互いに裸の姿でベッド上にいる状態。レイの眼はシィナを見てはいるが、どこか虚ろだ。
何故ならば、今レイは学校に通う事が出来ていないからである。この1週間、レイは外に出る事すら出来ていない。いや、正確には彼女を置いて外に出られないと言うべきか。その間、毎日のように彼等は行為を続けているのだという。
シィナの真実を知り、彼女はレイを我が物にはしている。その傍らでレイは彼女の事をより一層意識するようになってしまった。
シィナのアプローチは過激であり、危険に思える。実際、レイはコーヒーに睡眠薬を入れられた上に筋弛緩薬まで入れられている。普通に考えれば恐怖を抱くのが当たり前だろう。しかし、何故だろう。シィナの側を離れなければという意識は、いつしかなくなっていたのである。
「レイは私の事を好きになってくれてるんだね」
隣にいたシィナが言った。いつもの、朱色の眼。その様子は演技をしていないようにも見える。
「私はレイの事を監禁なんてしてない。いつでもここは出られるし、出入りも自由。なのにレイはここに居る。それって、私の事をホントに好きだって証拠だよね。さっきシてる時も好きって言ってくれてたものね。」
「……うん……僕は……シィナが好きだよ……」
それは、シィナ・ソンブルという闇が作り出した誘惑にレイが嵌ってしまった事の、何よりの証であった。
「レイ、私はレイの為にお金だって稼ぐよ。そして一緒に愛し合える。私は今、満ちているの。こんな可愛くて逞しくて、素敵な子と一緒に過ごせるのが、とても愛おしいの。」
シィナに好かれるのは嬉しい。しかし彼女のアプローチは余りに危険だ。彼女の金の稼ぎ方は反社会組織を動員する方法。それを使っての金稼ぎ。
先日のテロリスト襲撃もシィナの仕業。つまり、彼女がその気になれば何らかの事件を起こし、そうした所から金銭を得るという仕組みが出来る。
それはやっては行けない。彼女の事は好きではあるが、明らかに間違っている。
「だけど……シィナは明らかに悪質な事をしてるよ……そんな風にお金を稼ぐのは良くない……シィナのような人が、そんな……」
彼なりのフォローを入れる。だが、シィナは――
「それを決めるのは、誰?」
と、とぼけるように言った。
「誰って……」
「そう、レイはこれに答えを出せていない。何故ならば誰にも咎められないし、世論が味方をするからだよ。」
シィナの持論が展開されていく。彼女なりの哲学が、再び。
「世の中がダブルスタンダードで出来てるって言ったでしょ。その結果不幸になっている人がいる。だからこそ、私はそれを利用した上でビジネスを行うの。世に不満を持っている人を、氷河族と言うブランドを使って動かせば良いの。顔がなくても成り立つビジネス。お父さんも多分そうやってきたんだと思う。」
その結果が先日のテロリスト襲撃である。彼等はシィナによって雇われた存在。連行されても氷河族が裏にいるという事実がある以上、彼等がシィナの事をリークする事はないのだ。
「そして、私はそれを咎められる事は無い。何故ならば氷河族のボスの娘だから。その立場でSNSを通じて世に不満を持ってる人とか、金が欲しい人を募るの。そして、インセンティブを得る。これが私のビジネスなんだよ。これだって発覚する事はない。政府にお金を払えば、それすらも揉み消せる。平和戦争以前から氷河族はそうして来たからね。」
氷河族は地球圏を統一している勢力を始めとした組織に金銭を払い、その活動を黙認させている。故に被害者は減らない。組織の存在は絶対となっているのだ。
「シィナはそれに対して罪悪感とかないの……?お金を払えば何でも許されるなんて、間違ってる……」
レイの意見。だが、その言葉もどこか弱々しい。
「お金さえあれば大半の事は許されるよ。幾ら倫理的に問題がある行為とかしたとしても、旧世紀のある国では税を納める事でそれを揉み消すケースだってあったんだって。まあ、表向きは税としても所謂裏金だよ。」
