水滴の音で目が覚めたよ。あのベッド、良いね。レイの匂いが染み付いてて好き。」
彼女の意味深長な台詞が口から出る。
「だけど身体は洗わないとダメだね。見た目だけじゃなく、汚れもない綺麗な身体でいる方が良いと思うから。」
と、言ってからシィナは纏っていた下着を取った。まるでそれは、レイに全く気を遣っているように見えなかったのだ。
シィナの肢体は見る者を魅了する。裸姿となった彼女の姿を見てレイは僅かに躊躇う様子を見せた。
「見せつけなくて良いから……!」
「どうして?レイに私の身体を見て欲しいのに。そんな、童貞君みたいな反応しなくても。」
「エチケットとしてだよ!誰これ構わず裸でいるのは違うと思うんだ!」
恥を感じたレイはそのままベットのあるリビングに向かって行った。シィナはそれを見届け、密かに笑うのだ。
やはり彼女は分からない。まるでレイを誘惑している様子のシィナ。確かに一度肉体を交わらせてはいるが、だからと言ってそれで全てが理解出来る訳ではない。
気分を変えようとレイはEフォンを起動させ、音楽を掛けようとした。
「あれ?」
ふと、レイは連絡情報を見る。そこで彼は自身の眼が震える感覚に陥ったのを覚えたのだ。
「あれ……あれ!?データがない!?皆のデータが!?どうして!?」
彼が何故これ程に慌てふためいているのか。それは、リルムを始めとした知人のデータが全て無くなっていた為である。
予期せぬ事態にレイは動揺している。何故?どうして?このままではリルムとも連絡が取れない。退屈ではあるが、故郷の人間と連絡を交わす唯一の手段である連絡先が消えている事はレイにとっては非常事態以外の何者でもないのだ。
端末のあらゆる情報を見ても、やはり消えている。コンピュータ・ウィルスによる仕業なのかとも考えたが、どうやら違うようだ。
Eフォンの端末セキュリティは本人の生体認証のみにしか反応しない。所謂バイオメトリックス機能が搭載されている。遠隔操作でそれを行う事は不可能とされる。強固なセキュリティは一個人のハッキングで破る事は不可能とされる程だ。
更に厄介なのはEフォンに内蔵されているバックアッププログラムまでもが消されているという所だ。これは当事者しか出来ないようになっている筈なのだが、何故かそれらも消えてしまっている。
外部からの犯行は不可能に近い。個人にすら掛けられる強固なセキュリティ。外部の脅威から晒される事はない筈。
だが、Eフォンには致命的な弱点があった。あくまでも強固なセキュリティは外部からのものであり、直接人間が接触した場合ならば話は変わってくる。この数日間でレイに接触したのはシィナのみ。まさか……?
「そんな……そんな訳ないよね!?」
慌てふためくレイ。だが、どう考えても容疑者はシィナ以外に考えられない。何故彼女はそのような事をするというのか。彼の知人の連絡先を消すなど……
それは、今までレイが出会って来た人間関係を消滅させるよう行為。人は離れていても連絡を取る事が出来るようにコミュニケーションツールを発展させて来た。それは去年までレイが非日常の状況を共に生き抜いて来た人間達の情報もそこに含まれていた。
それらを全て消されたのだ。レイは途方に暮れる。想定外の事態にただ、悲しみに暮れる。
「……あれ?」
ふと、連絡先の一つを見た。そこにあるのは、なんと、シィナ・ソンブルの名前のみ。これが示すもの。つまりそれは……
「どうして、どうして……!?」
確信した。シィナが彼の繋がりを消した。何故そのような事をするのか、理解が追い付かない。