朝になった。あの後レイ達は同じベッドで一緒に眠っていた。この日は休みであり、2人共寝坊して起きる。
朝の暑さにうなされ、レイは目を覚ます。隣には下着姿で少しばかり汗を掻いているシィナ。まさか自分が裸姿で目を覚まし、裸の少女を置いているシチュエーションを体験するなど、思っても見なかったのである。まるでアダルトドラマのワンシーンのようだ。レイのような少年には似合っているとは言えないシチュエーションだ。
「おはよう、レイ。」
レイの次にシィナが目を覚まし、レイの頬にキスをする。そう、2人は昨夜から交際に至った。殆ど、シィナからのアプローチのような気はするが、レイは彼女の熱意に負けて交際を開始した。だが、まだ彼は実感が湧いていない。
「あのね、昨日レイが言ってた戦争の話を聞いて、思い出した事があるの」
シィナが突然言った。
「噂話だけど、戦争の中で一定数空間認識能力が覚醒した人間がいるって話。聞いた事あるかな?」
聞いた事があるも何も、レイはその人間達を見て来た。自分自身も最初はそれらに該当する存在と思っていた。結果的に彼はアドバンスドタイプと呼ばれる人種という事が判明した訳だが。
「……都市伝説みたいな話だね」
当事者であるレイはそれをはぐらかす。
「なんか、戦争する事で脳が活性化するのも変な話な気がするな。そう言うのは違う事で発揮出来れば良いのに……なんて思ったりして。」
「……そうだね」
レイはベッドから起き上がり、端座位姿勢となった。
「レイは戦争に参加した中でそんな人を見た事があるの?」
話を振る、シィナ。
「……分からないよ。」
と、濁した。当事者ではあるがその事まで言いたいとは思わなかった為である。
「もし、普通に暮らす中でそんな人がいたら面白そうだよね。案外近くに居たりして。」
レイの後ろ姿を見ながらシィナは微笑する。
「多分、人間って科学的なものだけじゃ分からない所って多いと思う。けど結局は戦争でそういう力が発揮するのなら、平和な世の中になった今はそんな力なんて要らないと思うんだ……って何となく思う事はあるよ。」
それはレイが当事者故に言える言葉。戦争がない世の中なら、力を持つ存在は別に力を使わなくて良い。穏やかに生きられればそれで良いのだ。
レイは顔を洗う為に洗面台に向かう。上半身裸の下着姿まま移動するのはせめて男らしくあろうとする意地なのか。
「私、少しだけ気になる事があるよ」
シィナの言葉がレイを止めた。
「もし、そうした人間って一般的に言われている人間と何が違ったりするんだろうって思う事はあるんだ。身体的な特徴で違いとかあるのかな?筋肉の構造とか脳神経の構造とか臓器の構造とか違う所ってあるのかな?なんとなくだけど、この前の身体解剖生理学の授業を受けて思ったりした。」
戦争の中で覚醒した人間。それらはシンギュラルタイプと呼ばれる人種。だがレイはそれらを上回る存在、アドバンスドタイプ。
確かにシィナの言うように、一般的な人間との違いとは何なのだろうかと思う事はある。しかしそれは考えてもキリがない話だ。
「そういう話はしない方が良いと思う。なんか、マッド・サイエンティストとかがそういうのに関心持って人間を使った怖い実験をしたりする事に繋がると思うから……」
と、言いながらレイは顔を洗った。鏡に映る自らの顔はやはり少女に見える。しかし身体は少しではあるが、男性の身体になりつつあるのだ。
そして、彼は自ら発した言葉に対して少しばかり寒気を覚えている。複雑な表情はそれを物語っているのだ。
「旧世紀のある国では囚人に対して医学的な人体実験を行って、それが医学の発達とか人体の神秘の解明に繋がったって医療倫理の授業で習った事があったな。結構怖い内容だったけれど。」
シィナの言葉に対し、レイは言う。
「人の尊厳を踏み躙るような人体実験は実験なんて言わないよ。それで明らかになった事もあるだろうけど、それを認めたら人間を否定する事になっちゃう……!そんなの、嫌だ……!」
彼が何故、寒気を覚えているのか。
***
それは、彼は過去にアドバンスドタイプを自称する医学博士の男によって生じた、突然変異とも呼べるアドバンスドタイプである為である。
レイはごく普通の健常児としてこの世に生を受けた。しかし彼が新生児の時にその医学博士の男がアドバンスドタイプにのみ存在している特殊な細胞物質である、“ディヴァインセル”を移植し、その結果彼はその物質を取り込み、以降彼は潜在的にアドバンスドタイプの力を得る事となった。
最初レイはその力に気付く事は無かった。だが成り行きで人型兵器に乗り込み、それ以降生命の危機の状況に陥る事が続いていく内に、その生存本能が彼の力を次第に開放していく。
戦いはレイの潜在的に秘めた力を解放していった。それが最終的にアドバンスドタイプと呼ばれる人種に覚醒するまでには時間を要した。この事実を医学博士の男がレイに語り、彼はその存在に苦悩した。しかし先の壮大な経験はレイを成長させるに至った。
