「え――」
レイが後ろを振り返ると、そこにはシィナの姿があった。
「クス……何を、驚いているの?」
彼女の姿を見てレイは驚愕する。いや、驚愕せざるを得ない。当然だ。
何故ならば、先のレイが放った光によって気を失っている筈の彼女が全く動じる様子を見せずに立っているのだから。
「そんな、どういう事……?」
あの光を受ける人間は、戦意を喪失し、皆が気を失う。“アドバンスドタイプ”を除いては。
レイが放った光は、強力なものだった。シアター入り口のフロアに居た人間達を全て包む程の光。だが、何故シィナは立っているのだろう。それも、まるで何事もなかったかのように平然とした様子で。
「奇麗な光だったね、レイ。」
シィナは全く動じる様子を見せていない。寧ろ動じているのはレイの方だ。
「待って!意味が……意味が分からない!シィナ!君は一体……」
「フフ、そんな可愛い恰好で言っても全然説得力が無いよ」
「そう言う問題じゃないよ!意味が分からない!」
「さっきから、何を言ってるの?」
何を言えば良いか分からない。正確には、言うべきなのかという所だ。
無理もない。彼が隠している最大の“秘密”。それが今、発揮されたのだから。そして、彼女はまるでその“秘密”を理解しているかのような表情をしている。これは、一体……?
「だって……その――」
「“光”のコトだよね」
シィナが遮るように言った。
「なんで……それを知ってるの……?」
知る筈がないと、思っていた。アドバンスドタイプの事など誰にも話してはいけないと思っていた。
話す事でそれに関心を抱く者が現れた時、周りの人間に被害が及ぶ可能性も考えられた。それはジャンヌ・アステルがレイに対して戦争後に言った事。だが彼はこの非常時に力を発揮してしまった。
それで彼女が気を失っていれば、何かしら言い訳は出来ただろう。“幻覚”“夢”。そうした言葉で誤魔化せたかもしれない。
だがシィナは知っている。間違いなく知っている。今、レイに対して見せている全ての反応が何よりの証拠。彼女は分かっている。分かった上で、レイと話している。
「そりゃ、知ってるよ」
シィナが示指を口元に持って行く。その艶やかな動作は見る者を虜にするが、今はそれどころではないのだ。
「だって、私もレイと同じだから」
シィナの口から出た言葉は彼を更に翻弄する。“同じ”。この事が意味するのは、ただ一つ。
「同じって……まさか……?」
レイの眼が震えている。
「うん。“アドバンスドタイプ”と言う事だよ」
出来れば聞きたくなかった。そのような真実があってなるものかと、彼は思った。
シィナ・ソンブル。彼女の事が良く分からない中でレイは彼女と交際に至った。そして交際に至った翌日のデートの中で、彼はその真実に気付くのだ。
「ごめん……理解が出来ない……シィナが何を言っているのか、全然……」
「ウソツキ」
シィナがレイに近付く。朱色の眼はレイを捉える。
「そんな訳ない。理解しているに決まってる。」
「なんで!?どうしてシィナがその言葉を知ってるの!?」
「逆に聞くよ。“どうして分からないと勝手に解釈していた”の?」
質問を質問で返され、レイは困惑する。彼女がアドバンスドタイプという事が分かった。だがまるでレイの事を知っていたかのような反応を見せる。
「レイは多分答えないと思うから、私が言うね」
シィナが先に口を開いた。
「私、ずっとレイから魅力を感じるって言ってたでしょ」
「……うん」
静かに、レイは頷く。
「そう。その魅力は確かに見えないもの。勘のようなもの。だけど強烈に焼き付く、力。多分この人達のような人間には感知すら出来ない力。だってこの人達は力を持っていない人種。俗にいうオールドタイプという存在。」
銀髪をそっと掻き揚げ、レイの眼を更にじいっと見る。
「だけどレイ。キミは私のような人間からは途方もない、巨大な“感覚”を持っていた。こんな、女の子のような男の子がどうしてこんなに巨大な感覚を持っているのか、理解が出来なかった。だからこそ、興味が湧いた。」
抽象的な表現。しかしそう言わざるを得ない。眼に見えず、尚且つデータで表現出来ないものなのだ。無理もない。
「そしてキミに接触した。綺麗な顔を持っていて、その仕草の一つ一つがどこか可愛い男の子だなって印象はあった。だけど、これ程巨大な力を持っている理由が分からなかった。だからもっと知りたいと思った。仲良くなって、真相を知りたいなって思った。」
語られる事実に、レイはただ、驚愕するばかり。
「そして接していく内に、私の中で1つの仮説を立てることが出来た。それはレイが昨日言ってくれたコトが関係しているんだよ。」
言った事というのは、何か。
「それって……?」
「そう、キミがかつての戦争を生き延びたという事だよ」
