レイ・キレスは成り行きで人型兵器に乗り込み、それ以来様々な戦場を戦い抜いた過去がある。ただ、必死に生きる為、守るものを守る為に戦ってきた。彼が経験した体験は短文では明かせぬ程の壮大な物語である。
人型兵器が世を支配していた頃、世界は混沌とし、歪んでいた。その世界を知らない状態だったレイは人型兵器のパイロットの経験をして、世界の歪みを知った。地球を統治する軍がそもそも歪んでおり、その統率者のレヴィー・ダイルは犠牲者を出しつつも軍備増強を徹底してきた。
それだけでない。かつて地球と戦争していたデウス帝国の残党を名乗る勢力も現れた。その陰では反社会組織による非道。それらにも地球の軍備は流通し、世の地球軍に対する反対勢力に行き届く事もあった。人型兵器の存在が多くの人を不幸にした。多くの人間が死に、家族、友人、恋人が奪われたりした。
レイは成り行きとは言え歪んだ地球の統率者率いる軍と戦った。そして最大の敵を倒した。それは、彼と同じ力を持つ人間。他を圧倒し、人の心を読み、危機的状況になれば身体が光り、身を守る。そのような、常人を逸脱している能力を持っていた。
これが、彼の過去。戦争に参加して生き延びた人間の過去。そこで、表向きでは世界的歌手とされている、ジャンヌ・アステルとも出会っている。彼女の事についても話さざるを得なかったのだ。
***
「僕は戦争を経験してきた。去年までの話だけど、今の生活とは180度違う生活を送ってきた。漫画やアニメのような、本当の話。これが僕の秘密だよ。」
開き直る様子で言った。その際、シィナは朱色の眼をレイの方に向けた。
「じゃあ、レイは人を殺してきたんだ」
言われたくなかった言葉。事実ではあるが、認めたくない事。それをシィナは踏み込んできた。だがこれに関しても答えなければならないと、レイは思っている。
「うん……そうしないと、僕自身だったり、僕にとって大切な人を守ったり出来なかったから。」
それはあくまでも、人型兵器に乗って戦っていた時のみ。今はそれとは無関係な生活。
「人を守る為に、敵を殺したんだね。」
何故だろう、シィナは余り驚愕している様子を見せていない。与太話と認識したのか?彼女がどのような感想を抱いたのかは分からないが、レイはそれが気になってしまう。
「……そうだよ。僕は既に人を殺して来てる。相手が迫って来るから、倒さざるを得ない。不殺なんて奇麗な事は僕には出来なかった……」
レイの手が震えている。平和な日常の中で言いたくない事を言った事に対する拒否反応なのかも知れない。
レイは内心苦しんでいる。心の奥底で隠していた、誰かに言いたくない事を言う行為は彼が思っていた以上に苦しい。段々と、呼吸が早くなる。精神的な苦痛なのかも知れない。それが身体の現象として現れたという事は、明らかに彼は過去の自分の行動を恐れているのだ――
「レイ……怖いの?大丈夫?」
シィナが優しく聞く。だが大丈夫な筈がない。彼はこの間、昼間にボランティア活動で訪れた児童施設での幼女の言葉も、思い出していたのだ。
―お父さん、お母さんって何?分かんない、分からない……お母さん、いつ帰ってくるの―
自分がその父親を殺めたかどうかなど、分からない。だが可能性はゼロではないのは確か。自分や仲間を助けるのに必死だったレイは、今になって戦争が引き起こした悲劇を悔いている。それをシィナに発言する事で、更に苦悩するのだ。
「……ごめんなさい……僕はもしかすれば……あの子のお父さんを殺しちゃったのかも知れない……!」
いつになくレイは錯乱している。眼が震えている感覚。自身の行動に恐怖している感覚。あれから一年以上の時が流れたとはいえ彼の中で封印していた戦争の記憶が目覚めた時、レイは自らの行為を改めて思い、恐怖したのだ。
「レイ……」
すると、シィナはレイを抱き締めた。銀髪がレイの肩に触れている。彼女の色香が漂う。
「辛い事、思い出しちゃったんだね。レイは必死に頑張ってたのに、罪悪感が産まれちゃったんだね。」
シィナは彼の言葉に対して否定はしなかった。何故なのか。レイが辛そうにしている事に対して同情しようとしたのか。
「じゃあ、私が連絡先を消しちゃった人達はレイのその事情を知ってる人達だったんだね。」
