光と殻   作:すからぁ

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第十一話 虜 その6

その人間は、先の戦争の終盤でレイと壮絶な死闘を繰り広げた人間。レイと同じ力である、アドバンスドタイプの力を宿していた人間。アドバンスドタイプを量産する為にデウス帝国が火星に設立した、意思を持つEVEシステムが最後に生み出したアドバンスドタイプの男。

 男はEVEの使命である、力を持つ人類の抹殺を遂行した。だが時を経て人間を愛する感情を抱いていた。この矛盾の果てに、彼は地球人類の数を減らすという壮大な目的を掲げていた。

 レイはこの目的を阻止する為に動き、死闘を繰り広げ、男を打倒した。あの時の壮大な体験の果てにいた、最大の敵、エファン・ドゥーリア。まさかこの男の名をこの場で聞く事になるとは思いもしなかったのである。

 白いシルエットとして、夢にまで出て来たその男。ミリナが今言った事は何から何までエファンと行動目的や思想が酷似している。間違いない。シィナはエファンを知っているという事が今、分かった。

 

 

 

***

 

 

 

「その人物の事を、ご存知のようですね」

「知っているも、何も……」

レイはごくりと唾を飲み、言った。

 

「僕が、その人と戦ったから……」

 

それを聞き、ミリナは一度眼を閉じ、再び開いた。

「シィナ様が仰っていた、レイ様の過去である、戦争の経験の事ですね」

やはり彼女はミリナに言っていたのだと、レイは思った。

「そして、あの方もシィナ様と同じ人種」

その事も、ミリナは知っていた。

「そして、その人は……」

レイは数秒口を止めた後、静かに言った。

 

「僕が、倒した……」

 

エファン・ドゥーリア。レイにとって最大の敵。かつての戦争の果てにレイは男を倒した。その事を、今語ったのである。

 この時、冷静沈黙なミリナの眉がかすかに動いていたのを、レイは見逃していた。

「シィナにその事を言えば、何かが分かるかも知れない……エファンさんの話がシィナに関係してるのなら、聞いてみる価値はある。その事をシィナに言って情報を得られれば……」

と、レイが言った時――

 

 

 

「レイ様、それ以上の事は、何もされない方が良いでしょう」

 

突如ミリナの横槍が突き刺さる。一体何を言い出すのかと、レイは感じた。

今まで寡黙な印象だったミリナからこのような提案をする事自体が珍しい事と言えた為、レイにとっては余りにも新鮮な感覚だったのだ。

「エファンさんの名前が出たのなら、僕にとっても他人事とは思えません。あの人とシィナの関係を聞くぐらいは問題ない筈ですよ!?」

と、言った時――

 

「……シィナ様を、壊さないで下さい……」

 

今まで表情を僅かにしか変えなかったミリナが、表情を変える。それは、何故なのだろうか。

「え……どうして……?」

レイは聞いた。

「シィナ様は、“ある”出来事事をきっかけに常に何かに満たされないまま生きて来られました。その中で今のように生きるきっかけとなったのが、貴方が倒したとされる、エファン・ドゥーリアという男性。彼の存在はシィナ様の心の在り処として今までのシィナ様の行動の礎となっていました。やがてシィナ様は彼と同じ力を持つレイ様と出会い、ようやく満ちる事が出来たのです……」

シィナの心の闇は、単純なものではない事は薄々は分かっていた。しかしミリナの言葉がその複雑極まった殻の中の闇を更に混沌とさせているのだ。

「レイ様がエファン・ドゥーリア氏の事情をシィナ様に言ってしまう時、あの方は確実に壊れてしまいます……卵の殻が握力のコントロールを調整せず、勢いよく力を加えればすぐに割れてしまうように、シィナ様はとても、繊細なのです。」

ミリナの声が先程よりも大きくなっていった。

ミリナから得た情報は、レイを困惑させていく。シィナの行動を止めたいと言う一心で動いていた筈なのに、それが彼女の心を壊してしまうかも知れない。それは本当に良い事なのか?

