講義を受け、学生達はそれぞれの目的の為に移動する。90分間の講義は長いようで短い。欠伸をし、うんと伸ばす人間が大半だった。
レイはコンピュータを片付け、学食に向かう。時刻は昼の12時半。空腹がピークになる頃だ。
彼には目標があってこの学校に留学してきた。だが、卒業までの日々と言うのは、余りに長い。それ故にどこか、退屈に感じてしまう所もあるのだ。多忙の中の退屈といった所か。
その度にレイは過去を思い出してしまう。それをしたところで、何も変わらないというのに。
「ふぅ」
一人レイは溜息を吐き、学食のサンドイッチを購入した。その後学生達がにぎやかにしている中、空いている席に座り、Eフォンを見ながらサンドイッチを口に入れる。
卵とトマトが入っている、オードソックスなその組み合わせは彼の舌を酸味とまろやかさで包み込み、喉を通していく。この味に不満は無い。特別な異常を感じない。美味とさえ、感じる。
レイはアドバンスドタイプの力を持っている人間であれど、その五感は恐らく常人と変わりないものだと思っている。彼は紛れもなく、人間だ。こうして学生生活を送る事が出来るのも、平和があるからこそ。この平和があるから、皆がこうして時間を謳歌出来る。それに過剰な見返りは求めない。そう、それで良いのだ――
「隣、良いかな?」
その時、レイは声を掛けられた。甲高く、愛らしい印象を持つその声に反応したレイはすぐに視線をその方向にやる。
そこに居たのは少女だった。銀色のロングヘアーで、朱色の眼をしている。豊満と呼べる胸元に、男を誘うかの如くの程よく割れた腹筋に、臍。どこかタイトな黒いスキニーを着用している。紛れもない、美少女と呼べる存在。所見で分かる、色香漂うその少女。
レイは不思議な感触に包まれた。これは彼が力を持っているからという訳ではないと思う。恐らく、声を掛けて来たこの少女の存在に何か、魅力を感じたのだろう。この感覚は、彼が生きてきた中で初めての感覚だった。
「あ……えと……はい。」
どこか緊張している様子のレイはその、青い眼をすぐにサンドイッチの方にやった。
直後に少女は席に座る。長い髪を細い指で捲し上げ、流し目をレイにするのだ。
「奇麗だね……」
「え?」
レイはこの言葉に、反応した。
「君の、顔。男の子は思えない程に綺麗。」
彼女とは初対面だ。なのに、彼の事を“男”と見破った。普段から少女に間違えられるレイにとって、これは僥倖であり、喜ぶべき事と言える。
「あ、ありがとう……ございます。」
目のやり場に困るレイ。初対面の少女に突然褒められたのだ。男として嬉しくない訳がない。彼女のその美貌はレイにとっては紛れもなく、“好み”と呼べた。
「そんな、謙遜しなくても良いよ。気軽に接してくれて良いよ。」
少女は笑みを浮かべる。それもどこか、魅力に感じられてしまう。
「ま、強いて言えば歳は君より一個上のお姉さんではあるけれども。」
「え、どうして僕の歳、分かるんですか?」
何故かレイの歳を知っている、この少女。この学校は皆が私服であり、学年を決める制服などはない。その上で個人情報のセキュリティも強固なものとなっている。身分証明書としての生徒手帳もEフォンデバイスに搭載されているのみであり、学校側しか学生の個人情報の把握が出来ていないようになっている。情報漏洩防止や、国籍や人種の偏見、差別問題に配慮したやり方と呼べる。
それ故に個人間のやり取りは、個人に任せている仕組みだ。故に、初対面の人間の歳など調べたりしない限りは分かる筈がない。
なのに、彼女はレイの歳を理解している様子で振る舞う。何故なのか。
「さあ。なんででしょう。」