レイは静かに、頷いた。皆との繋がりが消えた事はレイにとっては大きなショックであった。その直後にシィナと交わり、怒りは収まっている状態。だが今度は自身が行った罪であり、その上での仲間達との記録が無くなった事でショックが隠せないでいたのだ。
「大丈夫、これからは私がレイを慰めるよ。」
急に何を言い出すのか。戦争に参加していた事や、人殺しをしていた事実を述べ、その上でシィナは何を思っているのかが分からない。
「何を言ってるの……?僕の事は軽蔑してくれたって構わないんだよ?シィナさんが魅力って言ってた人間は人を殺して、戦争を経験してきた人間なんだよ?」
「ううん。そんな体験をしているレイを否定なんてする訳がないよ。私にはない体験。レイの体験があるから、魅力が秘められているのかも知れないね。」
彼女の言う“魅力”とは、レイの壮大な体験の事を指しているのかは分からない。しかしこの事を褒められてもレイは良い気分がしない。
語りたくなかった過去。必死に戦ったあの経験は人に対して自慢出来る内容の筈がない。
「やめてよ、そんなのを魅力なんて言わない……あの時はただ、必死だった。だけど、それを肯定しないで……」
「でもレイを否定したくないよ。そんな体験をしているレイは本当に、素敵。」
すると、シィナはレイの首筋を口唇で触れた。突然の行動にレイは思わず反応してしまう。
「ひあっ!?」
「今、感じた?さっきまでシリアスな感じで戦争の事を語っていたレイが今は女の子みたいな声を上げているんだよ。不思議だね。」
「それとこれとは話が違う……!やめて……僕はそれを望んで無いよ……!」
「ううん、それで良いんだよ。人間らしいもの。その反応も含めてレイはレイなんだよ。」
「僕は、僕……?」
「そう。だから、自分を責めないで。キミはやれる事をやって来たから。否定しちゃダメ。私がレイを慰めるから。」
優しい言葉。この時、レイには彼女の言葉が何故か染み入るように感じられた。
精神的に不安定な時は人間はふとした優しい言葉に癒され易い。レイは苦しんでいた。自らの行動に対して。だがシィナの言葉が彼の何かを解放したかのように見えた。
「私も美人局みたいな酷い事言っちゃったな。レイを通報する事はしないよ。だって、レイの事が本当に好きだから。」
秘密を知り、シィナはレイに更に好意を示したようだ。
環境が変わってからレイは退屈な日常を送っていた。そして、奥底に隠れていた秘密を、レイに好意を抱く少女に話した。
秘密を話す時、それを理解されたら人は何故か安寧の表情を浮かべてしまう。理解してもらえたと言う安心がどこかであるからなのかも知れない。
「……だけど、レイはそれ以外にも“魅力”を感じる。それは一体、何なのかなって思う。」
ふと、シィナが言った。彼が戦争を生き延びた事を魅力と捉えているとばかり思っていたレイは驚愕している。
「シィナさんは多分、自分にないものを持っているのを見て、“魅力”って言ってるだけじゃないのかな……」
「さあ、何だろうね。それは分からないケド、レイの事を想い続けるのに代わりはないからね。」
レイは彼女に港の連絡先を消された。しかし、何故今は彼女を許してしまっているのだろう。
それはシィナ・ソンブルという少女が見せる顔の一つなのかも知れない。この少女はレイの心を癒す力を持っているようにも感じられる。
しかしシィナは何故これ程にレイに関心を抱くのかは分からない。そして、レイ自身も何故彼女に妙な安心を抱くのかも謎だ。
「ね、レイ。私のコト、シィナって呼んで良いんだよ。“さん”付けなんてしなくて良いから。」
シィナの歳は一つ上。故にレイは彼女に対して尊敬の意を込めて丁寧に喋っていた。しかしこれ程にシィナが迫ってくるのを見ては、彼も呼称を変えざるを得ないのだ。
「……じゃあ、シィナ。」
レイの彼女に対する呼び方が、変わった瞬間だった。
「ありがとう、レイ。私達、付き合えるよね?だって、レイの人間関係はもう私だけなんだから」
「……そうなの、かな……」
「そうだよ。レイ。私、レイの事を聞いてもっと好きになれたよ。」
そう言って、シィナはレイと接吻を交わす。もう、2人は肉体関係を形成している仲。そしてレイは連絡先が消えている。
更には彼の過去もシィナは知っている。こうとなれば、もうレイは何かに頼らなければならないのかも知れない――
「……じゃあ……宜しく。」
「フフ、私、嬉しい。」
一風変わったカップルが、ここに成立した。