シィナ・ソンブルはアドバンスドタイプだ。それはレイが持つ力と同じ力。本来ならば戦争行為に於いて力を発揮する人種。他者を凌駕する空間認識能力に、特化した自己治癒能力。そして、生命の危機に瀕した時には碧色の光を放つ存在。
常人を超えたその存在は都市伝説の噂程度でしか知り得ない存在。誰に話しても嘘偽りと呼ばれる存在。だが一部の人間はこれを研究していた。レイをアドバンスドタイプに仕立て上げた医学博士の男がこれに該当する。
男の目的はアドバンスドタイプを量産し、やがては彼の祖国である、デウス帝国の戦力の為にこうした人間を増やしていくと言う野望があった。レイは元々特別な力を持たない両親の下で生まれたのだが、新生児の時に男によってディヴァインセルを移植され、どう言う訳かこれを受け入れた。それによって生じた、言わば突然変異のアドバンスドタイプである。
彼の経緯は複雑なものではあるが、レイとシィナは互いに同じ人種である事を認識した。しかしそれが分かったのは、レイがシィナと交際してからの事であった。
何故レイは今、彼女の事が気になっているのだろう。いや、交際相手ならば気になるのは当然だろうか。その、交際相手がアドバンスドタイプであるという事実が判明した事はレイにとってよ更なる関心を抱かせるのに時間を要さなかった。
更にはシィナはあの事件の後で学校にも登校しなかった。そして、レイとも連絡が取れなかった。その事も含め、心配になるのは当然だろう。結果的に彼女は学校に現れた。それも、レイが同級生のノレッドの告白をされているという絶妙なタイミングで銀髪の美少女は姿を見せたのである。
そして、少女は自分の家にレイを招いた。今日はその日だ。彼女から位置情報をメッセージで送って貰い、バイクの目的地をそこに指定する。
彼女の家に行くのは初めてだ。交際しているとは言え実際に彼女が住んでいる家に行くのはどこか緊張するものがある。
そもそもレイはシィナの家族構成を知らない。一人暮らしなのか、家族と同棲しているのかも分からない。その中でバイクを走らせるのはやはり不安の割合の方が大きい。
彼女の事をよく知らない中で彼等は交際に至っている状態。デートも数回しかしていない。彼等は、性交渉から発展した仲という奇妙な関係。
シィナはレイに好意を抱いているが、それもどこか一方通行な印象を待つ恋だ。美少女に言い寄られるのは一見すれば羨ましい状況に見えるが、相手の素性が分からない上でのアプローチはレイとしても困惑するのは至極当然と言える。
やがてレイは丘の上にある、一軒家に辿り着く。彼女が言うにはそこが自宅とのこと。
住宅地に点在している居宅よりも敷地が広い印象を持つ、二階建ての家。彼女は恐らくここで家族と暮らしているのだろうかとレイは考える。1人で住むには余りにも広いと思った為だ。シィナはアドバンスドタイプという事を除けば女子学生。彼女が一人暮らしをしているとは思えない。
それと同時に様々な事も考える。これ程の敷地の家ならば親は厳格な性格なのかも知れないとか、門限とか厳しいのではないか……等。もし以前にレイの家に泊まった時の事を考えると、彼女は親に反抗して家を出たかったのではないか……と、彼は思ったりもした。
レイはバイクを止め、そのまま丘を上る。家のインターホンを押し、シィナの所在を確認する。
『入ってきて下さい、どうぞ』
女性の声が聞こえた。シィナの声ではないのは確かだ。母親かと思われたが、それも違和感がある。何故なら、若い女性の声が聞こえたからだ。
彼女の声を聞き、レイは扉を開ける。鉄製の凝った造りをしている扉は、その家の大きさや異質さを物語る入り口としては十分な役割を果たしている。
「おじゃまします……」
と、小さな声を出し、レイは中に入っていく。この中にシィナ・ソンブルがいる。彼女の秘密が、少しでも分かるかもしれない。
***
家の中に入った時、レイは周りをキョロキョロと見回す。外見のような印象は受けない、上り框や靴箱等が用意されている、至ってシンプルな構造の玄関。
だが、レイは違和感を覚えていた。何故ならば出迎える人間がいないと思った為である。
そこにシィナの姿がなかった。それと、インターホン越しに聞こえた若い女性の声も聞こえない。この、妙な静けさが気になって仕方がないのだ。
「何だろう、どうして誰もいないのかな……?」
違和感を覚えるレイ。すると――
「レイ・キレス様ですね」
「うわあ!」
背後から聞こえた若い女性の声に思わず反応する。
その女性はシィナと同い年か少し上か。紫色のローブのような衣服を纏っている。丁寧な印象を持つが、どこか暗い印象も持つ。
朱色のロングヘアー、どこか遠い目をしている、その少女。まるで表情に抑揚がない。
「あ、あの……貴方は?」
「私はミリナ・エインスと申します。シィナ様の従者を務めさせて頂いております。」
シィナの事を、“様”と呼んだ。この事から、おそらくシィナは資産家か富豪の娘なのかと想像する、レイ。
「従者の……方ですか?」
「はい」
淡々とした印象を、レイは受けた。
「こちらへ」
すると、そのままミリナと名乗る女性はレイを誘導する。彼はこのような経験は初めてであり、どこか、違和感を覚えていたのだった。
やがてレイはミリナに連れられて階段を上がり、廊下を移動する。長い印象を持つ廊下。その間、何の生活音も聞こえない。本当に人が住んでいるのかとさえ思える程に妙な感覚。この家にシィナは住んでいるのは、間違いないのだろうがやはり違和感しか覚えないのだ。
そして、ミリナは何も喋らない。何かを喋ろうかと考えるが、レイは敢えて黙った。相手が分からない以上、迂闊な事は言えないと思った為である。
「どうぞ」
やがて2人は一つの部屋の前に着いた。恐らく部屋の中にシィナは居る。だが、何故わざわざ従者の女性に案内をさせるのだろう?彼女の意図が全く読めない。
「あ、ありがとうございます」
レイが静かに頭を下げると、ミリナも同じく頭を下げた。すると――
「レイ!」
突如扉が開いた。それと同時にミニスカート姿のシィナが満面の笑みを浮かべ、レイに抱擁する。余りに突然の出来事に彼は動揺している。
「し、シィナ!?」
「レイが来てくれた!私の家に!嬉しい!嬉しいの!!!」
いつになく激しい抱擁。目の前でミリナが見ているのにも関わらず、更にシィナはレイの口唇に対して柔い接吻を行ったりする。
「ちょっと……!この人が見てるのに!?」
「ミリナは良いの!彼女は平気だから!さあ、部屋に来て!ミリナ、案内ありがとう!」
寡黙なミリナと違い、シィナは明るい。そして、半ば強引にレイを部屋に招く。彼の腕を引っ張り、部屋に入れるのだ。
「ごゆっくり」
ミリナの淡々とした声が僅かばかり聞こえた。と、同時にレイの視界からミリナの姿が消えた。瞬く間に視界が変化したのである。