「何故、理解出来ないのですか」
冷徹な印象を持つミリナの問いに対し、答える。
「……氷河族は子供の人身売買も平気で行う組織なんです。子供を想っているシィナがそれに加担してるなんて、矛盾してます。子供達が好きと言っておきながら子供達を不幸にするビジネスに絡んでる組織の立場を利用するなんて、間違ってる……」
この矛盾を起こすには彼女の過去を知らなければならないと考える。だから、ミリナに聞くのだ。
「レイ様、確認したい事があります」
ミリナが静かに口を開いた。
「え……?」
「もし、貴方が“本当”にシィナ様をご理解して行こうと考えているのならば、私が考えるシィナ様の事情についてお話をさせて頂こうと思います。仮に今から話す内容を何らかの形で外部に漏らす事が分かれば、レイ様にはそれ相応のペナルティが有り得ます。それを覚悟で聞かれるのならば、お伝えしましょう。」
その言葉には気迫じみたものを感じる。恐らくそれは、踏み入れてはいけない領域に入るような感覚なのだろう。
だが彼は既にシィナの秘密を知ってしまっている。故に覚悟はある程度は出来ている筈だ。だがこの言葉にレイは僅かばかり言葉を失う。
「……」
ミリナの事を詳しくは知らないが、これ程に気迫じみた言葉を発する辺り、これがシィナに関係する事なのだろうと、レイは感じていたのだ。
「一つ言える事があるとすれば、レイ様がシィナ様を満たしている存在であり、常に好意を持っているという事を私は分かっています。それはつまり、レイ様がシィナ様にとって“信用”ある存在という事です。故にレイ様はシィナ様の事を知る権利があると考えます。」
彼女は自分を受け入れている。独占的な愛を感じる事はあるが、それでもレイはシィナの事が知りたい――
「……シィナの事について、教えて下さい。」
レイの言葉が、部屋に静かに放たれた。
「承知しました」
ミリナは静かに会釈をした。
「シィナ様は、過去に“ある”人物に会った事があり、それがきっかけとなり、今の行動に至ったのではないかと私は考えます」
ミリナから言葉が出た。
「“ある”人物?」
「ええ」
その人物とは、何者なのか。
「その方は、シィナ様のお父様と友人関係であったと聞きます。」
彼女の父……つまり、氷河族のボスだ。その人間と友人関係と言う事は、恐らく相当信用されている存在と考えても良いだろう。
「その人が、シィナとどういった繋がりになるんだろう……そう言えば、彼女のお父さんの名前って……」
ふと、レイは気になる事を言った。シィナの父親の名前についてである。
シィナは父親に会った事が無いと言った。電話越しでしか声を知らないという。その際も“お父さん”としか言っていなかった。
「残念ですがシィナ様のお父様の名前は私にも分かりません。ただ、その友人の方は存じ上げていたそうです。シィナ様のお父様の名前について。」
「どう言う事ですか?娘がお父さんの名前を知らなくて、どうしてその人がお父さん……“氷河族のボス”の名前を知ってるって事になるんですか?」
確かにそうだ。肉親が名前を知るのは分かるが、肉親ですら父親の名前が分からないというのは奇妙な話である。
「それは私にも分かりません。ただ、その友人の方は“矛盾”についてシィナ様に言葉を残した事がありました。」
語られていく謎を解く鍵。氷河族のボスの友人がシィナに会い、その人物はシィナにどのような影響を残したのだろう。
「その人物は次の二つの言葉を残しました」
ミリナがそっと、口を開く。
『人は矛盾する生き物である。だからこそ愛おしく、だからこそ醜い。私の中にある矛盾は一体何なのだろうとさえ思う。だがそれは人であるが故の感情なのかも知れない』
『まさか、あの人の娘がよりにもよって“力”を宿しているとは思わなかった。私にも使命があるが、やはり人間の情が勝るか……これもまた、行動の矛盾故か』
この二つの言葉が、その“人物”が残した言葉だという。
この情報をレイは統合した。いずれも聞き覚えのあるキーワードばかりが並んでいる。“矛盾”と“力”。これは彼が過去に経験した、あの壮大な体験の中での出来事が想起された。
この覚えのある感覚に対し、レイは何度か瞬きをする。
待て。もしかすれば、シィナが会った事のある人物は、“彼にとっても知っている人物”なのかも知れないという疑問がここで浮かんだのだ。
「待って……それって……?」
レイは更に考える。統合した内容を解釈する。自分に覚えのある経験は紛れもなく彼の思考に深く、根付いていく。
(いや……まさか……だけど……そんな事が……?)
レイは更に考える。まさか、そのような事があるとは思えない。
しかしシィナが出会ったとされる人物の特徴と、レイが思い描く人物の特徴は余りに酷似している。似た人物ならばそれは他人の空似なのだろう。しかしレイはこれが他人の空似には感じられなかったのだ。
「ミリナさん、その人の名前って分かりますか?」
確認するように、レイは言った。名前ならば別に大きな秘密になるとは思えないと判断した為である。
「思い当たる節があるのですか?」
ミリナが確認をするように聞いた。
「いや……偶然かも知れないんですけど、可能性の話です。興味はありますので。」
偶然の一致があるかは知らないが、レイは今、非常に関心を抱いていた。もし自分が知る、“とある”人物とシィナの知る人物が一致しているとすれば……これは、最早偶然で済まされるべきものではないと考えた時――
「エファン・ドゥーリア」
レイの青い眼が大きく見開かれた瞬間だった。