「お姉ちゃん!!」
1人の子供の声が響いたと同時に、男が威嚇射撃を行う。行動を止める効果を持つその射撃はより、子供達へ恐怖を植え付けるのだ。
その傍ら、シィナは自らに起きた事を少しばかり理解した様子だった。下腹部から尋常では無い痛みを感じている。ただ、痛いで済まされるような内容とは言い難い。言葉で表すのは難しく、これ以上ない程の絶望。
問題は、これが何によって攻撃を受けたのかという事だ。
「息はあるみたいだなクソガキめ……」
武装した女が言う。彼女に言われる罵倒。肉体的に激しい損傷をしているのに罵倒をするという鬼畜。この男は何がしたいのかが分からない。
更に女は倒れているシィナの頭を踏み付けた。明らかな鬼畜の所業だ。
「うあぁっ……!」
腹部からの痛みだけでなく、踏み付けられる屈辱も全て重なる。何故?突然このような状態になってしまったのかがこの時のシィナには理解が出来ないのだ。
「やめてよ!お姉ちゃんが何をしたの!?」
庇う子供達。当然だ。今までボランティアとして来ていた少女が怪我をして、その上で頭を踏みつけられている。余りに酷い仕打ちを受けているシィナを擁護するのは当然だ。
「丁度良い機会だな?お前の悪業を晒せるよォ」
彼女の頭を踏み付ける女が言う。何が悪業なのか?まるで事情を知っている様子の女。
「悪……業……何を言ってるの……?」
踏まれながらもシィナは疑問を抱く。彼女にも身に覚えのない事なのだろうか。何がどうなっているのかが理解出来ない。
「へぇ、無自覚って訳かよォ、人を操って犯罪助長して、その果てがこのザマなんだぜ?」
「こいつが一連の黒幕で間違いないんだよな?リーシャ」
女の名前はリーシャと言った。何の話をしているのかは分からない。ただ、シィナはこの女に痛めつけられているのに変わりはない。
「そうだよ。自分で手を汚さずに氷河族の名前を使って金に困った連中を動かして金を得てたクソガキだ。」
と、言いながらリーシャという名の女は更にシィナの頭を踏み付ける。それは、明らかに憎しみを込めて行っている行動だ。躊躇いを感じない。
「お姉ちゃんをいじめるな!」
そこへ、1人の果敢な少年が姿を見せる。相手は銃を持っているが、シィナに世話になっている彼は相手が武装勢力でも声を出す。
だが身体は震えている。明らかな武者震いだ。
「へぇ、こんなヤツを庇うとはねェ。慕われてるじゃないの、なぁ、シィナ・ソンブルぅ!」
女はシィナの事を知っている。だがシィナは女の事を知らない。何者なのかも分からない。謂れのない暴力が彼女を襲うのだ。
「何者……なの……ぐぅっ……!」
シィナが苦痛に塗れている中で声を上げる。その状態のまま、覗き込むように彼女を見るリーシャ。
「てめぇの親父から受け継いだ資産をウチらに寄越すのなら命は助けてやっても良いぜ?氷河族の名前を使って散々ボロ儲けしたんだろうがよ!」
その口調は怒りなのか、興奮しているのかは不明だが、その後にシィナが再び暴行を受けるのに、そう時間を要さなかった。
「あァッ!」
今度は頭を踏まず、怪我をしている腹部を踏みつけた。激痛で蹲るシィナは身動きが取れず、ただ悶えるだけ。
「お姉ちゃんが何したってんだよ……!やめろ……やめろよ……!」
声を震わせる少年は恐怖しながらも女に声を浴びせる。目の前で苦しめられているシィナを懸命に言葉で庇うが、女はただシィナを睨むだけだ。
「ボーズ、良い機会だから教えてやるよ。」
「えっ……?」
少年の声が止まった。
「こいつぁな、ボランティアとか言いつつ別の所では今みたいな人身売買やってるクソ矛盾野郎なんだよォ!ここ以外の別のところじゃこのガキが人を動員して人身売買やってんだよォ!なぁ!シィナ・ソンブル!」
彼女の矛盾に満ちた行動を知っている女。怒りが込められているその怒号は彼女に浴びせられる。
そして、それは子供達に衝撃を与える事になる。シィナが人身売買に関与しているとは、どういう事なのか。
「一方では氷河族の名前を使ってビジネスして金を得て、その傍らでボランティアかよ!クソ偽善者がァ!」
リーシャは更に言葉を浴びせる。それを聞きつつも、苦渋の表情で話をしようとする、シィナ。
「仮に……そうだとしても……貴方には関係ない筈だよ……?」
銀色の髪が血に染まりつつある。その状態で顔を辛うじて上げる、シィナ。