「そんな……そんなのって……」

下手な言葉がシィナを壊すかも知れないと言う怖さを、レイは感じていた。ミリナの言葉にはそれ程に強い力が秘められているのだ。言葉に抑揚がなかった人間の声が大きくなっているのが何よりの証拠だ。

「私があの方の行動を止めなかったのは、あの方が壊れてしまうのを見たくないと言う理由があったからです。シィナ様は私に多くの事を語って下さりました。私は、ただそれに相槌を打つ事をしてきました。ですが、私の方から何らかのアドバイスをする事は一切して来ませんでした。もし、あの方の行動原理となっている“エファン・ドゥーリア”の事を言った時、シィナ様はどうなるのか……」

事象に対し、人から指摘される場合と自分で理解している場合では精神的な負担は大きく異なる。シィナはミリナに自身の事を語ってきたに過ぎない。そして、ミリナはそれをただ、肯定した。その背景にあるのは、シィナの心が壊れて欲しくないと言う純粋な想いが強かった為である。

「だけど、“誰か”が言わないとダメなんだ……シィナをあのままにしたくない!」

レイはシィナに変わって欲しいと言う一心でミリナに伝える。しかしミリナはシィナが壊れてしまうのではないかと言う恐怖を抱いている。

「レイ様はシィナ様が慕心を抱かれている方という事を理解した上で接しておりましたが、はっきり申し上げます。貴方は身勝手です。シィナ様と同じ人種で、あの方が慕っているという背景があるとはいえ、シィナ様を変えようという事をするのは許されざる事ではありません。」

それはミリナがシィナの従者を務めているが故の発言。それは確かに大切な事かも知れないが、レイから見ればシィナの行動を止めたいと思うのは当然だ。

「あのまま反社会行動を続けているのを、黙って見ておけって事ですか!?あんな事を続けてたら、いつかシィナ自体がいつか悲惨な目に遭うかも知れないのに……そんなの、おかしいです!」

行動の矛盾。レイはシィナにそれを止めて欲しいと言う。しかし従者のミリナはそれを止める。シィナを巡って意見が対立している。

 一方は、シィナからのアプローチによって交際関係となった少年。もう一方はシィナの従者として長年彼女の身の回りの世話をしてきた女性。

「シィナ様がレイ様に慕心を抱き、その方と添い遂げる事は私は否定しません。しかしそこからシィナ様の行っている事を否定する事は私は認めません。長年従者として側に務めていた私だからこそ、言わせて頂きます。」

「あのままシィナの行動が暴走する事の方が危険です!善意のある行動ならまだしも、氷河族の名前を使っての反社会行動を続けるのは行けないですよ!」

「それがシィナ様の生き甲斐であり、彼女が少しでも満たされる為に必要な事なのです。心の在り処がある上でシィナ様は行動されています!貴方の行動でシィナ様を壊させる訳には行かない!」

「だとしてもそれが子供達を巻き込む事に繋がります!子供達を使った人身売買にシィナが関与している可能性だってあるんですよ!あんなに、子供達の事を大切に想ってるシィナがそんなの、おかし過ぎます!」

シィナを巡り、互いの言葉が出続ける。レイとミリナ。シィナを理解しようとする者と、理解している者。

「交際されて1ヶ月程度しか満たない貴方がシィナ様を語るのは、滑稽としか言えません!」

「交際は短いかも知れないですけど、やっては行けない事ぐらいは分かります!」

すると、ミリナは握り拳を作った。冷静な様子を貫いていた彼女の表情が少しずつ変化しているのがレイには分かるのだ。

「シィナ様に貴方への慕心が無ければ良かったのに……毎晩お二人の秘め事の際の嬌声聞いていても私は何も感じませんでした……あの方が喜んでいたから!ですがその上で更に貴方はシィナ様を変えようとするのだけは納得出来ません!」

「な……そんなの、関係ないですよ!」

「関係はあります!シィナ様をよく知るからこそ、私は納得が行かない……レイ様の勝手な行動は許されません!シィナ様を変える事は許さない……この、私が!」

「どうしてそこまでシィナの行動を見守る事に拘るのかが分からないです!彼女が壊れる理由も分からない!何か、具体的なエピソードがあるんですか!?こんな事を続ける方がよっぽどおかしいです!」

両者は言い合う。シィナを巡り。互いにシィナを想うからこその口論。

 その中でミリナが口を開く。シィナにあったエピソードについて語ろうとしているのだ。

 

「ありますよ」

 

ミリナは小さな口を開き、レイを黙らせた。

「シィナ様は過去に心を壊した事があります。それこそが、当時地球圏の政府として君臨していたある政治家による、間接的なダブルスタンダードによって生み出された悲劇を目の当たりにしたからなのです。」

「シィナは、それをよく言ってたような気がする……」

レイはシィナの言葉を思い出した。

 

―――――――――ダブルスタンダードで物を言う人間ばっかりなんだよ―――――――

 

彼女はこの言葉をよく言っていた。薄々とは感じていたが、シィナの過去に関係する台詞ではないだろうかとは考えていたが、ミリナの言葉でこれがより具体的になったのだ。

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