シィナが目を覚ましたのは年が明けてから三日後の出来事だった。とある病院の白い部屋の個室内にて彼女はベッド上で過ごしている。
その頃になると既に傷口は塞がりつつあり、彼女自身の身体状態は大きな問題はないと、医師が判断していた。
だが出血量や倒れていた状況から見てこれ程の回復力はやはり常人では考えにくいというのが医師の判断である。それ故に医療スタッフ達の中では彼女の事で話題となっていた。
今、個室にはミリナが彼女の様子を見に来ている。彼女は保護者の立場。故に病院から彼女へ連絡が来たのである。
「搬送されたと聞いた時はどうなるかと思いましたが、ご無事で何よりです、シィナ様。」
病院の中では個人情報等は守られる。彼女が何者なのかという身元引き受け人に対する詳細な情報が聞かれる事はない。医療スタッフが万が一SNS等に情報を上げた場合、コンプライアンスを守る事が出来ない病院というレッテルを貼られ、評判を落とし、廃院となりかねないのである。
シィナのような少女の親代わりがミリナとなれば、一見すれば明らかに何らかの事情があると思われるだろうが、それに触れないのが医療スタッフの立場なのである。
「力に助けられたね。レイと同じ力。碧色の光が私を助けてくれた。」
「ボランティアに行ってから、反社会勢力に襲われた……という事ですね。」
「そうだよ。下手な事を知られると厄介になるから、あの件に関しては事前にミリナに手を回しておいて良かったよ。だから世間的には事故扱いで済んでる。」
シィナは保険を掛けていた。万が一自分が襲われてもすぐにミリナに連絡が行くようになっていたのだ。そこから彼女のコネクションを活かし、治安組織に事が発覚しないように上手く活用したのである。
何せシィナ自体が氷河族の名前を使って犯罪を行っている立場。それ故に万全な状態でなければならないのだ。
「だけど、お父さんが死んだなんて……それは“少しだけ”ショックだな……結局お父さんの事分からないままだった。」
少しだが、俯くシィナ。だが本気でショックを抱いている様子ではない。この様子を見て、ミリナが寄り添うように言った。
「その様子ですとシィナ様はお父様の……エレグ様の死をある程度は把握されていたかのようですね……」
そうでなければどこか遠い目をするだけで済ませるとは思えない。彼女は氷河族のボス、エレグの死を分かっている様子だったのだ。
「お父さんとは連絡が取れなくなって、氷河族の勢いが弱まってきたって時点で何となくは分かってた。けど、それに付け込んで私の命を狙う人間が現れてしまうなんてね。」
まるでそれも分かっていたかのような振る舞いだ。シィナの中で、父親の死も理解していたかのよう。その上で彼女を襲った人間であるリーシャを煽ったのだろうか。
「シィナ様がご無事なら何よりです。どのような形であれ貴方が無事である事が何よりも大切なのです。」
ミリナはひたすらにシィナを肯定する。それ程に慕っている事が、会話から分かるのだ。
「私を襲った女の人は結構情報に精通していたみたい。けれどあの人、短気だったのが仇となったね。建前ではお兄さんの仇とか言ってるけど本音は私のお父さんが残した遺産を何らかの形で頂戴しようとしていたというのが丸分かりだよ。」
それを、冷めた様子でシィナは言う。まるでそれは、父親に対する愛情を感じていない様子だ。
「シィナ様の情報が知られてしまう事になるとは……やはり、エレグ様がお亡くなりになられた影響が出てしまっていますね。」
悔いる様子のミリナ。シィナに関する情報は、エレグの存在によって守られていた部分もあるのかも知れない。
しかし、それでもシィナはエレグに対する愛情を感じている様子ではない。それは何故なのだろうか。
「となれば、氷河族の名前を使ったこのビジネスもそろそろ卒業しないといけないかな。まあ、それなりに稼ぐ事は出来たし、私としては十分な成果だよ。暫くはレイと一緒に暮らすつもりだから」
「……シィナ様がそう、仰るのならば」
この二人は父親であるエレグ・スウィードの事をまるで大きく信用しているようには見えない。莫大な資産を持っている父親である存在が死んだというのに、どこか他人事である。愛情を抱いていなかったとでも言うのだろうか。
「私にはね、レイと「あの人」がいてくれればそれで良い。心の支えがあれば、私は生きていける。ミリナは全てを肯定してくれるし、私にはもう、怖いものはないよ。」
シィナが天井を仰ぎ、独り言を呟く。その際だろうか、ミリナの表情が僅かばかり曇っているように見えたのは
「……どうかした?」
「いえ……」
気のせいかと思い、シィナは窓を見た。天気は晴れ。夏模様の濃い青色の空が僅かな雲と共に風で流れているのが見えるのだ。
「ところで、レイはどうしてるのかな?お見舞いに来てないけれど?」
ふと、シィナはレイの事をミリナに聞いた。だがそれに対し、ミリナが明らかに挙動不審な態度を示すのだ。
「それは……」
と、視線を泳がせた。シィナの朱色の眼が、ミリナを見るのだ。
「どうしてレイは来ないのかな?ミリナはレイに私の事伝えなかったの?」
ずいと、シィナはミリナの顔を見る。
「……申し訳ございません。レイ様にご心配を掛ける訳にはいかないと思いましたので……」
と、頭を下げるミリナ。これは彼女なりの配慮なのだろうか。だが、明らかに視線が泳いでいる様子にシィナは違和感を覚えているのだ。
「確かにそうだよね。あの子に怪我している私の姿を見せるの、嫌だな。私は“完璧”でいたいの。自分の綺麗な姿をあの子に見せたいから」
それを気にしつつもシィナは髪を掻き上げ、ミリナに対応する。彼女の事を信用するが故の余裕のある表情を浮かべるのだ。
「私は満たされ続けたい。一度得たこの感覚を忘れたくない。レイが居てくれて、全てが満たされている状態は私の至福だから」
自らの眼を静かに閉じ、語るシィナ。
彼女の言動は全てが独善である。父親の死すら把握しており、それに動じない。氷河族の名前を使い、犯罪行為を行っている傍らでボランティア活動。矛盾極まっている彼女の行動は留まる事を知らない。
そして、自らの行動を顧みない。シィナの独善的行動、エゴ。それを見守るだけのミリナ。
「それがシィナの考えなんだね」
そこへシィナにとって聞き覚えのある声が聞こえた。個室の入り口の方のドアを見る、二人。