光と殻   作:すからぁ

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第八話 カップルの危機 その4

「僕から離れて……」

その時、レイはシィナに対して静かに呟いた。男に聞こえないように、本当に僅かに……だ。

「え……でも……!」

「良いから……!」

僅かな会話。それを聴き、シィナはレイから離れる素振りを見せる――

 

「何をやっている!?」

 

動きは男達にすぐに分かってしまった。この瞬間に、1人の男が機関銃で威嚇射撃する。シアター入り口前のカーペット等に穴が空いてしまった。

 しかし、それでもレイは動じる様子を見せない。シィナを守らなければならないと言う使命感もあるが、何よりも彼は自らの事を再確認する必要があった。

 生きる為の本能。レイは自らの“力”を使わなければならないと考えたのだ。もう、使われる筈のない力。だが突然訪れた非日常はレイの中にある生存本能を解放させる絶好の機会と言えた。

「お前から死んでもらおうか、金髪のお嬢ちゃん。」

ゴクリと唾を飲む。やがて銃口がレイに向けられる。男は少女のように見えるレイ相手でも容赦しない。そもそもの目的が分からない、無差別テロ。これに果敢に立ち向かうレイ。

 全てはあの時の経験があるから。もし何も出来ない人間ならば震えていただろう。だがあの経験はレイを強くした。それは、目の前で銃口を向けられている状況でも大きな恐怖を感じない程に。

「小便臭いメスガキだが、そのツラは本物だな。美女になる素質はある。正直殺すには惜しい。側に居る銀髪のガキも同じくだ。」

そのまま接近する、男。この状況を作り出しておいて容姿に惹かれたと言うのか。民間人を殺している残酷なテロリストが人間の容姿を褒め称えているようではたかが知れていると言うものだ。

「……殺す気ですか……?」

レイは口を開いた。緊迫した空気の中で喋るのは危険だ。それは分かっている。

 しかしレイの中に秘められた力を使うには、彼に標的が向けられる方が良いのだ。

「最終的にはな。ケド俺はツラの良い女が悶絶するところを見るのが楽しくってなァ。特に、お前みたいな気に入らない眼をしている女はよォ」

「え――」

 

レイの眼が開かれる。と、同時に彼は腹部を殴られた。致命傷とは行かないものの、屈強な男が繰り出す拳の威力は普通の成人男性が出す拳の威力と比にならない。

「う……ぁう……!」

悶えるレイ。その場で彼は姿勢を崩した。

「そうそう、こう言うのが良いんだよこう言うのがよォ」

悪趣味な男だ。すぐにでも銃殺をしようと思えば出来る場面でそのような事をしない。このような男が民間人相手にテロ行為をしているという事自体が滑稽ではあるが、誰もそれを止める者は居ない。勇敢に立ち向かえば自分が殺される事は明白であるからだ。

 だから一見少女のように見える少年が男に殴られている姿を見ても誰も助けない。ただ、嵐が過ぎるのを神に祈るしか出来ない。それは別に非情という訳ではない。人間ならば至極当然だ。自分の命が大切なのは当然。表向きでは可哀想と言っても、誰もそれを止めない。止められないのだ……

「誰も助けてくれないねぇ!お嬢ちゃんッ!」

膝を付くレイに、更に男が蹴りを入れる。

「ああっ!」

レイの甲高い声が響く。蹴られ、痛みに悶えている。

「良い声で鳴くじゃねえの!だけど止めないぃ!」

レイは別に、男達の誰からの恨みを買った訳ではない。この男達に暴力を振るわれる覚えは一切ない。だが男は明らかに楽しんでいる。美少女に見えるレイを蹴る事を。それが男の愉悦なのか。

 理不尽な状況ではあるが、レイは反撃も出来ない。自分の腕力では叶わないと知っているからだ。そして、対抗出来る武器も持っていない。

この惨い光景を見せつけられ、シィナは何も出来ない自らの状況に絶望している。自分の恋人となった筈の少年は男に殴られ、ただ、それを見るしか出来ない状況かと、思われたが――

 

「その子はもう、放してあげて……!」

 

シィナが言葉を発した。先程まで死の恐怖に怯えていた筈の少女が動き出したのだ。

「シィナ……?」

どう言う風の吹き回しなのか。何故シィナは急に動き出せたのか。疑問には残るが、彼女の行動を、今は見守るしか出来ない。

「銀髪のお嬢ちゃん、悪くはねぇな?お友達を守るってのか。」

「……ええ。」

シィナが静かに頷いた。彼女の中で、心境の変化が起きたと言うのか。

 それでも危険すぎる。男達は何をするか分からない。最終的にはここに居る人間を抹殺しようと考えているテロリストだ。なのに、何故シィナは動くのか。先程感じていた恐怖はどこへ行ったと言うのか?

