一連の事件はメディアで報道された。しかし、その内部の状況に関しての詳細の公開は控えられた。ただ、民間人1人が銃撃で殺害されたという事実のみが伝えられた。市民への不安を煽ってはならないと新平和国連盟が判断した為だろう。
あの後レイとシィナは事情聴取を受けたが、特に尋問などはなく、数時間後に解放される事となった。
逮捕されたテロリストの詳細はメディアで公表されなかった。強いて言えば、「過激派」とだけ言われたに過ぎない。だが何故このテロリストが民間人しかいないショッピングモールを襲撃したのか、それは全くもって分からない。無差別テロという事以外、分からないのだ。
レイとシィナはあの事件があってから学校に呼び出され、注意を受けた。その上で、口外しないように言われた。下手に不安を煽る事は避けなければならないと学校側が判断した為だろう。
今回のような無差別テロはどこで発生するか分からない。万が一それが広まり、学校がテロリストに襲われる事があっては目も当てられない事になる為だ。
レイとシィナは互いにそれに合意した。
だが、それから暫くしてシィナは学校に来なくなった。今回の件でレイはシィナに感じて疑問を持つようになった。彼女はアドバンスドタイプであると言う事。この事実は彼にとっては大きな衝撃と呼べた。
それが発覚したからなのかは不明だが、彼女の姿を学校で見る事は無くなった。レイは彼女に連絡を取る。しかし、メッセージは返ってこない。あれ程彼に関心を抱いていた筈の少女は、全く見なくなってしまったのだ。
彼女はどこで、何をしていると言うのだろうか。交際に発展した筈の関係であるシィナだが、何故学校に来なくなり、レイとも連絡が付かなくなったというのか。真相が分からない。それ故に憶測する事しか出来ない。
(どうして、あれからシィナと連絡が取れないんだろう……あの人の事が分からないまま、こうして時間を過ごすのも変な感じだ……)
彼女と過ごした時間はそれ程多いものではない。だが、レイの中に確実に印象に残っている人物の1人としてシィナは存在していた。
彼女からの申し出により、性交渉を前提とした友人関係から交際相手にまで距離を縮めた筈の彼等。なのに、その肝心な彼女がいない。理由も分からないままいなくなってしまった為、レイとしては複雑な心境になるのは至極当然だ。
しかしそれでも時間は進む。学校の講義は通常通りに行われる。1人の人間が学校に姿を見せなくなったとしてもそれは世の中には大きな影響を与えないのだ。
彼女に関心を抱くというのは、やはりレイはシィナの事を心の何処かで気にしているのだろうか。秘密を知りたがった結果、レイから二つの秘密を知った少女、シィナ。その中でレイも彼女の秘密を知った。
シィナはアドバンスドタイプ。つまり自分と同類という事。そういう事も、レイが彼女を気にしている理由の一つなのかも知れない。
だが、それ以外にも謎が多過ぎるのがシィナだ。レイに関心を抱き、肉体を交えた少女、シィナ。彼女の身勝手な行動に翻弄されたりはしたが、いざ突然へ行方も連絡先も分からないとなると、困惑するのは当然の話と呼べるだろう。
そうなってしまえば講義の内容に集中出来る筈がない。このような、中途半端な状態で連絡が取れなくなったのだ。好意を抱いている以前に何故そうなったのか、はっきりとして欲しいと思うのが人間、思うところだ。
講義を受けたり学食を食べている中で、レイはシィナの噂を聞く事がある。学生同士の信憑性もない、噂。彼女の事に対するバイアスが含まれ過ぎている、下らないとさえ思える噂。
「最近あの銀髪の人来なくなったよね」
「男の家に入り浸ってるんじゃないの?ふしだらそー」
「前に声掛けたけどスルーされて嫌になった」
「貴方達とは違うんです!って感じだよねー、お高く止まってんじゃねーっての」
