ミリナとレイが話し合いをしている時。シィナはボランティア活動を終えようとしている時だった。
今日も子供達との触れ合いを経験出来たシィナ。そして、クラーラにも感謝される。一見すれば聖人君子そのものに見える彼女だが、その傍で彼女は氷河族の名前を使ってのビジネスを使っている。それはテロリストすら動員する事が可能であり、この対比がある種シィナの特徴となっていたのだ。
矛盾に塗れた少女、シィナ。だがその実情を知る者はレイとミリナのみ。彼女の秘密を知る者はごく僅か。ある意味、魔性の女と呼べる彼女。それでも、行動は止めない。この矛盾に満ちた行動を、彼女自身は愛おしいとすら思っているのだから。
「今日もありがとうね、よいお年を。」
施設長のクラーラが言った。
「はい、良いお年を!来年もよろしくお願いします!」
それに合わせるように、子供達がシィナに対して手を振る。シィナも子供達に対して手を振り返す。
人間は多くの場面で仮面を使い分けている。中にはその行動そのものが矛盾に塗れている人間もいるが、大抵の人間は綻びが出るものだ。
しかしシィナは違う。完璧に仮面を使い分けている。本当に信用する人間にしか、その話をしない。シィナの行動は矛盾している。一方で子供達の為のボランティア活動をし、もう一方では氷河族の名前を借りて反社会行動を行う。それが時に子供達を危険に晒す事になろうとも、彼女は行動をやめないだろう。
何故ならば、矛盾している行動そのものが人であり、それこそが愛おしいものだという価値観が、今の彼女を作り出しているから。エファン・ドゥーリアと出会い、知ったその価値観はシィナをここまで育て上げた。誰も止める事をしないまま、彼女は支配して来た。SNS等のツールを使い、人を都合よく操ってコントロールして来た。その傍らで善意も見せて来た。
シィナの真実を知れば、それは理解出来ない存在そのものである。レイが止めようとしても、彼女は止まらない。最早、これは止める方法は無いのだろうか……
「……あれ?」
その時、シィナは後ろを振り向く。先程まで居た児童施設がある……筈だ。
しかし何やら様子がおかしい。どこか騒然としている印象を持った。つい先程までは子供達が騒がしくとも穏やかに過ごしている場所だった筈なのに、何故?
この時、シィナの中で嫌な「予感」が過ぎる。根拠とかデータとかそう言った類のものではない。純粋な、第六感のようなもの。だがシィナはアドバンスドタイプ。このようなセンシティブな感覚は人一倍優れているという。
となれば、この予感はもしかすれば当たっているのかも知れない。彼女の中の感覚が閃き、そのまま施設の中に戻る為に踵を返し、戻っていく。
戻った直後、彼女の“予感”が的中してしまっている事態が発生した。クラーラをはじめ、子供達が見知らぬ、人間達に人質に取られてしまっていたのだ。その数3人。内2人は男、1人は女である。だが、いずれもが屈強な印象を持つ。迷彩柄の服に引き締まった体躯。何らかの訓練を受けている軍人だろうか。だが児童施設を襲っている辺り、正規軍とは思えない。恐らくは反社会勢力だろう。
当然ながらこれはシィナにとって予想外の事であり、この光景を見た彼女の表情はいつになく穏やかではない様子だった。
「みんな……?」
朱色の眼が震えている。瞳孔が狭窄している。一目で分かる非常事態に、どう対応すれば良いか、分からないでいるのだ。
「お姉ちゃん……」
怖がる、1人の少女の声が聞こえる。シィナに助けを呼ばんと声を震わせている。だが、その声を遮るように低い男の声が響くのだ。
「やかましい、クソガキ共!お前らはどの道お偉いさんに買われるんだからよ!」
この言葉を聞き、誰もが黙る。そして、それぞれ何らかの感想を抱くのだ。
子供達はその意味が分からないで、ただ、恐れているだけだろう。クラーラはそれを聞き、彼等の目的を察している様子だ。施設長故にそれは許してはいけないという正義感に囚われる。
では、シィナはどう感じたか。彼等の行動目的を聞き、どう感じたか。
(待って……よりにもよってどうしてここの子供達が!?)
シィナが感じたのは、その印象。それは、彼女が組織の行動に関与している何よりの証。
「こいつらは貴重な子供だ!こいつ等を売れば、俺等だって生活が潤う。悪く思うなよ。お前等は運がなかった、それだけだ。」
この台詞から、彼等も何らかの「凌ぎ」をしていると推測される。その手段の一つとして、このような下劣な行動に走っている。
金銭に困るのは誰もがそうだ。しかしその中で、見ず知らずの子供を売るという外道は許されて良い筈がない。
相手の装備は重装備という訳ではない。恐らく標的を子供達に絞ったが故に装備を最小限にしているのだろう。機関銃のような武器は持っていない。ただ、十分に殺傷するに値する拳銃やナイフを持っている。それらの存在はこの状況では圧倒的な脅威と呼べるのだ。
「させない……!」
だが、1人この状況でも果敢に立ち向かう少女がいた。シィナである。
彼女はアドバンスドタイプ。万が一死に至る致命傷を負うものなら、彼女は自ら光を放って子供達を守る事さえ可能な立場にある。
それを分かっている少女は、動く。当然ながら男達の注目はシィナに向けられるのだが――
「残念だが、終わりなんだよ」
女の低い声が聞こえたと同時に、シィナの朱色の瞳孔が縮んでいった。そのまま視線を下方に向けた時、自らの腹部が赤く染まっているのが確認出来た。
周りの子供達は叫んでいるのかも知れない。彼女に“何か”があったのは間違いない。だがそれは何が起きたのかは全く理解出来ない。
それから2,3秒程度時間が経った時、シィナの身体が自らの意思と関係なく倒れるのを感じ取ったのである。
「ぁ……う……」
そして、痛覚が彼女に突き刺さる。これまでの人生で感じた事の無い強烈な痛みはシィナを苦しめるのに十分と言えた。強烈な痛みは身体の姿勢を保持させる事すら許さない。無意識に倒れていく身体。支えられない自らの姿勢を保持しようと努めるも、無理な話だ。
やがて床に音が響いた。人が倒れる音だ。銀髪の美少女が倒れている。
余りに突然起きたその現象の正体は何なのか、この時のシィナには理解出来なかったのである。