「じゃあ、こっちに来い」

彼女の行動を面白く感じた男が笑みを浮かべ、手指を屈曲させてシィナを呼ぶ。すると彼女は立ち上がり、男の側に寄る。それは、レイの側に近付いた事を意味した。

「随分と物分かりが良いじゃねえか。表情は変わっても、身体が震えているのは丸分かりだぜ、お嬢ちゃん?」

シィナは恐らく、勇気を出して動いたのだろう。レイが危機的状況に陥っている。その事を、感じて。

 しかしシィナをこれ以上巻き込みたくないとレイは感じている。レイは戦争の経験もあり、こうした非日常の状況の経験はある。故に大きく恐怖を感じていない。しかし彼女は何の経験もない十七歳の少女だ。怖くない筈がない。

「じゃあ……」

すると、男はシィナの唇に向け、突如接吻を交わし始めたのだ。大衆がいる前での突然の行為。テロリストの行為にしては余りに下劣。自分の物にしようとしているつもりなのかは分からないが、この場でするには余りに不適切極まりないと言える。

「んう……ン……」

レイはもう、見ていられなかった。明らかに嫌がっているのが分かる。それを止めたいという気持ちが一杯だ。シィナは醜い男によって唇を奪われている。テロリストの行動が理解出来ない。どういう目的でそれをしていると言うのか。

「ハハ、自分から舌を使ってきやがった。とんだ売女だな!えぇ?金髪のお嬢ちゃん、お前の友達は淫乱売女だぜぇ!?」

最早状況が滅茶苦茶である。突然のテロリスト襲撃に、レイは暴力を振るわれ、その上でシィナは接吻を交わされる。理解出来ない状況の中、レイは恋人となったばかりの彼女を助け出す事が出来ていない。

 彼は殴られた痛みを感じている。しかし一方で、テロリストの男と恋人が接吻した行為に対し、心の奥底ではどこか憤りを感じているのを実感した。彼はシィナの事を深くは知らないが、一夜を共にし、自分に好意を抱いているといった少女が違う男と接吻を交わしているという、極めて稀な状況。それに対する怒り。

 そもそもこの怒りの根源は、何か。テロリストが襲ってきた事に対する怒りか。それとも恋人が目の前で男と接吻を交わしているという怒り……つまりは奥底の嫉妬か。分からない。シンプルな種類の怒りではないのは確かだ。

 レイは今、胸の奥がグッと押し付けられるような感覚に陥っている。この感情の正体は分からないが、今、彼は動かなければならないという使命感に駆られている。シィナを助け出すという事と、テロリストに対する怒り。それが同時に込み上げて来たのだ。

 そう思った時、レイは立ち上がる。それを見た男は、レイに銃口を向けるのだ。

「なんだ?歯向かう気か?」

男はシィナの肩を持ち、レイに対して銃を向ける。だが、レイはその眼を男に向け続けるのだ。

「楽しもうと思ったがもう、やめだ。死ね」

男は明らかに気分を変えている。シィナとの接吻の悦楽は消え、ターゲットをレイに変えて銃口を彼の眉間に向け始めた。

 だがそれでも彼の眼はテロリストを見る。まるで動じているように見えない様子だ。それを気に入らないと感じていた男がどこか苛立ちを覚えている様子で、一度舌打ちを打つ。

そして引き金が、引かれる。機関銃の弾が発射されていく――

 

 

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

 

 

 眉間に銃口が向けられ、引き金が引かれるという事。それは死を意識するという事だ。死を意識した瞬間、レイは碧色の光を放ち始めた。その光は、周囲にいる人間を包む光。この光が放たれた時、周囲の人間達は次第に意識を失い始めていく。

 特に、テロリストに対しては効果があった。戦意、殺意を持っている彼等はこの光を浴びた時、たちまちその闘争本能が消失していく。

「なん……だこれ……!?」

「ぐ……おおお……!」

この光は強力な輝きを放ち、テロリストどころか民間人をも巻き込んだ。それを受けた人々は次第に気を失っていく。

自らを守る為の碧色の光。名は、イズゥムルートと言った。ユーラシア大陸北部の研究者、アリヴィアン・トゥーロフという人物が初めて名付けたもの。アドバンスドタイプ内に備わっているミトコンドリア内に存在しているディヴァインセルが、本体の死を意識した瞬間に発動する光。

レイはこの光を、あの戦い以来久し振りに発動させた。もう使わないであろうアドバンスドタイプの力を、よもやこの非常時に使わざるを得なかったのだ。

この光に寄り、テロリストは皆が倒れた。しかしその反面、シアター入り口前にいた全員が意識を失うという結果になったのだ。アドバンスドタイプ以外の人間は光を受ければ意識を失う。この絶望的な状況を覆す唯一の手段が、レイの中に備わっているディヴァインセルを活性化させる事しかなかったのである。

 

「……はぁ……」

光が収まった時、レイは疲労感を訴える事なくその場に立っていた。この力が発動した時、最初は強烈な疲労感がレイを包んだ。しかし身体が馴染んでくるに連れ、これに翻弄される事はなくなったのだ。

 今回は久し振りに発動したが、それでも彼は何の影響もなく過ごせている。これが、レイに備わっている特殊な力。彼が望んでいなかった力は、彼を助ける事となった。

「そうだ……シィナは!?」

彼は肝心な事を思い出した。シィナ・ソンブル。彼女も巻き込んでしまっているではないか。盲点だった。恐らくシィナがテロリストと接吻を交わしている光景を見せつけられ、奥底にある奇妙な感情が暴走した結果なのかも知れない。恐らく彼女は倒れている筈だ。そう思い、急いでレイはシィナを起こそうとする――

 

「やっぱり、私の予想は正しかったね」

 

シィナの声が、聞こえた――

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