今は戦争のない日常。その力は使う必要のないもの。だが彼の中に紛れもなく、存在している。ディヴァインセルは非日常に於いて活性化するもの。それは今、使う事は無い。
だが彼が経験した“事実”は変わらない。医学博士の男によってアドバンスドタイプに仕立て上げられていた事実は変わらない。レイはこの事を想起する事がある。シィナの言葉がきっかけとなり、今、レイは寒気を感じているのだ。完全に克服出来たとされるトラウマは、時間が経過したとある時に蘇る時がある。人間とは、不完全だ。だから時に何かに逃げる事もしなければ生きられないように出来ている。
「なんか、本当に色々あったみたいだね。」
いつの間にかシィナはベッドで端座位姿勢を取っている。レイの方をじいっと見つめ、彼が服を着替えるのを見ている。
「レイは実験とか研究を恐れてる人?」
「時と場合による。大切な事だって事は知ってるけど、された方は怖いって思う事もある。」
彼女の言葉に、レイは答える。
「難しいね。だから医者とかはインフォームドコンセントとか必要になるんだけど、大昔はそんなものなくても人体実験とかあったっていうしね。今でもその、空間認識能力の研究は進められてて、色々と実験をしてるみたい。」
それは事実だ。レイはあの壮大な体験の中で経験をした事があるのだ。
「だけど研究、実験って人間皆が興味、関心を抱く事だと思う。論文の査読とかみたいな難しい事じゃなくても、動画投稿とかで実験してみたとかで一定数の視聴者が見てくれたりする。研究は人間の欲の果てなんだなって思う。私はそういうの、大切だと思う。」
それはあくまでもシィナの意見。レイはそれを快く思っていない。
「……そうだね……」
と、レイは目の前にあるシャツを取ろうとする。
「ね、レイ。お話を変えるね」
シィナはレイの表情を見て、言った。それは、レイが半袖のシャツを羽織ったタイミングであった。
「……何?」
「せっかく付き合ってるから、デートしようよ。外は良い天気だし。バイクに乗って遠くに行きたいな。市内の方でも良いよ。シアターとかプールとかでも良い。レイと一緒にお出かけしたい。」
銀髪の少女はどこか我儘で、自分勝手な印象がある。しかし時に見透かされるような感覚に陥る時もある。彼女が一体何者なのかは分からない中で彼等は交際に至った。
それは性交渉が功を成したと呼ぶべきか。肉体関係を結ぶ事はやはり距離を近付ける効果があるのだろうか。付き合い、進んでいく段階は変わってしまったように感じるが彼等は交際している立場。故に、レイは彼女の言葉に耳を傾けるのだ。
レイ自身も彼女の事を意識している他ならない。そして、シィナはレイの連絡先を自身のもの以外全て消去している。今のレイが多くの事を話せるのはシィナ以外にないのだ。ある意味、これは彼女の作戦とも呼ぶべきか。
しかしシィナは何故これ程にレイの事に関心を抱いているのかは未だに不明である。その真意が不明な中で、レイは彼女と交際に至っているのだ。
「……うん、良いよ。」
レイは固い表情のまま頷いた。
「ホント?嬉しいな!レイとデート出来るなんて幸せだよ!」
レイの承諾を得た時、シィナはまるで無邪気な子供の如く喜ぶ。そして、まだ下半身が下着姿のレイに抱擁を行うのだ。
「ちょっと!まだ着替え中!」
「関係ない!大好き!もっとキスしたい……良いよね?」
嫌とは言えない。しかし何故彼女はレイにこれ程に夢中なのかが分からない。それ故に楽レイはどう対応すれば良いか分からないでいるのだ。
それはまるでレイを独占しているかのよう。連絡先を消したのは彼女のみを見て欲しいという独占欲故なのかも知れない。
再び昨夜の彼女の行為が思い出された時、レイは口を開いた。
「ねぇ、シィナ。」
頬を口唇で触れようとする彼女は寸前で止まる。
「連絡先の話だけど、例えば家族から連絡があったりすれば、その番号が表示されるから、相手が分かればまた登録すれば良いと思うんだ。だから、完全に消したって訳じゃないんだよね。」
Eフォンには相手からの着信があれば番号のみが表記される。だが、登録していなければそれは誰かは分からない。だから、電話に出るしかない。
つまり、ある程度やり取りをしているリルムや家族とならば最低でも連絡先を取り戻せるという事になる。無論、それ以外の人達とは向こうから連絡が来ない限りは不可能になる訳だが。
「僕はシィナとは付き合っているけど、それ以外の人間関係に介入はしては行けないと思う。形成した人間関係をシィナが壊す事はしないで欲しい。だから連絡が来たらまた登録する。それ以上は触れさせないからね。」
「うん、“家族さん”なら大丈夫だよ。あれは私もやりすぎたかなぁって思ったから」
反省しているようには見えない、彼女の澄ました顔は何を意味するのだろう。それは綺麗ではあるが、意図が見えないのだ。
「それよりデート!デートしようよ!レイのバイクに乗って!楽しみだな!アハハ!」
彼女は気分を変えるかの如く、レイとのデートを進めようとする。彼としては連絡先の件が気になるが、今はシィナの言う事を聞こうと考えていたのである。