「関係は大アリなんだよなぁ!てめえが組織のボスの娘で、その立場を利用してビジネスしてんのも丸分かりなんだよォ!」
その台詞はその場にいた皆を驚愕させる。シィナが氷河族のボスの娘。そのような事実を反社会勢力の女から聞かされるなど、思っても見なかったのだ。
「だけどその氷河族ブランドも堕ちていってる!何故ならボスが死んだからな!」
突然出た言葉はシィナを翻弄した。ボスが「死んだ」。確かに彼女は父親とは連絡が取れなかったが、死ぬという言葉を聞いたのは今が初めてである。
「お父さんが……死んだ……?」
何を馬鹿な、と疑うのは当然。連絡が取れなくなったのは確かにそうだが、死んだという情報は聞いていない。
「ボスの死が広まれば当然その座を奪うヤツが現れる!だから下手に知られる訳にはいかねえからな!この情報も私らが必死になって得た情報だ!」
組織というものは規模が大きくなればなる程、より信用というものが大切になってくる。何故ならばボスの立場を狙う人間が少なからず存在するからだ。
氷河族のボスが持つ莫大な資産。それを狙う人間は少なからず存在している。故にボスに近付く者がいる。その情報を知ろうとする者がいる。それもあり、ボスはより信用する人間以外には姿を見せる事はしなかった。それは、娘であるシィナも含めてである。
シィナは父親であるエレグの顔と名前を知らない中で、彼女なりのビジネスを展開していた。矛盾に塗れたそのビジネスの終焉が今、リーシャによって齎されようとしていたのだ。
「こいつは父親の結成したブランドで多くの人間を動かしてきた!お前らみたいなガキが人身売買に遭ったとしても、関係なくこいつはビジネスをしてきた!そのクセにボランティアとかやってるのが滑稽なんだよなァ!クソガキがよォ!」
シィナの矛盾に満ちたビジネスの全貌を知る様子のリーシャは彼女を追い詰める。ボスの娘であり、こうした事を繰り返した少女への仕打ちは余りに惨いものだ。
肉体的にも精神的にも追い詰められている状況のシィナ。父親の死の事実と、自らのダメージは苦痛に悶えるのに十分に思えたが……
「それで……お父さんの座を奪う為に……わざわざ私を見つけたってワケなんだ……お疲れ様……だね……」
あろう事か、シィナはリーシャを煽るような言葉を発したのだ。普通の少女ならばこの状況に絶望するのが大半だろう。
しかし彼女は違う。どこか肝が据わっているように見える。レイのように戦争の経験こそないが、今自分を注目している子供達の眼差しが彼女を突き動かしているのかも知れない。
「てめぇ……父親が死んだんだぞ!?氷河族のボスがよォ!?」
「そうかも知れない……ケド……関係ないよ……貴方の怒りの矛先は私のハズでしょ……?」
「どれだけ煽ってんだ……このクソガキ……!」
リーシャの予想とは違い、シィナは心を折れる様子を見せない。この事が女の子怒りを更に駆り立てるのだ。
「何が目的か知らないケド……それを言って……私を精神的に追い詰めるつもり……なんだろうケドね……そもそも私の存在がね……貴方達に関係あるとは……思えない……ケド……?」
痛みに悶えながらもシィナは話す。まるでリーシャを煽るかの如く。
「あるんだよ!てめぇのせいで私の兄貴が新平和国連盟に連行された!あのテロの首謀者がテメェだって事は知ってるんだよ!!」
「それが……どうしたの……?」
「なにィ!?」
この状況であるにも関わらず、シィナはどこか口調が強気だ。まるでリーシャを揶揄うような素振り。自身が追い詰められているのに恐怖を感じない。
「私はテロの募集を……したに過ぎない……それに応募したのは……貴方のお兄さんだよね……端金を……得る為に……そこから……連行されようが知った事じゃないよ……」
自分のした事に対する罪悪感を抱く様子を見せないシィナ。自分の行動は当然と言わんばかりの言動。傷を負っていても、それは曲げない。それは彼女の意思の強さなのか、エファンの影響によるものなのか。
「いけしゃあしゃあと!!!」
だがこの言葉がリーシャを逆上させる。女はシィナの腹部を更に踏み付ける。
「ああァッ!」
この状況だけを見ればリーシャが非道に見える。しかしシィナが招いた種でもある。彼女の行動が結果的に自身に降りかかってしまった。しかも、シィナの父親であるエレグが死んだという情報まで連れて。
