するとその時、レイのEフォンの着信音が鳴った。誰からの着信なのかは、シィナが情報を消してしまって為に分からない。つまり、相手を確認する為には手当たり次第電話に出るしかないのだ。
それを手に取り、レイは電話をする。そして、静かに口を開けるのだ。
「もしもし?」
その次に、聞き覚えのある声が聞こえて来た。
『レイ!最近連絡なかったから連絡してみたよ。』
その声は、間違いない。幼馴染のリルムだ。シィナと知り合って以来、Eフォンでの会話をしていなかったレイはこの声がどこか懐かしく感じられたのだ。
『今は、家にいるの?』
リルムからの何気ない会話。しかしシィナ以外の人間と喋る事の懐かしさを感じている。
だが、今彼がいるのはシィナの家だ。故に言葉がに躊躇いが生じる。
「うん……まあ、ね。」
『じゃあ、モニター映して良い?何となくレイの姿を見たくなったから!』
「えっ!?」
リルムからの提案はレイを困惑させた。
無理もない。自分の今の姿を見せる訳には行かないからだ。何故ならば、今の自分の姿は裸であり、尚且つシィナと一緒にいるという状況の為である。
どうすれば良いかと躊躇うレイだが、すぐにEフォンの画面にリルムの姿が映し出された。この時、レイは幸いにも顔のみが画面に映っている状態であった為に彼女から妙に思われる事はなかった。
『なんか、久し振りだね!私も学校が忙しくてなかなか連絡出来てなくて!そっちは順調?』
「う、うん……順調だよ。なんとか……ね。」
順調とは言えない。何故ならば、レイは今シィナ・ソンブルという名の闇に囚われてしまっているのだから。
だが、シィナの存在を意識しているのは間違いない。今のレイは、シィナによって生活は保たれている、異常な状態なのだ。
『なんか、元気がないみたいだけど……大丈夫?風邪?』
レイはすぐに表情に出やすい。それは彼の性格上の話だ。リルムはそれを知っている。故にすぐに聞く事が出来るのだ。
「な、なんでもないよ!ごめん、僕も課題があって忙しくて!ごめん!また今度!」
と言って、レイは電話を切ってしまったのである。
今の状況をリルムに見られるのはまずい。もし見られてしまえば彼女との関係は終わってしまう。
シィナに魅入られてから彼は過去の誰とも連絡が取れない状態だった。そのつ数少ない過去の繋がりの一つがリルムである。様々な経験をして来た人間の1人、リルム。それすら、今の状況によって転覆されかねないのだ。
「レイの幼馴染の子だよね」
シィナの眼がレイを見て言った。
「……うん」
レイが静かに頷く。
「もう、レイは過去に戻らなくて、私という未来に生きてるのにまだ連絡を取るんだ」
シィナの目付きが変わったように思えた。それはまるで、レイに対する感情を露わにしているかのよう。
「連絡って……向こうから掛かってきたらそれは登録するって約束でしょ……?」
どこか怖さを感じるレイだが、シィナには意見をする。
だがその時、シィナは突如レイの首筋に対して爪を立て始めた。爪の力は強く、皮膚に食い込む。突然の出来事にレイは驚愕し、痛みを訴えた。
「あぁッ!?」
その勢いは強い。まるでレイに対する嫉妬を剥き出しにしているかのようだ。
「レイは私だけ見ていれば良いのに、良くないよ。何の為に連絡先を消したのか分からなくなる。」
淡々と述べるシィナだが、表情に笑顔がない。そのまま勢い付けて爪を食い込ませる。
既にそこからは血が出ている。それはシィナの静かな怒りを表している他ならないのだ。
「やめ……てぇ……!ああッ!」
「アハハ。レイってどうしてそんなに可愛く声を上げるの?まるで演技をしてるみたい。女優か、声優さんだね」
少女の甲高い声すらも、眼は明らかに笑っているように見えない。その様子が、恐ろしく感じられるのだ。
レイはかつての戦争を生き延びた少年。しかし日常に於いて経験のない出来事は、その壮大な経験も役に立つとは言えないのだ。
それは何故か。一つはレイの優しさが影響している。彼は常に何かを守る為に戦って来た。それ故の強さがあった。
もう一つはシィナという少女とある意味の相思相愛関係が影響していた。彼女は独占欲が強い人間だが、一方で彼女の事が気になってしまっている。それ故の人間関係。それは、この平和になった時代に於いて過去の壮大な出来事は役に立たないのだ。
「ホントにレイは可愛い。そんな、過去の体験をしているとは思えない程に。」
シィナは爪を立てるのを止めた。食い込んだ皮膚には血の色が生々しく彩られている。
「だけどね、私に嫉妬させたのは良くないよ。私とレイの家族だけの人間関係で良い筈なの。だから連絡先も全部消したのに、まだ過去に拘るの?」
彼女に人間関係を勝手に整理される覚えはない。そして、レイの言葉を無視し、彼女はレイを独占しようとしている。シィナは余りに身勝手だ。
今回も、リルムからの着信なのにそれすら彼女は怒る。そして、レイを翻弄し、傷を付ける。彼女の独占欲は底知れない。まさに闇そのもの。
「でも、レイを傷付けてしまったのは良くないな……。綺麗な身体を傷付けるなんて、勢いって怖いね。ごめんね、レイ。」
シィナは突然レイに謝り、優しく傷口に触れた。この態度の豹変ぶりも、違和感しか生まない。
更にシィナはレイの傷口を舐めるような仕草をする。まるで猫が舌を使い、毛繕いをするかのように。その感触と痛みが同時に伝わり、レイは
「ひゃあぅぅ!?」
と声を上げてしまうのだ。
このような嬌声がシィナの嗜虐心を揺さぶる。レイ自身、わざとそのような声を出している訳ではない。なのに、相手にとってはそれが愛らしく感じてしまうという。その事が時に嫌に感じる時があるのだ。
「やっぱり、甘い」
シィナの感想が出た。
「シィナ……こんなの、良くないよ……」
レイの意見が出た。弱々しい様子ではあるが、彼は言葉を発する。
シィナのやり方は肯定できるものではない。レイを我が物とし、彼の交友関係にも制限を掛け、自分1人が愛せればそれで良いという解釈。レイは、シィナのそれが嫌に感じているのだ。
「おかしくなんてないよ。大好きな人を独占したいのは普通だよ。そこで別の人間に連絡なんて取られたら嫉妬しちゃう。傷付けたいって思っちゃう。けど傷付けるのはやっぱり良くないよね。なんだろう、この矛盾した感情って。」
彼女はレイを独占している。しかし、レイはこの独占欲の果てない彼女をどうにかしなければならないと思っていた。
その一方で、彼の心は彼女の虜となってしまっている。最早これは蟻地獄と言っても過言ではない。殻の中の闇。それは抜け出せない蟻地獄と呼べるものなのだろうか。