どういう事か。何故アドバンスドタイプである事と壮大なあの体験が合致すると言うのか。
「レイはずっと戦争を経験した事を隠してきた。だけど私がレイと接触する事でそれを言ってくれた。そして今、レイは光を放った。それも、非常に強力な光。これ程の光はね、私じゃ発揮出来ない。だって、レイのような経験がないから。卵の殻のような、満たされない人間だから。」
「経験が、光を強くしたって事……?どう言う事なの、分からない……分からないよ……」
シィナの言っている事が分からない。理解出来ない中で更にシィナは語り続ける。
「私はね、生まれてからずっとアドバンスドタイプとして育ってきた。その事を知ったのは数年前。だけど私はレイのように戦争を生き延びたとか、そんな経験なんて全くなかった。何も知らないで育ってきたから。」
今まで語られなかったシィナの過去が、少しずつ明らかになっていく。
「だけど私はある時に死に近い経験をした事がある。その時かな、自分が光ったのは。だけど、私はそれを知って寧ろわくわくした。多分、少し違う人間なんだと思った。」
これは感性の違いなのだろうか。自らが光るという奇妙な体験をして、何故彼女は喜ぶのだろうか。
「そこから色々と調べたりした。論文を読んだり、あらゆる情報を調べた。医者に言っても全く信じて貰えなかったから。その中である情報を得たの。それが、光る仕組みとかアドバンスドタイプの遺伝の秘密とか。」
「それで、アドバンスドタイプの事を知ったと言う事……?」
「そう。そこで自分の体の中にディヴァインセルという物質が存在しているという事を知ったの。だけど、それを知ったからと言って全く満たされなかった。自分と同じ人間がいなかったし、それがどういった存在なのかも分からなかったから。ただ、その事を知っていただけ。」
そして、シィナは笑みを浮かべ始めた。
「だけどね、私はこれ程強力なアドバンスドタイプに出会えた。それがレイ。レイは特別な経験をしているアドバンスドタイプ。そこで私は思った。やはり経験がその力を増幅すると言う事に。これは運命だと思ったよ。力を持つ存在って不思議だね。こうして偶然にも居合わせる事があるんだね。今や、その人間同士のカップルが誕生しているなんて凄く素敵な事だと思うよ!」
“力を持つ存在は惹かれ合う”。レイはかつてこの言葉を聞いた事があった。
それは共に旅して来た戦艦の艦長である、エリィ・レイスの台詞だった。彼女はシンギュラルタイプという、力を持つ存在。アドバンスドタイプと比べ、戦場で多く見られる事のあった存在とされる。
「レイはその戦争を生き延びた人間だから、こうして凄い力を宿した状態で私の前に現れたという訳だね。それが、私がレイを好きになった一つの理由でもある。そして、テロリストの襲撃が改めてレイがアドバンスドタイプという事を知らしめてくれる良いきっかけとなった訳。」
それはまるで、先程までテロリストの事を恐れていた少女の反応とは思えない。寧ろその存在を有難がっているかのように見える。レイには、これが違和感に思えて仕方がなかった。彼女は一体、何を言っているのか。
「僕も、シィナに聞きたい事がある。」
「何?」
挑発するように、彼女はレイに視線を送る。
「さっきの言い方を聞くと、テロリストが襲って来たのをまるで待っていたかのような口ぶりだよ。それって、どう言う事――」
確かにそうだ。先の襲撃で恐怖していた筈のシィナ。だが今ではその事に感謝をしているようにも見える。その、彼女の本心が全く分からない。どういう事なのだろうか。
レイがその事について尋ねようとした時――
「状況の確認に当たれ!」
エレベーターの方から声が聞こえた。軍服を纏っている兵士らしき姿が6名。いずれもが銃を構えている。ちらと見えるバッジを見ると、そこには特徴的な鳩のマークが記載されている。
それは、新平和国連盟の直属の軍である平和維持隊の証明。テロ事件が勃発した事を受け、平和維持隊が動き出していたのだ。
「倒れている人間は十数名……内五名が銃を持っている……そして、立っているのは二人の……少女?」
一人の兵士が言った。やがて兵士はそのままレイの方に近付き、声を掛ける。
「大丈夫だったか?一体何があった?」
確認する兵士に対し、レイは言った。
「……はい」
そして、もう一人の兵士がシィナにも聞いた。
「無事でしたよ。ちょっと、大変でしたケド」
と、おどおどしている様子を見せるシィナ。そして、彼女はレイの耳元で静かに囁く。
「怖かったね」
その声色は、まるでこの状況を理解し、その上で弄んでいるような印象を受けた。例えるならば遊園地のホラー・アトラクションを体験した少女のような感想。それを、レイは感じていたのだった。