真実を知るリーシャの怒りは収まらない。傷を負っているシィナを、執拗に蹴る。容赦のない暴力が襲う。
「どの口がほざいてやがる!ボスの娘の立場でぬくぬく守られて氷河族の名前を使ってテロリスト陽動してよ!!愉快犯のつもりかよクソガキが!!!」
「愛してる子の為に……やっただけ……だよ……」
「はぁ!?」
結局のところ、この状況はどちらも愚かである。シィナ自体はそもそもレイの力を確認するためにテロの陽動を行った。その動機自体は彼女のエゴそのもの。そして、彼女が報酬を払う代償としてテロを実行し、リーシャの兄は連行された。
リーシャはシィナの事を調べて彼女の真相に辿り着き、今の現状を作り出している。シィナの行動も許されざるものとは言えないが、それを呼び水として彼女が起こしたテロと同様の事をするのもまた、愚かだ。愚が引き起こした負の連鎖と呼ぶべきか。
だが状況としてはシィナは瀕死状態だ。それでもリーシャへの煽りは止めないのだ。
「そもそも……貴方が私を傷付ける理由は……ホントに……お兄さんの為なの……かな……?お父さんに関わる……何かを……私から欲しいだけ……じゃないのカナ……?」
煽りは止まらない。傷付き、痛みながらも黙るのを止めない。自分が何をされてもおかしくない状態なのに。
「黙れ……」
手を震わせるリーシャだが、シィナは口を止めない。
「お父さんが死んだとしたら……恐らくはお金目当て……遺産を……私が持ってるとか……そんな安易過ぎるおバカさんの……発想があった……んだろうね……お兄さんの為……とか言って……本音は……私利私欲……お笑い……だよ……」
何故、この状況でもシィナは煽る事が出来るのか。それは、彼女自身の力が関係しているからなのだろうか。
「うるせぇんだよ!!喋ってんじゃねぇぞ!殺してやる!ぶっ殺してやるよ!!!」
遂に女は激情した。そのまま女はシィナに対し、銃を構えた。身動きが取れないシィナは後頭部に銃口が突きつけられている。このまま引き金が引かれれば彼女の死は免れない。
同時にシィナは“殺す”という言葉に反応した。死に直結する言葉は人に生を意識させる。生きたいという願望は人の本能。それに抗う事は出来ない。本能の力はアドバンスドタイプの力を引き起こす。これはつまり――
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シィナは光を放った。碧色の光は辺りを包む。見る者を魅了する美しい色合いではあるが、同時に戦意を喪失させる効果を持つ光はたちまち武装勢力をはじめ、子供達までもが巻き込まれてしまうのだ。
光を放つ時の感触は、最初に心臓部分が大きく拍動を打つ感触を本人が感じる。その後、その部分を中心として毛細血管内に存在しているディヴァインセルが碧色の光を放つのだ。一つ一つは大きなものではないが、人体規模でそれらが何兆にも細胞内のミトコンドリア内に存在している。それらが生命の危機を本能的に感じた時に発動するのだ。
たちまち光は周囲を照らし、周囲の人間に影響を与える。特殊な光は人間の闘争本能を抑制し、気力を失わせる。メカニズムに関しては不明な点が多いが、その光はアドバンスドタイプ以外の人間に有効。周囲にいる人間を無差別に光で照らし、気を失わせる。
そして、この光を放つ時は身体自体にも大きな負荷を掛ける。特にシィナのように、生命の危機に瀕する経験をしていない人間の場合はより一層、負担を与えるのだ。
「はぁ……はぁぁッ……!」
もう、彼女は周りを見る気力すらない状態だ。周囲にいた人間がどうなったのか、自分自身の力が出ない状態では確認のしようがない。
「久し振りだなぁ……この光……コレ……思ったより……辛いなぁ……レイは……平気なんだよね……凄いなぁ……もう……動け……ないよ……」
やがてシィナはそのまま意識を失った。碧色の光の発動は、彼女自身に負担を与える。自らを守る光が、自らを苦しめる結果となってしまったのだった。
出血多量の瀕死の状態で発動したイズゥムルートの光はシィナ自身にも大きな負担を与えた。周りの人間の状態が見えない中で、シィナの意識は次第に遠のいていく――
お知らせ:次回で最終話の予定ですが投稿は現時点で未定です。
7月中にはアップ出来たらと思います。確定次第近況報告にてお伝えします。