少女の振る舞いは初対面の人間に対する態度に見えなかった。何故か柔らかく、それでいて手慣れているような感覚。人生の先輩のつもりなのだろうか。
「けど、躊躇う顔もホントに女の子みたいだね、君。」
少女は笑みを浮かべ、言った。麗しい少女が見せる笑顔はまたしても魅力に感じられる。
「えと……その……僕、よく女の子に間違えられるから……この顔は父さんと母さんが残してくれた大切な顔だから、それを否定する訳じゃないけれど。」
顔の話は話題として広げ辛い。とりあえず自分の両親に感謝する様子を見せるレイ。
「容姿が良い事は得だよ。男の子でも、女の子でもそれは同じ。」
銀髪の少女が微笑する。
「男が容姿を褒められるって、やっぱり変な感じだ……僕が本当に女の子ならそれは嬉しい事なんだろうけど。」
「前にも言われた事があるような言い方だね。」
「まあ……うん」
事実だ。過去にレイが壮大な経験をしている中で出会った、とある一人の人間にその容姿を褒められた事がある。歳上の少女。勝気で彼の事を奴隷という扱いをした妙な関係ではあるが、恐らくレイに好意を抱いていたのではないかとされる少女。
彼女も、今何をしているのか。確か、人型兵器とかの整備士をやっていた。今も続けているのか?
ふと思い出したか一時を振り返りつつも、そして、もう一つのサンドイッチを取ろうとした時――
「ああ、そう言えば、私お腹空いてるんだった。」
まるで思い出したかのようにその台詞を吐く少女。空腹だから学食に来て、今から食事を摂るのではないのかと、レイは疑問を抱く。
しかしレイはそれを敢えて言わず、サンドイッチを取ろうとする手を止め、言った。
「じゃあ……食べる?」
「え、良いの?ありがとう!」
彼の購入したものではあるが、レイは少女に譲った。これだけ見れば、まるで少女は乞食のように見える。とはいえ相手の容姿は麗しい。それだけでも許せてしまう自分がどこか、情けないような気さえしてしまう、レイ。
少女はその、白く細い指でサンドイッチを手に取る。卵とトマトが挟まっているそれを口元に運び、小さな口を開いて食べる。食べ方も綺麗な印象を、レイは受けた。
「美味しい。君も、同じ味を感じているんだよね。」
「え?あ……うん、多分。」
突然の言葉にレイは僅かばかりたじろぐ。今の台詞は何を示しているのか。同じサンドイッチを食べているのだから、当然と言えば当然だろう。
それから数十秒後。彼女はそれを食べ終えた。口元には卵の白身やトマトの粒も一切残さず、その美貌を保ったままレイの方を見るのだ。
「ご馳走様。そうだ。私も学食、注文しに行こ。ちょっと待ってて。」
サンドイッチだけでは足りなかったのだろうか、少女は席を立ち、その場を去った。荷物を、残したまま。残されたレイは、サンドイッチを入れていた容器を見て呆然とするばかり。
3分程度して少女は戻って来た。彼女はローストチキンの入ったサラダをお盆に乗せて戻って来た。彼女は健康志向なのかと、レイは思う。
「さっきのお礼。食べて良いよ。」
「え?あ……うん。」
と言いながらローストチキンをフォークに刺し、そのままレイの口元に運ぶ、少女。
「じ、自分で食べるよ!そんな事、しなくても!」
まるで恋人同士が食べさせるような形で少女はチキンをレイにやる。それが、妙でならない。初対面の筈なのに、どこか距離感が近いのだ。
「あの子達仲良いねー」
「レズカップル?」
「友達同士って感じにも見えるし、違うようにも見えるな」
「友達同士にしては親密過ぎじゃね?」
「てか、どっちも可愛いし、綺麗……」
「姉妹?顔は似てないけれど」
ひそひそと話し声が聞こえる。レイはこれが恥ずかしく感じられた。そして、自分が少女に間違えられているのを僅かに感じていた。