自分と交際している相手の正体が氷河族のボスの娘であり、その立場を利用してビジネスを繰り返している。元の資産も去る事ながら、彼女のビジネスは巨万の富を築くのに十分と言えた。そして、彼女は自らも力を持っている。
ある意味、シィナは無敵とも言えた。彼女を敵に回すのは危険極まりないのだ。
「レイが私の事を仮にリークしたとしても無駄だよ。そんなものはすぐに揉み消しちゃう。」
レイは自分の背筋に、何か寒気のようなものを感じた。
「それって……僕を消すって事?」
レイの言葉に対し、シィナは微笑する。
「クスッ……そんな事は絶対にしないよ。」
この笑みの裏には怖さがある。レイは彼女の言葉を聞いて少しばかり安心した様子だった。
シィナは反社会行動を動かして得た金で人を従わせている。その行動は、彼女の父親である氷河族のボスと変わらない。レイが関係を持ってしまった人間は、これ程に恐ろしく、闇が深い人間。なのに性交渉をしているという妙な関係。
そして、それはレイという少年を虜にしてしまっている。シィナもレイを好きになっている。一見すれば相思相愛の関係。側から見れば幸せに見える関係。
しかしレイは違和感を覚えている。その上でシィナと交際している。その違和感の正体は、彼女の奔放な性格ではなく、氷河族のボスの娘という立場と、それを利用しての反社会行動を行なっているという事。それが大きく関係しているのだ。
「私の事を一杯知ったレイは、もう私の事を愛する以外に選択肢はないんだよ。その上でお金だって入る。そして、私と交われる。いくら戦争が終わって表向きは平和とされてるけど、実際はまだまだ狂ってる世の中で、レイは今、しがらみから解放されている天国にいる気持ちでいると良いんだよ……」
人間の幸福とは何か。レイは別に金銭に恵まれたいとかそういった感情は持ち合わせていない。あくまでもごく普通の生活を送る事が出来ればそれで良いという人間。多くは望まない。
だが現実は彼を非日常に追い遣った。それが去年まで経験してきた壮大な体験。それからは、どこか退屈ではあるが普遍的な日常を過ごす事が出来ていた。
しかしシィナと出会って彼は予想外の闇に囚われてしまっていた。レイに好意を抱く少女。彼と交わり、やがて交際に至る。
少女は恐らく大多数の人間が羨むものを全て持っていた。反社会組織のボスの娘いう立場で、界隈では恐れられる存在であり、金銭にも困っていない。彼女に何らかの捜査の手が及ぶ事はない。そして、誰もが羨み、時に嫉妬さえ抱く事のある美貌。その少女に好かれ、性交渉をする関係を経て交際する関係となったレイ。
それはある意味完璧と呼べる人間との交際と言えた。彼女の性格に於いて欠点と強いて言うならば、レイに対する独占欲が強いというところか。
シィナはレイの秘密を知っていった。そしてレイはシィナの秘密を知る。その秘密の内容が彼にとって驚愕の事実だったのだ。
アドバンスドタイプである事と、氷河族のボスの娘。これらが合わさった、明らかに非日常的な人間。それがシィナ・ソンブルなのである。
(確かに僕は地獄のような経験はしてる。だけど、どうしてこれ程にシィナの事が気になってしまうんだろうか……)
それが、不思議でならない。あの壮大な体験を経験しているレイにとって、シィナの存在は危険な存在と言える筈なのに、彼女の虜になりつつある。危険な行動をしているシィナを、本来ならば止めなければならないのに。
それは、もしかすれば同族という事が関係しているのかも知れない。アドバンスドタイプと呼ばれる人種。本来ならば滅多に見られない存在。だがシィナはそれに該当する人間。その人種。
それは、どこかうだつが上がらず、どこか平穏で本心を言える友がいないレイにとってはある意味僥倖と呼べる存在なのかも知れないのだ。