「噂じゃパトロンから支援受けてたりするって話だよ」
「あり得るー。夜の仕事やってそうー」
「んで、男を見下してるんでしょ?性格悪ぅ」
「あーいう人って大概そっちだよねー」
「まー、美人の特権だよねー得だよね、ちょっと媚びたらお金貰えたりご飯連れてって貰ったりとか最強じゃん」
もしかしたらシィナは、男性に対してふしだらな印象はあるのかも知れない。テロリストとの接吻を見てしまっているが故に、レイは一瞬だがそう思ってしまった。
しかしそれを除いてもシィナの事で勝手な憶測で陰口を叩いているのは論外だ。彼女の事を本当に知らないのに、勝手に憶測上のシィナという偶像を作り出し、サンドバッグにしている。SNS上で自分の気に入らない人間や著名人に対して罵詈雑言を浴びせる人間と何ら変わらない。
レイはそれに嫌気が刺した。これが平和な日常の一部なのかとさえ、思った。自分が死に物狂いで守った日常は、彼が思っている以上に奇妙な嫉妬や悪口、噂話等で渦巻いている。正直、下らない。自分と価値が合わなくなっている。その人間を知らないのに憶測で話をして勝手に膨らましている。
レイがこの学校で仲間を作りたがらないところの一つが、こうした学生達の憶測話ばかりが流れているというところだ。本当の人を知らないのに勝手に人を悪く言っている。その光景が嫌で堪らない。そして、この状況に合わせないといけないと言うのもどこか辛い。勉強に励むべきなのに、こうした人間が目につく。嫌だとさえ、思う。
そして彼は戦争を経験している人間であり、アドバンスドタイプという人種。本当の事を話せる人間は、この場に於いては最早シィナしかいない。いつしか、レイはシィナが自分の拠り所になりつつあったのだ。アドバンスドタイプという人種だったという事は、レイの中でどこか安心を覚えたのだろう。ある種の帰属意識というやつか。
多くの事が想起され、ナイーブな心境になるレイ。すると――
「キレスじゃん」
同じ学年であり、部活動も同じノレッド・アルバがそこにはいた。恐らく部活動後なのだろう。塩素の特有の匂いが嗅覚に感じられる。
「1人で飯食べてんの?一緒に食おうぜ」
彼の事は別に嫌ではない。だが、深い関係にはなれない。ただ、それだけの関係だ。
「うん……良いよ。」
レイはどこか冷淡な様子で言った。
ノレッドはそのまま学食を平らげる。何気ない会話が彼の口から出る。世間話や学校の事。当たり障りのない話。
「つーかあのショッピングモール、暫く立ち入り禁止だってよ。調査中とかなんとか。何があったんだろうなー。」
あの時の話題が出た。レイはノレッドに合わせるように言葉を選ぶ。
「うん……そうだね。」
と、レイは返事した。
まさか自分がテロに巻き込まれた当事者など、言える筈がない。こういう時、誰か共通の仲間が欲しくなると言うものなのだろうか。
「あとさ、話変わるけどさ……」
ノレッドはどこか、視線を泳がせているように言った。
「最近、あの……シィナって人、見ないよな。キレス、何か知ってるか?」
「え……いや、分からないよ?」
一緒にいる所を見られている為、聞いたのだろう。そう言えば以前もノレッドはシィナの事について聞いてきた。
恐らく彼はシィナに関心があるのだろうと、レイは思った。とはいえ、実はシィナと交際している仲と、言える筈がないが。
「そっかー。そうかー」
明らかに挙動不審な印象を持つ。ノレッドはシィナに関心……それも、好意を抱いているのではないかと、レイは察した。
「あのさ……キレス。今日講義の後時間あるか?」
「え?う、うん。」
「じゃあ、ピロティーで待ってるわ」
この学校の一部分はピロティーと呼ばれる広場があり、そこは学生達の集まりの場として存在している。何故そこにわざわざ呼び出されるのかは分からないが、シィナの存在が分からない以上はノレッドの話でも聞こうかと、レイは思っていた。