氷河族のボスと呼ばれる人物は姿を公に見せず、組織の中でも特に信用している人間にしかその姿を見せないとされている人物である。その卓越した頭脳を活かして多くの人間を動かし、反社会活動をはじめとしたあらゆる活動を行ってきた。
全ての元締めとも呼べる存在。それがボス。シィナはその娘だという、衝撃の事実。レイはただ、この事実に困惑するばかりだ。
「なんで……どうして!?シィナがそんな、そんなの、おかしい!」
「おかしくなんてないよ。お父さんが氷河族の元締めだったってだけの話だよ。」
シィナの眼がレイを見つめる。美しい容姿をしているシィナだが、彼女の秘密を知ってしまったレイの身体は震えている。恐怖さえ感じている。
「人間の出生なんてそれぞれだよ。そこから確かに格差はあったりする。どこの地で生まれたのか、誰から生まれたのか。周囲の環境とかもそう。恵まれたのか、そうでもないのか。優しい親か、毒親か。時代も関係しているかな。結局は運が絡むところが多いんだ。」
淡々と語る、シィナ。
「ねえ、レイ。どうして震えてるの?私が怖いと感じたの?氷河族のボスの娘って分かったから、それが怖いの?」
恐怖はある。反社会組織の娘と知ってしまった以上、それに怖さを感じない筈がない。
偏見という見方もあるかも知れないが、今はそれどころではなのだ。
「そっか、受け入れられないんだね。だけど大丈夫。これから、少しずつ受け入れていけば良いんだよ。最初は怖いって思っていても理解していけば怖くなんてなくなるからね。」
シィナの言葉は優しさを含んでいる。しかし彼女の真実を知ったレイにとっては優しさを感じる事など、ない。
「ダメだよ、レイ。私達は付き合っているのにそんな風に震えないで。怖がらないで。大丈夫だから」
「……!」
そうは言うが彼女の言葉を聞いて戸惑うのは当然だ。
「シィナが氷河族のボスの娘……そんな、そんなのって……!」
シィナの事を知ってしまい、レイはどう対応すれば分からないで困惑している。その時――
「レイ、酷いよ……何の為にレイとキスをしたのか分からない。セックスだってした仲で、恋人同士なのにその反応は酷い……互いに秘密を知っていけた事は……とてもね、良い事なのに……」
突如、シィナは目元から涙を流し始めた。氷河族のボスの娘という立場の人間が流す涙。
それは何を示しているのか分からない。しかし、シィナの涙は例の感情を変える力を持っていた。先程感じた恐怖に似た感情は次第に変化をしていく。
「泣いてるの……?」
「レイにそんな顔をされるの、嫌だから……せっかく秘密を喋って、それを嫌がるなんて、酷いよ……うぅ……!」
更にシィナは涙を流す。止まらない、涙。目元を手で覆い、本格的に泣き始めたのだ。
これを見て、レイはどうするべきか。彼女の為に行動するべきという感情以外に何があろうか。あくまでもシィナとは恋仲である以上、レイとて行動すべき事がある筈だ。彼なりに考える。
今は、1人の少女としてシィナを見なければならないと、考えるのだ。
「ごめん……僕……」
と言いながらレイはシィナを抱擁する。ぎこちない様子で、レイから抱擁したのだ。
よく、レイは女性の方から抱擁されていた。それからレイの容姿故にリードされる事が多かった。今回は、彼なりに考えた結果での行動なのである。
「嬉しい……レイから抱き締めてくれるなんて……」
シィナは嬉しそうに喋る。涙は止まり、笑みが溢れている。
「そうだよね……シィナはシィナだ……関係なんてない筈なんだ……」
「うん……そうだよ……その言葉、待ってたんだよ……」
「僕、考え直すよ……そうだ、関係ないのにこんなの、よくないから……」
「良かったよ……これで、レイと一緒に過ごせるよ……ずっと、ずっと……永遠に」
「永遠……え……?」
レイは自らの耳を疑った。今、彼女は何と言ったのだろうか?