「良いじゃない。サンドイッチくれたお礼だもの。」
サンドイッチを欲していたのはそちらの筈なのに、そのお礼が恋人同士がしそうなこの光景。
明らかに初対面の人間がやるような事ではない。彼女は一体、何者なのだろうか。
理解に苦しむ行動をするその少女に躊躇う様子のレイ。彼女の厚意と思い、仕方ない様子でローストチキンを自身の小さな口に含む。淡白で、どこか油気のある味がレイの喉を通過した。
「私達、周りからどう見られてると思う?」
「え!?」
レイがローストチキンを咀嚼している最中、突如少女が言った。まるで、彼を揶揄うような発言だ。
突発的な台詞は彼の表情を変える。咳込む様子をレイは見せた。
「姉妹かな?仲の良い友達?それとも恋人?君は女の子みたいだから、レズビアンカップル?純粋な男女のカップル?どうだろう?」
初対面とは思えない台詞を吐く少女。彼女は右示指を口元に寄せ、揶揄うかの如くレイに視線を送る。
「僕は、男だよ……それに、君とは初対面だし……」
「フフ、躊躇う姿は可愛いね。本当に女の子みたい。いじめたくなるような……そんな雰囲気をしているよ、キミ。」
再び少女は微笑する。レイはこの時、隣にいる少女に対してどのような呼び方をすればよいか、分からないでいる。
「大体、君の名前はなんて言うの!?いや……ごめん、“君”って言い方をするのは良くないのかな……」
「どうして?」
「さっき言ってたでしょ?貴方は、“年上”だから……」
レイは目上の人間を謙遜する人間である。親しい人間であれど、その呼び方に対して慎重になる人間だ。
少女はレイよりも一つ上の歳を重ねている。それを知っている彼は、彼女の年齢の事に気を遣うのだ。
「その……名前を……教えて欲しいんだ。」
レイは静かに口を開いた。
「良いよ」
と、少女は笑みを浮かべる。
「シィナ」
「え?」
「シィナ・ソンブル」
銀髪の、妖艶で愛らしい印象を持つ少女の名前が分かった。シィナ・ソンブル。それが少女の名前、どこかレイを揶揄うような印象を持つ、奇妙で美しい少女。
レイの容姿の好みと呼べる人物は、初対面である筈のレイを揶揄うかの如き対応を取るのだ。
「シィナさん……なんだ。僕は――」
「レイ・キレス」
「え?」
レイの青く、猫の如き二重瞼が見開かれた。何故、彼女はレイの名前を知っているのか。
「知ってるよ。女の子のような綺麗な顔貌の男の子。とても特徴的だから、分かるもの。」
彼の顔貌は少女のようだ。そう言う意味では特徴的と呼べる。
だからと言って名前まで分かるのか。この学校の個人情報が漏れたのか?いや、何かの際に彼の名前を知ったのかも知れないが、レイはこの学校で特別目立った事をした訳ではない。あの戦争の後で学びたい事を学ぶ為に学校に来ているに過ぎない。その中でのスクールライフを送っているに過ぎないのだ。
「それだけで、僕の名前を?」
「さあ、どうしてでしょう?」
また、シィナは揶揄うように振る舞った。
「それよりも私、レイとお話がしたい。せっかくこうして隣の席でご飯を食べているんですもの。何気ない話とかしてみたい。」
今度は彼女の欲求だ。それは特別な事ではない。レイも当り障りのない話ならばできる。
最も、彼の真相と呼べるアドバンスドタイプの話は出来ないだろうが。その話は彼の事を本当に理解している人間にしか話せない事であり、レイという人間を間違いなく壮大な存在に仕立て上げるものである。
「……うん、良いよ。」
「嬉しい。お話、しようね。」
これが、レイとシィナのファーストコンタクト。奇妙ではあるが美しい少女と、女顔の美貌を持った少年との出会い。
「部活動、やってるんだ」