「そのままの意味だよ。ここで、一緒に暮らすんだよ。私と、永遠にね。」
「え……?」
「レイ、これからずっと愛し合おうよ……ね?」
「な……に……え……?」
レイは突如、全身に違和感を覚えた。特に四肢の動きが次第に重くなるのを、感じていた。
これはまるで彼があの壮大な体験の中で感じた時のようだ。その時で彼は身動きが取れなくなり、敵に我が物のように振る舞われた過去があった。そして、彼は光を初めて放った。
今も同じ状態に陥っている。恐らく……いや、確実にシィナはレイに対して何らかの薬を移した。それも、彼女の舌を使って。
先の柔く、それでいて暖かな感触の中でレイは思い出した。間違いない、シィナは薬を含ませ、そしてレイに与えたのだ。
「ああっ……こんなの……!うあっ……!」
重く、怠い。姿勢が保てない。レイはそのまま膝から床に崩れる。姿勢を変えようにも、身体が言う事を聞かない。
「ごめんね、レイ。だけど安心して。その薬の効果は一時的なものだよ。手術とかで使われる、ごく微量の筋弛緩薬。持ち出しは禁止って言われてるけど私の立場ならこんな事だって出来るんだ」
と、言いながらシィナはレイの身体を背臥位姿勢に戻し、起こしていく。そのまま彼の肩を持ち、ベッドに運んでいく。
四肢の随意的な動きが取れない状態で、レイは僅かに動く口を開け、シィナに言った。
「どうして……こんな事をするの……?」
苦しい様子でレイは言う。
「レイの全てを見たいし、これからも一緒に居たいと思うからだよ。私達はこれからこの家で暮らせば良いの。お金も困らないし、身の回りはミリナがやってくれるよ。」
それは余りに身勝手だ。一緒にいたいから、この家で暮らさせるというのは自分勝手すぎる。そこに愛情などない。歪んでいる。歪んだ愛情と言うべきか。
レイはそれを望んでいない。なのに、彼女は強引に一緒に住もうと提案する。その事自体があり得ない事だ。
「やめ……てよ……こんなの……」
いつしかベッドに運ばれたレイは、身動きが思うように動けない中でシィナに懇願する。
だがその時、シィナはレイの白く細い右示指を見て、突如口唇でそれを覆い始めたのだ。
「はむっ」
こそばゆい感触がレイを包む。突然の事に驚愕するレイだが、それを抵抗する事が出来ない。
「あっ……!?」
シィナはレイの指を口に含み、もごもごと動かす。この行為に何の意味が何かは不明だ。舌を絡ませるどこか官能的な動きは身動きが取れないレイにとってはより刺激となり得るのだが――
「ああああッ!」
すると、シィナはレイの指に対して歯を立て始めた。八重歯の部分を思いきり噛む。痛みの余り手を放したいと思うのだが、それが出来ない。
何故ならば、彼の四肢は力が抜けてしまっていて思うように動かせないからだ。間違いなく、指からは出血している。シィナはレイの指を噛み、血を流させた。更に、あろう事か彼女はその血を飲んでいる。そのまま口から指を離し、まるでレイに見せ付けるかの如く喉を鳴らしている。彼の血を、飲んでいるのだ。
「フフ……甘い。レイがアドバンスドタイプである証の一つだね。」
血を飲むという行為を、彼女は平気で行う。まるで、レイを挑発するかの如く。
「ケド大丈夫だよ。アドバンスドタイプならすぐに傷は癒えるから。私だって同じだから……」
すると、シィナは自らの左示指を咥え、そのまま歯を立てた。自ら傷を付け、血を出したのである。
「ンぅっ……!」
僅かに滴る血液が床に落ちる。すると、そのまま彼女はレイの口に指を運び始めたのだ。
「む……ン……!?」
身動きが取れないまま、シィナの指を舐めさせられるレイ。妙な構図に戸惑う事しか出来ない。
だがこの混乱の中で、一つ確実に分かった事がある。それは彼女の血液の甘さだ。突然の指の侵入に対して抵抗が出来なかったレイは思わずシィナの血を飲んでしまう。この時に感じた甘さは紛れもなく、彼女が特別な力を持っている証の一つとして成り立っているのだ。
(やっぱり……シィナはアドバンスドタイプ……)
彼女の言葉だけでは不明な部分も多かったが、実際に行動に移されて理解が出来た。
それは恐らく、互いに交際しているが故の愛情表現のつもりなのだろう。最も、これが愛情と呼べるのかは甚だ疑問ではあるが。
「お互いの血、舐めたね。甘かったでしょ?私もレイと同じ力を持つ人間っていう証明なんだよ」
と言いながらシィナは指を引く。レイの口から出た唾液が糸を引いている。
確かに、分かった。それは良い事かも知れない。だがこの状況では素直に喜べるとは言えないのだ。