「運動不足になるのは避けたいと思って。水泳部に入ってる。試合とかに出る程ではないけど。」
「私も何かしようか迷うな」
「部活はやってないの?」
「色々と回って見ている最中。スポーツ系は確かに面白いけれど、どれもにわかだし。」
レイが思っている以上にシィナとの会話には然程違和感を覚えなかった。最初の接触は何だったのかと思える程に。あの違和感を除けば彼女は喋っていて不快な印象を持たない。それどころか、気軽に言葉を交わす事が出来る。
不思議な感触。まるで心から会話をする事が出来ていなかったレイにとってはシィナの言葉は本当に、自然に感じられるのだ。会話内容自体は、当たり障りのないものの筈なのに。
「学校が終わったらバイトも入ってる。と言っても、仕送り以外のちょっとしたお小遣いを稼ぐ為だけど」
何気なく、レイが言った時――
「……それ、レイがやる必要あるのかな」
シィナの朱色の眼がしかめているように見えた。この時、レイは彼女に対して僅かばかりの違和感を覚えたのだ。レイは彼女の言動に対して目を何度か瞬きさせている。
「……ああ、ごめん、何でもない!大変だね、忙しそう。」
レイの表情を見て言葉選びをしたシィナ。
「でも、部活とかバイトをして学業も出来るのって、本当に素敵な事なんだと思う。これが、平和なんだなぁって感じる事があるんだよ。」
去年までは地球圏は戦争状況だった。だからこそ言える、この台詞。
この時レイは戦災被害者のような言い方をしているが、彼の場合は戦争に参加し、地球を守ったという裏の顔がある。そして、アドバンスドタイプという顔。それも、過去の話ではあるが。
「レイは色々な経験をしているんだね。」
シィナが優しげな笑みを浮かべた。
「うん、まあ……ね。」
これ以上は踏み込まれたくない内容。出来れば何があったのかを聞かないで欲しいと、レイは願う。
「でも、お話を聞いていて思ったのは、レイは本当に真面目に学校に来て勉強してるんだなって思ったって事。理想的な過ごし方だと思う。」
確かにそうだ。しかしその背景には自身の体験が大きく影響していた。自分のやりたい事が明確にある。その上で彼は学生生活を謳歌したい。せっかく手に入れた平和を噛み締めたいのだ。
「私ね、ここの学校の学生達を見て思う事があったりする。」
「何を?」
「皆、傍にある平和に甘え過ぎてるんだって思う。だから本当に必要な筈の勉強もやらなくなるし、
だらけて生きちゃう。去年まで大変な状況だったのにね。」
最もらしい事をシィナは言った。彼女も、彼女なりに思うところがあるのだろうかと考える、レイ。
彼女の事は不明だが、恐らく戦争に巻き込まれたりした可能性があるのかも知れないと、レイは考えている。
「なんか、ギャップを感じちゃった。」
「え、何に?」
「レイの可愛さと、意見のギャップに。素敵だと思うな。」
シィナは再び笑みを浮かべた。どこか照れ臭く、こそばゆい感覚にレイは陥る。
「ねぇ、連絡先教えてよ。Eフォンのメッセージアプリで学校の情報とか交換していこうよ。」
今度はシィナからレイにその提案をした。どこか一方的な印象を持つが、レイとしても悪い気はしない。
彼自身全く知人がいないという訳ではないが、一人でも知人が増えるというのはどこか、嬉しいものがある。新たなる人間との出会いは心が踊るものだ。最初に会った印象はどこかミステリアスで奇妙なものではあったが……
やがて彼等は連絡先の交換をし、シィナはその場から去った。さらりと伸びた銀髪を掻き揚げ、レイに対して手を振って去って行く。
シィナ・ソンブル。不思議な印象を持つ少女。歳は一つ上。何故レイの名前や年齢を知っているのかは分からないが、彼はこの学校にて新たな知人と知り合う事となった。